収益物件の売却を考えるとき、譲渡所得や法人税の試算はしても、建物の消費税まで織り込んでいないケースは少なくありません。売却価格が数億円になると、建物部分の消費税だけで数千万円になることもあります。
しかも消費税は、「売った年に納めるかどうか」だけでなく、「売った年の売上が2年後の納税義務を決める」という時間差のある仕組みです。この記事では、建物を売ったときの消費税を、課税事業者の判定、土地と建物の按分、課税売上割合、公表裁決事例、決算書の表示と銀行の見え方まで、個人と法人を分けて整理します。
- 建物の売却は課税、土地の売却は非課税。納税するのは売主が課税事業者の場合
- 法人の売却はすべて「事業として」。個人も、賃貸に使っていた建物の売却は事業に付随する譲渡として課税対象
- 課税事業者かどうかは基準期間(2年前)で判定。売った年の売上高は2年後の判定に使われる
- 土地と建物の金額は、合理的な契約書の区分が原則。土地の売却は課税売上割合を下げる
- 売却益は通常特別利益。銀行は売却後の手取りと債務の減り方を見る
建物は課税、土地は非課税:誰に消費税がかかるか
消費税の課税対象は、事業者が事業として対価を得て行う資産の譲渡等です。不動産の売却でいうと、建物は課税、土地(借地権などを含む)は非課税です(消費税法6条、別表第二第1号)。
問題は「事業として」の範囲です。ここが法人と個人で異なります。
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 「事業として」の範囲 | 法人の行う資産の譲渡等はすべて事業として行われたものに当たる(消費税法基本通達5-1-1(注)2) | 反復・継続・独立して行う取引。生活用資産の譲渡は事業に当たらない(同(注)1) |
| 賃貸用建物の売却 | 課税対象 | 事業の用に供していた建物の売却は付随行為として課税対象(同5-1-7(3)) |
| 自宅の売却 | (法人の自宅は通常ない) | 生活用資産の譲渡なので課税対象外 |
| 納税義務 | 課税事業者なら建物部分を申告 | 同左。免税事業者なら納税は生じない |
| 課税期間 | 事業年度 | 暦年(1月〜12月) |
個人の場合、所得税の「事業的規模(5棟10室)」とは別の話であることに注意してください。消費税では、賃貸に使っていた建物の売却は、規模にかかわらず事業に付随する譲渡と考えるのが基本です。
免税事業者でも「売った」事実は残る
免税事業者であれば、建物を売っても消費税の納税は生じません。ただし、後で述べるように、その売却額は2年後の課税事業者の判定に使われます。売ったときに何も起きなくても、2年後に影響が出るのが消費税の特徴です。
課税事業者の判定:売った年の売上が「2年後」を決める
基準期間と特定期間
課税事業者かどうかは、原則として基準期間の課税売上高が1,000万円を超えるかで判定します(消費税法9条)。基準期間は、個人は前々年、法人は原則として前々事業年度です。さらに、前年(法人は前事業年度)の上半期である特定期間の課税売上高(給与等の支払額で判定することも可)が1,000万円を超える場合も課税事業者になります。
建物の売却額(税抜)は課税売上高に含まれます。たとえば個人が2026年に建物部分3,000万円で物件を売ると、2026年の課税売上高は1,000万円を超え、2028年は課税事業者になります。2028年に事業用テナントの家賃や駐車場収入などの課税売上があれば、その分の消費税を申告・納付することになります。
基準期間に免税事業者だった場合、その期間の課税売上高は消費税を抜かずに計算します。平成8年11月22日の裁決(裁決事例集No.52・145頁)でも、免税事業者には課されるべき消費税がないため、対価の全額で判定するのが相当とされました。
インボイス登録をしている場合
インボイス発行事業者(適格請求書発行事業者)として登録している間は、基準期間の課税売上高にかかわらず課税事業者です。登録している大家さんが物件を売ると、建物部分の消費税を申告することになります。個人事業者の場合、インボイス登録を機に課税事業者になった人は、令和8年分までは2割特例、令和9年分・令和10年分は3割特例を使える場合があります(国税庁「インボイス制度に関するお知らせ(令和8年度税制改正特集)」)。
簡易課税なら「第四種事業」
簡易課税を選んでいる事業者が、自分で使っていた固定資産を売る場合は第四種事業(みなし仕入率60%)に当たります(消費税法基本通達13-2-9)。不動産賃貸業(第六種)の区分ではない点に注意が必要です。どの計算方法が使えるかで納税額が大きく変わるため、売却年の課税方式は早めに確認してください。登録判断の全体像は大家のインボイス登録は必要?で解説しています。
土地と建物の按分、課税売上割合、売却時の調整
按分は契約書の区分が原則
土地と建物を一括で売る場合、建物部分の金額が消費税の課税標準になります。区分は、契約書に合理的に定められていればその金額により、区分がないときは時価の比率などで合理的に按分します(消費税法施行令45条3項)。
売主にとって建物部分は「消費税が増える」方向、買主にとっては「減価償却と仕入税額控除が増える」方向に働きます。利害が逆なので、第三者に説明できる根拠(固定資産税評価額の比率、鑑定評価、仲介業者の査定など)を残しておくことが大切です。
土地の売却は課税売上割合を下げる
土地の売却額は非課税売上として課税売上割合の分母に入ります。課税売上割合が下がると、その課税期間の共通対応の課税仕入れについて控除できる消費税が減ります。
土地の譲渡が単発で、事業の実態に変動がない場合には、税務署長の承認を受けて「課税売上割合に準ずる割合」を使える場合があります(国税庁質疑応答事例「たまたま土地の譲渡があった場合の課税売上割合に準ずる割合の承認」)。承認は申請が必要で、適用した翌課税期間には不適用届出書の提出も必要になるため、売却の決済前から準備しておきます。
居住用賃貸建物を売った場合の調整
取得時に居住用賃貸建物として仕入税額控除ができなかった建物を、取得した課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間(第3年度の課税期間)の末日までに売却した場合は、控除できなかった税額の一部を売却した課税期間の仕入控除税額に加算できます(消費税法35条の2)。仕組みと計算は居住用賃貸建物の消費税で解説しています。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る裁決事例:建物の譲渡をめぐる判断
国税不服審判所の公表裁決事例から、建物の売却と消費税に関わるものを紹介します。
契約書の建物価額によるとされた事例(平成20年5月8日裁決)
- 出典:国税不服審判所 平成20年5月8日裁決(裁決事例集No.75・711頁)[裁決全文]
- 争点:土地とともに取得した建物の課税仕入れの金額を、契約書の建物価額によるか、固定資産税評価額の比で按分した金額によるか
- 判断:売主・買主に同族関係などの特殊な利害関係や、租税回避の意図で実体と異なる金額を表示した事情はなく、建物価額も仲介業者の査定を参考に決められ不合理な点はないとして、契約書に記載された建物価額によるとされました。
- 示唆:買主側の事例ですが、売主の課税標準も同じ契約書の区分が基礎になります。第三者間で合理的に決めた区分は尊重される一方、身内間の取引や根拠のない区分は見直されるおそれがあります。
法人成りでの資産の引継ぎも課税資産の譲渡(平成20年12月15日裁決)
- 出典:国税不服審判所 平成20年12月15日裁決(裁決事例集No.76・475頁)[裁決全文]
- 事案:個人事業者が金銭出資で法人を設立し、その後、個人事業の資産と同額の負債を法人に引き継ぎました。
- 判断:消費税法には「営業」全体を一つの課税客体とする規定はなく、負債の引受けは資産の譲渡の対価に当たるとして、課税資産の譲渡と判断されました。
- 示唆:個人の物件を自分の法人に移す場合も、建物部分は課税の対象になり得ます。借入金を法人が引き受ける形でも同じです。詳しくは個人から法人へ物件を移すときの税金をご覧ください。
事業に使っていた資産の売却は「資産の譲渡等」(平成23年3月8日裁決)
- 出典:国税不服審判所 平成23年3月8日裁決[裁決全文]
- 判断:事業の用に供している土地等の譲渡は、事業に付随して行われる資産の譲渡に当たり、売却目的で整地しても事業用資産としての性格は失われないとされました(対象は農地)。
- 示唆:「売るために空室にした」「売却前に使うのをやめた」というだけでは、事業用資産の譲渡でなくなるわけではないと考えておくべきです。
会計上の扱いと決算書の表示
税務上の論点は「建物部分に消費税がかかるか」ですが、決算書の表示は企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断します。
| 論点 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 売却益・売却損 | 固定資産の売却は通常、特別利益・特別損失に表示。販売用不動産(棚卸資産)の売却なら売上高・売上原価 | 譲渡所得として申告(不動産所得とは別) |
| 消費税の経理 | 税抜経理なら仮受消費税、税込経理なら売却額に含めて納付時に租税公課 | 経理方式により譲渡所得・不動産所得への反映が異なる |
| 納付前の残高 | 未払消費税等として流動負債 | 申告期限までの納税資金として確保 |
「収益は上に」という考え方からすると、売却益を売上高に入れたくなるかもしれません。ただ、税務上の損金・益金の判断と、決算書の表示区分は別物です。固定資産の売却益を売上高にできるかどうかは、宅建業として販売目的で保有していたかなど、取引の実態次第です。販売用か固定資産かの区分は販売用不動産と固定資産の区分で扱っています。どの区分にするかは、顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
銀行は売却そのものより、売却で財務がどう変わったかを見ます。
- 現預金と借入金:売却代金で借入を返済すれば、債務償還年数の分子(借入金−現預金)は小さくなります。ただし、消費税・法人税・所得税の納税資金を差し引いた手取りで考える必要があります
- 経常利益:特別利益は経常利益に入らないため、売却益で経常利益が良く見えるわけではありません。売却で家賃収入が減れば、翌期以降の経常利益は下がります
- 流動比率:決算期末に未払消費税や未払法人税が大きく計上されると、流動負債が増えます。納税時期と決算期の関係も確認しておきます
売却による損益の表示については不動産の売却損は特別損失?、個人の譲渡所得の税率は不動産売却の税金で解説しています。
実務のチェックポイント
- 売却する課税期間に課税事業者か(基準期間・特定期間・インボイス登録・高額特定資産の3年縛り)
- 課税方式は一般課税か、簡易課税(第四種)か、2割・3割特例か
- 土地と建物の区分は合理的で、根拠資料があるか(買主との利害を意識する)
- 土地の売却で課税売上割合が下がる場合、準ずる割合の承認申請を検討したか
- 取得から第3年度以内の居住用賃貸建物なら、売却時の調整(消費税法35条の2)を計算したか
- 売却した年の課税売上高が2年後の納税義務にどう影響するか
- 納税資金を差し引いた手取りで、返済・次の投資の計画を立てたか
まとめ
- 建物の売却は課税、土地は非課税。法人の売却はすべて事業として、個人も賃貸用建物の売却は付随行為として課税対象
- 課税事業者の判定は基準期間(2年前)。売った年の課税売上高が2年後の納税義務を決める
- 土地と建物の区分は合理的な契約書の金額が原則(平成20年5月8日裁決)。法人成りでの引継ぎも課税資産の譲渡になり得る(平成20年12月15日裁決)
- 土地の売却は課税売上割合を下げる。単発なら準ずる割合の承認を検討する
- 決算書では売却益は通常特別利益。銀行は納税後の手取りと債務の減り方を見る
物件の売却は、消費税・法人税(所得税)・その後の決算書と融資まで一体で考えるべき判断です。クレフティの不動産投資家向けサービスでは、売却前の税額試算から、売却後の財務と次の融資を見据えた計画づくりまでご相談いただけます。
