「シンガポールに移りたい」「ドバイで暮らしてみたい」「マレーシアの長期滞在ビザを取りたい」。ここ数年、税理士として海外移住のご相談を受ける機会がはっきり増えました。
そのときに必ずセットで考えていただきたいのが、「移住したら、日本の不動産融資はどうなるのか」という問題です。これを知らずに移住すると、日本で不動産投資を続けたくても、次の物件が買えなくなることがあります。
- 非居住者になると、個人名義での新規融資はほぼ受けられなくなる
- 日本法人を借り手にすれば、代表者が海外にいても法人として融資審査を受けられる可能性が残る
- 移住前にやるべきは「法人の整備・融資の確保・日本側の担い手の確保」の3ステップ。準備は1〜2年前から
- 移住後も買い続ける条件は、日本法人が決算を出し、返済し、銀行と情報共有し続けること
非居住者になると、個人名義の新規融資はほぼ止まる
結論からお伝えします。個人名義の新規融資は、非居住者になるとほとんどの金融機関で受けられなくなります。
日本の金融機関は、融資の際に住所・勤務先・連絡先が国内にあることを前提に審査を組み立てています。本人確認や返済管理、万一のときの連絡や回収まで、すべて「日本に住んでいる」ことが土台になっているのです。
住民票を抜いて海外に移ると、金融機関から見れば「何かあっても追いかけにくい人」になります。担保のある不動産融資であっても、個人の非居住者への新規融資は受け付けないという金融機関が大半です。
「詰み」ではない
では、日本に物件を持ったまま海外に移住したら、不動産投資は終わりなのか。そうではありません。「詰み」にならないための設計があります。鍵になるのが、次に説明する法人です。
| 借り手 | 移住後の新規融資 | 主な条件・注意点 |
|---|---|---|
| 個人(非居住者) | ほとんどの金融機関で不可 | 居住確認・回収の観点から審査の土台に乗りにくい |
| 個人(非居住者向けの一部金融機関) | 可能な場合あり | 金利は割高、融資割合(LTV)は低め、追加担保を求められることも |
| 日本法人(代表者が海外在住) | 審査を受けられる可能性あり | 法人の決算・返済実績が中心。代表者の信用情報や連帯保証、連絡体制も確認される |
日本法人を借り手にすれば、融資の道は残る
株式会社でも合同会社でも、日本で設立した法人は日本に本店を持つ存在です。代表者が海外に住んでいても、法人そのものは日本に存在しているため、法人としての融資審査を受けることができます。
「日本に住んでいないと貸せない」というルールは、あくまで個人融資の話です。法人融資では、法人の決算書と返済能力が審査の中心になります。
もちろん、代表者の信用情報は見られますし、代表者の連帯保証を求める金融機関もあります。それでも「法人が日本にあれば融資の対象になり得る」というのは、個人融資とは決定的に違う点です。
法人化のタイミングは移住より前に
ここで注意したいのは、法人は「つくった瞬間」から借りられるわけではないことです。決算実績のない法人は、金融機関にとって判断材料がありません。プロパー融資を視野に入れるなら、2〜3期分の決算を見せられる状態が理想です。
移住が決まってから慌てて法人をつくっても、実績ゼロの法人と、日本にいない代表者という組み合わせになってしまいます。将来の移住が少しでも視野にあるなら、法人化のタイミングは早めに検討しておくべきです。法人化そのものの判断については、不動産投資の法人化はいつがベストかで詳しく解説しています。
移住前にやるべき3ステップ
移住のタイミングは、多くの場合、事前に決まっています。だからこそ、移住の1〜2年前から準備を始めれば、現実的に打てる手があります。
ステップ1:個人の借入と物件の持ち方を整理する
いま個人名義で借りている融資がある場合、法人名義への切り替えを検討します。ただし、物件を法人に移すには売買や借り換えが必要で、金融機関の同意が欠かせません。登録免許税や不動産取得税、個人側の譲渡所得の課税など、移転のコストもかかります。
すべてを一度に切り替えるのは難しいケースも多いため、少なくとも新規の購入は法人で行うよう方針を整理するのが現実的です。
既存の個人ローンについては、契約上、住所変更などの届出が求められているのが一般的です。移住を伏せたまま借り続けるのではなく、事前に金融機関に相談し、返済方法や連絡体制を確認しておくことが、長い付き合いを続けるための前提です。
ステップ2:移住前に融資を確保しておく
非居住者になってからでは、個人での新規融資はほぼ取れません。検討中の物件があれば、移住前に融資の実行まで持っていく。あるいは、法人で次の物件に向けた相談を進め、金融機関との関係をつくっておく。
「動けるうちに動く」は不動産投資の基本ですが、移住の前後ではその重要性が際立ちます。
ステップ3:日本側の担い手を確保する
海外にいながら日本の不動産事業を回すには、日本国内で動いてくれる専門家が必要です。税理士・公認会計士はもちろん、物件管理の判断を任せられる管理会社やスタッフ。金融機関との面談、書類の提出、毎月の入出金の確認を、すべて現地から自分でこなすのは物理的に限界があります。
この3つを移住前に仕込んでおくかどうかで、移住後の事業の続けやすさはまったく変わります。
移住までのスケジュールの目安
移住の時期が見えてきたら、次のような順番で準備を進めると、慌てずに済みます。金融機関の審査や物件の売買には数か月単位の時間がかかるため、逆算して動くことが大切です。
| 時期 | やること |
|---|---|
| 移住の2年前ごろ | 法人の有無と決算の状況を確認する。法人がなければ、法人化のタイミングと持ち方を検討する |
| 移住の1年半〜1年前 | 主要な金融機関に移住の予定を伝え、既存借入の扱いと、法人での今後の融資方針を相談する |
| 移住の1年〜半年前 | 検討中の物件があれば融資の実行まで進める。個人から法人への物件の移転は、税金とコストを試算してから判断する |
| 移住の半年前〜直前 | 日本側の窓口(税理士・管理会社など)と役割分担を決める。納税管理人の届出など税務の手続きを整える |
| 移住後 | 決算書・試算表を期限どおりに提出し、金融機関との定期的な面談をオンラインなども使って続ける |
特に、個人から法人への物件の移転は、譲渡所得の課税や不動産取得税、登録免許税がかかり、融資の組み直しも必要になります。「移住するから全部法人へ」と急ぐと、かえって手元資金を減らしてしまうことがあります。物件ごとに、移す・個人のまま持ち続ける・売却するのどれが合理的かを比較してください。
移住後に起こりやすい実務の壁
融資の審査以外にも、海外から日本の金融機関とやり取りする際には実務上の壁があります。
- 契約書類への署名・押印や印鑑証明など、原本の郵送や本人の来店を求められる手続きがある
- 時差があるため、金融機関の営業時間内に電話や面談の時間を取りにくい
- 住所変更や連絡先の届出が遅れると、重要な通知が届かないおそれがある
日本側の担い手を確保しておく意味は、こうした「小さな手続き」を止めないことにもあります。
個人のまま借りられる金融機関もあるが、選択肢は狭い
非居住者の個人に融資する金融機関がゼロというわけではありません。一部の地方銀行や、ノンバンク系の不動産ファイナンス会社には、非居住者向けの融資を扱うところもあります。
ただし条件は厳しくなります。
- 金利は割高
- 融資割合(LTV)は低めで、自己資金を多く求められる
- 追加の担保を求められるケースもある
- 何より、対応している金融機関の数が少なく、比較・交渉の余地が小さい
「ないわけではない」ことを理由に、移住前の準備を後回しにするのは危険です。移住後にいざ融資を受けようとして、選択肢がほとんど残っていなかったというケースを、私はいくつも見てきました。
移住後も「買い続ける」ために:日本法人を生かし続ける
移住後も不動産を買い続けるために最も大切なのは、日本法人を存続させ、その法人と金融機関の関係を切らさないことです。
代表者が海外にいても、法人が毎期きちんと決算を出し、融資を約定どおり返済し、金融機関と情報共有できていれば、融資は継続して検討してもらえます。反対に、法人が休眠状態になる、決算書が出てこない、銀行からの連絡に返事がない、という状態になれば、信頼は一気に失われます。
- 決算書と試算表が期限どおりに出てくるか
- 返済が約定どおりに続いているか
- 日本側に実務の窓口(税理士・管理会社など)があり、連絡がつくか
- 純資産が積み上がり、格付けが維持・改善しているか
私自身、2019年に勤務先を辞めて独立したとき、金融機関から「あなたには、貸せません」と言われ、融資が止まった経験があります。勤務先という属性が消え、法人にはまだ実績がなかった。そこから決算書を立て直し、2025年までに総投資額82億円まで広げることができましたが、属性が消えた瞬間に窓口が閉まる怖さは身をもって知っています。非居住者になるということは、国内の住所という、さらに根本的な属性を手放すことでもあります。
決算書のどこが見られているかは、銀行に出す前に見直したい決算書のポイントで詳しく解説しています。
税金の設計も同時に
融資の設計と同じくらい重要なのが、税金です。非居住者になっても日本の不動産の家賃には日本で課税されますし、日本法人から受け取る役員報酬や配当には源泉徴収がかかります。相続税・贈与税は、移住後も一定期間は日本の課税対象に残ります。詳しくは海外移住と税金|非居住者になる前に確認すべきことをご覧ください。
まとめ
- 非居住者になると、個人名義の新規融資はほぼ受けられない
- 日本法人を借り手にすれば、代表者が海外にいても融資の道は残る。ただし決算実績のある法人であることが前提
- 移住前にやるべきは「持ち方の整理・融資の確保・日本側の担い手の確保」。準備は1〜2年前から
- 移住後は、日本法人が決算を出し、返済し、銀行と情報共有し続けることが生命線
海外移住は、人生の選択肢として十分にありだと私は考えています。ただし「不動産事業の機動力を落とさない移住の設計」は、必ず移住の前に描いてください。移住してから「融資が受けられない」と気づいても、できることは限られてしまいます。クレフティは20行を超える金融機関との折衝経験があり、英語での対応も可能です。移住を視野に入れた法人と融資の設計は、不動産投資家向けサポートからご相談ください。
