台風、豪雨、地震。賃貸物件を持つ以上、自然災害による被害は避けて通れません。被災直後は入居者の安全確保と復旧工事で手一杯になりますが、その費用を税務上どう扱い、決算書にどう表示するかは、その後の納税額と融資に影響します。
災害に関する修繕は、通常の修繕費と資本的支出の判定とは別に、災害の場合の特例的な取扱いが通達で定められています。この記事では、法人と個人それぞれの取扱い、保険金の扱い、公表裁決事例、企業会計上の表示、そして銀行からの見え方を整理します。
- 被災した資産を原状に回復するための費用は修繕費(法人税基本通達7-8-6(1)、所得税基本通達37-11)
- 被災前の効用を維持するための補強工事・排水・土砂崩れ防止の費用は、修繕費として処理することが認められる(法人税基本通達7-8-6(2)、所得税基本通達37-12の2)
- 原状回復か資本的支出か区分が難しい費用は、30%を修繕費、残りを資本的支出とする取扱いがある(法人税基本通達7-8-6(3)、所得税基本通達37-14の2)
- 個人は、不動産貸付けが事業的規模かどうかで資産損失の扱いが変わる
- 災害損失は企業会計上、特別損失に表示されることが多い。税務上の損金算入と表示区分は分けて考え、銀行には一過性の損失であることを資料で示す
災害時の修繕費と資本的支出の特例
通常の修繕は「20万円未満・3年周期」「60万円未満・取得価額の10%以下」といった基準で判定します。災害で被害を受けた資産(被災資産)については、これとは別に次の取扱いがあります。
| 支出の内容 | 法人(法人税基本通達7-8-6) | 個人(所得税基本通達) |
|---|---|---|
| 被災資産の原状を回復するための費用 | 修繕費に該当 | 修繕費(37-11) |
| 被災前の効用を維持するための補強工事、排水、土砂崩れ防止等の費用 | 修繕費として経理すれば認められる | 修繕費として申告すれば認められる(37-12の2) |
| 原状回復か資本的支出か区分が難しい費用 | 30%を修繕費、残りを資本的支出とする経理が認められる | 30%を原状回復、残りを資本的支出とできる(37-14の2) |
| 復旧に代えて新たな資産を取得、または特別の施設を設置 | 新たな資産の取得価額 | 新たな資産の取得価額 |
通常の「30%と10%の区分の特例」では、明らかでない金額の30%と前期末取得価額の10%のいずれか少ない金額を修繕費にします。これに対し、災害の場合は取得価額の10%という上限がなく、30%を修繕費にできる点が違います。
補強工事と耐震工事の線引き
国税庁は東日本大震災の際のFAQで、被災した建物について二次災害を回避するなどの目的で耐震性を高める補強工事を行った場合、被災前の効用を維持するためのものが多いと考えられるとして、修繕費として経理すれば認められると説明しています。一方で、被災していない資産の耐震性を高める工事は、原則として資本的支出になるとしています(国税庁「復旧のために支出する費用」)。同じ耐震補強でも、被災資産かどうかで結論が変わります。平時の耐震工事は耐震改修・用途変更工事の処理で扱っています。
賃借している建物を直した場合
法人が修繕義務のない賃借資産を、災害による被害のため原状回復した場合、その費用を修繕費として経理すれば認められます(法人税基本通達7-8-10)。個人にも同様の取扱いがあります(所得税基本通達37-15の3)。入居者の造作や、借地上の建物などで問題になります。
資産損失と保険金:法人と個人の違い
建物が滅失・損壊した場合の損失
建物や設備が滅失したり、取り壊したりした場合は、その帳簿価額(未償却残高)が損失になります。
| 項目 | 法人 | 個人・事業的規模 | 個人・事業的規模でない |
|---|---|---|---|
| 滅失・取壊しによる損失 | 損金(除却損・災害損失) | 全額を必要経費(所得税法51条1項) | 資産損失を差し引く前の不動産所得の金額を限度に必要経費(同条4項) |
| 保険金で補てんされる部分 | 保険金は益金。損失は全額計上 | 損失の額から除く | 損失の額から除く |
| 損失が所得を超えた場合 | 欠損金として繰越控除(青色申告) | 純損失の繰越控除など | 限度額を超えた部分は切り捨て |
事業的規模かどうかは、おおむね5棟10室以上という形式基準を目安に、実質で判断します(国税庁タックスアンサーNo.1373)。
事業的規模でない個人の場合、所得税法51条4項は、雑損控除(同法72条1項)の対象となる損失をこの項の対象から除いています。被災した賃貸用資産の損失を必要経費とするか、雑損控除の対象とするかは、所得の状況によって有利不利が変わるため、申告前に税理士と確認してください。
保険金を受け取った場合
法人が受け取った火災保険金などは益金になります。そのうえで、保険金で代替資産を取得した場合には、一定の要件のもとで圧縮記帳ができる制度があります。個人は、保険金で補てんされた部分を損失の額から差し引いて計算します。保険金の入金が決算期をまたぐ場合は、見積額での処理や翌期の調整が必要になることがあります。
災害に関する裁決事例
平成7年10月31日裁決(裁決事例集No.50・102頁):原形復旧の擁壁工事
- 事案:台風で被害を受けた宅地の擁壁の工事費用について、原処分庁は原状回復費用と資本的支出とに明確に区分できないと主張した(雑損控除の「原状回復のための支出」に当たるかが争点)
- 判断:復旧工事は、宅地と一体である市道の擁壁の復旧事業と同様の形状・材質で行われ、位置・形状・寸法・材質を変えずに原形復旧するものであったことから、工事費用の全額が原状回復のための支出であり、資本的支出の額はないと判断した
- 確認先:国税不服審判所 平成7年10月31日裁決
雑損控除の事案ですが、「元と同じ位置・形状・寸法・材質で戻したか」が原状回復の判断材料になることは、賃貸物件の復旧工事でも参考になります。
平成21年2月16日裁決(裁決事例集No.77・125頁):アスベスト除去費用
- 事案:建物解体の際に法令で義務付けられたアスベストの除去費用について、請求人は納税者の意思に基づかない事象として「災害」に当たると主張した
- 判断:所得税法上の災害は、自然界に生じた天災またはそれと同視すべき事象を指し、人為によるものでも天災と同視すべき劇的な過程を経て害を被る事象をいう。法令に基づき除去作業の費用負担が生じたこと自体を「人為による異常な災害」とみることはできないと判断した
- 確認先:国税不服審判所 平成21年2月16日裁決
「予想外の出費」がすべて災害になるわけではありません。災害の特例が使えるのは、税法上の災害に当たる事象による被害に限られます。
会計上の表示:災害損失と特別損失
企業会計原則の注解12では、特別損益に属する臨時損益の例として「災害による損失」が挙げられています。被災資産の除却損や、被災による臨時の復旧費用は、特別損失(災害損失)として表示されることが多い項目です。
ここで、税務と会計の関係を整理しておきます。
- 税務上は、その費用が修繕費として損金に算入されるか、資本的支出として資産計上が必要かが論点になる
- 一方、決算書の表示区分(販管費か特別損失か、資産計上か費用処理か)は、企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断する必要がある
- 被災後に行った工事でも、もともと予定していた定期修繕を前倒ししただけの部分や、通常の維持管理と区別できない部分まで災害損失とするのは適切でない場合がある。注解12でも、臨時損益であっても金額が僅少なものは経常損益に含めることができるとされている。どの区分にできるかは取引の実態次第
災害の年は、災害損失として表示すべきものと、通常の修繕費として表示すべきものを、工事の内容ごとに顧問税理士・会計の専門家と仕分けしてください。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る銀行からの見え方
特別損失は経常利益に影響しないが、純資産は減る
災害損失を特別損失に表示すると、営業利益・経常利益には影響しません。銀行の格付けでは営業利益・経常利益が重視されるため、本業の収益力が落ちていないことは伝わりやすくなります。一方、当期純利益と純資産は減ります。
| 指標 | 災害損失を特別損失に表示 | 復旧費を販管費の修繕費に表示 |
|---|---|---|
| 営業利益・経常利益 | 影響なし | 減る |
| ICR(営業利益÷支払利息) | 影響なし | 悪化 |
| 当期純利益 | 減る | 減る |
| 純資産 | 減る(保険金で一部回復) | 減る(保険金で一部回復) |
| 現預金 | 復旧費で減り、保険金で戻る | 同左 |
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で見ます。特別損失は分母の経常利益に入らないため、この指標への直接の影響は限られます。ただし、復旧のための借入れや現預金の減少は分子に効きます。
銀行に伝えるべきこと
災害の年の決算書を提出するときは、次の点を資料で示すと、一過性の損失であることが伝わりやすくなります。
- 被害の内容と復旧工事の内容(写真、見積書、請求書)
- 保険金の請求額・受領額と、受領予定の時期
- 復旧後の入居率・賃料の状況
- 災害損失として表示した項目と、通常の修繕費として表示した項目の内訳
被災直後に運転資金が必要になる場合もあります。保険金の入金までのつなぎ資金を相談するときも、同じ資料が役に立ちます。
実務のチェックポイント
- 被害状況を記録する:被災直後の写真、被害箇所の一覧、罹災証明書など
- 工事を3つに分けて見積もってもらう:原状回復、被災前の効用を維持する補強、性能向上・新設
- 30%基準の適用を検討:区分が難しい部分に、法人税基本通達7-8-6(3)・所得税基本通達37-14の2を当てはめる
- 取り壊した資産の帳簿価額を確認:除却損・資産損失の金額を計算する
- 個人は事業的規模かどうかを確認:資産損失の扱いと、雑損控除との関係を検討する
- 保険金の処理を確認:法人は益金計上と圧縮記帳の要否、個人は損失からの控除
- 災害損失と通常の修繕費を仕分けする:表示区分を顧問税理士と決める
- 銀行への説明資料を準備:一過性の損失であること、復旧後の収益見通し
通常時の修繕費と資本的支出の判定は修繕費と資本的支出の違いと判定フロー、大規模修繕の表示区分は大規模修繕と特別損失で解説しています。
まとめ
- 被災資産の原状回復費は修繕費。被災前の効用を維持する補強工事等も修繕費として処理でき、区分が難しい費用は30%を修繕費とする取扱いがある
- 被災していない資産の耐震補強は、原則として資本的支出
- 個人は事業的規模かどうかで資産損失の扱いが変わり、雑損控除との関係も検討が必要
- 公表裁決では、原形どおりの復旧工事は全額が原状回復とされた一方、法令に基づくアスベスト除去費用は災害に当たらないとされた
- 災害損失は特別損失に表示されることが多いが、表示区分は企業会計の基準に沿って実態で判断する。銀行には一過性の損失であることを資料で示す
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