値上がりした事業用の土地建物を売ると、まとまった売却益に税金がかかります。売却代金で別の事業用不動産に買い換える予定なら、使える可能性があるのが特定の事業用資産の買換え特例です。個人は租税特別措置法37条、法人は同法65条の7(圧縮記帳)で、売却益の一部の課税を将来に繰り延べられます。
ただし、この特例は「税金が消える制度」ではありません。繰り延べた税金は、買換資産の減価償却費が小さくなる形や、将来の売却時の利益が大きくなる形で戻ってきます。また、法人の場合は、圧縮記帳の方式によって決算書の純資産の見え方が変わります。この記事では、要件、法人と個人の違い、賃貸物件で否認された裁決事例、会計処理と銀行の見え方を整理します。
- 事業用の土地建物を売って一定の事業用資産に買い換えると、売却益の原則80%の課税を繰り延べられる。非課税ではなく、買換資産の取得価額が引き継がれる
- 不動産投資でよく使われるのは、所有期間10年超の国内の土地建物から、300㎡以上の土地や事務所・住宅などの特定施設への買換え(個人の場合、令和11年3月31日までの譲渡が対象)
- 賃貸物件は「事業に準ずるもの」として対象になりうるが、一時的な賃貸や同族会社への使用貸借は対象外とした裁決がある
- 同じ年(法人は同じ事業年度)に売って買う場合などは、期限までの届出書の提出が必要
- 法人の圧縮記帳は、直接減額方式か積立金方式かで純資産の見え方が変わる。銀行への見せ方も含めて方式を決める
制度の仕組み:課税の「繰延べ」であって非課税ではない
国税庁のタックスアンサーNo.3405「事業用の資産を買い換えたときの特例」は、この特例を、譲渡益の一部に対する課税を将来に繰り延べる制度であり、譲渡益が非課税となるわけではないと説明しています。
個人の場合の計算は次のとおりです(課税割合が原則の20%の場合)。
売った金額より買った金額が少ない場合は、その差額に相当する部分は繰延べの対象にならず、通常どおり課税されます。そして、買換資産の取得価額は実際に払った金額ではなく、売った資産の取得価額を引き継いだ金額になります。建物を買い換えた場合は、引き継いだ低い取得価額をもとに減価償却するため、毎年の減価償却費が小さくなり、その分の所得(税金)が後の年に増えます。
課税割合は買換えの組合せによって変わり、たとえば10年超所有の資産の買換えでは、集中地域(東京23区など)とそれ以外の地域の間で本店・事務所を移すかどうかによって10%〜40%の割合が定められています。自社の組合せの割合は、タックスアンサーの表と条文で確認してください。
要件:不動産投資で使われる「10年超」の買換え
買換えの組合せは措置法37条1項の表に定められています。不動産の保有・賃貸を行う個人・法人に関係が深いのは、次の組合せです。
| 要件 | 内容(タックスアンサーNo.3405に基づく個人の場合) |
|---|---|
| 譲渡資産 | 譲渡した年の1月1日において所有期間が10年を超える国内の土地等・建物・構築物 |
| 買換資産 | 国内の土地等(面積300㎡以上で、事務所・店舗・倉庫・住宅などの特定施設の敷地など)、特定施設の建物、事業に必要な構築物 |
| 適用期限 | 令和11年3月31日までの譲渡 |
| 共通の要件 | 譲渡資産・買換資産がともに事業用であること |
| 取得の時期 | 譲渡した年の前年・同年・翌年中に取得 |
| 事業供用 | 買換資産を取得の日から1年以内に事業の用に供すること |
| 土地の面積 | 買換資産の土地は、譲渡した土地の面積の5倍以内(超える部分は対象外) |
| 対象外の取引 | 収用・贈与・交換・出資・代物弁済による譲渡など |
「事業用」の範囲:賃貸は事業的規模でなくてもよい
タックスアンサーNo.3402「事業用の資産の範囲」は、事業に準ずるものとして、事業といえるほどの規模ではない不動産の貸付けでも、相当の対価を得て継続的に行われるものを挙げています。相当の対価かどうかは、減価償却費や固定資産税などの必要経費を回収した後に相当の利益が生じているかで判断します。
一方で、次のものは事業用資産に当たらないとされています。
- 棚卸資産や、雑所得の基因となる土地
- 特例を受けるためだけに一時的に事業に使ったと認められる資産
- 空閑地や空き家(特別の施設を設けていない駐車場・物品置場なども空閑地に含まれる)
不動産所得の事業的規模の判断については不動産所得の事業的規模とはで整理しています。
届出が必要な場合
同じ年に売って買う場合は、譲渡の日または取得の日のいずれか早い日を含む3か月期間の末日の翌日から2か月以内に、「特定の事業用資産の買換えの特例の適用に関する届出書」を税務署長に出す必要があります(個人の場合)。前年に先に買った資産を買換資産にする場合も、別の届出書が必要です。決算や確定申告の段階で気づいても間に合わないことがあるため、売却を決めた時点で顧問税理士に伝えてください。
法人と個人の違い
| 項目 | 個人 | 法人 |
|---|---|---|
| 根拠 | 措置法37条(譲渡所得の課税の特例) | 措置法65条の7(買換資産の圧縮記帳) |
| 効果の出し方 | 収入金額を減らして譲渡所得を計算 | 買換資産の帳簿価額を減額(または積立金を積立て)し、その額を損金に算入 |
| 繰り延べる割合 | 原則80%(課税割合20%) | 原則として圧縮限度額は差益の80%相当(組合せにより異なる) |
| 取得価額 | 譲渡資産の取得価額を引き継ぐ | 圧縮後の帳簿価額で減価償却 |
| 所有期間の区分 | 長期・短期で税率が違う(分離課税) | 区分なし(他の所得と合算) |
| 手続 | 届出書、確定申告書への明細書・証明書の添付 | 届出書、確定申告書への明細書の添付、確定決算での経理 |
法人は、個人のような分離課税ではなく、売却益が他の利益と合算されて法人税がかかります。圧縮記帳は確定した決算で経理することが前提になるため、決算の締めの段階で処理を決めておく必要があります。売却益と繰越欠損金の関係は欠損金の繰越しと物件売却益で扱っています。
なお、交換で取得する場合は買換え特例の対象外で、要件を満たせば固定資産の交換の特例を検討します。公共事業による収用は収用等の5,000万円特別控除の対象になります。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る公表裁決:賃貸物件で特例が認められなかった事例
国税不服審判所の公表裁決事例要旨(租税特別措置法関係「事業用資産の判定」「買換資産等の事業供用の認定事例」)には、賃貸に関する事例が多く載っています。不動産投資家に関係の深い2件を紹介します。
平成13年3月29日裁決(裁決事例集No.61・337頁):一時的な賃貸
- 事案:請求人が事業用資産と主張した土地は、賃貸借契約の締結日からわずか3週間足らずで、別の会社に譲渡の意思表示がされていた。賃料は6か月分相当額が一括で計上されていた
- 争点:この土地の賃貸が、相当の対価を得て継続的に行う「事業に準ずるもの」に当たるか
- 判断:賃貸借期間を1年とした理由についての請求人の主張を裏付ける証拠もないことなどを総合すると、賃貸は一時的なものにすぎず、事業に準ずるものに該当しないとして、特例の適用を認めなかった(国税不服審判所)
平成3年2月5日裁決(裁決事例集No.41・355頁):同族会社への使用貸借
- 事案:請求人は、業績不振を理由に同族会社の賃料を免除していたが、賃料の授受がなくても賃貸に変わりはないと主張した
- 争点:同族会社への無償の貸付けでも事業用資産に当たるか
- 判断:貸付けは賃貸借ではなく使用貸借と認められ、措置法37条の適用はないとされた。小規模宅地等の特例(相続税)の扱いとは趣旨・目的が異なるとして、請求人の主張は採用されなかった(国税不服審判所)
実務への示唆:どちらの事例も、「貸していたかどうか」ではなく、相当の対価を得て継続的に貸していた実態があるかが問われています。売却が決まる直前に駐車場として貸し始めた土地や、同族会社に賃料を取らずに使わせていた土地は、特例の対象にならないおそれがあります。賃貸借契約書、賃料の入金記録、賃料水準の根拠を残しておくことが大切です。これらは事実関係に応じた個別の判断であり、同族会社への貸付けがすべて対象外になるという趣旨ではありません。
会計上の処理と決算書の表示:圧縮記帳の2つの方式
法人の圧縮記帳は税法上の制度ですが、決算書にどう載せるかは企業会計の考え方とあわせて判断します。ここでいう企業会計の基準は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)のことで、中小企業であれば企業会計原則、「中小企業の会計に関する指針」「中小企業の会計に関する要領」などが中心です。法人税法22条4項も、収益・費用の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算すると定めています。
| 方式 | 処理 | 決算書の見え方 |
|---|---|---|
| 直接減額方式 | 売却益を特別利益に計上し、同額程度の固定資産圧縮損を特別損失に計上して買換資産の帳簿価額を減らす | 当期純利益・純資産は圧縮損の分小さい。固定資産の簿価も小さい |
| 積立金方式 | 売却益を特別利益に計上し、利益剰余金の中で圧縮積立金を積み立てる(税務上は申告書で減算) | 当期純利益は売却益が残り、純資産も大きい。簿価は実際の取得価額 |
企業会計の考え方では、資産は実際の取得価額で計上するのが原則であり、積立金方式が本来の姿に近いと考えられています。一方、中小企業では、税務と会計を一致させられる直接減額方式も広く使われています。税効果会計を適用する会社では、積立金方式で将来の税金分を繰延税金負債として計上します。
売却益そのものは、賃貸用の固定資産を売ったものなら原則として特別利益に表示します。販売用不動産なら売上高・売上原価で表示するので、そもそもこの特例の対象外です(棚卸資産は事業用資産に当たらない)。表示区分は保有目的と取引の実態で決まるもので、税務上損金算入が認められるかとは別の問いです。どの区分にできるかは取引の実態次第ですので、顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
純資産:方式で差が出る
銀行は決算書の純資産を安全性の評価に使います。直接減額方式では、売却益の大部分が圧縮損で打ち消されるため、売却した年の純資産の増え方が小さくなります。積立金方式なら、売却益は利益剰余金として残り(税効果会計を適用する場合は繰延税金負債を差し引いた額)、純資産の増加として表れます。著書のモデルではプロパー融資の目安を「正常先+純資産1億円」としており、純資産の見え方は融資の条件に直結します。
将来の利益と債務償還年数
圧縮記帳をすると、買換資産の帳簿価額が小さくなり、建物の減価償却費が毎年小さくなります。これは将来の経常利益を押し上げる一方、償却前利益(経常利益+減価償却費)は変わりません。著書のモデルの債務償還年数「(借入金 − 現預金)÷(経常利益 + 減価償却費 − 法人税等)」で見ると、分母の法人税等が将来増える分だけ、返済原資は少し小さくなります。
「税金を払う」選択肢も比べる
特例を使えば当期の納税は減り、手元資金は厚くなります。一方、あえて特例を使わず納税すれば、純資産は確定的に厚くなり、買換資産の簿価も高いまま減価償却できます。著書では「払った税金の2倍、会社は強くなる」という考え方を示していますが、どちらが良いかは、手元資金の必要額、今後の借入計画、将来の売却予定によって変わります。売却のタイミングと決算期の関係は売却のタイミングと決算期もあわせてご覧ください。
実務のチェックポイント
| タイミング | 確認すること |
|---|---|
| 売却の検討時 | 譲渡資産の所有期間(譲渡した年の1月1日で10年超か)と、事業用(相当の対価で継続的に賃貸)の実態を確認したか |
| 売却の検討時 | 買換資産が組合せの要件(土地300㎡以上、特定施設など)に当てはまるか、土地の面積が5倍以内かを確認したか |
| 売却の検討時 | 特例を使う場合と使わない場合で、納税額・手残り・純資産を比較したか |
| 売却・取得後 | 同じ年(事業年度)の売買などで必要な届出書を期限内に出したか |
| 取得後 | 買換資産を取得から1年以内に事業の用に供したか(賃貸開始の記録を残したか) |
| 決算時(法人) | 圧縮記帳の方式(直接減額・積立金)を決め、確定決算で経理したか |
| 銀行への説明 | 売却益と圧縮記帳の関係、買換資産の簿価と時価の関係を説明できる資料を用意したか |
まとめ
- 特定の事業用資産の買換え特例は、売却益の原則80%の課税を繰り延べる制度で、非課税ではない。買換資産は譲渡資産の取得価額を引き継ぐ
- 不動産では、10年超所有の土地建物から300㎡以上の土地や特定施設への買換え(個人は令和11年3月31日までの譲渡)が中心。届出書の期限に注意する
- 賃貸物件は事業に準ずるものとして対象になりうるが、一時的な賃貸や同族会社への使用貸借は対象外とされた裁決がある
- 法人の圧縮記帳は、直接減額方式と積立金方式で純資産の見え方が変わる。会計上の表示はGAAPに沿って判断する
- 繰り延べた税金は将来戻ってくる。特例を使う・使わないの両方を、手残りと純資産で比較してから決める
買換えの計画から、圧縮記帳の方式と銀行への説明まで、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。
