所有する賃貸物件の敷地が道路の拡幅にかかる、駅前の再開発で土地を手放すことになる。公共事業のために土地建物を売る場面は、自分で売却時期を選べないのが特徴です。そこで税法は、収用等の特例として、譲渡益から最高5,000万円を差し引く特別控除と、補償金で代わりの資産を買ったときに課税を繰り延べる特例を用意しています。
ただし、5,000万円控除には「最初の買取りの申出から6か月以内に売る」という厳しい期限があり、交渉が長引いて期限を過ぎ、控除を受けられなかった裁決事例が複数あります。この記事では、2つの特例の要件、補償金の種類ごとの扱い、法人と個人の違い、裁決事例、会計上の表示と銀行の見え方を解説します。
- 公共事業のための土地建物の譲渡は、5,000万円の特別控除か、代替資産の取得による課税の繰延べのどちらかを選べる(両方は使えない)
- 5,000万円控除は、最初に買取り等の申出があった日から6か月を経過した日までに譲渡し、最初に申出を受けた者が譲渡することなどが要件。期限を過ぎて適用できなかった裁決が複数ある
- 同じ公共事業で2以上の年にまたがって売る場合、5,000万円控除は最初の年だけ
- 特例の対象は原則として対価補償金。移転補償金・収益補償金などは性格に応じて別の所得として扱う
- 会計上は補償金を実態に応じて表示し、5,000万円控除は申告書上の調整。補償金で借入を返すか、代替資産を買うかで銀行の見え方が変わる
2つの特例:5,000万円控除と代替資産の特例
国税庁のタックスアンサーNo.3552「収用等により土地建物を売ったときの特例」は、土地収用法などで収用権が認められている公共事業のために土地建物を売った場合の特例として、次の2つを挙げています。
| 項目 | 5,000万円の特別控除 | 代替資産を取得した場合の課税の特例 |
|---|---|---|
| 根拠(個人) | 措置法33条の4 | 措置法33条 |
| 根拠(法人) | 措置法65条の2 | 措置法64条(圧縮記帳) |
| 効果 | 譲渡益から最高5,000万円を差し引く(非課税) | 補償金で買い換えた部分は譲渡がなかったものとする(課税の繰延べ) |
| 主な要件 | 最初の買取り等の申出から6か月以内の譲渡、最初に申出を受けた者の譲渡、代替資産の特例を受けていない | 原則として同じ種類の資産を、定められた期間内に取得 |
| 取得価額 | ― | 代替資産は譲渡資産の取得価額を引き継ぐ |
| 選択 | 同じ年の同じ公共事業による譲渡では、どちらか一方のみ | 同左 |
5,000万円控除は、控除した分の税金が将来も戻ってこないのが大きな特徴です。一方、代替資産の特例は繰延べなので、譲渡益が5,000万円を大きく超える場合や、どうしても同種の資産に買い換えたい場合に検討します。一般の売却での買換え特例との違いは特定の事業用資産の買換え特例で整理しています。
5,000万円控除の要件
タックスアンサーNo.3552が示す個人の要件は次のとおりです。
- 売った土地建物が固定資産であること(不動産業者などが販売目的で持つ土地建物は対象外)
- その年に公共事業のために売った資産の全部について、代替資産の特例を受けていないこと
- 最初に買取り等の申出があった日から6か月を経過した日までに土地建物を売っていること
- 公共事業の施行者から最初に買取り等の申出を受けた者(その者の死亡により相続・遺贈で取得した者を含む)が譲渡していること
また、同じ公共事業で2以上の年にまたがって資産を売るときは、5,000万円控除は最初の年だけしか受けられません。
「6か月」の起算日に注意
6か月は、売買契約を結んだ日からではなく、施行者から最初に買取り等の申出があった日から数えます。補償額に納得できずに交渉を続けている間にも期限は進みます。申出の時期は、施行者が発行する「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」で確認できます。
申告に必要な書類
5,000万円控除を受けるには、確定申告書に、譲渡所得の内訳書、公共事業用資産の買取り等の申出証明書、公共事業用資産の買取り等の証明書、収用等の証明書を添付します。特例を使って税額がゼロになる場合でも、申告は必要です。
補償金の種類と課税の扱い
収用の補償金は、名目によって税務上の扱いが違います。主なものを整理します。
| 補償金の種類 | 内容 | 個人の扱い(原則) | 法人の扱い(原則) |
|---|---|---|---|
| 対価補償金 | 土地建物そのものの対価 | 譲渡所得(収用等の特例の対象) | 譲渡益(収用等の特例の対象) |
| 移転補償金 | 建物などの移転に要する費用 | 一時所得(移転費用に充てた部分は差し引く) | 益金。実際の移転費用は損金 |
| 収益補償金 | 休業や家賃収入の減少を補う | 不動産所得・事業所得などの収入 | 益金 |
| 経費補償金 | 休業中の固定費などを補う | 不動産所得・事業所得などの収入 | 益金 |
建物の移転補償金を受け取ったが、実際には移転せずに建物を取り壊した場合など、一定の場合には対価補償金として扱える取扱いもあります。補償金の明細と、実際に建物をどうしたかによって扱いが変わるため、補償契約書の内訳を必ず確認してください。
国税不服審判所の昭和55年4月30日裁決(裁決事例集No.20・285頁)は、仮住居補償金と移転補償金について、補償金の交付を受けた者が営業中であったかどうかや、実際に要した費用の多寡によって、その実質が対価補償金になるものではないとしています(国税不服審判所)。
法人と個人の違い
| 項目 | 個人 | 法人 |
|---|---|---|
| 譲渡益の区分 | 分離課税の譲渡所得(長期・短期で税率が違う) | 他の所得と合算 |
| 5,000万円控除 | 譲渡所得から控除(措置法33条の4) | 所得の計算上、損金に算入(措置法65条の2)。年間の限度額は5,000万円 |
| 代替資産の特例 | 譲渡がなかったものとみなし、取得価額を引き継ぐ | 代替資産の帳簿価額を減額する圧縮記帳(確定決算での経理が必要) |
| 申告 | 確定申告書に証明書などを添付 | 確定申告書に明細を記載し、証明書などを保存 |
法人の5,000万円控除は、申告書(別表)の上で損金に算入する処理であり、決算書の損益計算書の上で補償金を減らすわけではありません。代替資産の圧縮記帳を選ぶ場合は、確定決算で経理する必要があります。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る公表裁決:5,000万円控除が認められなかった事例
国税不服審判所の公表裁決事例要旨(租税特別措置法関係「収用等の場合の譲渡所得の特別控除等」)には、6か月要件をめぐる事例が多く載っています。代表的なものを紹介します。
平成9年3月10日裁決(裁決事例集No.53・234頁):交渉中に6か月を過ぎた
- 事案:市の土地開発公社が、昭和61年7月に請求人に土地の買取価格を提示し、6か月以内に譲渡しないと特別控除を受けられなくなる旨を説明したが、請求人は応じなかった。公社は同年8月に買取申出証明書を郵送したが、その後も請求人は買取りに応じず、平成4年2月に収用裁決による権利取得となった
- 争点:申出が信義誠実に行われず著しく不当であるという特段の事情があれば、6か月経過後でも特例を認めるべきか
- 判断:「買取り等の申出」は、買取物件の特定と対価が明示されていればよく、買取申出証明書が送達された日が申出の日と認められる。収用の日はそれから6か月を大きく過ぎており、特別控除は適用できないとされた(国税不服審判所)
平成10年6月24日裁決(裁決事例集No.55・292頁):2つの年にまたがった譲渡
- 事案:請求人は、同じ収用事業のために、平成5年に一方の土地を、平成6年に別の土地を市に譲渡し、平成6年の譲渡について5,000万円控除を主張した
- 判断:2つの土地はいずれも同じ収用事業の事業地に含まれ、一の収用事業に基づく譲渡が二以上の年にわたってされた場合に当たる。平成6年の譲渡は、最初に譲渡があった年以外の年の譲渡であるから、5,000万円控除は適用できないとされた(国税不服審判所)
実務への示唆:どちらの事例も、要件が形式的・期限的に判断されることを示しています。補償額の交渉と税金の特例は別物で、交渉を続けるなら「6か月を過ぎたら5,000万円控除は使えない」前提で判断する必要があります。また、同じ事業で複数の土地を売る場合は、同じ年にまとめて売るか、最初の年の譲渡で控除を使い切れるかを検討します。これらの裁決は個別の事実関係に基づく判断ですので、実際の取引では施行者・税理士と早めに確認してください。
会計上の処理と決算書の表示
税務上の特例とは別に、決算書にどう載せるかは企業会計の基準で判断します。ここでいう基準は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)のことで、中小企業では企業会計原則、「中小企業の会計に関する指針」「中小企業の会計に関する要領」などが中心です。
- 対価補償金:賃貸用の固定資産を手放した対価ですから、帳簿価額との差額は固定資産売却益(収用による譲渡益)として、原則として特別利益に表示します
- 移転補償金・経費補償金:実際にかかった移転費用などと対応させて処理します。臨時的なものであれば特別損益として表示することが考えられます
- 収益補償金:家賃収入の減少を補う性格のものですが、臨時的に受け取る補償金であり、売上高に入れるか、営業外収益や特別利益とするかは、補償の内容と期間を踏まえて判断します
- 5,000万円控除:申告書上の調整なので、決算書では法人税等が小さくなる形で表れます
- 代替資産の圧縮記帳:直接減額方式なら特別損失(圧縮損)、積立金方式なら純資産の中の圧縮積立金として表示されます
収益補償金を売上高に入れれば、営業利益は大きく見えます。しかし、表示区分は「どう見せたいか」ではなく、取引の実態で決まるものです。税務上の益金・損金の扱いと、決算書の表示区分(売上高か営業外収益か、特別利益か)は別の問いであり、企業会計の基準に沿って判断する必要があります。どの区分にできるかは取引の実態次第ですので、顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
5,000万円控除は純資産を厚くする
5,000万円控除を使うと、譲渡益のうち5,000万円分には税金がかからず、補償金がそのまま手元に残ります。特別利益として計上された譲渡益は当期純利益を押し上げ、税負担が小さい分、純資産が効率よく厚くなります。銀行が安全性の評価で重視する自己資本比率の改善につながります。
補償金を何に使うかで評価が変わる
受け取った補償金を物件の借入返済に充てれば、有利子負債が減り、著書のモデルの債務償還年数「(借入金 − 現預金)÷(経常利益 + 減価償却費 − 法人税等)」の分子が小さくなります。現預金として持っておいても、分子は同じように小さくなります。
一方、物件の敷地の一部が収用されると、建物の建替えや家賃収入の減少につながることがあります。銀行は、収用後の物件の収益力と担保価値の変化を確認します。収用前後の家賃収入、残る土地の利用計画、補償金の使い道を資料にまとめておくと、説明がスムーズです。
担保物件の収用は銀行との事前協議が必要
収用される土地に抵当権が設定されている場合、所有権移転のためには抵当権の抹消(一部抹消)が必要になり、銀行は補償金からの返済を求めるのが一般的です。補償金の受取りと返済の段取りを、施行者・銀行と早めに相談しておきましょう。売却損益の表示の考え方は不動産の売却損は特別損失?、譲渡所得の税率は不動産売却の税金も参照してください。
実務のチェックポイント
| タイミング | 確認すること |
|---|---|
| 買取りの申出を受けたとき | 申出の日(申出証明書の日付)を確認し、6か月の期限をカレンダーに入れたか |
| 交渉中 | 6か月を過ぎた場合の税額(5,000万円控除なし)と、補償額の増額の見込みを比較したか |
| 交渉中 | 同じ事業で複数の土地を売る場合、同じ年に譲渡できるかを確認したか |
| 契約時 | 補償金の内訳(対価・移転・収益・経費補償金)を契約書で確認したか |
| 契約時 | 5,000万円控除と代替資産の特例のどちらが有利か試算したか |
| 契約時 | 担保に入っている場合、抵当権の抹消と返済の段取りを銀行と協議したか |
| 申告時 | 申出証明書・買取り等の証明書・収用等の証明書を添付(法人は保存)したか |
| 決算時 | 補償金を種類ごとに実態に応じた区分で表示したか(法人) |
まとめ
- 公共事業のための土地建物の譲渡では、5,000万円の特別控除か代替資産の特例のどちらかを選べる
- 5,000万円控除は、最初の買取り等の申出から6か月以内の譲渡などが要件。交渉中に期限を過ぎて適用できなかった裁決、2つの年にまたがって最初の年以外は適用できなかった裁決がある
- 特例の対象は原則として対価補償金。移転補償金・収益補償金などは性格に応じて別の所得として扱う
- 法人も5,000万円控除(措置法65条の2)や圧縮記帳(同法64条)を使える。決算書の表示はGAAPに沿って実態で判断する
- 5,000万円控除は純資産を厚くする。補償金の使い道と収用後の収益力を、銀行に説明できるよう準備する
収用の補償金の確認から、特例の選択、決算書と銀行への説明まで、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。
