会社を設立したとき、意外と見落とされがちなのが社会保険の加入です。「従業員がいないから関係ない」「しばらくは国民健康保険のままでいい」と考えている方もいますが、法人は社長1人でも社会保険に加入する義務があります。
この記事では、起業して法人を設立したときの社会保険の加入義務と手続き、役員報酬から見た保険料の目安、従業員を雇ったときの労働保険、そして社会保険料が会社の資金繰りや融資にどう影響するかを解説します。
- 法人は社長1人でも健康保険・厚生年金保険の強制適用。設立から5日以内に年金事務所へ届け出る
- 保険料は会社と本人で合わせて標準報酬月額のおよそ3割。役員報酬を決めるときは必ずセットで考える
- 従業員を雇ったら労災保険・雇用保険の手続きも必要。役員は原則として対象外
- 社会保険料の滞納は差押えにつながり、金融機関の評価を大きく下げる
法人は社長1人でも社会保険の加入義務がある
健康保険と厚生年金保険(あわせて「社会保険」と呼ばれます)は、次の事業所に加入が義務づけられています。
| 事業所の種類 | 加入義務 |
|---|---|
| 法人(株式会社・合同会社など) | 常時使用する人が1人でもいれば義務(社長1人だけの場合も含む) |
| 個人事業(法定の業種) | 常時5人以上の従業員がいれば義務 |
| 個人事業(上記以外、または5人未満) | 任意(従業員の半数以上の同意で加入できる) |
ポイントは、法人の場合、役員報酬を受け取る社長も「使用される人」として被保険者になることです。個人事業主のときは国民健康保険と国民年金だった方も、法人を設立して役員報酬を受け取るようになれば、会社の社会保険に加入します。株式会社か合同会社かによる違いもありません。
役員報酬がゼロの場合
設立直後でまだ役員報酬を払っていない場合は、報酬が発生するまで被保険者にならない扱いが一般的です。ただし、この間は国民健康保険・国民年金に加入していることになるため、切り替えの時期を把握しておく必要があります。
加入手続きと期限
年金事務所への届出
会社を設立したら、本店所在地を管轄する年金事務所(または事務センター)に、次の書類を提出します。電子申請・郵送・窓口のいずれでも提出できます。
| 書類 | 期限 | 主な添付書類 |
|---|---|---|
| 健康保険・厚生年金保険 新規適用届 | 事実発生(設立など)から5日以内 | 法人の登記事項証明書など |
| 健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 | 資格取得から5日以内 | 役員報酬の額がわかる資料を求められることがある |
| 健康保険 被扶養者(異動)届 | 扶養家族がいる場合、資格取得届とあわせて | 続柄・収入がわかる書類など |
期限が5日以内と短いのが特徴です。税務署への届出より先に動く必要があるので、設立登記の段階から準備しておきます。
国民健康保険からの切り替え
会社の健康保険に加入したら、それまでの国民健康保険は市区町村で脱退の手続きをします。自動では切り替わらないため、手続きを忘れると保険料を二重に払う状態が続きます。新しい保険証の情報(資格確認書やマイナ保険証の登録状況)を確認したうえで、早めに手続きしてください。
社会保険料はいくらかかるか
社会保険料は、役員報酬などをもとにした標準報酬月額に保険料率を掛けて計算し、会社と本人で半分ずつ負担します。
2026年度の保険料率(協会けんぽ東京支部の例)
| 保険 | 保険料率(労使合計) |
|---|---|
| 厚生年金保険 | 18.3% |
| 健康保険(東京) | 9.85% |
| 介護保険(40歳以上65歳未満) | 1.62% |
| 子ども・子育て支援金(2026年4月分から) | 0.23% |
健康保険料率は都道府県ごとに異なり、毎年見直されます。2026年4月分からは、医療保険の保険料とあわせて子ども・子育て支援金の徴収も始まっています。
役員報酬30万円の場合の計算例
役員報酬が月30万円(標準報酬月額30万円)、東京都、40歳未満の場合で概算すると、次のとおりです。
- 保険料率の合計:18.3% + 9.85% + 0.23% = 28.38%
- 労使合計の保険料:30万円 × 28.38% ≒ 約8万5,000円/月
- そのうち会社負担・本人負担:それぞれ約4万2,500円
40歳以上なら介護保険料が加わり、合計で約30%、月9万円ほどになります。つまり、役員報酬を月30万円にすると、会社の負担は報酬30万円+社会保険料約4万円になり、社長の手取りは本人負担分と税金を差し引いた額になります。
役員報酬は、法人税・所得税・社会保険料の三つを同時に見て決める必要があります。考え方は役員報酬の決め方で詳しく解説しています。
従業員を雇ったら労働保険の手続きも必要
従業員を1人でも雇うと、社会保険に加えて労働保険(労災保険と雇用保険)の手続きが必要になります。
| 手続き | 提出先 | 期限 |
|---|---|---|
| 労働保険 保険関係成立届 | 労働基準監督署 | 保険関係が成立した日の翌日から10日以内 |
| 労働保険 概算保険料申告書 | 労働基準監督署など | 保険関係が成立した日から50日以内 |
| 雇用保険 適用事業所設置届 | ハローワーク | 設置の日の翌日から10日以内 |
| 雇用保険 被保険者資格取得届 | ハローワーク | 雇い入れた月の翌月10日まで |
社長は労働保険の対象外が原則
代表取締役などの役員は「労働者」ではないため、原則として雇用保険・労災保険には加入できません。社長が現場で作業する業種では、ケガへの備えとして、中小事業主の労災保険特別加入(労働保険事務組合を通じて加入)を検討する価値があります。
加入しないままにしておくとどうなるか
「設立したばかりで余裕がないから、しばらく社会保険には入らずにおこう」と考える方もいますが、おすすめできません。
- 年金事務所から加入の指導が来る:法人の登記情報や、税務署に出す源泉徴収の情報などから、未加入の法人は把握されます。加入指導に応じないと、立入検査を経て職権で加入させられることがあります
- さかのぼって徴収される:加入すべきだった時期にさかのぼって保険料を請求されることがあります。社会保険料の徴収の時効は2年のため、最大で2年分をまとめて請求される可能性があり、創業期の資金繰りには大きな打撃です
- 従業員の採用で不利になる:社会保険に入れない会社は、求職者から敬遠されます。人を採用する段階になって慌てて加入するより、最初から整えておくほうが手間も少なくなります
社会保険料は確かに重い負担ですが、加入を先送りしても負担は消えず、後からまとめて来るだけです。それなら、最初から固定費として事業計画に組み込み、その負担に耐えられる売上と粗利の計画を立てるほうが健全です。
設立日と報酬の開始月にも注意
社会保険料は月単位でかかり、資格を取得した月から保険料が発生します。月末近くに設立して、その月から役員報酬を払う場合は、その月の分から保険料がかかります。役員報酬をいつから払い始めるかは、社会保険の資格取得日にも関わるため、設立のスケジュールとあわせて決めておきましょう。
社会保険料と資金繰り・融資の関係
保険料は「毎月の固定費」として効いてくる
社会保険料は、原則として毎月、前月分を納付します。売上が立つ前から発生し、赤字でも減らない固定費です。創業期の資金繰り表には、役員報酬・給与と並べて、会社負担の社会保険料を必ず入れてください。創業融資の事業計画でも、人件費に社会保険料を見込んでいないと、計画の甘さを指摘されます。
滞納は差押えにつながり、銀行の評価を大きく下げる
資金繰りが苦しくなると、社会保険料や税金の支払いを後回しにしたくなります。しかし、社会保険料の滞納が続けば、督促を経て売掛金や預金の差押えに進むことがあります。取引先や金融機関に差押えが知られれば、信用は一気に失われます。
金融機関は融資の審査で、税金や社会保険料をきちんと納めているかを重視します。資金繰りの相談に来た会社に未払いの社会保険料が積み上がっていれば、それだけで「返済より先に払うべきものを払えていない会社」と判断されかねません。
私自身、2019年に銀行から融資を止められたとき、最優先で手を付けたのは納めるべきものを納め、現預金を厚くすることでした。払うべきものを期日どおりに払い続けることが、結局は金融機関の信頼を取り戻すいちばんの近道です。
役員報酬を極端に低くすれば社会保険料は下がります。ただし、会社に利益が残りすぎれば法人税が増え、社長個人の収入が低すぎれば住宅ローンなど個人の借入審査で不利になります。社会保険料だけを見て報酬を決めるのではなく、会社と個人の両方の「借りる力」で考えてください。
まとめ
- 法人は社長1人でも健康保険・厚生年金保険の強制適用。設立から5日以内に届け出る
- 国民健康保険は自動で切り替わらない。市区町村での脱退手続きを忘れない
- 保険料は労使合計で標準報酬月額のおよそ3割。月30万円の報酬なら会社負担は約4万円
- 従業員を雇ったら労災保険・雇用保険の手続きも必要。社長は原則対象外
- 社会保険料は創業期から効く固定費。滞納は融資の評価を大きく下げる
税務署などへの届出は法人設立後の届出一覧にまとめています。クレフティでは、役員報酬と社会保険料、法人税をセットでシミュレーションし、資金繰りと融資の両面から創業期の設計をご支援しています。スタートアップ・起業支援からご相談ください。
