「海外に移住すれば税金がゼロになる」。SNSでこうした話を見かけることが本当に増えました。ドバイなら所得税がない、シンガポールなら税率が低い。全部が誤りというわけではありませんが、日本の税制はそれほど単純ではありません。
特に、日本に不動産を持っている人にとって「移住すれば税金ゼロ」は完全な誤解です。家賃も売却益も日本で課税され、相続税は移住後も長く日本の課税対象に残ります。融資の話(海外移住すると不動産投資の融資はどうなる?)とあわせて、移住前に必ず押さえておいてください。
- 非居住者かどうかは日数ではなく住所(生活の本拠)で判定される。「183日ルール」は日本の国内法の基準ではない
- 個人名義の日本の不動産の家賃・売却益は、非居住者でも日本で課税。確定申告と納税管理人が必要
- 日本法人を残すと法人税は通常どおり。社長への役員報酬・配当は20.42%の源泉徴収の対象になる
- 有価証券等が1億円以上なら出国税。資産管理法人の株式も対象資産に含まれる
- 相続税・贈与税は、本人と相続人の双方が10年超海外にいない限り全世界の財産が対象。日本の不動産はいつまでも課税対象
非居住者かどうかは「住所」で決まる
所得税法では、国内に住所があるか、現在まで引き続いて1年以上居所がある人を居住者、それ以外を非居住者としています。住所とは「生活の本拠」のことで、住居、家族、職業、資産の所在などを総合して判断されます。1年以上の予定で海外で働くために出国した場合などは、国内に住所がないものと推定されます。
よく「1年のうち183日以上海外にいれば非居住者」と言われますが、これは日本の国内法の基準ではありません。183日という数字は、主に租税条約の短期滞在者免税などで使われるものです。住民票を抜いても、日本に家族と自宅を残して頻繁に戻っていれば居住者と判断されることがありますし、逆もあり得ます。日本の税務は、形式ではなく実態で判断するのが基本です。
また、移住先の国にも独自の居住者判定があります。両方の国で居住者とされた場合の扱いは租税条約で定められていることが多く、国ごとに異なるため個別の確認が必要です。
| 区分 | 日本で課税される所得 |
|---|---|
| 居住者(非永住者以外) | 国内・国外を問わずすべての所得 |
| 非居住者 | 日本の国内源泉所得のみ(日本の不動産の家賃・売却益、日本法人からの役員報酬・配当など) |
個人名義の日本の不動産は、非居住者でも日本で課税される
日本にある不動産から生まれる家賃は、国内源泉所得です。持ち主が非居住者になっても、日本で課税されることは変わりません。
源泉徴収されるかどうかは借主で決まる
非居住者に家賃を払う借主は、原則として支払いのつど20.42%を源泉徴収する義務があります。ただし、借主が個人で、自分や親族の住まいとして借りている場合は源泉徴収の必要がありません。
- 借主が法人・事業者(社宅、店舗、事務所など)→ 家賃から20.42%が源泉徴収される
- 借主が個人で自己・親族の居住用 → 源泉徴収なし
居住用のアパート・マンションが中心の投資家なら、家賃は満額で入ってくることが多いでしょう。ただし、その分は自分で確定申告をして納税する義務が残ります。源泉徴収された場合も、確定申告で精算します。
確定申告と納税管理人
国内に住所がなくなる場合は、出国前に納税管理人を定めて税務署に届け出るのが原則です。納税管理人は、申告書の提出や税務署からの書類の受け取りなどを代わりに行う人で、税理士に依頼するのが一般的です。
さらに、非居住者の確定申告では、使える所得控除が雑損控除・寄附金控除・基礎控除に限られます。社会保険料控除や扶養控除、生命保険料控除などは使えません。居住者のときと同じ所得でも、税額が増えることがある点に注意してください。
売却するときは買主が源泉徴収する
非居住者が日本の不動産を売ると、買主は原則として売買代金の10.21%を源泉徴収します(買主が個人で、自己・親族の居住用として1億円以下で買う場合は不要)。売却益は確定申告で計算し、源泉徴収された額と精算します。売却時の税金の基本は不動産売却の税金|短期・長期の譲渡所得で解説しています。
「移住すれば日本の不動産の手続きはなくなる」ではなく、「確定申告と納税管理人のコストが毎年かかり続ける」というのが現実です。
日本法人を残す場合の課税関係
融資の観点から、海外移住を考えるなら日本法人を借り手にするのが有効だとお伝えしています。では、法人を日本に残した場合、税金はどうなるのでしょうか。
法人税は変わらない
日本の法人税法では、本店が日本にある法人は内国法人です。社長が海外に住んでいても、法人の家賃収入や物件の売却益には、これまでどおり法人税がかかります。「日本法人を残せば事業の継続性は保てる」というのは、その通りです。
注意が必要なのは「法人からお金を受け取るとき」
社長が非居住者になると、日本法人から受け取るお金の扱いが変わります。
| 受け取るもの | 日本での課税 | 租税条約による軽減 |
|---|---|---|
| 役員報酬 | 国内源泉所得として20.42%の源泉徴収(海外で職務をしていても原則対象) | 多くの条約で法人の所在地国(日本)での課税が認められており、軽減されないことが多い |
| 非上場株式の配当 | 20.42%の源泉徴収 | 条約により軽減される場合あり。支払前に届出書の提出が必要 |
役員報酬は、日本の法人の役員として受け取る以上、職務を海外で行っていても原則として日本の国内源泉所得になります。多くの租税条約には「役員報酬」についての条項があり、法人の所在地国である日本で課税できるとされているため、配当や利子のように条約で税率が下がるとは限りません。移住先の国でも課税される場合は、その国で外国税額控除などにより二重課税を調整するのが一般的です。
配当は、条約で日本側の源泉徴収税率が軽減される場合がありますが、適用を受けるには支払前に「租税条約に関する届出書」を提出する必要があります。どの国に移住するかで税負担が大きく変わるので、移住先の候補が決まった段階で条約の内容を確認してください。
移住先の国から見た「法人の居場所」
日本では本店所在地で内国法人かどうかを判定しますが、国によっては、法人の実質的な管理・支配がどこで行われているかで法人の居住地を判定します。社長が移住先ですべての意思決定をしていると、移住先の国から「自国の法人」や「自国に拠点を持つ法人」とみなされ、課税関係が複雑になるおそれがあります。
日本に税理士や事務スタッフなどの担い手を置き、取締役会の運営や経理を含めて法人の運営を形式・実態ともに日本で行う体制を整えておくことは、融資の面だけでなく税務の面でも重要です。扱いは国によって異なるため、移住先の専門家とあわせて確認してください。
出国税(国外転出時課税)
「出国税」と呼ばれる国外転出時課税制度は、2015年7月に導入されました。次の2つを満たす人が国外に転出するとき、対象資産をその時点で売ったものとみなして含み益に所得税を課す制度です。
- 有価証券(株式・投資信託など)、匿名組合出資、未決済の信用取引・デリバティブ取引の合計額が1億円以上
- 国外転出の日前10年以内に、国内に住所または居所を有していた期間が5年超
たとえば取得価額5,000万円の株式が1億5,000万円になっていれば、実際には売っていなくても、差額の1億円に課税されます。
不動産そのものは対象外です。ただし、資産管理法人の株式は有価証券に当たります。法人で物件を持っている方は、株式の評価額によっては1億円の判定に入ってくるため注意が必要です。
納税管理人を届け出て担保を提供すれば納税を猶予する制度や、国外転出から5年以内(猶予の延長を受けた場合は10年以内)に帰国した場合に課税を取り消す制度もあります。要件や手続きが細かいため、出国前に必ず専門家と試算してください。
相続税・贈与税は「10年ルール」に注意
いちばん誤解が多く、影響も大きいのが相続税・贈与税です。
日本国籍を持つ人の場合、亡くなった人(贈与した人)と財産を受け取る人の両方が、相続・贈与の前10年以内に一度も日本に住所を持っていなかったときに初めて、海外にある財産が日本の相続税・贈与税の対象から外れます。この期間は2017年度の税制改正で5年から10年に延びました。
つまり、本人が移住しても、子どもが日本に住んでいれば全世界の財産が課税対象のままです。本人と子どもがそろって移住しても、10年が経つまでは同じです。
そして、日本にある不動産は「国内財産」です。誰がどこに住んでいても、日本の相続税・贈与税の対象から外れることはありません。法人で持っている場合も、日本法人の株式は国内財産です。
移住前に駆け込みで贈与しようとしても、贈与税は同じルールで課税されます。インターネットには「移住すれば相続税がかからない」という情報が多く出回っていますが、こうした手法は税制改正で年々ふさがれてきました。ネットで見た方法が、今も使えるとは限りません。相続と法人の関係については不動産を法人で持つと相続税はどう変わる?もご覧ください。
移住で税負担が軽くなる人、ならない人
もちろん、海外移住には税務上のメリットもあります。非居住者になれば、海外で得た所得、たとえば海外での事業の利益、海外の不動産の家賃、海外口座の利子などは、原則として日本では課税されません(移住先の国での課税は別途あります)。
だからこそ、移住の税務上の効果は人によって大きく違います。
- 日本以外での収益の比率が高い人:移住による税務上のメリットが出やすい
- 日本の不動産が収益の中心の人:日本での課税はほとんど変わらず、確定申告・納税管理人・条約の手続きなどのコストがむしろ増える
住民税は1月1日時点で国内に住所があるかで課税が決まるなど、移住の時期によって変わる論点もあります。
まとめ
- 非居住者かどうかは住所(生活の本拠)で判定される。日数だけで決まるわけではない
- 個人名義の日本の不動産の家賃・売却益は日本で課税。確定申告と納税管理人が必要で、所得控除も限られる
- 日本法人の法人税は通常どおり。社長への役員報酬・配当は20.42%の源泉徴収。条約での扱いは国によって違う
- 有価証券等が1億円以上なら出国税。資産管理法人の株式も含まれる
- 相続税・贈与税は双方が10年超海外にいない限り全世界の財産が対象。日本の不動産は常に対象
移住は人生の選択肢として十分にありです。ただ、「税金の話を後回しにして先に移住した」結果、後から想定外の負担に気づく方は少なくありません。租税条約や移住先の税制は国ごとに異なるため、移住の少なくとも1〜2年前から、国際税務に対応できる税理士に相談を始めてください。クレフティは英語での対応も可能です。日本の不動産と法人をどう残すかを含め、不動産投資家向けサポートからご相談ください。
