「そろそろ法人をつくったほうが節税になると聞いたのですが」。会社員をしながら不動産を持っている方から、よくいただくご相談です。
法人化のメリットは本物です。ただし、「するかしないか」ではなく「いつするか」の問題であり、タイミングを誤ると、融資の流れが止まったり、かえって手取りが減ったりします。不動産投資を拡大したい方ほど、この判断は慎重であるべきです。
- 法人化は「税金を減らすツール」ではなく「事業を大きくするためのプラットフォーム」と考える
- 落とし穴は3つ:①個人属性が使えなくなる ②決算実績ゼロ期間で借りにくい ③役員報酬の設計ミス
- 目安は課税所得900万円超、かつ個人での実績(物件数・家賃収入)がある程度積み上がった段階
- 法人化の前に、税額だけでなく5年後の融資計画までシミュレーションする
「節税になるから法人化」は順番が逆
法人化で税負担が軽くなる場面があるのは事実です。しかし、それを主な動機にすると判断がブレます。法人化は「事業を大きくするための土台を整える」ためのもので、税負担の軽減はその結果としてついてくるもの、という順番で考えるべきです。
実際、「税金が安くなると聞いて法人をつくったら、かえって融資が難しくなった」という方を、私はこれまで何人も見てきました。
法人化の本当のメリット3つ
1. 税率の差
個人の所得税は累進課税で、課税所得4,000万円超の部分には最高45%(住民税を合わせると約55%)がかかります。一方、法人の実効税率は所得規模によりおおむね25〜34%程度です。所得が一定水準を超えると、法人のほうが税負担の総額を抑えやすくなります。
| 個人の課税所得 | 所得税率 | 住民税と合わせた税率(目安) |
|---|---|---|
| 695万円超〜900万円以下 | 23% | 約33% |
| 900万円超〜1,800万円以下 | 33% | 約43% |
| 1,800万円超〜4,000万円以下 | 40% | 約50% |
| 4,000万円超 | 45% | 約55% |
※復興特別所得税は省略しています。
2. 経費設計の選択肢が広がる
役員報酬、役員退職金、出張旅費規程、社宅制度など、個人では使いにくい選択肢が増え、キャッシュフローを設計しやすくなります。
3. 法人としての信用・事業承継のしやすさ
取引先や金融機関に対して事業体としての姿勢を示せるほか、将来の相続・事業承継の設計もしやすくなります。
落とし穴1:個人属性が使えなくなる
会社員が個人で不動産を買うとき、金融機関は勤務先・年収・勤続年数といった個人属性を重視します。大企業に長く勤めている方なら、個人名義で有利な条件を引き出せることもあります。
ところが法人名義で借りる場合、審査の中心は法人の決算書になります。物件がまだ2〜3棟の段階で法人化すると、せっかくの属性という武器を早々に手放すことになりかねません。「法人化で軽くなる税額」と「個人属性で借りられる融資の総額」、どちらが大きいかを冷静に比較してください。
この構造は2棟目・3棟目で融資が止まる理由でも詳しく解説しています。
落とし穴2:決算実績ゼロ期間という罠
設立したばかりの法人には、過去の決算実績がありません。金融機関は通常、直近2〜3期の決算書を見て判断します。最初の決算を迎えるまでは実績ゼロ、2期を終えてようやく比較ができる状態になり、プロパー融資を狙うなら3期程度の実績を求められることも少なくありません。
つまり、法人として融資がスムーズに通るまで、数年かかることがあるのです。この「空白期間」をどう乗り越えるかを計画に組み込まないまま法人化すると、「個人のときより借りにくくなった」という状態に陥ります。
決算書は期数だけでなく中身も問われます。銀行格付けで最も配点が大きいのは返済能力で、著書のモデルでは正常先の最低ラインを32点以上、さらに純資産1億円をプロパー融資のスタートラインの目安としています(詳しくは保証協会付き融資とプロパー融資の違い)。
落とし穴3:役員報酬の設計ミスで手取りが減る
法人化すると、生活費は役員報酬として受け取ります。役員報酬は原則として期首から3か月以内に決め、その事業年度中は変更できません(定期同額給与)。
- 報酬を高くすると:法人税は減るが、個人の所得税・住民税と社会保険料が増える
- 報酬を低くすると:個人の負担は減るが、法人に利益が残り法人税が増える
特に見落とされがちなのが社会保険料です。会社負担分と本人負担分を合わせると報酬のおおむね3割前後になり、月50万円の報酬なら年間180万円前後が社会保険料として出ていく計算です。シミュレーションをせずに「とりあえず月30万円で」と決めた結果、法人化前より手取りが減ってしまうケースは珍しくありません。
法人化を検討するタイミングの目安
私がご相談の場でお伝えしている大原則は2つです。
- 個人の課税所得が900万円を超えた(所得税率33%のライン)
- 個人での実績がある程度積み上がった(目安として物件5棟以上、または年間家賃収入3,000万円程度)
もちろん、これはあくまで目安です。買い進めるペース、組む金融機関、ご家族の状況、将来の相続まで含めて、最適なタイミングは一人ひとり異なります。
筆者の失敗:独立と同時の法人化で、融資の窓口が閉まった
偉そうに書いていますが、これは私自身の失敗談でもあります。
2019年、私は勤めていた会社を辞めて独立し、同時に法人を設立しました。税理士・公認会計士として独立する以上、自然な流れのつもりでした。しかし不動産投資の文脈では、これが誤算でした。勤務先という属性が消え、法人には決算実績がない。ちょうど不動産投資を拡大したいタイミングで、融資の窓口がほとんど閉まってしまったのです。
その後、財務を立て直して総投資額82億円まで回復できましたが、「5年後に融資を受け続けられるか」を先に考えていれば、遠回りせずに済んだはずです。
まとめ
- 法人化は「いつするか」の問題。税額だけで判断しない
- 落とし穴は「個人属性の喪失」「決算実績ゼロ期間」「役員報酬の設計ミス」
- 目安は課税所得900万円超、かつ個人での実績が積み上がった段階
- 法人化の前に、税額・社会保険料・5年後の融資計画をセットでシミュレーションする
なお、法人を設立するときは消費税の扱いも同時に設計が必要です。法人設立前に知るべき消費税のポイントもあわせてご覧ください。
