不動産の取得や建築では、建物の消費税が数百万円から数千万円になることもあります。そのため、還付申告や仕入税額控除は税務調査で重点的に確認され、不動産の消費税が否認された裁決事例も数多く公表されています。
この記事では、国税不服審判所の公表裁決事例のうち、不動産投資家・不動産事業者に関係が深いものを、論点ごとに整理します。どの事例でも、判断の決め手は「契約書・登記・入金記録などの客観的な事実」でした。否認を避けるための近道はなく、取引の実態に合った処理と、その記録を残すことが大切です。
- 還付を受けるために実体のない賃貸借契約で課税売上げをつくった事例は、更正だけでなく重加算税も適法とされた
- 住宅として賃貸中の建物は、転売目的でも共通対応とされた裁決が複数ある。最高裁のムゲンエステート事件も同じ流れ
- 土地建物の一括取得では、合理的な理由のある契約書記載の建物価額が優先された
- 課税仕入れの時期は引渡しの日。建設仮勘定に計上しただけでは控除できない
- 簡易課税の期間に取得した建物は、後の本則課税の期間で控除できない。届出の判断は取得前に
否認された論点の一覧
まず、この記事で取り上げる裁決事例を一覧にします。いずれも国税不服審判所の公表裁決事例で、kfs.go.jp で原文を確認できます。
| 論点 | 裁決 | 結論 |
|---|---|---|
| 課税売上げの実在性 | 平成18年12月7日(No.72・605頁) | 新築アパートの見学会用賃貸借は架空。更正と重加算税を適法 |
| 用途区分(転売目的の賃貸中物件) | 平成17年11月10日(No.70・369頁) | 賃貸中マンションの信託受益権の取得は共通対応 |
| 用途区分(販売用の賃貸中建物) | 平成24年1月19日 | 住宅として賃貸中の建物は販売目的でも共通対応 |
| 用途区分(介護施設) | 平成22年12月8日 | 非課税の介護事業用の施設は課税対応ではなく共通対応 |
| 土地建物の按分 | 平成20年5月8日(No.75・711頁) | 契約書に記載された建物価額による |
| 課税仕入れの時期(取得) | 平成22年11月8日 | マンションは前の課税期間に引渡し済み。控除を否認 |
| 課税仕入れの時期(建築) | 平成11年9月16日(No.58・276頁) | 建物の請負代金は引渡しの日。建設仮勘定計上時ではない |
| 簡易課税 | 平成13年4月27日(No.61・671頁) | 簡易課税期間に取得した建物を後に売却。売却時は課税、取得時の税額は控除できない |
| 納税義務(新設法人) | 平成30年2月23日 | 基準期間がない2期目にも特定期間の規定を適用 |
| 法人成り | 平成20年12月15日(No.76・475頁) | 負債の引受けを対価とする課税資産の譲渡 |
課税売上げの実在性:架空の賃貸借で還付を受けた事例
国税不服審判所 平成18年12月7日裁決(裁決事例集No.72・605頁)は、還付申告の前提となる課税売上げそのものが否定された事例です。
建物貸付業を営む請求人は、共同住宅を新築し、引渡しの日に課税事業者選択届出書などを提出しました。そのうえで、建築会社が「完成見学会」のために建物を借りたとする賃貸借契約にもとづく賃貸料を課税売上げとし、建物の取得価額などを課税売上げにのみ要する課税仕入れとして、個別対応方式で還付申告をしました。
審判所は、建築会社の稟議記録に見学会開催の記載がないこと、賃料支払いの記録がないこと、契約書が建物の引渡し後に他の書類の記名・押印をコピーして切り貼りするなどして作られたものであることなどを認定し、賃貸借契約・見学会・賃料の授受はいずれも存在しないと判断しました。その結果、課税売上割合はゼロ、住宅である建物の取得は非課税売上げにのみ要する課税仕入れとなり、仕入税額控除もゼロとされました。さらに、架空の課税売上げを作出したことは仮装に当たるとして、重加算税の賦課決定も適法とされています。
この事例は、制度の隙間を狙った還付手法が、最終的に「事実の仮装」として扱われた例です。還付手法の変遷と現在の制度は消費税還付の仕組みと封じ込めの歴史と自販機スキーム・金地金スキームの歴史で解説しています。
用途区分:転売目的でも、賃貸中の住宅は「共通対応」
個別対応方式では、課税仕入れを「課税売上げにのみ要するもの(課税対応)」「非課税売上げにのみ要するもの(非課税対応)」「共通して要するもの(共通対応)」に区分します。用途区分は、課税仕入れを行った日の状況で判定します(消費税法基本通達11-2-20)。不動産では、この区分が最も争われてきました。
平成17年11月10日裁決:賃貸中マンションの信託受益権
不動産管理業を営む請求人が、賃貸中のマンションを信託財産とする信託受益権を取得し、課税対応として約1億1,600万円の還付を申告した事例です。審判所は、信託契約で賃料が信託収益とされていたこと、取得前に作られた書面で約1年間の賃貸期間が予定されていたことなどから、取得の日の状況として、非課税の住宅家賃と課税の売却の両方に要するものと認め、共通対応としました。
平成24年1月19日裁決:販売用として取得した賃貸中の建物
不動産販売業を営む請求人が、住宅として賃貸されている共同住宅などを販売目的で取得し、課税対応として申告した事例です。審判所は、取得の日に住宅の貸付けに使われていた事実を重視し、販売目的であっても共通対応と判断しました。
平成22年12月8日裁決:介護施設の建物
医療業を営む請求人が、認知症対応型共同生活介護の施設を新築し、その課税期間の課税売上げが自動販売機の設置手数料だけだったことから、課税対応として申告した事例です。審判所は、非課税となる介護事業を行う目的で取得した施設であり、介護事業に伴って課税売上げも生じるとして、共通対応としました。
同じ流れにあるのが、最高裁令和5年3月6日判決のムゲンエステート事件です。共通対応とした更正処分は第一審・控訴審で適法とされ、最高裁では過少申告加算税の「正当な理由」が否定されました。個別対応方式と一括比例配分方式の選び方は個別対応方式と一括比例配分方式で解説しています。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る取得価額と時期:土地建物の按分と引渡しの日
平成20年5月8日裁決:契約書記載の建物価額が優先
製造業の法人が土地建物を1億2,000万円で一括取得し、契約書には建物1,000万円(ほかに消費税50万円)と記載されていました。法人は、固定資産税評価額の比で按分した建物価額を減価償却の取得価額と課税仕入れの額にしましたが、審判所は、当事者が仲介業者の査定をもとに合意した価額であり、租税回避目的など特段の事情も不合理な点もないとして、契約書に記載された建物価額によると判断しました。法人税と消費税の両方の更正処分が適法とされています。按分の考え方は土地建物の按分をめぐる裁決事例で詳しく扱っています。
平成22年11月8日裁決:引渡しは前の課税期間
課税期間を短縮していた個人が、賃貸中のマンションの取得を10月からの課税期間の課税仕入れとして申告した事例です。審判所は、9月28日に残代金の支払い・所有権移転登記・抵当権設定・合鍵の引渡しなどが行われていたことから、引渡しはその前の課税期間に完了していたとして、申告した課税期間での控除を認めませんでした。領収証や清算金の日付が10月1日でも、客観的な取引実態で判断されています。
平成11年9月16日裁決:建設仮勘定に計上しても控除はできない
不動産賃貸業者が、賃貸用建物の竣工前に支払った請負代金やコンサルタント料を、支払った課税期間の課税仕入れとした事例です。審判所は、物の引渡しを要する請負は目的物の引渡しを受けた日、役務の提供は役務の全部の提供が完了した日が課税仕入れの日であり、建設仮勘定に計上しただけで控除できるわけではないとしました。中間金・着手金の扱いは建築請負の中間金・着手金の処理で取り上げます。
届出と納税義務:簡易課税・新設法人・法人成り
平成13年4月27日裁決:簡易課税期間に取得した建物
簡易課税を選択していた法人が、その期間中に建物を取得し、何年も後の本則課税の課税期間にその建物を売却しました。法人は、取得時に消費税を控除していないのに売却時に課税されるのは二重課税だと主張しましたが、審判所は、課税仕入れの税額は仕入れた課税期間で控除するのが原則であり、取得時に簡易課税を自ら選択していた以上、売却時の課税は適法と判断しました。不動産業の簡易課税の考え方は不動産業の簡易課税をご覧ください。
平成30年2月23日裁決・平成20年12月15日裁決
設立2期目の法人が「基準期間がないから免税」として申告しなかった事例では、特定期間の規定が適用され、決定処分と無申告加算税が適法とされました。法人成りで個人事業の資産と同額の負債を法人に引き継いだ事例では、負債の引受額を対価とする課税資産の譲渡とされました。いずれも不動産法人の設立と消費税の納税義務で詳しく紹介しています。
税務・会計・銀行への影響
法人と個人の違い
消費税の判断基準は法人も個人も同じですが、否認されたあとの影響の出方が異なります。
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 消費税の追徴額 | 税込経理なら損金(租税公課)、税抜経理なら仮払消費税等の精算で処理 | 税込経理なら不動産所得の必要経費。事業所得・雑所得も同様 |
| 加算税・延滞税 | 損金不算入(法人税法55条) | 必要経費不算入(所得税法45条) |
| 建物の取得価額 | 控除できなかった消費税は、税込経理なら取得価額に含まれ、減価償却で費用化 | 同じ |
| 重加算税の対象になった場合 | 法人税の青色申告の取消しなどにつながるおそれ | 所得税の青色申告の取消しなどにつながるおそれ |
会計上の扱い
決算書は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って作ります。中小企業では「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」が拠り所です。過年度の消費税の追徴は、通常の租税公課として処理するか、金額や性質によっては過年度の修正として別に表示するかを検討することになります。どの区分に表示するかは取引の実態で決まり、税務上の処理とは別に判断が必要です。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
- 現預金と債務償還年数:追徴税額と加算税の支払いで現預金が減ります。著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で、10年以内を健全の目安としています
- 納税証明書:未納があれば融資審査で確認されます。消費税は預かった税金という性格から、滞納は特に厳しく見られます
- 還付を前提にした資金計画:建物の消費税の還付を自己資金の一部に見込んでいると、否認されたときに資金計画が崩れます。還付は「受け取れたら返済原資を厚くする」程度の位置付けにしておくのが安全です
実務のチェックポイント
- 課税売上げの元になる取引は、実際に行われ、入金と記録がそろっているか
- 個別対応方式の用途区分は、取得の日の状況(賃貸中か、空室か、用途は何か)で説明できるか
- 土地建物の一括取得では、契約書の建物価額に合理的な根拠があるか。按分の資料を残しているか
- 課税仕入れの日を引渡しの日で判定しているか。中間金や建設仮勘定を先に控除していないか
- 取得する課税期間は本則課税か簡易課税か。届出書の提出期限に間に合うか
- 設立2期目の特定期間、法人成りの資産の引継ぎなど、納税義務の判定を確認したか
- 還付申告をする場合、調査で求められる資料(契約書、登記、通帳、帳簿)をすぐ出せるか
まとめ
- 公表裁決では、取引の実在性、用途区分、按分、時期、届出が繰り返し争われてきた
- 還付のための架空の課税売上げは、重加算税の対象になる
- 住宅として賃貸中の建物は、転売目的でも共通対応とされた事例が多い
- 土地建物の按分は、合理的な契約書記載の価額が基本。課税仕入れの時期は引渡しの日
- 簡易課税や納税義務の判断は、物件を取得する前に済ませておく
消費税は、取引のあとから処理を変えることが難しい税金です。クレフティでは不動産投資家向けサポートの中で、取得前の消費税の検討から、調査対応、融資を見据えた決算書づくりまでご相談いただけます。
