「物件ではなく、物件を持っている会社ごと売りたい(買いたい)」。こうしたご相談が増えています。いわゆる不動産M&Aで、会社の株式譲渡によって、実質的に物件を売買する方法です。
株式譲渡には、不動産取得税や登録免許税がかからないといった分かりやすいメリットがある一方、物件売買にはないリスクも抱えています。私はかつてベンチャー企業のM&A仲介会社で役員を務めており、M&Aは「税金が安く済む取引」ではなく「会社の過去ごと引き継ぐ取引」だと考えています。2026年2月の当事務所の研究会で扱った中小M&Aの実務も踏まえ、仕組みと税金を整理します。
- 不動産M&Aは、物件ではなく物件を持つ会社の株式を売買する方法。物件の所有者は会社のまま変わらない
- 買主は不動産取得税・登録免許税・建物の消費税がかからない一方、物件の帳簿価額や過去の税務リスク、簿外債務を引き継ぐ
- 個人の売主は株式の譲渡益に20.315%。ただし土地の割合が高い会社の株式を短期で売る場合などは例外がある
- 価格は「時価純資産+営業利益の数年分」で考えることが多く、含み益にかかる将来の税金が交渉の焦点になる
不動産M&A(株式譲渡)で物件を売買する仕組み
物件売買では、売主(個人または法人)から買主へ、物件の所有権が移ります。これに対して株式譲渡では、物件を持っている会社の株主が入れ替わるだけで、物件の所有者は会社のまま変わりません。
たとえば、A社が賃貸マンション1棟を持っていて、オーナーのBさんがA社の株式を100%持っているとします。
- 物件売買:A社が買主に物件を売る。A社に売却代金が入り、A社が法人税を払う。Bさんが現金を受け取るには、さらに配当や退職金などを経由する
- 株式譲渡:BさんがA社の株式を買主に売る。Bさんに直接代金が入り、物件はA社に残ったまま
物件1棟だけを持つ会社を売買するケースもあれば、賃貸管理や仲介を行う不動産会社の事業ごと承継するケースもあります。後者はいわゆる事業承継型のM&Aで、物件だけでなく人や取引先も引き継ぎます。
物件売買と株式譲渡で税金はどう変わるか
| 項目 | 物件売買 | 株式譲渡 |
|---|---|---|
| 売主の税金(オーナー個人が現金を受け取るまで) | 会社が法人税等を払い、さらに配当等で個人に課税 | 個人の株式譲渡益に20.315% |
| 不動産取得税(買主) | かかる(土地・住宅は3%、住宅以外の家屋は4%など) | 原則かからない |
| 登録免許税(買主) | 所有権移転でかかる(土地は特例1.5%、建物2%) | 所有権移転の登記は不要 |
| 消費税 | 売主が課税事業者なら建物部分に課税 | 株式の譲渡は非課税 |
| 買主の減価償却 | 取得価額で新たに償却を始める | 会社の帳簿価額のまま引き継ぐ |
| 過去の税務リスク・簿外債務 | 原則として引き継がない | すべて会社に残り、買主が負う |
売主にとってのメリット
物件を法人で持っている場合、物件売買だと「会社で法人税、個人に移すときに所得税」と2段階で課税されます。株式譲渡であれば、オーナー個人の譲渡益に対する20.315%で完結します。オーナーが会社から現金を受け取りたい場合、株式譲渡のほうが手取りが多くなることが多いのはこのためです。
ただし例外もあります。土地等の割合が高い会社の株式を、取得から短期間で譲渡した場合などには、株式の譲渡であっても土地の短期譲渡所得として課税される規定(租税特別措置法32条2項)があります。物件を会社に入れてすぐに株式を売る、といった設計は避けてください。
売主の手取りを左右する「退職金との組み合わせ」
オーナーが会社の役員でもある場合、株式を譲渡する前に役員退職金を受け取る設計がよく検討されます。退職金は退職所得として、退職所得控除を引いた後の2分の1に課税されるなど、税負担が比較的軽く抑えられます。会社から現金が出ていく分だけ株式の価値は下がるため、「退職金+株式の譲渡代金」の合計で手取りを比べます。
ただし、退職金が会社の損金として認められるには、勤続年数や功績に照らして相当な金額であること、実際に退任していることが前提です。また、買主から見れば、退職金の支払いで会社の現預金が減り、純資産が小さくなります。買収後に銀行から見た会社の財務が弱くなりすぎないか、買主側も確認しておく必要があります。
買主にとってのメリットと、見落としやすいデメリット
買主は、物件価格の数%に当たる不動産取得税や登録免許税、建物部分の消費税を負担せずに済みます。数億円規模の物件なら、取得コストの差は数千万円になることもあります。
一方で見落としやすいのが、物件の帳簿価額を引き継ぐことです。会社が長く持っていた物件は、減価償却が進んで帳簿価額が低くなっています。株式を時価で買っても、会社の中の物件は低い帳簿価額のまま。将来その物件を売れば、帳簿価額との差額が売却益として会社に課税されます。また、償却できる金額も小さく、毎年の利益が大きく見えやすくなります。
不動産M&Aの価格はどう決まるか
中小企業のM&Aでは、時価純資産に、実質的な営業利益の数年分を加える方法(年買法)で株式の価値を考えることが多くあります。加える年数は2〜5年程度とされることが多い一方、物件を持つだけの会社では、営業利益の上乗せは小さく、時価純資産が価格の中心になります。
時価純資産は、BSの土地・建物などを時価に置き換えて計算します。ここで論点になるのが含み益にかかる将来の税金です。物件の時価が帳簿価額を大きく上回っていれば、将来売却したときに会社に法人税がかかります。買主はこの将来の税金分を価格から差し引きたいと考え、売主はそのまま評価してほしいと考える。どこまで価格に反映させるかが、交渉の大きな焦点になります。
買う前に確認すべき3つの注意点
1. デューデリジェンス(DD)で過去を洗い出す
株式譲渡では、会社の過去の申告漏れ、未払いの税金、保証債務、賃借人とのトラブルなど、帳簿に載っていないものも含めてすべて引き継ぎます。税務・財務・法務のDDで洗い出し、問題があれば価格や契約条件に反映させます。過去の消費税の区分誤りや、建物と土地の按分の根拠などは、不動産会社で特に確認したいポイントです。
2. 株式譲渡契約書(SPA)で守りを固める
DDで見つけきれなかったリスクに備え、売主の表明保証や、違反があった場合の補償の範囲・期間・上限を契約書で定めます。物件の状態、賃貸借契約の内容、税務申告の適正さなどが典型的な対象です。
3. 仲介業者と手数料の仕組みを確認する
株式の売買は宅地建物取引ではないため、手数料は宅地建物取引業法の上限ではなく、仲介業者やファイナンシャル・アドバイザー(FA)との契約で決まります。中小企業庁は2024年8月に「中小M&Aガイドライン(第3版)」を公表し、手数料や利益相反についての説明を求めています。また同庁のM&A支援機関登録制度に登録しているかどうかも、相手を選ぶ目安になります。
銀行から見た不動産M&A
株式の取得資金は、物件を担保にする通常の不動産融資とは別の枠組みで審査されます。銀行が見るのは、主に次の点です。
- 対象会社の実態BS:物件の担保評価、借入残高、含み損益
- 返済原資:対象会社の賃料収入から、配当などで買主側に資金を回せるか
- 既存借入の扱い:株主が変わったときに、銀行への報告や承諾が必要な契約になっていないか
- 経営者保証の付け替え:売主の個人保証を外し、買主側の保証に切り替えられるか
特に既存借入の条件は重要です。株主の変更を銀行に伝えずに進めると、契約違反として一括返済を求められる可能性もあります。基本合意の前から、対象会社の取引銀行と買主のメインバンクの両方と話を進めておくのが安全です。買収資金の融資の審査ポイントは、M&Aの買収資金を融資で調達するにはでも詳しく解説しています。
また、買収した会社の決算書は、その後の買主グループ全体の格付けに影響します。帳簿価額の低い物件は利益を大きく見せる一方、含み損を抱えた物件があれば実態BSを悪化させます。買った後の自社のBSがどうなるかまで試算してから判断してください。
まとめ
- 不動産M&Aは、物件ではなく物件を持つ会社の株式を売買する方法
- 買主は不動産取得税・登録免許税・建物の消費税がかからない一方、帳簿価額・税務リスク・簿外債務を引き継ぐ
- 個人の売主は原則20.315%だが、土地の割合が高い会社の株式の短期譲渡には例外がある
- 価格は時価純資産が中心。含み益にかかる将来の税金をどう反映させるかが交渉の焦点
- 融資は株式取得資金として審査される。既存借入の条件と保証の付け替えを早めに確認する
物件を個人や法人で直接売る場合の税金は、不動産売却の税金|短期・長期譲渡所得の税率と法人で売る場合の違いで解説しています。不動産M&Aの税務の検討やDDのご相談は、不動産投資家向けのサービスからお問い合わせください。
