「この物件は、簿価より安くしか売れない」。築年数が進んだ物件や、取得時の価格が高かった物件を手放すとき、売却損が出ることは珍しくありません。不動産の売却損は、税務上は損金(個人なら譲渡損失)の問題であり、決算書の上では特別損失として表示するかどうかの問題です。
この2つは、似ているようで別の問いです。税務上、売却損が損金になるかどうかは法人税法・所得税法で決まります。一方、決算書のどの区分に表示するかは、企業会計の基準(一般に公正妥当と認められる会計基準=GAAP)に沿って、取引の実態から判断します。そして銀行は、税務申告書ではなく決算書の表示を見て格付けをします。この記事では、売却損の扱いを「税務」「会計」「銀行」の3つの視点で整理します。
- 法人の売却損は損金になり、その期の他の利益と相殺される。赤字になれば欠損金として繰り越せる(青色申告が前提)
- 個人の土地・建物の譲渡損失は、他の土地・建物の譲渡益としか相殺できず、給与や家賃収入とは損益通算できない(一定の居住用財産の特例を除く)
- 決算書では、賃貸用の固定資産の売却損は原則として特別損失。販売用不動産なら売上高・売上原価で表示する。区分は保有目的と実態で決まり、都合で選ぶものではない
- 特別損失は営業利益・経常利益に影響しないが、当期純利益と純資産は減る。売却で借入を返せば債務償還年数は改善しうる
売却損の税務上の扱い:法人と個人でまったく違う
まず税務から確認します。同じ物件を同じ価格で売っても、法人で持っていたか、個人で持っていたかで、売却損の使い道は大きく変わります。
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 所得の区分 | 他の所得と区別せず、法人の所得の計算に含める | 土地・建物の譲渡所得(分離課税) |
| 売却損の扱い | 損金に算入。家賃収入など他の利益と相殺できる | 同じ年の他の土地・建物の譲渡益とのみ相殺できる |
| 給与・不動産所得との通算 | 論点にならない(法人の所得は一本) | 原則としてできない |
| 翌年以降への繰越し | 青色申告なら欠損金として繰越控除の対象 | 原則としてできない(一定の居住用財産の特例を除く) |
| 計算の基本 | 譲渡対価 −(帳簿価額+譲渡に要した費用) | 譲渡価額 −(取得費+譲渡費用) |
法人の場合
法人が賃貸用の土地・建物を売ると、売却代金と帳簿価額(土地は取得価額、建物は取得価額から減価償却累計額を引いた残り)の差額が、売却益または売却損になります。売却損はその事業年度の損金になり、家賃収入による利益と相殺されます。仲介手数料などの売却のための費用も損金です。
その期が赤字になった場合、青色申告法人であれば、赤字の金額は欠損金として翌期以降に繰り越し、将来の所得と相殺できます。控除できる期間や限度額は法人の規模などによって異なるため、具体的な金額は顧問税理士に確認してください。
建物を売ったときは、売却代金のうち建物部分に消費税がかかる点にも注意が必要です。課税事業者の判定や課税売上割合への影響は建物を売ったときの消費税で整理しています。
個人の場合
個人が土地・建物を売った損益は、不動産所得ではなく、分離課税の譲渡所得になります。国税庁のタックスアンサー(No.3203)でも案内されているとおり、土地・建物の譲渡損失は、一定の居住用財産の特例を除き、土地・建物の譲渡所得以外の所得とは損益通算できません。
つまり、賃貸物件を個人で売って2,000万円の損が出ても、その年に給与所得や不動産所得が多くても税金は減りません。同じ年に別の土地・建物を売って利益が出ていれば、その範囲で相殺できるだけです。譲渡費用に何が含まれるかは売却時の譲渡費用に入るもの・入らないものを、譲渡益が出る場合の税率は不動産売却の譲渡所得税を参照してください。
会計上の表示:固定資産の売却損は原則として特別損失
次に、決算書(損益計算書)の上でどう表示するかです。ここからは税法ではなく、企業会計の考え方で判断します。
企業会計原則では、損益計算書を「営業損益」「経常損益」「純損益」の段階に分け、臨時的に発生する損益を特別損益として区分します。その例として、固定資産の売却損益や災害による損失が挙げられています。賃貸用として長く保有していた物件を売った損失は、毎期の本業から生じるものではないため、原則として特別損失に表示します。
ただし、企業会計原則は、特別損益に当たる項目でも、金額が僅少なものや毎期経常的に発生するものは経常損益に含めることができる、という考え方も示しています。中小企業の場合は「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する要領」も参考になりますが、損益計算書の区分の考え方は基本的に同じです。
| 物件の保有目的 | 売却時の表示 | 主な判断の材料 |
|---|---|---|
| 賃貸用(固定資産) | 売却損益を特別損益に表示(原則) | 保有期間、賃貸の実績、売却の頻度 |
| 販売用(棚卸資産) | 売却代金を売上高、帳簿価額を売上原価に表示 | 宅建業の営業、取得時の目的、在庫としての管理 |
| 賃貸用だが毎期のように売却している | 経常損益に含めるかを検討 | 売買が事業の一部になっているか |
ここで大事なのは、表示区分は「選ぶもの」ではなく「実態から決まるもの」だということです。販売用として保有していた物件の損を「臨時の損失」として特別損失に回すことはできませんし、反対に、賃貸用の物件の売却益を売上高に入れることもできません。保有目的の区分そのものについては販売用不動産と固定資産の区分で詳しく扱います。
著書『総額82億円 税理士投資家が明かす「買い続ける」ための決算書戦略』では、PLの整え方として「収益は上に、費用は下に」という原則を示しています。これは、臨時・多額の費用が本業の利益(営業利益・経常利益)を不必要に圧迫していないかを確認しよう、という表示区分の話です。売却損はその典型ですが、どの区分に表示できるかは取引の実態次第です。税務上は損金算入が認められるかが論点であり、決算書の表示は企業会計の基準(GAAP)に沿って判断する必要があります。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
なお、売却損の表示区分そのものが争点になった公表裁決・判例は、確認した範囲では見当たりませんでした。税務の争いになりやすいのは、表示区分よりも、売却価格が適正か(関係者への低額譲渡ではないか)、譲渡費用の範囲、土地と建物の按分といった論点です。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る銀行からの見え方:段階利益・純資産・債務償還年数
売却損が決算書に載ると、銀行の格付けにはどう影響するのでしょうか。影響は「良くなるもの」と「悪くなるもの」の両方があります。
営業利益・経常利益は守られる
特別損失として表示された売却損は、営業利益と経常利益には影響しません。銀行が収益力を測るときに重視するのは、この2つの段階利益です。著書のモデルでは、ICR(インタレスト・カバレッジ・レシオ)の分子に営業利益、債務償還年数の分母に経常利益が使われます。売却損が本業の利益と混ざらずに表示されていれば、「本業は稼げている会社」という評価は保たれます。
反対に、同じ損失が販管費や営業外費用に混ざっていると、決算書の読み手には本業の収益力が落ちたように見えてしまいます。だからこそ、実態に即した区分で表示することが重要です。
当期純利益と純資産は減る
一方で、売却損は当期純利益を確実に減らし、その分だけ純資産(利益剰余金)が減ります。銀行は純資産の厚みを安全性の評価に使うため、売却損が大きいと自己資本比率は下がります。純資産が小さい会社では、売却損で債務超過に陥るおそれもあります。債務超過の決算書が銀行からどう見えるかは債務超過の会社は融資を受けられるかで解説しています。
借入を返済すれば、債務償還年数は改善しうる
売却で残債を一括返済すると、有利子負債が一気に減ります。著書のモデルでは債務償還年数を「(借入金 − 現預金)÷(経常利益 + 減価償却費 − 法人税等)」で計算します。分子が大きく減るため、売却損が出ても、債務償還年数はむしろ改善することがあります。著書が「売却は債務償還年数を改善する最も直接的な手段」と位置づけているのは、この効果のためです。
数値例:売却損2,000万円弱でも財務が良くなるケース
具体的な数字で見てみます(説明のための仮の数字です)。
- 帳簿価額:1億2,000万円(土地5,000万円、建物7,000万円)
- 売却価格:1億500万円、仲介手数料などの譲渡費用:350万円
- 残債:9,000万円(売却代金で一括返済)
| 項目 | 売却前 | 売却後 |
|---|---|---|
| 有利子負債 | 9,000万円(この物件分) | 0円 |
| 現預金 | ― | +1,150万円 |
| 当期純利益 | ― | 売却損1,850万円の分だけ減少(税効果を除く) |
| 純資産 | ― | 同額減少 |
| 債務償還年数の分子(借入金−現預金) | ― | 約1億150万円減少 |
この例では、純資産は1,850万円減りますが、債務償還年数の分子は1億円以上縮みます。物件の家賃収入と減価償却費がなくなるため分母も変わりますが、残債に比べて家賃収入が薄い物件であれば、全体として債務償還年数は改善しやすくなります。著書では、こうした「残っている借金に対して家賃収入が薄い」物件を見つける指標として、残債利回り(家賃収入÷残債)を使っています。
逆に、純資産がもともと薄い会社がこの売却をすると、債務超過に転落する可能性があります。売るかどうかは、純資産への影響と債務償還年数への影響の両方を試算してから決めることが大切です。出口の考え方は不動産投資の出口戦略もあわせてご覧ください。
売却の前に確認したいチェックポイント
| タイミング | 確認すること |
|---|---|
| 売却の検討時 | 帳簿価額と想定売却価格から、売却損益の見込みを出したか |
| 売却の検討時 | 売却後の純資産・自己資本比率を試算し、債務超過にならないか確認したか |
| 売却の検討時 | 残債の返済後に、手元資金がいくら残るか(不足しないか)を確認したか |
| 契約時 | 土地と建物の売却価格の按分を、合理的な根拠をもって契約書に記載したか |
| 決算時 | 物件の保有目的(賃貸用か販売用か)に沿った区分で売却損益を表示したか |
| 決算時 | 個人の場合、譲渡損失は他の所得と通算できない前提で納税資金を計画したか |
| 銀行への説明 | 売却の理由(財務改善のための入替えなど)と、返済後の借入一覧を用意したか |
売却損が出る年の決算書は、数字だけを見ると「損を出した年」に見えます。売却の目的と、売却後に財務がどう良くなったかを、資料で説明できるように準備しておきましょう。
まとめ
- 法人の売却損は損金になり、他の利益と相殺される。個人の土地・建物の譲渡損失は、他の所得と原則として損益通算できない
- 決算書では、賃貸用の固定資産の売却損は原則として特別損失。販売用不動産なら売上高・売上原価で表示する
- 表示区分は保有目的と取引の実態で決まる。税務上の損金算入と、会計上の表示(GAAP)は別の問いであり、顧問税理士・会計の専門家と検討が必要
- 特別損失は営業利益・経常利益に影響しないが、純資産は減る。売却で借入を返せば債務償還年数は改善しうる
売却の判断と、その年の決算書を銀行にどう見せるかまで、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。
