「役員報酬っていくらにすればいいんですか?」。法人を設立した方から、最初の決算までに必ずいただく質問です。そして意外に多いのが、「顧問税理士に任せていて、なぜその金額なのか自分では説明できない」という社長です。
役員報酬の決め方ひとつで、法人税・所得税・社会保険料の合計は年間で数百万円変わります。さらに見落とされがちなのが、会社の決算書と、社長個人のローン枠の両方に効くという点です。この記事では、2026年7月に開催した経営者向け勉強会「CF Lab」の内容をもとに、役員報酬を戦略的に決める考え方を整理します。
- オーナー企業(同族会社)が使える役員報酬は、実質的に定期同額給与と事前確定届出給与の2つ
- 報酬を上げれば法人税は減るが、所得税・住民税と社会保険料が増える。三者のバランスで決める
- 月額と賞与の組み合わせで、年収が同じでも社会保険料が年間170万円前後変わるケースがある
- 融資の視点では「会社を赤字にしない」「個人の収入も見せる」の両立が大事。目的(ローンか、会社への蓄積か)で最適解が変わる
役員報酬の基本ルール|同族会社が使えるのは2種類
法人税法では、役員に払う給与のうち、損金(経費)にできるのは次の3種類だけです。
| 種類 | 内容 | オーナー企業での使いやすさ |
|---|---|---|
| 定期同額給与 | 毎月同じ額を支給する給与 | 基本形。事前の届出は不要 |
| 事前確定届出給与 | 支給日と金額を事前に税務署へ届け出る賞与 | 使える。届出どおりの支給が絶対条件 |
| 業績連動給与 | 利益などの指標に連動する給与 | 同族会社は原則として使えない |
株主の3グループ以下で議決権の過半数を持つ会社は「同族会社」にあたり、創業期のオーナー企業はほぼすべてが該当します。業績連動給与は上場企業などを想定した仕組みなので、現実的には定期同額給与と事前確定届出給与の2つを組み合わせて設計することになります。
期中に変えられないのが最大の注意点
定期同額給与は、原則として事業年度開始から3か月以内に株主総会等で決め、その年度中は同じ額を払い続けます。期中に増額・減額すると、その差額部分が損金になりません。例外として認められるのは、役職の大きな変更(臨時改定事由)や、経営状況の著しい悪化(業績悪化改定事由)などに限られます。
「今期は思ったより儲かったから報酬を上げよう」「売上が落ちたから下げよう」は通用しない、ということです。期首の時点で1年分の利益と資金繰りを見通して決める必要があります。
役員報酬の決め方|法人税・所得税・社会保険料の三つ巴
役員報酬を動かすと、3つの負担が連動して動きます。
- 報酬を上げる:会社の利益が減り法人税は減る。一方で、個人の所得税・住民税と、会社・個人の社会保険料が増える
- 報酬を下げる:個人の負担は減る。一方で、会社に利益が残り法人税が増える
所得税は累進課税、社会保険料は「上限」がある
所得税は課税所得が増えるほど税率が上がり、課税所得900万円超で33%、1,800万円超で40%、4,000万円超で45%(いずれも住民税10%が別にかかる)になります。給与所得控除には上限(195万円)があるため、報酬が高くなるほど手取り率は下がっていきます。
一方、社会保険料には上限があります。2026年度の協会けんぽ東京支部の場合、料率は次のとおりです(会社と本人で折半)。
| 項目 | 料率(会社+本人の合計) |
|---|---|
| 健康保険 | 9.85% |
| 介護保険(40〜64歳) | 1.62% |
| 子ども・子育て支援金 | 0.23% |
| 厚生年金 | 18.3% |
| 合計(40〜64歳) | 約30.0% |
※健康保険料率は都道府県や加入する健康保険組合によって異なります。役員は原則として雇用保険の対象外です。
創業期は「3つの数字」から決める
創業期の役員報酬は、次の順番で考えると決めやすくなります。
- 生活に必要な手取り額:家賃、生活費、個人の借入返済など、毎月必要な手取りを出す。ここを下回ると、会社からお金を借りることになり、役員貸付金が発生する
- 会社が出せる上限:今期の利益見込みから、役員報酬と会社負担の社会保険料を差し引いても、会社が赤字にならない額を出す
- 今後1〜2年の融資・ローン計画:会社で融資を受けたいのか、個人で住宅ローンなどを組みたいのかで、会社に残すか個人に寄せるかの比重を決める
1と2の間に収まる金額で、3の目的に合わせて調整する。これが基本の考え方です。創業1期目は利益の見通しが立てにくいため、低めに設定して会社に資金を残すのが無難なことが多く、2期目以降に実績を見て見直していきます。
社会保険料は報酬のおよそ3割
報酬のおおむね3割が社会保険料として出ていく計算です。ただし、保険料のもとになる標準報酬月額には上限があり、健康保険は139万円、厚生年金は65万円が上限です(厚生年金の上限は2027年9月から段階的に引き上げられる予定です)。
月額と賞与の組み合わせで社会保険料が変わる
社会保険料のもうひとつの特徴は、月額給与と賞与で上限が別々に決まっていることです。賞与の保険料は「標準賞与額」で計算し、健康保険は年度の累計573万円、厚生年金は1回150万円が上限です。
勉強会で取り上げたケースを、2026年度の東京の料率(40歳以上)で計算し直すと、次のようになります。
| パターン | 月額給与 | 賞与(年1回) | 社会保険料の年額(会社+本人) |
|---|---|---|---|
| A:全額を月額で | 約167万円×12 | なし | 約338万円 |
| B:月額+賞与 | 50万円×12 | 1,400万円 | 約274万円 |
| C:月額を抑えて賞与中心 | 20万円×12 | 1,760万円 | 約166万円 |
いずれも年収は約2,000万円です。AとCでは、会社と本人の合計で年間約170万円の差が出ます。
賞与に寄せすぎることのデメリット
数字だけ見ればCが有利ですが、私はCを一律にはおすすめしません。
- 住宅ローン審査:金融機関によっては月額給与を重視し、自動審査で弾かれることがある
- 将来の年金・傷病手当金:保険料が少ない分、給付も少なくなる
- 役員貸付金の発生:月額が少なすぎて生活費が足りず、会社からお金を借りると、決算書に「役員貸付金」が載る
- 源泉所得税:前月の給与に比べて賞与が極端に大きいと、賞与の源泉徴収額は別の計算方法になり、思ったより多く天引きされる
また、社会保険の賞与として扱われるのは年3回以下の支給に限られます。年4回以上になると月額の報酬として扱われ、賞与の上限のメリットはなくなります。
役員報酬は融資にどう効くか
ここからが、役員報酬を「税金と社会保険料の問題」だけで考えてはいけない理由です。
会社を赤字にすると、会社の融資が止まる
金融機関は、会社が利益で借入を返せるかを最も重視します。役員報酬を取りすぎて会社が赤字になれば、格付けは大きく下がります。「法人税を払いたくないから、利益が出ないように報酬を上げる」という発想は、融資の視点では逆効果です。
私が「払った税金の2倍、会社は強くなる」とお伝えしているのは、この意味です。法人税を払っても、税引後の利益は純資産として会社に積み上がります。その純資産が、次の融資の土台になります(純資産と融資の関係は保証協会付き融資とプロパー融資の違いで詳しく解説しています)。
個人の収入も「見られている」
一方で、中小企業では、金融機関は代表者個人と会社を一体で見ることが少なくありません。社長個人の年収や資産は、会社の融資でも、個人の住宅ローンやアパートローンでも評価の材料になります。役員報酬を極端に低くすると、個人の信用力が育ちません。
私自身、2019年に独立して法人を設立したとき、勤務先という属性を失い、法人には決算実績がないという状態で融資が止まりました。会社と個人、両方の信用を同時に育てるという視点は、このときの経験から来ています。
役員貸付金は格付けのマイナス要因
決算書に役員貸付金が残っていると、金融機関はその分を資産として評価しないことが多く、「会社のお金が社長個人に流れている」と見られます。役員報酬が生活費に足りないために貸付金が膨らむのは、典型的な悪循環です。逆に、社長が会社に貸している役員借入金は、条件によっては自己資本に近いものとして評価されることもあります。
- 個人で大きなローンを組みたい時期 → 月額給与を厚めにして年収を見せる
- 会社に資金を残して融資枠を広げたい時期 → 報酬は生活費+αに抑え、会社に利益を残す
- 両方 → ローンを組んだ後に報酬設計を切り替える、という段階的な考え方もある
決算書をどう見せるかは、銀行に決算書を出す前に確認すべきこともあわせてご覧ください。
事前確定届出給与で失敗しないために
賞与を使う設計は効果が大きい分、ルールも厳格です。勉強会で取り上げた裁判例・裁決例から、特に注意すべき点をまとめます。
届出期限
事前確定届出給与は、株主総会等の決議日から1か月以内、かつ事業年度開始から4か月以内に、所轄税務署へ届け出ます。新設法人の場合は、設立日から2か月以内です。株主総会の日程をずらすと期限も変わるので、決算スケジュールとセットで確認します。
届出と1円でも違えば、年度全額が損金にならない
届出どおりに支給しなかった場合、その事業年度の事前確定届出給与が全額損金にならないとされた事例があります。
- 業績が悪化し、冬の賞与だけ減額して支給した → 届出どおりに払った夏の賞与まで損金不算入
- 業績が好調で、冬の賞与を増額して支給した → 届出額の範囲内の部分も含めて損金不算入
「増やすのはいいだろう」「一部だけ減らすのは仕方ない」は、どちらも認められません。届出どおりに払えない事情が生じたら、支給日より前に税理士に相談してください。取れる対応は限られており、支給日を過ぎてからでは選択肢がさらに狭まります。
「業績悪化」のハードルは高い
単に売上が減った、予定していた案件が翌期にずれた、という程度では、業績悪化改定事由として報酬の減額は認められにくいのが実務です。資金繰りが行き詰まりそうなど、客観的に「著しい悪化」といえる事情と、それを記録した議事録が必要です。
まとめ
- オーナー企業の役員報酬は、定期同額給与と事前確定届出給与の組み合わせで設計する
- 報酬を動かすと、法人税・所得税・社会保険料が連動して動く。期首に1年分を見通して決める
- 月額と賞与の配分で社会保険料は大きく変わるが、ローン審査・年金・役員貸付金のデメリットもある
- 融資の視点では「会社を赤字にしない」「個人の信用も育てる」。目的によって最適解が変わる
- 事前確定届出給与は、届出どおりの支給が絶対。1円でも違えば年度全額が損金不算入になりうる
法人化のタイミングと役員報酬の関係は、不動産投資の法人化はいつがベストかでも解説しています。クレフティでは、役員報酬を税額だけでなく、会社と個人の5年後の融資計画まで含めてシミュレーションしています。設立直後の方はスタートアップ・起業支援からご相談ください。
