修繕

退去時の原状回復とリノベーションの違い|修繕費か資本的支出か、システムキッチン取替えの裁決事例と銀行の見え方

入居者が退去したあとの工事には、大きく分けて2種類あります。汚れや傷を元に戻す原状回復と、間取りや設備を変えて物件の価値を高めるリノベーションです。どちらも「部屋を直す工事」ですが、税務上の扱いは大きく異なります。

原状回復は修繕費としてその年の費用になりやすく、リノベーションは資本的支出として資産に計上し、減価償却で少しずつ費用にするのが基本です。この記事では、その境目を国税庁の基準と公表裁決事例から確認し、敷金精算の処理、法人と個人の違い、企業会計上の扱い、そして銀行からの見え方まで整理します。

この記事の結論
  • 原状回復(同程度の仕様でのクロス・床の張替え、清掃、故障部分の修理)は修繕費になるのが基本
  • リノベーション(間取り変更、和室から洋室への変更、設備の全面的な入替え)は資本的支出になりやすい
  • 国税不服審判所は、築17年の賃貸マンションでのシステムキッチン・ユニットバスへの取替えを、居住機能の回復が目的でも資本的支出と判断した(平成26年4月21日裁決)
  • 敷金から差し引いた原状回復費は、返還しない部分を収入、工事代を費用として両建てで処理する
  • 税務上の区分と決算書の表示区分は別物。リノベーション投資は資産として残るため、銀行には投資の目的と賃料への効果を説明できるようにしておく

原状回復とリノベーションの税務上の違い

法人税基本通達7-8-1・7-8-2、所得税基本通達37-10・37-11は、修繕費と資本的支出を次のように区別しています。

  • 修繕費:通常の維持管理のため、またはき損した資産を原状に回復するための支出
  • 資本的支出:資産の価値を高め、またはその耐久性を増すこととなる部分の支出。用途変更のための模様替えなど改造・改装に直接要した費用や、物理的に付け加えた部分の費用は、原則として資本的支出

退去時の工事に当てはめると、おおむね次のような傾向になります。

工事の例判定の傾向考え方
クロス・クッションフロアの張替え(同程度の仕様)修繕費原状回復
ハウスクリーニング、消毒修繕費通常の維持管理
故障した水栓・換気扇の部品交換修繕費き損部分の回復
畳の表替え・襖の張替え修繕費周期的な維持管理
和室を洋室に変更(床・壁・収納の造作)資本的支出になりやすい改造・改装
2DKを1LDKにする間仕切り変更資本的支出になりやすい改造・改装
既存設備を撤去しシステムキッチン・ユニットバスを新設資本的支出になりやすい下記の裁決事例参照
床材を無垢フローリングなど高級仕様へ変更通常の取替え費用を超える部分は資本的支出の可能性品質・性能の向上

形式基準も使えます。一の修理・改良等が20万円未満、またはおおむね3年以内の周期で行われるものは修繕費にでき、明らかでない部分が60万円未満または前期末(個人は前年末)取得価額のおおむね10%以下なら修繕費にできます(法人税基本通達7-8-3・7-8-4、所得税基本通達37-12・37-13)。

退去ごとの原状回復は、多くがこの形式基準で修繕費に決まります。問題になるのは、「原状回復のついでに」グレードアップや間取り変更を行う工事です。

システムキッチン取替えを資本的支出とした裁決事例

平成26年4月21日裁決(裁決事例集No.95)

  • 事案:個人が所有する築17年の賃貸用マンションで、一部の住戸の台所・浴室の設備を取り壊し、新たなシステムキッチンとユニットバスに取り替えた。請求人は、居住用機能を回復させるための工事で、建物の規模からみて躯体に影響せず、価値を高めるものでもないから修繕費だと主張した
  • 判断:修繕費か資本的支出かは、支出した金額の内容と支出効果の実質で判断する。居住用機能の回復という目的があっても、建物の規模との比較だけで判断するものではない。本件は既存設備の一部の補修・交換ではなく、物理的・機能的に一体不可分の台所・浴室の既存設備を全面的に取り壊し、新たに設置したもので、住宅の一部分の取壊し・廃棄と新設が同時に行われたとみるべきもの。台所・浴室の新設により建物の価値を高め、または耐久性を増すものとして、取替費用の全額が資本的支出に当たる
  • 確認先:国税不服審判所 平成26年4月21日裁決

この裁決から読み取れること

  1. 「目的が原状回復」でも、工事の実質が新設なら資本的支出になりうる。目的だけでは修繕費の根拠にならない
  2. 「建物全体からみれば小さい工事」という主張は通りにくい。判定は建物との規模比較ではなく、その工事の内容で行う
  3. 部品の交換と、設備一式の撤去・新設は区別される。水栓やコンロの部品交換と、キッチン一式の入替えでは結論が変わりうる

ただし、この裁決はシステムキッチン・ユニットバスの取替えが常に資本的支出になると述べたものではありません。設備の状態、従前の設備との仕様の違い、工事の範囲によって判断は変わります。設備交換全般の考え方は給湯器・エアコン・設備交換は修繕費か資本的支出かで整理しています。

敷金精算と消費税の処理

敷金から差し引いた原状回復費

入居者負担の原状回復費を敷金から差し引いた場合、処理は次のように両建てにします。

項目法人個人(不動産所得)
返還しない敷金(原状回復費相当額)返還しないことが確定した時点で益金返還しないことが確定した年の総収入金額
原状回復工事の費用修繕費などとして損金修繕費などとして必要経費
帳簿の記録敷金の精算書と工事請求書を保存同左

収入と費用を相殺して何も記帳しないと、売上(収入)の計上漏れを疑われる原因になります。精算書と工事の請求書をセットで保存してください。

リノベーションと消費税

住宅の家賃は消費税が非課税です。居住用の部屋のリノベーションが資本的支出に当たり、一の取引の単位で税抜1,000万円以上になると、居住用賃貸建物として仕入税額控除が制限される場合があります。工事を分けても一の取引とされた裁決事例を含め、居住用賃貸建物の消費税で詳しく解説しています。

会計上の扱い:資本的支出は「建物」として残る

企業会計でも、資産の価値を高める支出は資産に計上し、使用期間にわたって減価償却するのが原則です。中小企業の会計では、税務上の区分と同じ処理をすることが多く、資本的支出は建物(または建物附属設備)の取得価額に加え、または別の資産として計上します。

税務上、資本的支出は原則として、その支出額を取得価額とする新たな資産を取得したものとして、もとの資産と同じ種類・耐用年数で償却します(法人税法施行令55条、所得税法施行令127条)。中古物件の場合の耐用年数の考え方は中古物件の減価償却と耐用年数を参照してください。

決算書の表示区分について整理しておきます。

  • 税務上は、その支出が修繕費として損金に算入されるか、資本的支出として資産計上が必要かが論点になる
  • 一方、決算書の表示区分(販管費か特別損失か、資産計上か費用処理か)は、企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断する必要がある
  • 退去のたびに発生する原状回復は経常的な費用であり、通常は販管費(または賃貸原価)に計上する。どの区分にできるかは取引の実態次第

区分の判断に迷う場合は、顧問税理士・会計の専門家と、工事の内容と金額を見ながら検討してください。

不動産投資の税務と融資、まとめて相談できます

代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。

不動産投資家向け税務・融資支援を見る

銀行からの見え方

原状回復費は「経常的な費用」として見られる

退去時の原状回復費は、物件を運営していれば毎年発生する費用です。銀行は、これを物件の収益力を測るうえでの通常の経費として見ます。入退去が多い物件で原状回復費がかさむと、営業利益率の低さとして表れます。

リノベーションは「投資」として説明する

リノベーション費用を資本的支出として計上すると、その期の営業利益は大きく減りません。代わりに建物の簿価が増え、毎期の減価償却費が増えます。

観点原状回復(修繕費)リノベーション(資本的支出)
その期の営業利益・経常利益支出額だけ減る減価償却費の分だけ減る
償却前利益支出額だけ減るほぼ変わらない
貸借対照表変化なし(現預金が減る)建物の簿価が増える
銀行が確認したいこと毎年の発生額が収益に見合っているか賃料・入居率が上がる投資か

銀行は、貸借対照表上の資産が実態に見合っているかも見ます。リノベーションで簿価が増えても、賃料や入居率が改善しなければ「回収できない投資」と見られかねません。工事の前後で、賃料・入居期間・空室期間がどう変わったかを記録しておくと、投資の合理性を説明できます。

著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で見ています。リノベーションを借入れで行えば分子の借入金が増えるため、賃料アップで分母の償却前利益がどれだけ増えるかとの比較が大切です。

実務のチェックポイント

  1. 退去時の工事は見積段階で2つに分ける:「原状回復(同程度の仕様)」と「グレードアップ・間取り変更・新設」
  2. 設備は「部品交換」か「一式の撤去・新設」かを明記してもらう
  3. 従前の仕様と今回の仕様を記録する:品番・グレードの違いがわかる資料を残す
  4. 工事前後の写真を同じ位置から撮る
  5. 敷金精算は両建てで記帳する:返還しない敷金は収入、工事代は費用
  6. リノベーションが高額になる場合は消費税を確認する:居住用賃貸建物・高額特定資産に当たらないか
  7. 投資効果を記録する:工事後の賃料、入居までの期間、入居期間
  8. 決算前に表示区分を顧問税理士と確認する

修繕費と資本的支出の判定フローは修繕費と資本的支出の違いと判定フロー、購入直後のリノベーションについては購入直後のリノベーション費用は取得価額か修繕費かもあわせてご覧ください。

まとめ

  • 退去時の原状回復は修繕費、間取り変更や設備の全面的な入替えを伴うリノベーションは資本的支出になりやすい
  • 平成26年4月21日の公表裁決では、システムキッチン・ユニットバスへの取替えが、居住機能の回復が目的でも資本的支出とされた。判定は目的や建物との規模比較ではなく、工事の実質で行う
  • 敷金から差し引いた原状回復費は、返還しない部分を収入、工事代を費用として両建てで処理する
  • 決算書の表示区分は企業会計の基準に沿って実態で判断する
  • リノベーションは銀行に「投資」として説明できるよう、賃料や入居率への効果を記録しておく

原状回復とリノベーションの区分、工事計画と決算書の見せ方については、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。

よくある質問

退去後のクロス張替えやハウスクリーニングは、全額経費になりますか?
従前と同程度の仕様での張替えや清掃は、通常の維持管理・原状回復のための支出として修繕費になるのが基本です。退去のたびに行う工事はおおむね3年以内の周期に当たることも多く、20万円を超えても修繕費にできる場合があります。ただし、グレードを大きく上げる、間取りを変えるといった工事が混ざる場合は、その部分を分けて判定します。
入居者の敷金から原状回復費を差し引いた場合、どう処理しますか?
返還しないことが確定した敷金の部分は、貸主の収入(法人は益金、個人は不動産所得の総収入金額)になります。一方、実際に支払った原状回復工事の費用は、修繕費などとして費用に計上します。収入と費用を相殺して何も計上しない処理は避け、両方を記録しておくと、消費税の判定や税務調査での説明がしやすくなります。
空室対策のリノベーションを修繕費にできないのはなぜですか?
リノベーションは、間取りの変更や設備の新設などで物件の価値を高める工事であることが多く、その部分は資本的支出に当たるからです。国税不服審判所も、賃貸マンションの台所・浴室の設備を全面的に取り壊してシステムキッチン・ユニットバスを設置した工事について、居住機能の回復が目的であっても資本的支出と判断した事例を公表しています。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

RELATED

あわせて読みたい

修繕

アスベスト除去費用・土壌汚染対策費の税務処理|修繕費か資本的支出か、国税局の文書回答と裁決事例、資産除去債務と銀行の見え方

アスベストの除去や土壌汚染対策の費用は、改修か解体か、取得前から汚染があったかで扱いが変わります。汚染土壌の掘削除去や埋戻しを修繕費とした国税局の文書回答(法人・個人)、アスベスト除去費用は雑損控除の災害に当たらないとした裁決、法人と個人の違い、資産除去債務の会計と銀行の見え方を解説します。

2026年10月18日
修繕

災害による修繕費・災害損失の処理と特別損失|法人と個人の違い、30%基準、裁決事例と銀行の見え方

台風・地震・水害で賃貸物件が被災したときの修繕費と災害損失の処理を整理。原状回復費は修繕費、被災前の効用を維持する補強工事の扱い、区分が難しい場合の30%基準、個人の資産損失と雑損控除、保険金の扱い、特別損失での表示と銀行の見え方を、公表裁決とともに解説します。

2026年10月18日
修繕

給湯器・エアコンの交換は修繕費か資本的支出か|設備の区分と耐用年数、少額特例の注意点と裁決事例

賃貸物件の給湯器・エアコン・設備交換は、部分の修理なら修繕費、設備一式の取替えは資産の取得や資本的支出になる場合があります。建物附属設備と器具備品の区分、耐用年数、貸付用資産の少額特例の除外、旧設備の除却損、法人と個人の違い、銀行の見え方を整理します。

2026年10月18日
FREE CONSULTATION

決算書と融資のこと、
まずはお気軽にご相談ください。

初回のご相談は無料です。まずは担当者がお話を伺い、内容に応じて担当税理士や金融機関出身のコンサルタントがご提案します。