不動産賃貸業は、売上に対して仕入れ(課税仕入れ)が少ない業種です。管理費や修繕費はかかりますが、最大の支出である借入金の利息や固定資産税には消費税がかかりません。そのため、簡易課税を選ぶと納税額が少なくなるケースがあります。
一方で、簡易課税は「売上の消費税にみなし仕入率を掛ける」制度なので、建物の取得や大規模修繕をしても還付はありません。届出のタイミングを誤ると、何年も不利な方式に縛られることもあります。この記事では、不動産業の簡易課税について、事業区分、本則課税との比較、届出の注意点、公表裁決事例を整理します。
- 不動産賃貸・仲介・管理は第6種事業(みなし仕入率40%)。住宅の家賃は非課税なので計算に入らない
- 自己の固定資産である建物の売却は第4種(60%)、自ら施主として建てて売る建売や中古のリメイク販売は第3種(70%)
- 簡易課税は基準期間の課税売上高5,000万円以下で、適用したい課税期間の初日の前日までに届出。2年間は継続が必要
- 簡易課税の期間は、建物取得や大規模修繕をしても還付されない。過去の期間の分を後で控除することもできない
- 高額特定資産を本則課税で取得すると、一定期間は簡易課税選択届出書を出せない
簡易課税の基本
簡易課税制度は、その課税期間の売上に係る消費税額に、事業区分ごとのみなし仕入率を掛けた金額を仕入控除税額とする制度です(消費税法37条、国税庁タックスアンサーNo.6505)。
- 基準期間(個人は前々年、法人は原則として前々事業年度)の課税売上高が5,000万円以下の課税期間に適用できる
- 適用を受けたい課税期間の初日の前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出する(事業を開始した課税期間などは例外あり)
- やめるときは、やめたい課税期間の初日の前日までに不適用届出書を提出する。ただし、適用開始から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ提出できない
- 基準期間の課税売上高が5,000万円を超えて適用できなかった期があっても、不適用届出書を出していなければ、再び5,000万円以下になった期には簡易課税が自動的に適用される
| 事業区分 | みなし仕入率 | 主な事業 |
|---|---|---|
| 第1種 | 90% | 卸売業 |
| 第2種 | 80% | 小売業など |
| 第3種 | 70% | 建設業、製造業など |
| 第4種 | 60% | 飲食店業、固定資産の譲渡など、他の区分以外 |
| 第5種 | 50% | 運輸通信業、金融業・保険業、サービス業(宿泊業を含む) |
| 第6種 | 40% | 不動産業 |
不動産に関係する事業区分
国税庁の質疑応答事例「日本標準産業分類からみた事業区分」とタックスアンサーNo.6509をもとに、不動産に関係する売上の区分を整理しました。
| 売上の内容 | 事業区分 |
|---|---|
| 店舗・事務所の家賃、駐車場、不動産管理業 | 第6種(40%) |
| 不動産の仲介手数料 | 第6種(40%) |
| 他の事業者が建てた建物を購入し、そのまま販売 | 事業者への販売は第1種、それ以外は第2種 |
| 自ら施主となって請負契約で建築させ、販売(建売など) | 第3種(70%) |
| 中古住宅をリメイク(塗装・修理など)して販売 | 第3種(70%) |
| 自己が使用していた固定資産(賃貸用建物など)の売却 | 第4種(60%) |
| 旅館・ホテル・簡易宿所などの宿泊料 | 第5種(50%) |
| 住宅の家賃(1か月以上) | 非課税のため計算に入らない |
事業区分は、原則として課税資産の譲渡等ごとに判定します。2種類以上の事業を営む場合は、帳簿や請求書の控えに事業の種類を記載するなどして課税売上を区分します(国税庁質疑応答事例「事業の区分の方法」)。区分していない部分は、営む事業のうち最も低いみなし仕入率で計算します。1種類の事業の課税売上高が全体の75%以上を占める場合などには、特例の計算もあります。
本則課税との比較:有利な年・不利な年
消費税率10%(国税と地方消費税の合計)で単純化して、店舗の家賃収入が税抜2,000万円ある法人で比べてみます。売上に係る消費税は200万円です。
| ケース | 本則課税 | 簡易課税(第6種) |
|---|---|---|
| 平年(課税仕入れ税抜500万円) | 200万円−50万円=150万円 | 200万円−200万円×40%=120万円 |
| 大規模修繕の年(課税仕入れ税抜3,000万円) | 200万円−300万円=100万円の還付 | 120万円の納付 |
課税仕入れが少ない平年は簡易課税が有利ですが、大きな支出がある年は本則課税が有利になります。簡易課税は2年間の継続が必要で、届出は課税期間が始まる前に出す必要があるため、数年先の修繕・建替え・取得の計画を見て選ぶことになります。
2割特例の終了と3割特例
インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった事業者向けの2割特例は、令和8年9月30日までの日の属する課税期間で終了しました。令和8年度の税制改正で、個人事業者については令和9年分・令和10年分に、納付税額を売上税額の3割とできる3割特例が設けられています(法人は対象外)。2割特例・3割特例を適用した翌課税期間は、その確定申告期限までに簡易課税選択届出書を出せば、その翌課税期間から簡易課税を適用できる特例もあります。インボイスと家賃の関係はインボイス制度と大家さんをご覧ください。
簡易課税と高額特定資産の3年縛り
本則課税の課税期間に税抜1,000万円以上の建物などを取得すると、その課税期間の初日から、3年を経過する日の属する課税期間の初日の前日までは、簡易課税選択届出書を提出できません。その期間中にすでに提出していても、提出はなかったものとみなされます(消費税法37条3項・4項)。
「還付を受けた翌期から簡易課税に切り替える」という計画は、この規定で原則としてできません。数え方は高額特定資産の3年縛りで詳しく解説しています。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る判例・裁決事例
平成13年4月27日裁決(裁決事例集No.61・671頁):簡易課税の期間に取得した建物
簡易課税を適用していた課税期間に土地付建物を取得し、基準期間の課税売上高が基準を超えて本則課税となった課税期間に、その建物を譲渡した事例です。請求人は、取得時に消費税を控除していないのに売却時に課税されるのは二重課税だと主張しました。
審判所は、仕入税額控除は費用収益対応の原則によらず課税仕入れを行った課税期間で行うもので、本則課税の課税期間より前に仕入れた建物の消費税をその期間で控除できないことは明らかだとしました。また、簡易課税は事業者が自ら選択する制度であり、不適用届出書を出して本則課税に戻ることもできた以上、負担が大きくなった結果だけを捉えて不当な課税とはいえない、と判断しています(裁決の全文)。
平成13年11月30日裁決(裁決事例集No.62・435頁):昔の届出が生きていた駐車場業の法人
駐車場業を営む同族法人が、過去に簡易課税制度選択届出書を出したまま、その後免税事業者になっていました。その後、消費税等の還付を受ける目的で課税事業者選択届出書を提出し、本則課税で還付の申告をしたところ、原処分庁は簡易課税を適用すべきとして更正しました。
審判所は、簡易課税制度選択届出書は不適用届出書を出さない限り効力が続くなどとして、簡易課税を適用した更正処分を適法と判断しました(裁決の全文)。何年も前の届出が、還付の計画を崩した例です。
平成6年9月26日裁決(裁決事例集No.48・405頁):錯誤の主張
簡易課税制度選択届出書を出して簡易課税で申告した後、届出は錯誤によるもので無効だとして本則課税での更正の請求をした事例です。審判所は、錯誤で無効になるのは錯誤が客観的に明白かつ重大な場合に限られるとして、請求を認めませんでした(裁決の全文)。
これらの事例から分かるのは、簡易課税は届出の時点で結果がほぼ決まるということです。過去の届出の状況を含め、毎期の申告前に確認する必要があります。
税務上の扱い:法人と個人の違い
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 基準期間 | 原則として前々事業年度 | 前々年 |
| 事業区分・みなし仕入率 | 同じ | 同じ |
| 3割特例(令和9年分・10年分) | 対象外 | 要件を満たせば対象 |
| 新設法人の制限 | 基準期間のない期に調整対象固定資産を本則課税で取得すると、一定期間は届出不可 | 開業年から課税事業者を選択し、調整対象固定資産を取得した場合に同様の制限 |
| 納付税額の処理(税込経理) | 租税公課として損金 | 必要経費 |
個人の大家さんが法人化を検討するときは、法人側の基準期間と簡易課税の届出のタイミングもあわせて設計します。法人化のタイミングもご覧ください。
会計上の扱いと銀行からの見え方
決算書への出方
簡易課税で税抜経理をしている場合、帳簿上の仮受消費税と仮払消費税の差額と、実際の納付税額は一致しません。その差額は雑収入や雑損失として処理するのが一般的です。税込経理なら、納付税額は租税公課として販管費に入り、営業利益を押し下げます。
税務上は損金・益金になるかが論点になる一方、決算書の表示区分(売上高か営業外収益か、販管費か特別損失か)は、企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断する必要があり、どの区分にできるかは取引の実態次第です。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行が見るポイント
- 簡易課税は納税額が売上から予測しやすい。資金繰り表を組みやすいのは利点
- 店舗・事務所の比率が高い賃貸業では、第6種でも売上の消費税の60%を納めることになる。納税資金を毎月積み立てておく
- 大規模修繕を簡易課税の期間に行うと、還付がない分、現預金の減り方が大きい。修繕の時期と課税方式はセットで計画する
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。課税方式の選択は、利益だけでなく現預金を通じてこの指標に影響します。
実務のチェックポイント
- 基準期間の課税売上高は5,000万円以下か
- 今後2〜3年の大規模修繕・建替え・物件取得の予定はあるか
- 過去に提出した簡易課税選択届出書が生きていないか(不適用届出書の提出状況)
- 建物の売却、仲介、宿泊など、第6種以外の売上を区分して記録しているか
- 本則課税で高額特定資産を取得した期から、届出ができない期間に当たらないか
- 個人なら、3割特例と簡易課税のどちらが有利か試算したか
まとめ
- 不動産賃貸・仲介・管理は第6種(40%)。住宅の家賃は計算に入らない
- 建物の売却は第4種、建売・リメイク販売は第3種、宿泊業は第5種。売上ごとに区分して記録する
- 簡易課税は平年に有利でも、大きな支出の年は還付がなく不利になる。2年継続と届出期限を踏まえて数年単位で選ぶ
- 本則課税で高額特定資産を取得すると、一定期間は簡易課税に移れない
- 届出の状況は毎期確認する。古い届出が生きていて還付を受けられなかった裁決例もある
簡易課税の選択は、物件の取得や修繕の計画と切り離せません。クレフティでは不動産投資家向けサポートの中で、課税方式の試算から、融資を見据えた決算書づくりまでご相談をお受けしています。
