修繕費と資本的支出の違いは、通達の基準(20万円未満、3年周期、60万円未満、取得価額の10%など)を読めば分かったような気になります。ところが実際の工事に当てはめると、「この外壁工事は維持なのか、価値の向上なのか」「設備の入替えは修繕なのか、新設なのか」で迷う場面が必ず出てきます。
そこで役に立つのが、国税不服審判所が公表している裁決事例です。この記事では、修繕費と資本的支出の判断が争われた公表裁決を、修繕費とされたもの、資本的支出とされたもの、工事の中身ごとに分けて判断したものに分けて紹介し、判断の分かれ目を整理します。あわせて、法人と個人の取扱いの違い、決算書での表示、銀行からの見え方も確認します。
- 区分は金額の大小ではなく支出の実質で判定する(平成元年10月6日裁決)
- 既存の設備を全面的に取り壊して新たに設置した工事は、「新設」とみられて資本的支出とされた(平成26年4月21日裁決)
- 位置・形状・寸法・材質を変えずに原形復旧した工事は、全額が原状回復とされた(平成7年10月31日裁決)
- 「工事一式」ではなく、工事の内容ごとに性格を判断する(平成28年3月3日裁決)
- 税務上の区分と、決算書の表示区分(販管費か特別損失か)は別の問題。銀行には工事の中身を説明できる資料をそろえる
判断の枠組み:法人と個人の通達
裁決事例を読む前に、判断の土台になる通達を確認しておきます。法人は法人税基本通達7-8-1から7-8-6、個人は所得税基本通達37-10から37-14の2に、ほぼ同じ内容の定めがあります。
| 判定の段階 | 法人(法人税基本通達) | 個人(所得税基本通達) |
|---|---|---|
| 資本的支出の例示(物理的な付加、用途変更の改造、品質・性能の高いものへの取替え) | 7-8-1 | 37-10 |
| 修繕費に含まれるもの(通常の維持管理、き損した部分の原状回復) | 7-8-2 | 37-11 |
| 20万円未満、またはおおむね3年以内の周期 | 7-8-3(修繕費として損金経理できる) | 37-12(必要経費にできる) |
| 明らかでない金額が60万円未満、または前期末(前年末)取得価額のおおむね10%以下 | 7-8-4 | 37-13 |
| 明らかでない金額の30%と取得価額の10%のいずれか少ない額を修繕費とする特例 | 7-8-5(継続適用が条件) | 37-14(継続適用が条件) |
| 災害の場合の特例 | 7-8-6 | 37-14の2 など |
通達の基本的な考え方は、固定資産の価値を高め、または耐久性を増す部分は資本的支出、通常の維持管理や原状回復の部分は修繕費というものです。形式基準(20万円、60万円、10%など)は、この実質判断を簡便にするための取扱いで、特に7-8-4(37-13)や7-8-5(37-14)は「資本的支出か修繕費か明らかでない金額」について使うものです。
法人と個人の違いとしては、法人の形式基準が「修繕費として損金経理をすることができる」とされている点に注意が必要です。決算で費用として計上していることが前提になります。個人は、不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入します。事業的規模かどうかで、修繕費と資本的支出の区分そのものが変わるわけではありません。
判定フロー全体は修繕費と資本的支出の違いと判定フローで解説しています。
修繕費とされた裁決事例
平成元年10月6日裁決(裁決事例集No.38・46頁):外壁等の補修工事
- 事案:鉄筋コンクリート造の店舗併用共同住宅について行った外壁等の補修工事の費用が、修繕費か資本的支出かが争われた(所得税・不動産所得)
- 判断:資本的支出と修繕費の区分は、支出金額の多寡によるのではなく、その実質によって判定する。外壁等への樹脂の注入工事等は建物全体にされたものではなく、塗装工事等は建物の通常の維持または管理に必要な修繕そのものか、その範ちゅうに属するものであるから、修繕費とするのが相当。外壁天井の防水美装工事も、補修工事に伴う補修面の美装工事であって、塗装材として特別に上質な材料を用いたものではないことから、修繕費とするのが相当
- 確認先:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(所得税法関係・修繕費)
この裁決では、工事の範囲(建物全体にされたものではない)と、材料のグレード(特別に上質なものではない)が判断材料になっています。裏を返せば、建物全体を対象に性能を高める工事や、従来より明らかに上質な材料に変えた部分は、資本的支出と判断される余地があります。外壁塗装・屋上防水の考え方は外壁塗装・屋上防水の処理で詳しく扱っています。
平成7年10月31日裁決(裁決事例集No.50・102頁):原形復旧した擁壁工事
- 事案:台風で崩壊した宅地の擁壁の工事費用について、原処分庁は、原状回復のための支出と資本的支出とを明確に区分できないとして、30%だけを原状回復分とした(雑損控除の事案)
- 判断:この擁壁は市道の擁壁と一体の構造物で、市の災害復旧事業と同じ工法・同じ施工業者で同時に施工されていた。国の負担による災害復旧事業は位置、形状、寸法、材質を変えずに原形復旧するものであり、擁壁の工事もこれと同様に行われたことから、工事費用の全額が原状回復のための支出に当たるとした
- 確認先:国税不服審判所 平成7年10月31日裁決
雑損控除の事案ですが、「区分が明らかでない」として30%基準を当てはめられた支出でも、工事の内容を客観的な資料で示せれば全額が原状回復と認められることがある、という点が実務の参考になります。災害時の取扱いは災害による修繕費・災害損失の処理をご覧ください。
資本的支出とされた裁決事例
平成26年4月21日裁決(裁決事例集No.95):システムキッチン・ユニットバスへの取替え
- 事案:築17年を経過した賃貸用マンションの一部の住戸で、台所と浴室の各設備等を取り壊し、新たなシステムキッチンとユニットバスに取り替えた。請求人は、居住用機能を回復させるための工事であり、建物の規模からすれば躯体に影響を与えるものでも価値を高めるものでもなく、目的は現状維持であるから修繕費だと主張した
- 判断:修繕費か資本的支出かは、支出した金額の内容と支出効果の実質によって判断するのであって、建物の規模との比較だけで判断するものではない。この工事は既存設備の一部を補修・交換したのではなく、物理的・機能的に一体不可分の関係にある台所と浴室について既存の設備等を全面的に取り壊し、新たに設置して台所と浴室を新設したものであり、住宅を形成していた一部分の取壊し・廃棄と新設が同時に行われたとみるべきである。したがって全額が資本的支出に当たる
- 確認先:国税不服審判所 平成26年4月21日裁決
「建物全体から見れば小さな工事だから修繕費」という主張は通りませんでした。判断の単位は建物全体ではなく、台所・浴室というひとまとまりの部分で、その部分を丸ごと入れ替えたかどうかが見られています。設備交換の考え方は給湯器・エアコン・設備交換は修繕費か資本的支出か、退去時の工事は原状回復とリノベーションの違いでも整理しています。
昭和59年11月30日裁決(裁決事例集No.28・250頁):崖地の防壁等工事
- 要旨:崖地に施した防壁等の工事に要した支出金は資本的支出であると認定した事例(法人税)
- 確認先:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(法人税法関係・固定資産の取得価額)
要旨の見出しのみが公表されている事例ですが、土地に新たな防護施設を設ける工事が資本的支出とされた例です。先ほどの平成7年裁決(崩れた擁壁を原形どおり戻した工事)と比べると、元の状態に戻すのか、新たに機能を付け加えるのかが分かれ目になっていることが分かります。
工事の内容ごとに区分した裁決事例
平成28年3月3日裁決(裁決事例集No.102):賃貸用土地の造成等工事
- 事案:賃貸用土地について行った造成等の工事の費用について、原処分庁は全額が土地の改良費(取得費)であり、不動産所得の必要経費にはならないと主張した
- 判断:造成等の工事の費用が土地の改良費として取得費に算入されるか、賃貸業務に係る費用として必要経費になるかは、工事の具体的な内容に従って判断する必要がある。工事を外構造成工事、土留め工事、乗入側溝改修工事、境界等整備、土壌汚染調査に分けて検討し、土地の形質を変更して改良する外構造成工事は改良費とする一方、土留め工事・境界等整備・土壌汚染調査は必要経費、乗入側溝改修工事は繰延資産とした
- 確認先:国税不服審判所 平成28年3月3日裁決
土地の事案ですが、ひとつの発注の中に性格の異なる工事が混ざっている場合に、工事項目ごとに区分して判断するという考え方は、建物の大規模修繕でも同じです。見積書・請求書の段階で内訳が分かれていれば、それがそのまま区分の根拠になります。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る裁決から読み取る判断の分かれ目
紹介した裁決を並べると、判断材料は次のように整理できます。
| 判断材料 | 修繕費に傾く事情 | 資本的支出に傾く事情 | 関係する裁決 |
|---|---|---|---|
| 金額 | 金額が大きいことだけでは資本的支出にならない | (金額は決め手にならない) | 平成元年10月6日 |
| 工事の範囲 | 劣化・損傷した部分に限った補修 | ひとまとまりの部分(台所・浴室など)を全面的に入れ替え | 平成元年10月6日、平成26年4月21日 |
| 材料・仕様 | 従来と同程度。特別に上質な材料ではない | 従来より明らかに性能・品質の高い仕様 | 平成元年10月6日 |
| 元の状態との比較 | 位置・形状・寸法・材質を変えない原形復旧 | 新たな施設・機能の付加 | 平成7年10月31日、昭和59年11月30日 |
| 判断の単位 | 工事項目ごとに性格を見る | 「工事一式」で区分できないと説明が難しい | 平成28年3月3日 |
ここから言えるのは、結論を左右するのは工事の中身を示す資料だということです。同じ「外壁工事」「設備工事」でも、何を、どの範囲で、どんな材料で行ったかによって結論が変わります。裁決はいずれも個別の事実関係に基づく判断なので、似た名目の工事が必ず同じ結論になるわけではありません。
会計上の表示と銀行からの見え方
税務上の区分と決算書の表示は別の問題
税務上は、その支出が損金(必要経費)に算入できる修繕費か、資産計上して減価償却する資本的支出かが論点になります。一方、決算書の表示区分(販管費の修繕費か、特別損失か、資産計上か費用処理か)は、企業会計の基準(一般に公正妥当と認められる会計基準=GAAP)に沿って判断する必要があります。
たとえば、税務上は修繕費になる工事でも、臨時的で多額なものであれば特別損失に表示することを検討できる場合があります。ただし、どの区分にできるかは取引の実態次第で、毎期経常的に発生する修繕まで特別損失にすることはできません。表示区分の考え方は大規模修繕と特別損失で詳しく解説しています。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行の指標への影響
| 指標 | 修繕費(販管費)で処理 | 資本的支出で処理 |
|---|---|---|
| 営業利益・経常利益 | その期に大きく減る | 減価償却費の分だけ毎期少しずつ減る |
| ICR(営業利益÷支払利息) | その期は悪化 | 影響は小さい |
| 償却前利益 | 減る | その期は減らない |
| 純資産 | その期に減る(税負担は軽くなる) | 減り方は緩やか |
| 総資産・簿価 | 増えない | 増える |
銀行の格付けでは営業利益・経常利益が重視されます。修繕費として一度に費用処理すると、その期の利益が大きく落ち込み、ICRや債務償還年数が悪化して見えることがあります。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で見るため、分母が小さくなる年は年数が長くなります。
だからといって、税務上修繕費に当たるものを、銀行の見え方のために資本的支出にする、あるいはその逆をすることはできません。区分は実質で決まり、選べるものではないという前提で、どう説明するかを準備するのが実務です。修繕で利益が落ちた年は、工事の内容と一過性であることを資料で説明すると、銀行の理解を得やすくなります。
実務のチェックポイント
- 見積書・請求書の内訳を分けてもらう:維持・原状回復の工事と、性能向上・新設の工事を項目ごとに
- 工事前後の写真を残す:損傷の状況と、工事の範囲が分かるように
- 材料・仕様を比較できる資料を残す:従来と同等か、上位グレードか(カタログ、仕様書)
- 全面的な入替えかどうかを確認する:台所・浴室など、ひとまとまりの部分を丸ごと入れ替えると資本的支出とされやすい
- 形式基準の適用要件を確認する:「明らかでない金額」に当たるか、法人は損金経理しているか、特例は継続適用しているか
- 表示区分を決算前に相談する:販管費か特別損失か、注記や銀行への説明資料をどうするか
- 金額が大きい工事は事前に税理士と相談する:発注前のほうが、工事の分け方を工夫しやすい
まとめ
- 修繕費と資本的支出の区分は、金額の大小ではなく支出の実質で判定する
- 外壁等の補修で、建物全体にわたらず、特別に上質な材料を用いていない工事は修繕費とされた(平成元年10月6日裁決)
- 台所・浴室の設備を全面的に取り壊して新設した工事は、全額が資本的支出とされた(平成26年4月21日裁決)
- 原形どおりに復旧した擁壁工事は、全額が原状回復とされた(平成7年10月31日裁決)
- ひとつの発注でも、工事の内容ごとに性格を判断する(平成28年3月3日裁決)
- 税務上の区分と決算書の表示区分は別。表示はGAAPに沿って実態で判断し、銀行には工事の中身を示す資料で説明する
大規模な修繕を予定している場合や、過去の処理に不安がある場合は、不動産投資家向けサービスでご相談ください。工事の発注前から、税務と決算書の両面で検討します。
