築年数の古い賃貸ビルやマンションでは、耐震診断の結果を受けて補強工事を検討することがあります。また、空室対策や収益改善のために、事務所を住居に、住居を宿泊施設に、といった用途変更の工事を行うケースも増えています。
いずれも工事費が大きくなりやすく、修繕費としてその年に落とせるのか、資本的支出として減価償却するのかで、決算と納税額が大きく変わります。この記事では、国税庁の見解と通達、工事内容ごとに区分して判断した公表裁決をもとに、税務上の扱い、法人と個人の違い、企業会計上の表示、そして銀行からの見え方を整理します。
- 被災していない建物の耐震補強は、原則として資本的支出(国税庁の東日本大震災関係FAQ)
- 被災した建物の被災前の効用を維持する補強工事は、修繕費として処理することが認められる(法人税基本通達7-8-6(2)、所得税基本通達37-12の2)
- 用途変更のための模様替えなど改造・改装の費用は、原則として資本的支出(法人税基本通達7-8-1(2)、所得税基本通達37-10(2))
- 一つの工事でも、内容ごとに区分して判定するのが基本。補修・原状回復の部分は修繕費になる余地がある
- 資本的支出は営業利益を一度に圧迫しない一方、借入金と簿価が増える。銀行には工事の目的と収益・耐用期間への効果を説明できるようにする
耐震補強工事の税務上の扱い
被災していない建物の耐震補強は原則として資本的支出
国税庁は、東日本大震災に関する法人税等のFAQで、被災資産以外の資産について耐震性を高めるための工事を行った場合には、原則として、その工事に要した費用は、その資産の使用可能期間の延長又は価額の増加をもたらすものとして資本的支出に該当し、その支出金額が新たな減価償却資産の取得価額になると説明しています(国税庁「復旧のために支出する費用」Q8)。
耐震補強は、壁の増設、ブレースの設置、柱の補強など、建物に物理的に付け加えたり、構造を強くしたりする工事です。資本的支出の定義である「価値を高め、またはその耐久性を増すこととなる部分」(法人税基本通達7-8-1、所得税基本通達37-10)に当てはまりやすい工事といえます。
被災建物の補強は修繕費として処理できる
これに対し、地震などで被害を受けた建物について、二次災害を回避するなどの目的で耐震性を高める補強工事を行った場合は、被災前の効用を維持するためのものが多いと考えられるとして、修繕費として経理すれば認められるとされています(同FAQ Q5、法人税基本通達7-8-6(2))。個人にも同様の取扱いがあります(所得税基本通達37-12の2)。
| 工事 | 被災していない建物 | 被災した建物 |
|---|---|---|
| 耐震壁の増設・ブレース設置などの補強 | 原則として資本的支出 | 被災前の効用を維持するものは修繕費として処理可 |
| ひび割れの補修など損傷部分の回復 | 修繕費 | 修繕費 |
| 区分が明らかでない部分 | 60万円・10%基準、30%と10%の特例 | 30%を修繕費とする取扱い(取得価額10%の上限なし) |
災害時の取扱い全般は災害による修繕費・災害損失の処理と特別損失で解説しています。
耐震改修の税制上の優遇措置との関係
住宅の耐震改修には、所得税の税額控除などの優遇措置がありますが、これは原則として自らが居住する住宅を対象とする制度です。賃貸用の建物の耐震改修には、そのままは当てはまりません。賃貸物件の耐震改修では、まず修繕費か資本的支出かの区分と、減価償却の方法を検討することになります。
用途変更工事の税務上の扱い
用途変更のための模様替えは資本的支出
国税庁の通達は、原則として資本的支出に該当するものの例として「用途変更のための模様替え等改造又は改装に直接要した費用の額」を挙げています(法人税基本通達7-8-1(2)、所得税基本通達37-10(2))。
事務所を住居に、住居を宿泊施設に、倉庫を店舗に、といった用途変更では、間仕切りの新設、水回りの設置、内装の全面的なやり替えなどが行われます。これらは用途変更のための改造・改装として、原則として資本的支出です。
工事の中身は分けて考える
ただし、用途変更の工事一式がすべて資本的支出になるとは限りません。工事の中に、既存の設備の単なる補修や、劣化した部分の原状回復が含まれていれば、その部分は修繕費になる余地があります。
工事の内容ごとに区分して判断した例として、次の公表裁決が参考になります。
平成28年3月3日裁決(裁決事例集No.102):工事内容ごとの区分
- 事案:賃貸用土地について行った造成等の工事費用について、原処分庁は全額が土地の改良費(取得費)に当たり、不動産所得の必要経費にはできないと主張した
- 判断:工事の具体的な内容を、外構造成工事、土留め工事、乗入側溝改修工事、境界等整備、土壌汚染調査に区分して検討した。土地の形質を変更し改良する外構造成工事は改良費に当たる一方、土留め工事・境界等整備・土壌汚染調査は土地を改良したりその価値を増加させるものではないとして必要経費に算入、乗入側溝改修工事は繰延資産に当たるとした。工事の具体的な内容に従って判断する必要があるとしたもの
- 確認先:国税不服審判所 平成28年3月3日裁決
土地の工事に関する事案ですが、「工事一式」とひとくくりにせず、工事の内容ごとに性格を見て区分するという考え方は、建物の用途変更工事でも同じです。見積書の段階で工事項目を分けてもらうことが、そのまま税務上の区分の根拠になります。
用途変更と耐用年数・消費税
資本的支出は、原則として、その支出額を取得価額とする新たな資産を、もとの資産と同じ種類・耐用年数で取得したものとして償却します(法人税法施行令55条、所得税法施行令127条)。用途変更によって建物の主たる用途が変わる場合は、建物本体の耐用年数の見直しが論点になることもあります。
消費税では、住宅への用途変更の工事が資本的支出に当たり、税抜1,000万円以上になると、居住用賃貸建物として仕入税額控除が制限される場合があります。詳しくは居住用賃貸建物の消費税をご覧ください。建築基準法上の用途変更の手続や登記との関係は用途転用と建物の種類変更登記・建築基準法の用途変更で扱っています。
法人と個人の違い
| 項目 | 法人 | 個人(不動産所得) |
|---|---|---|
| 判定の基準 | 法人税基本通達7-8-1〜7-8-6 | 所得税基本通達37-10〜37-14の2 |
| 資本的支出の償却 | 法人税法施行令55条。償却限度額の範囲で損金経理 | 所得税法施行令127条。毎年必ず償却(強制償却) |
| 撤去した既存部分の帳簿価額 | 除却損として損金 | 資産損失。事業的規模でなければ不動産所得の金額が限度 |
| 工事に伴う休業期間の費用 | 期間費用として損金 | 業務の遂行上必要な費用として必要経費 |
用途変更で既存の内装や設備を撤去した場合、その部分の帳簿価額を除却損(資産損失)として処理できるかも検討します。撤去した部分の金額を合理的に算定できる資料(取得時の内訳、工事前の写真)を残しておくことが前提です。
会計上の扱いと表示区分
企業会計でも、耐震補強や用途変更の改造・改装のように資産の価値を高める支出は、資産に計上して減価償却するのが原則です。中小企業の会計では、税務上の区分と同じ処理をすることが多いでしょう。
用途変更に伴い撤去した既存部分の除却損は、臨時的なものとして特別損失に表示されることが多い項目です。ここでも、次の点を区別しておきます。
- 税務上は、損金・必要経費に算入されるか、資本的支出として資産計上が必要かが論点になる
- 決算書の表示区分(販管費か特別損失か、資産計上か費用処理か)は、企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断する必要がある。どの区分にできるかは取引の実態次第
工事の規模が大きい場合は、着工前に顧問税理士・会計の専門家と、区分と表示の方針を決めておくと、決算期に慌てずに済みます。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る銀行からの見え方
資本的支出は利益を一度に圧迫しないが、借入金と簿価が増える
| 指標 | 修繕費として処理 | 資本的支出として計上 |
|---|---|---|
| 営業利益・経常利益 | その期に大きく減る | 減価償却費の分だけ毎期減る |
| 償却前利益 | その期に大きく減る | ほぼ変わらない |
| ICR(営業利益÷支払利息) | その期に悪化 | 借入れで工事した場合は利息が増える |
| 債務償還年数 | その期に悪化 | 借入れで工事した場合は借入金が増える |
| 貸借対照表 | 変化なし(現預金が減る) | 建物の簿価が増える |
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で見ます。耐震改修や用途変更を借入れで行えば、分子の借入金が増えます。工事後に賃料や入居率がどれだけ改善し、分母の償却前利益が増えるかが、銀行の評価の分かれ目になります。
耐震性は担保評価と融資の可否にかかわる
建物の耐震性は、入居者の安全と賃貸事業の継続性にかかわるため、金融機関が融資の可否や担保評価を検討する際の材料になります。旧耐震基準の建物に対して融資に慎重な金融機関もあります。耐震改修によって、建物を使い続けられる期間の見通しが立てば、借換えや追加融資の相談の材料になることがあります。
銀行に説明するときは、次の資料をそろえておくとよいでしょう。
- 耐震診断の結果と、改修後の耐震性能の評価
- 工事の見積書(補強・補修・内装などの区分つき)
- 工事後の賃料・入居率の見通し(用途変更の場合は新しい用途での収支計画)
- 用途変更の場合は、建築基準法などの法令上の手続の状況
用途変更と融資契約の関係(資金使途や用途制限の条項)については、用途転用と融資契約もあわせてご覧ください。
実務のチェックポイント
- 被災資産かどうかを確認する:被災建物の補強か、平時の耐震化かで扱いが変わる
- 工事項目を区分した見積書をもらう:耐震補強、損傷部分の補修、内装の原状回復、用途変更の改装、設備の新設
- 撤去部分の帳簿価額を把握する:除却損・資産損失の計算に必要
- 資本的支出の償却方法を確認する:もとの資産と同じ耐用年数か、用途変更で見直しが必要か
- 消費税の制限を確認する:住宅への用途変更で税抜1,000万円以上になる場合
- 法令上の手続を確認する:用途変更の確認申請、旅館業などの許可
- 表示区分を顧問税理士と決める:除却損の表示、資産計上の範囲
- 銀行への説明資料を準備する:診断結果、収支計画、工事後の見通し
修繕費と資本的支出の判定フローは修繕費と資本的支出の違いと判定フロー、判例・裁決事例の比較は修繕費と資本的支出:判例・裁決事例で見る判断の分かれ目で解説しています。
まとめ
- 被災していない建物の耐震補強は原則として資本的支出。被災建物の効用を維持する補強は修繕費として処理できる
- 用途変更のための模様替えなど改造・改装の費用は原則として資本的支出
- 工事一式をひとくくりにせず、内容ごとに区分して判定する。平成28年3月3日の公表裁決も、工事の具体的な内容に従って判断する必要があるとしている
- 資本的支出は営業利益を一度に圧迫しないが、借入金と簿価が増える。工事後の収益改善を数字で示せるようにする
耐震改修や用途変更の工事計画、税務処理、銀行への説明は、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。
