「建物の改装工事を4つに分けて、それぞれ1,000万円未満にしたので、消費税は全額控除できますよね?」。
一見もっともらしいこの考え方が、国税不服審判所で否定された事例があります(令和7年3月19日付の非公開裁決。税のしるべ電子版2026年6月24日号で紹介)。2026年6月のクレフティのセミナーでは、この事例を題材に、居住用賃貸建物と高額特定資産の消費税を取り上げました。この記事では、その内容に、高額特定資産を取得したときの「3年縛り」と、取得後の転用・売却による調整を加えて整理します。
- 税抜1,000万円以上の居住用賃貸建物は、取得・建築・改装の消費税を原則として仕入税額控除できない
- 高額特定資産かどうかは「一の取引の単位」で判定。契約書が1本なら、工事を区分しても1つの取引とされる
- 店舗など住宅に使わないことが明らかな部分は、合理的に区分すれば控除できる。証拠は工事前からそろえる
- 本則課税で高額特定資産を取得すると、約3年間は免税にも簡易課税にも戻れない(3年縛り)
- 第3年度の課税期間の末日までに課税賃貸用への転用や売却をすると、控除できなかった税額の一部を取り戻せる
居住用賃貸建物の仕入税額控除の制限とは
2020年10月1日以後に行う居住用賃貸建物の課税仕入れについては、仕入税額控除ができなくなりました(消費税法30条10項。2020年3月31日までに締結した契約には経過措置あり)。
居住用賃貸建物とは、住宅の貸付けに使わないことが明らかな建物以外の建物で、高額特定資産(または調整対象自己建設高額資産)に当たるものです。「住宅の貸付けに使わないことが明らか」とは、すべてが店舗である建物のように、建物の構造や設備の状況から客観的に明らかな場合をいいます。住宅として貸せる建物であれば、原則として対象になると考えてください。
関係するルールを一覧にすると、次のとおりです。
| 制度 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 高額特定資産 | 消費税法12条の4 | 一の取引の単位で税抜1,000万円以上の棚卸資産・調整対象固定資産 |
| 居住用賃貸建物の控除制限 | 消費税法30条10項 | 高額特定資産である居住用賃貸建物の消費税は、原則として仕入税額控除できない |
| 合理的区分 | 消費税法施行令50条の2第1項 | 住宅の貸付けに使わないことが明らかな部分を合理的に区分すれば、その部分は控除できる |
| 3年縛り | 消費税法12条の4 | 本則課税で高額特定資産を取得すると、一定期間は免税事業者に戻れず、簡易課税も選べない |
| 転用・売却時の調整 | 消費税法35条の2 | 第3年度の課税期間の末日までに課税賃貸用に転用・売却した場合、控除できなかった税額の一部を加算 |
もともと住宅の家賃は消費税が非課税です。非課税の売上のために使う建物の消費税を控除できないのは、制度の考え方としては自然です。以前は、自動販売機の設置などで課税売上をつくって還付を受ける手法が広く使われていましたが、こうした手法を封じるために段階的に見直されてきたのがこの分野です。
改装工事でも対象になる:令和7年3月19日裁決の事例
ここからは、セミナーで取り上げた裁決事例を紹介します。
事案の概要
請求人は宅地建物取引業を営む法人です。鉄筋コンクリート造4階建ての建物1棟を所有しており、建物は内壁で左右に分かれていました。
- 左側:1階が店舗等の事業用、2〜4階が居住用(寄宿舎)
- 右側:2〜4階が事業用
2021年12月、この建物1棟の改装工事を1社に発注しました。契約金額は税込8,208万2,000円、施工期間は約5か月、支払いは6回の分割です。契約書には、工事が4つの区分で記載されていました。
| 工事区分 | 内容 | 金額 |
|---|---|---|
| 建物共通工事 | 建物全体に関わる工事 | 1,570万円 |
| A工事 | 左側1階(事業用)の改装 | 3,000万円 |
| B工事 | 右側(事業用)の改装 | 900万円 |
| C工事 | 左側2〜4階(居住用)の改装 | 1,992万円 |
※金額は契約書の区分ごとの記載。このほか消費税746万2,000円。
納税者の主張
請求人は、「各工事は内容も施工場所も異なる独立した工事で、区分ごとに見ればどれも1,000万円未満。だから高額特定資産には当たらず、居住用賃貸建物の制限も受けない」として、工事の消費税を全額、仕入税額控除して申告しました。
審判所の判断
審判所の判断は、次の3段階でした。
- 工事は「一の取引」:契約書には、工事ごとの引渡しや支払義務の発生についての定めがなく、支払いは契約金額の全体を6回に分けているだけでした。契約書どおり全体として履行されたと認められ、「工事の集合体」とみる余地はないとされました。
- 高額特定資産に該当:建物1棟への資本的支出は「一の建物」の単位で判定します。建物・附属設備として計上された資本的支出の合計は税抜約7,045万円で、1,000万円を大きく超えていました。
- 居住用賃貸建物に該当:C工事では、複数の居室にシステムバス、洋便器、洗面台、キッチンといった、入居者が住むために必要な設備が設置されていました。住宅の貸付けに使わないことが明らかな建物とはいえず、居住用賃貸建物に該当するとされました。
部分的な救済はあった
一方で、審判所は合理的区分による救済を認めました。根拠になったのは、次の3つの証拠です。
- 建物の構造:内壁で左右・用途別に物理的に分かれていた
- 工事請負契約書:4つの区分ごとに工事名と金額が明記されていた
- 総勘定元帳:建物・附属設備ごとに工事名を付けて計上されていた
その結果、居住用設備がなく建物全体に関わる工事でもないA工事とB工事は控除が認められ、居住部分の改装であるC工事と、居住部分を含む建物全体に関わる共通工事は控除が認められませんでした。申告の一部は否認され、更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分を受けています。
工事を分けても1つの取引:判定は契約の実態で決まる
この事例から読み取れる実務のポイントは、はっきりしています。
「区分して発注すれば回避できる」は危険
1つの契約書に複数の工事を書き分けただけでは、取引は分かれません。高額特定資産かどうかは、契約の形式だけでなく、引渡しと支払いの単位という実態で判断されます。
別々の取引として扱いたいなら、工事ごとに契約を分け、引渡しも支払いも別にし、実際にそのとおり履行される必要があります。ただし、本来1つの工事を形式的に分けるだけなら、実態を見て一体と判断される可能性は残ります。制度の趣旨に沿わない分割を狙うべきではありません。
店舗併用の建物は、区分の証拠を工事前からそろえる
一方、店舗や事務所と住宅が混在する建物で、事業用部分の控除を正しく受けることは当然の権利です。そのためには、
- 建物の構造(用途ごとに物理的に分かれているか)
- 工事の見積書・契約書・内訳書(用途ごとに工事名と金額が分かるか)
- 帳簿(用途ごとに工事名を付けて計上しているか)
が互いに整合していることが重要です。どれも後から作り直すことは難しいため、着工前に設計しておく必要があります。
高額特定資産の「3年縛り」:免税にも簡易課税にも戻れない
居住用賃貸建物の議論で見落とされがちなのが、高額特定資産を取得したときの納税義務の免除の特例、いわゆる「3年縛り」です。
本則課税(簡易課税ではない一般の計算方法)の課税事業者が高額特定資産を取得すると、取得した課税期間の翌課税期間から、取得した課税期間の初日以後3年を経過する日の属する課税期間までは、基準期間の課税売上高が1,000万円以下になっても免税事業者に戻れません。同じ期間は、簡易課税制度を選ぶこともできません。
国税庁のタックスアンサー(No.6502)では、居住用賃貸建物として仕入税額控除が制限される場合でも、この免税点制度の特例は適用されると明記されています。「控除できないのだから関係ない」とはなりません。
3月決算法人の例
たとえば、3月決算の法人が2027年3月期中に本則課税で居住用賃貸建物を取得したとします。取得した課税期間の初日は2026年4月1日で、その3年後の日(2029年3月31日)を含む課税期間は2029年3月期です。
- 2027年3月期(取得した期):課税事業者・本則課税
- 2028年3月期・2029年3月期:売上が少なくても免税事業者になれない。簡易課税も選べない
- 2030年3月期以降:通常どおり基準期間の課税売上高などで判定
住宅の家賃が中心で課税売上が小さい法人ほど、「本当は免税事業者に戻れたはずの期間」が縛られることになります。物件の取得を決める前に、その後3期分の消費税の負担まで見ておく必要があります。
第3年度までに転用・売却すると、一部を取り戻せる
仕入税額控除ができなかった居住用賃貸建物でも、その後の使い方によっては、控除できなかった税額の一部を後から取り戻せます(消費税法35条の2)。基準になるのは、取得した課税期間の初日以後3年を経過する日の属する課税期間(第3年度の課税期間)です。
課税賃貸用に転用した場合
第3年度の課税期間の末日に建物を持っていて、取得日からその末日までの調整期間に、建物の全部または一部を事務所や店舗など住宅以外の貸付け(課税賃貸用)に使った場合です。
国税庁の例では、控除できなかった消費税額2,000万円の建物で、調整期間の住宅の賃料が600万円、事業用の賃料が400万円だった場合、2,000万円×400÷1,000=800万円を第3年度の課税期間の仕入控除税額に加算します。
売却した場合
調整期間中に建物を他の者に売却した場合は、売却した課税期間で調整します。
国税庁の例では、控除できなかった消費税額1,000万円の建物を、住宅として賃料800万円分貸したあと7,200万円(税抜)で売却した場合、1,000万円×7,200÷8,000=900万円を加算します。
ただし、これは税額を取り戻すために用途を変えたり売却を急いだりすることを勧めるものではありません。事業として自然な計画の中で、こうした調整があることを知っておくのが大切です。
購入・着工前に確認したいこと
最後に、居住用賃貸建物の取得や大規模な改装を検討するときのチェックポイントをまとめます。
- その支出は資本的支出か修繕費か。資本的支出なら建物1棟の単位で1,000万円を判定する
- 契約書の引渡し・支払いの単位はどうなっているか
- 店舗併用なら、構造・契約書・帳簿で用途ごとの区分が整合しているか
- 取得する課税期間は本則課税か。3年縛りで今後3期の消費税がどうなるか
- 第3年度までに用途変更や売却の予定はあるか
不動産投資家にとって、控除できない消費税はそのまま物件のコストになります(税込経理か税抜経理かで、法人税・所得税での処理方法は異なります)。購入時の資金計画、融資額、その後の決算書の見え方にもつながる論点です。法人を設立したばかりの段階での消費税の考え方は、法人設立前に知るべき消費税で解説しています。こうした論点を着工前に相談できる税理士かどうかは、不動産投資に強い税理士の選び方でも判断のポイントとして挙げています。
まとめ
- 税抜1,000万円以上の居住用賃貸建物は、取得・改装の消費税を原則として仕入税額控除できない
- 高額特定資産かどうかは一の取引の単位で判定する。契約書が1本で引渡し・支払いが一体なら、工事を区分しても1つの取引
- 住宅に使わないことが明らかな部分は合理的区分で控除できる。構造・契約書・帳簿の整合が決め手
- 本則課税で高額特定資産を取得すると、約3年間は免税にも簡易課税にも戻れない。居住用賃貸建物でも同じ
- 第3年度の課税期間の末日までの転用・売却では、控除できなかった税額の一部を加算できる
消費税の判断は、事後に修正することが難しい分野です。物件の購入や改装工事は、契約を結ぶ前にご相談ください。クレフティでは不動産投資家向けサポートの中で、取得時の消費税から融資を見据えた決算書づくりまで一貫してお手伝いしています。
