減価償却が大きい物件や、借入利息の重い物件を抱えた法人は、数期にわたって赤字が続くことがあります。その状態で物件を売って利益が出たとき、過去の赤字(繰越欠損金)と売却益を相殺できるかは、税金の額だけでなく、手元に残る資金と決算書の純資産を大きく左右します。
結論からいうと、法人なら青色申告の欠損金を売却益と相殺できます。一方、個人の場合は、不動産所得の赤字と土地建物の売却益は別々に計算され、相殺できません。この記事では、法人と個人の違い、欠損金を使うための要件、公表裁決、会計上の表示、銀行からの見え方を整理します。
- 法人:青色申告の欠損金は10年間繰り越せ、物件の売却益を含む所得と相殺できる。中小法人等は所得の全額、それ以外は50%が上限
- 欠損金を使うには、欠損が出た期に青色申告し、その後も連続して確定申告書を提出し、帳簿書類を保存していることが必要。無申告の期があると使えないとした裁決がある
- 個人:土地建物の売却益は分離課税で、不動産所得の赤字とは損益通算できない。純損失の繰越しも、売却益との関係は個人と法人で大きく違う
- 欠損金と相殺した売却益は、税金をかけずに純資産を回復させる。ただし売却益は特別利益であり、銀行は本業の収益力と区別して見る
法人:欠損金の繰越控除と売却益
仕組みと期間
国税庁のタックスアンサーNo.5762「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」によると、各事業年度開始の日前10年以内に開始した事業年度で、青色申告書を提出した事業年度に生じた欠損金額は、その事業年度の所得の計算上、損金に算入されます。平成30年4月1日前に開始した事業年度に生じた欠損金の繰越期間は9年です。
法人の所得は、家賃収入による利益も物件の売却益も区別せずに合算して計算します。そのため、赤字が続いていた法人が物件を売って利益を出した場合、その売却益は繰越欠損金と相殺されます。
控除の上限:中小法人等と大法人の違い
| 区分 | 控除できる上限(平成30年4月1日以後開始事業年度) | 主な対象 |
|---|---|---|
| 中小法人等 | 繰越控除前の所得金額の全額 | 資本金1億円以下の普通法人(大法人の100%子法人等を除く)など |
| 上記以外の法人 | 繰越控除前の所得金額の50% | 資本金1億円超の法人など |
| 新設法人などの特例 | 一定期間は全額 | 設立から7年以内の一定の事業年度など(要件あり) |
たとえば、繰越欠損金が8,000万円ある中小法人が、ある期に物件を売って売却益6,000万円を含む所得6,000万円を出した場合、その期の所得は0円になり、残りの2,000万円の欠損金は翌期以降に繰り越されます。同じ条件でも資本金1億円超の法人なら、控除できるのは3,000万円までで、残り3,000万円の所得には法人税がかかります。
欠損金を使うための条件
欠損金の繰越控除を受けるには、次の条件を満たす必要があります。
- 欠損金が生じた事業年度に青色申告書である確定申告書を提出していること
- その後の各事業年度について連続して確定申告書を提出していること(その後が白色申告でも可)
- 欠損金が生じた事業年度の帳簿書類を保存していること(欠損金を使う期間中は保存が必要)
欠損金の繰越期間に合わせて帳簿の保存期間が長くなる点は、領収書・帳簿の保存期間で解説しています。
繰戻し還付という選択肢
資本金1億円以下の法人などは、欠損金が出た期の前期に法人税を払っていれば、その欠損金を前期に繰り戻して法人税の還付を受ける制度(欠損金の繰戻しによる還付)を使える場合があります。売却損が出た期に前期の納税額を取り戻す、という場面で検討します。繰越しと繰戻しのどちらが有利かは、今後の利益の見込みによって変わります。
個人:不動産所得の赤字と土地建物の売却益は通算できない
個人の場合は、扱いがまったく違います。国税庁のタックスアンサーNo.2250「損益通算」は、一定の居住用財産以外の土地建物等の譲渡所得の損失は、土地建物等の譲渡所得以外の所得と損益通算できず、また逆に、土地建物等の譲渡所得以外の所得の損失も、土地建物等の譲渡所得と損益通算できないと説明しています。
| 場面 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 同じ年の賃貸の赤字と物件の売却益 | 合算されて相殺される | 相殺できない(不動産所得の赤字は給与など総合課税の所得と通算) |
| 過去の赤字と今年の売却益 | 青色欠損金の繰越控除で相殺できる(10年) | 土地建物の売却益とは別枠で計算される |
| 物件の売却損と他の所得 | 損金になり、他の利益と相殺される | 他の土地建物の譲渡益としか相殺できない |
| 赤字の繰越期間 | 10年(平成30年4月1日以後開始事業年度の分) | 青色申告の純損失は3年 |
| 控除の上限 | 中小法人等は全額、それ以外は50% | ― |
つまり、個人で賃貸を続けて不動産所得が赤字だった人が、その物件を売って譲渡益を出しても、赤字と譲渡益は打ち消し合いません。譲渡益には分離課税の税率(所有期間によって長期・短期で異なる)がそのままかかります。不動産所得の赤字と給与所得の通算については不動産所得の赤字と給与所得の損益通算、売却時の税率は不動産売却の税金をご覧ください。
この違いは、物件を個人で持つか法人で持つかを考えるときの重要な判断材料です。個人から法人への移し替えの税金は個人から法人へ物件を移すときの税金で整理しています。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る公表裁決:欠損金の繰越控除が認められなかった事例
平成20年3月14日裁決(裁決事例集No.75・370頁):無申告の期があった
- 事案:法人が、繰越欠損金を損金に算入して確定申告書を提出した。ところが、欠損金が生じた事業年度より後に、確定申告書を出していない事業年度があった。法人は、更正処分の前にその無申告の期の申告書を提出したので「連続して確定申告書を提出している」と主張した
- 争点:「連続して確定申告書を提出している場合」に当たるかどうかは、いつの時点で判断するか
- 判断:繰越欠損金を損金に算入するかどうかは、遅くともその事業年度の確定申告書の提出時までに定まっていなければならない。したがって、繰越欠損金を使おうとする事業年度の確定申告書の提出時において、欠損金が生じた後の各事業年度の申告書が提出済みである必要があり、後から無申告の期の申告書を出しても要件は満たさないとされた(国税不服審判所)
実務への示唆:休眠状態の物件保有法人や、赤字だからと申告を後回しにしていた法人は、いざ物件を売って利益が出たときに欠損金を使えないおそれがあります。赤字の期こそ、期限内に申告を続けることが大切です。
平成21年6月24日裁決(裁決事例集No.77・303頁):役員の債権放棄と期限切れ欠損金
- 事案:債務超過の法人が、競売物件の取得資金の融資を受けるために銀行から債務超過の解消を求められ、役員からの借入金の放棄を受けた。法人は、この債務免除は法人税法施行令117条の事実に準ずるものとして、期限切れ欠損金を使える(法人税法59条2項)と主張した
- 争点:役員の債権放棄による債務免除が、期限切れ欠損金の損金算入が認められる事実に当たるか
- 判断:同条の「準ずる事実」は、法的整理に準じて全債権者に公正な弁済が保障されるものに限られる。本件は役員との私的な協議で決まったもので、事業経営が成り立たなくなるほどの危機にあったとも認められず、財務内容を表面的に改善するための債権放棄と認められるとして、適用は認められなかった(国税不服審判所)
実務への示唆:役員借入金の放棄(債務免除)は、債務超過を解消する手段として語られることがありますが、債務免除益には法人税がかかりうるため、使える欠損金が十分にあるかを事前に確認しておく必要があります。この裁決は特定の事実関係に基づく判断であり、役員の債権放棄がすべて不利に扱われるという趣旨ではありません。債務超過の解消方法には、物件の売却で利益を出す方法もあり、その場合も欠損金の残高と期限を確認しておくことが前提になります。
会計上の扱いと決算書の表示
税務上の欠損金の繰越控除は、申告書(別表)の上での計算であり、決算書の損益計算書に「欠損金控除」という項目が出てくるわけではありません。決算書の表示は、企業会計の基準、つまり一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って判断します。中小企業では、企業会計原則、「中小企業の会計に関する指針」「中小企業の会計に関する要領」などがその中心です。
- 売却益の表示:賃貸用の固定資産の売却益は、原則として特別利益に表示します。販売用不動産なら売上高・売上原価で表示します。区分は保有目的と取引の実態で決まります
- 法人税等:欠損金と相殺された分だけ、損益計算書の「法人税、住民税及び事業税」が小さくなります
- 税効果会計:税効果会計を適用する会社では、将来の課税所得と相殺できる見込みが高い繰越欠損金について繰延税金資産を計上することがあります。回収可能性の判断が必要で、赤字が続く会社では計上できないことも多い論点です
「赤字の期に売却益を出して欠損金を使い切る」という考え方は税務上の話です。決算書で売却益をどの区分に表示するか(売上高か特別利益か)は、税務上の損金・益金の議論とは別に、企業会計の基準に沿って判断する必要があります。どの区分にできるかは取引の実態次第ですので、顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方:純資産の回復と、本業の収益力
欠損金があるうちの売却益は、純資産を効率よく回復させる
繰越欠損金がある法人が売却益を出すと、その利益にはほとんど法人税がかかりません(中小法人等の場合)。売却益がそのまま利益剰余金になり、純資産が回復します。債務超過の法人なら、売却益で債務超過を解消できる場合があります。
著書でも触れているとおり、2019年に著者が複数の銀行から融資を断られた原因は、減価償却が速い物件が多く、簿価よりも負債が大きい債務超過の状態に陥っていたことでした。財務の立て直しでは、毀損物件の売却・納税・現預金の積み増しを組み合わせました。債務超過の決算書の見え方は債務超過の会社は融資を受けられるかで解説しています。
ただし、売却益は「本業の稼ぐ力」ではない
銀行が格付けで重視するのは、営業利益と経常利益です。賃貸用物件の売却益は特別利益として表示されるため、経常利益は良くなりません。著書のモデルの債務償還年数「(借入金 − 現預金)÷(経常利益 + 減価償却費 − 法人税等)」でも、売却益は分母に入らず、効いてくるのは借入の返済による分子の減少です。
さらに、物件を売れば翌期からその物件の家賃収入はなくなります。売却益で純資産が回復しても、翌期の経常利益が赤字のままなら、銀行の評価は大きくは変わりません。売却の判断では、売却した年の純資産の回復と、翌期以降の収益力の両方を説明できるようにしておくことが大切です。
欠損金の期限を意識した売却計画
欠損金には10年の期限があります。古い欠損金が期限切れになる前に、含み益のある物件の売却で利益を出せば、税負担を抑えて純資産を厚くできます。売却時期と決算期の関係は売却のタイミングと決算期で、売却損が出る場合の表示は不動産の売却損は特別損失?で扱っています。
実務のチェックポイント
| タイミング | 確認すること |
|---|---|
| 売却の検討時 | 法人税申告書の別表で、繰越欠損金の残高と発生事業年度(期限)を確認したか |
| 売却の検討時 | 中小法人等に当たるか(資本金1億円以下か、大法人の100%子法人でないか)を確認したか |
| 売却の検討時 | 欠損金が生じた期以降、確定申告書を連続して提出し、帳簿書類を保存しているか |
| 売却の検討時 | 個人の場合、不動産所得の赤字と譲渡益は通算できない前提で納税資金を計画したか |
| 決算時 | 売却益を保有目的に応じた区分(特別利益または売上高)で表示したか |
| 決算時 | 税効果会計を適用する場合、繰延税金資産の回収可能性を検討したか |
| 銀行への説明 | 売却で回復した純資産と、翌期以降の家賃収入・経常利益の見込みを資料にまとめたか |
まとめ
- 法人の青色欠損金は10年間繰り越せ、物件の売却益と相殺できる。中小法人等は所得の全額、それ以外は50%が上限
- 欠損金を使うには、連続した確定申告書の提出と帳簿書類の保存が必要。無申告の期があると、後から申告しても要件を満たさないとした裁決がある
- 個人の土地建物の売却益は分離課税で、不動産所得の赤字とは損益通算できない
- 売却益は原則として特別利益に表示する。表示区分はGAAPに沿って取引の実態で判断する
- 欠損金と相殺した売却益は純資産を効率よく回復させるが、銀行は本業の収益力と区別して見る。翌期以降の収益の見通しとセットで説明する
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