「エンジェル投資家から500万円入れてもらえそう。ただ、株価をいくらにすればいいかわからない」。シード期の起業家からよくいただくご相談です。こうした場面で選択肢に挙がるのがJ-KISSです。
J-KISSとは、株価(企業価値)を決めないまま投資家からお金を受け入れ、次の本格的な資金調達のときに株式に切り替える、新株予約権を使った資金調達のひな形です。手続きが軽く、シード期の資金調達でよく使われます。
一方で、「株価を決めなくていい」ことは、「創業者の持株比率がまだ決まっていない」ことの裏返しでもあります。この記事では、J-KISSの仕組みと主な条件、普通株出資や融資との違い、そして見落とされがちな決算書と銀行からの見え方を、公認会計士・税理士の視点で整理します。
- J-KISSは、Coral Capitalが無償公開している新株予約権の契約ひな形。最新版は2022年4月公開の2.0
- 次の適格資金調達(ひな形では1億円以上の株式による調達)で、そのラウンドの優先株式に転換される
- 2.0では、バリュエーションキャップがポストマネーに変わり、創業者の持株比率の希薄化が読みやすくなった
- 決算書では純資産の部の「新株予約権」に載る。借入金ではないが、M&A時の金銭償還条件などは銀行に説明できるようにしておく
- 株価交渉を先送りできる分、次のラウンドでの持株比率を事前に試算することが欠かせない
J-KISSとは?株価を決めずに資金を受け入れる仕組み
新株予約権を使った「後から株式になる」出資
J-KISSは「Keep It Simple Security」の頭文字をとった名前で、米国で使われていたKISSをもとに、日本の会社法に合わせて作られたひな形です。ベンチャーキャピタルのCoral Capital(旧500 Startups Japan)が弁護士とともに作成し、2016年4月に1.0、2022年4月に2.0を無償で公開しています。
投資家が手にするのは、株式ではなく新株予約権(将来、決められた条件で株式を受け取れる権利)です。流れは次のとおりです。
- 投資家がJ-KISS型新株予約権を引き受け、会社に払込みをする(この時点では株価を決めない)
- 会社が成長し、ベンチャーキャピタルなどから株式で本格的な資金調達(シリーズAなど)をする
- その調達が「適格資金調達」にあたると、J-KISSはそのラウンドの株価をもとに、割引やキャップを反映した有利な条件で株式に転換される
シード期は売上も実績も少なく、企業価値を算定する根拠がほとんどありません。そこで株価の決定を、プロの投資家が値付けをする次のラウンドまで先送りする。これがJ-KISSの基本的な考え方です。
J-KISS 2.0の主な条件
J-KISSでは、転換の条件を次のような項目で決めます。具体的な数値は、会社と投資家が契約ごとに決め、株主総会で決議します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 適格資金調達 | 転換のきっかけとなる資金調達。ひな形では1億円以上の株式による調達 |
| バリュエーションキャップ | 転換価格の計算に使う企業価値の上限。2.0ではポストマネー(調達後)の評価額 |
| ディスカウント(割引率) | 次のラウンドの株価から割り引いて転換できる割合 |
| 転換期限 | 一定の期間内に適格資金調達がなかった場合の取り扱いを定める期限 |
| M&A時の扱い | 転換前に買収された場合、投資額の2倍で金銭償還するか、キャップで普通株式に転換したうえで買収される |
投資家は、早い段階でリスクを取った見返りとして、次のラウンドの投資家より安い株価で株式を受け取れます。ディスカウントとキャップは、そのための仕組みです。
2.0で何が変わったか|ポストマネーのキャップ
2.0の大きな変更点は、バリュエーションキャップの基準が「プレマネー(調達前)」から「ポストマネー(調達後)」に変わったことです。
プレマネーのキャップでは、J-KISSを複数回・複数の投資家に発行すると、転換時に誰がどれだけの持株比率になるかが読みにくく、創業者が想定以上に希薄化することがありました。ポストマネーにすると、「このJ-KISSの投資家は、転換時に少なくとも何%を持つか」が計算しやすくなります。言い換えると、創業者が自分の持株比率をコントロールしやすくなったということです。
なお、ひな形は取締役会を置かない会社向けに作られています。取締役会設置会社では手続きが異なるため、そのまま使わないよう注意してください。
普通株出資・融資との違い
シード期の資金調達には、J-KISSのほかに、普通株式での出資や、日本政策金融公庫などからの融資があります。
| 比べる点 | J-KISS | 普通株での出資 | 融資 |
|---|---|---|---|
| 株価の決定 | 次のラウンドまで先送り | 調達時に決める | 不要 |
| 持株比率への影響 | 転換時に希薄化(事前に試算が必要) | 調達時に確定 | なし |
| 返済義務 | なし(M&A時の償還条件などは別) | なし | あり(元本と利息) |
| 手続きの重さ | 比較的軽い(総会決議・登記は必要) | 株価算定・登記などが必要 | 審査・面談が必要 |
| 決算書の載り方 | 純資産の部「新株予約権」 | 資本金・資本準備金 | 負債(借入金) |
| 向いている場面 | 少額を素早く、複数のエンジェルから | 株価を合意できる段階 | 事業計画がはっきりしている |
J-KISSは手続きが軽いとはいえ、株主総会の決議と登記が必要な、正式な新株予約権の発行です。「メールで合意すれば終わり」という性質のものではありません。
創業期の資金調達の全体像は創業期の資金調達方法を比較、出資と持株比率の考え方は資本政策の基本と、創業初期にやりがちな失敗で解説しています。
決算書ではどう見えるか|会計・税務のポイント
純資産の部の「新株予約権」に載る
J-KISSで受け入れたお金は、借入金ではありません。会計上は、貸借対照表の純資産の部に「新株予約権」として計上されます。株式に転換されるまでは、資本金でも資本準備金でもありません。
ここから、次のような実務上のポイントが出てきます。
- 資本金は増えない:転換までは登記上の資本金は変わりません。資本金の額で決まる法人住民税の均等割や、設立時の資本金で判定する消費税の免税の扱いには、原則として影響しません
- 転換時に資本金・資本準備金へ振り替わる:適格資金調達でJ-KISSが株式に転換されると、新株予約権の金額は資本金・資本準備金に振り替わります
- 行使されないまま消滅した場合の処理:転換されずに新株予約権が消滅した場合の会計・税務の処理も、契約内容に応じて確認が必要です
エンジェル税制との関係
令和6年度の改正で、2024年4月1日以降に取得した有償の新株予約権(J-KISSなど)は、行使して株式を取得した時点でエンジェル税制の要件をすべて満たす場合、新株予約権の取得に払った金額も対象に含められるようになりました。投資家にとっては、J-KISSで投資してもエンジェル税制を使える道が開けたことになります。
ただし、判定は投資した時点ではなく、行使して株式を取得した時点です。転換のときに会社がエンジェル税制の要件を満たしているかどうかで、投資家の扱いが変わります。投資家に「エンジェル税制が使えます」と説明する前に、要件を確認しておきましょう。制度の全体はエンジェル税制の仕組みで解説しています。
銀行はJ-KISSをどう見るか|融資と組み合わせるときの注意点
「純資産が厚い会社」に見えやすい
銀行が融資の審査で重視するのは、純資産(自己資本)の厚さと、返済の見込みです。J-KISSで受け入れたお金は純資産の部に載るため、借入で同じ金額を集めた場合に比べて、自己資本比率は高く見えます。創業期の赤字で純資産がマイナス(債務超過)になるのを防ぐ効果もあります。
著書の銀行格付けモデルでも、安全性(34点)は自己資本の厚さに大きく左右されます。シード期に出資と融資を組み合わせる会社にとって、「先に純資産を厚くしてから借りる」順番は理にかなっています。
ただし、説明できないと評価は割り引かれる
一方で、新株予約権は銀行員にとって見慣れない科目です。説明が不十分だと、次のような点を懸念されます。
- M&A時の金銭償還:転換前に会社が買収されると、投資額の2倍を金銭で払う条件があります。通常の事業の中で突然返済を求められるものではありませんが、条件として存在することは説明しておきましょう
- 転換期限の扱い:期限までに適格資金調達がなかった場合にどうなるかを、契約の内容に沿って説明できるようにしておきます
- 誰が投資しているか:投資家の属性や、会社との関係も確認されることがあります
J-KISSの契約書の要点を1枚にまとめ、決算書とあわせて銀行に渡すだけで、「よくわからない純資産」から「説明のつく自己資本」に変わります。銀行がわからないまま評価を割り引くのを防ぐのは、会社側の準備です。
当事務所では、ベンチャーCFO出身でIPO準備・資本政策を統括するパートナー(髙橋)と、シリコンバレー駐在やスタートアップ起業、ベンチャーM&A仲介の経験を持つ代表(相亰)が、出資と融資の両面から資金調達を設計しています。エクイティで集めたお金は、そのまま「次の融資を受けるための自己資本」にもなります。どちらか片方だけで考えないことが大切です。
J-KISSを使う前に確認したい5つのこと
- 次のラウンドの持株比率を試算したか:キャップとディスカウントの組み合わせで、転換後に創業者が何%になるかを、複数のシナリオで計算しておく
- J-KISSを何回発行するか:少額ずつ何度も発行すると、管理と転換時の計算が複雑になる
- 会社の機関設計に合っているか:ひな形は取締役会非設置会社向け。取締役会設置会社は手続きを確認する
- 総会決議と登記の段取り:発行には株主総会の決議と登記が必要。登録免許税は、発行額にかかわらず定額
- 銀行・投資家への説明資料:契約条件の要点を1枚にまとめ、決算書と一緒に説明できるようにする
特に1つ目が重要です。株価交渉を先送りできるのはJ-KISSの利点ですが、「決めなかったこと」は、次のラウンドで必ず数字になって返ってきます。創業者の持株比率が議決権の重要なライン(過半数や3分の2)を割り込まないか、シリーズAの前に確認しておきましょう。
スタートアップの資本政策・資金調達の設計は、スタートアップ・起業支援からご相談いただけます。
まとめ
- J-KISSは、株価を決めずに資金を受け入れ、次の適格資金調達で株式に転換される新株予約権のひな形。最新版は2022年4月公開の2.0
- 2.0ではバリュエーションキャップがポストマネーになり、持株比率の見通しが立てやすくなった
- 決算書では純資産の部の「新株予約権」に載る。資本金は転換まで増えない
- 2024年4月1日以降に取得したJ-KISSは、行使時に要件を満たせばエンジェル税制の対象になりうる
- 銀行からは自己資本として評価されやすいが、M&A時の償還条件や転換期限を説明できるようにしておく
J-KISSは便利な道具ですが、資本政策の「先送り」でもあります。出資と融資をどう組み合わせて会社を強くしていくか、設立前・調達前の段階からご相談ください。
