賃貸アパートや一棟マンションを相続すると、賃貸物件の相続税評価は、自宅のような「自用」の不動産よりも低くなります。建物は貸家、土地は貸家建付地として評価し、借家人がいる分だけ評価額を減らせるからです。
ただし、この減額は「実際に貸している部分」にしか使えません。相続のときに空室が多いと減額が小さくなり、評価額は上がります。どこまでの空室を「一時的」として賃貸中と扱えるかは、国税不服審判所でも争われてきました。この記事では、計算の基本、空室の扱いと裁決事例、個人と法人の違い、銀行から見た注意点を整理します。
- 建物(貸家)=自用家屋の評価額 ×(1 − 借家権割合 × 賃貸割合)
- 土地(貸家建付地)=自用地の評価額 ×(1 − 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)
- 賃貸割合は課税時期に実際に貸している床面積が原則。継続して賃貸されてきた部屋の一時的な空室だけが、賃貸中と扱える
- 平成26年4月18日の裁決は、空室期間が最長8年・最短4か月超の部屋を「一時的」と認めなかった
- 法人保有なら株式評価の問題になり、3年以内に取得した不動産は通常の取引価額で評価する。令和9年以後は5年以内取得の貸付用不動産の評価見直し(案)にも注意
賃貸物件の評価の基本:貸家と貸家建付地
相続税では、土地と建物を別々に評価します。人に貸している建物とその敷地は、借家人の権利がある分だけ、所有者が自由に使えないため、評価額を減らす仕組みになっています。
| 区分 | 評価の算式 | 主な根拠 |
|---|---|---|
| 自用地 | 路線価 × 地積(各種補正あり)、または固定資産税評価額 × 倍率 | 財産評価基本通達 |
| 貸家建付地 | 自用地の評価額 ×(1 − 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合) | 同通達26 |
| 自用家屋 | 固定資産税評価額 × 1.0 | 同通達89 |
| 貸家 | 自用家屋の評価額 ×(1 − 借家権割合 × 賃貸割合) | 同通達93 |
借地権割合は路線価図・評価倍率表に地域ごとに示されており、借家権割合も国税局長が定める割合を路線価図等で確認します。
数値例
仮に、自用地としての評価額が1億円、借地権割合60%、借家権割合30%、建物の固定資産税評価額が4,000万円の一棟アパート(全10室・同じ広さ)で比べてみます。
| 賃貸の状況 | 賃貸割合 | 貸家建付地 | 貸家 | 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 満室(または一時的な空室のみ) | 100% | 8,200万円 | 2,800万円 | 1億1,000万円 |
| 3室が長期空室 | 70% | 8,740万円 | 3,160万円 | 1億1,900万円 |
| 全室空室(貸家として扱えない) | ― | 1億円(自用地) | 4,000万円(自用家屋) | 1億4,000万円 |
同じ物件でも、空室の状況によって評価額が数千万円単位で変わることがわかります。
空室の扱い:原則は「課税時期の現況」
国税庁のタックスアンサー(No.4614 貸家建付地の評価)では、賃貸割合は、各独立部分のうち課税時期に賃貸されている部分の床面積を、家屋全体の各独立部分の床面積で割って求めます。そのうえで、継続的に賃貸されてきた部分が課税時期に一時的に空いていた場合は、次のような事実関係から賃貸されていたものとして扱って差し支えない、としています。
- 各独立部分が課税時期前に継続的に賃貸されてきたものであること
- 賃借人の退去後速やかに新たな賃借人の募集が行われ、空室の期間中、他の用途に供されていないこと
- 空室の期間が、課税時期の前後の例えば1か月程度であるなど、一時的な期間であること
- 課税時期後の賃貸が一時的なものではないこと
国税庁の質疑応答事例「貸家建付地等の評価における一時的な空室の範囲」でも、同じ考え方が示されています。
裁決事例:空室が「一時的」と認められなかった例
平成26年4月18日裁決(国税不服審判所)
- 事案:平成21年8月に開始した相続で、相続財産の貸家に、相続開始日に賃貸されていない部屋があった
- 請求人の主張:賃貸の意図をもって経常的に維持・管理し、賃借人の募集を継続して行っていたので、空室は「一時的に賃貸されていなかったもの」に当たり、賃貸割合を100%として評価すべき
- 判断:相続税法22条の時価は取得の日の客観的な交換価値なので、貸し付けられているかどうかは課税時期の現況で判断するのが原則であり、通達26の(注)2は例外として一時的な空室を含めてよいとしたもの。本件の部屋は、相続開始日の前後の空室期間が最長8年、最短でも4か月を超えており、一時的に賃貸されていなかったものに当たらないとして、請求を棄却
- 一次情報:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(貸家建付地)、裁決全文
この裁決のポイントは、募集を続けていたことだけでは足りないとされた点です。募集の努力は判断材料の一つですが、実際の空室期間が長ければ、一時的とは認められにくくなります。
平成2年7月6日裁決(裁決事例集No.40)
同じ要旨集には、借家人に立退料を払って退去してもらい、貸家を取り壊して、その敷地に新たな貸家を建築している途中で相続が開始した事案も掲載されています。審判所は、新しい建物はまだ賃貸されておらず、旧建物の賃貸借と新建物との間に継続性も認められないとして、敷地を貸家建付地ではなく自用地として評価すべきとしました。建替え中の相続は、評価が大きく変わりうる場面です。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る個人と法人で何が違うか
| 項目 | 個人で保有 | 法人で保有 |
|---|---|---|
| 相続の対象 | 土地・建物そのもの | 法人の株式 |
| 貸家・貸家建付地の評価 | そのまま使う | 株式を純資産価額で評価する際に使う |
| 取得直後の不動産 | 通常どおり通達で評価(総則6項の論点は別途) | 課税時期前3年以内の取得・新築は通常の取引価額で評価(評価通達185) |
| 小規模宅地等の特例 | 貸付事業用宅地等として200㎡まで50%減額の対象になりうる(3年以内貸付けの制限あり) | 法人所有の土地には適用されない |
| 決算書との関係 | 個人の青色申告決算書とは無関係 | 法人のBSは取得原価のまま。相続税評価額は会計に反映されない |
小規模宅地等の特例の貸付事業用宅地等は、国税庁のタックスアンサー(No.4124)によると限度面積200㎡、減額割合50%です。相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は原則として対象外ですが、相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていた場合などには例外があります。
令和9年以後の見直し案
国税庁は、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築された貸付用不動産を、課税時期における通常の取引価額で評価する通達案を意見公募に付しています(令和9年1月1日以後の相続等が対象の案。2026年10月時点で未確定)。購入してすぐの賃貸物件は、貸家・貸家建付地の評価による減額が使えなくなる可能性があります。判決と評価ルールの流れはタワマン節税の最高裁判決と総則6項で整理しています。
銀行からの見え方:空室は評価にも融資にも響く
空室は、相続税評価を上げるだけではありません。賃貸経営そのものの数字にも直結します。
- 収益力:空室が続けば家賃収入が減り、経常利益と償却前利益が下がる。著書のモデルでは、債務償還年数の分母(経常利益+減価償却費−法人税等)が小さくなり、返済能力の評価が落ちる
- 相続後の決算:相続人が物件と借入を引き継いだ場合、銀行は相続人の財務と物件の収益で返済能力を見直す。空室が多い物件ほど、条件の見直しを求められやすい
- 納税資金:相続税を物件の売却で払う計画なら、売却価格と残債の差額、譲渡所得税まで見込む必要がある
相続の前から、空室対策と募集の記録(募集開始日、広告、内見の履歴)を残しておくことは、評価の面でも、銀行への説明の面でも役に立ちます。
実務のチェックポイント
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 賃貸割合の根拠 | 課税時期時点のレントロール、各室の床面積、賃貸借契約書をそろえたか |
| 空室の記録 | 退去日、募集開始日、管理会社への依頼、広告の記録を部屋ごとに残しているか |
| 空室期間 | 課税時期の前後の空室期間を部屋ごとに確認し、長期の空室を「一時的」として扱っていないか |
| 他用途の使用 | 空室を倉庫や親族の居住など、他の用途に使っていないか |
| 建替え・大規模改修 | 建替え中・取壊し予定の物件の評価(自用地になる可能性)を確認したか |
| 取得時期 | 法人保有なら3年以内取得、個人保有でも令和9年以後の見直し案の対象にならないか |
| 小規模宅地等 | 貸付事業用宅地等の3年以内貸付けの制限に当たらないか |
相続財産としての不動産評価の全体像は相続税の不動産評価も参考にしてください。
まとめ
- 賃貸物件は、建物を貸家、土地を貸家建付地として評価し、借家権割合・借地権割合・賃貸割合に応じて減額される
- 賃貸割合は課税時期の現況が原則。一時的な空室だけが賃貸中と扱え、平成26年4月18日の裁決では空室期間4か月超〜8年の部屋が一時的と認められなかった
- 建替え中の敷地は、貸家建付地ではなく自用地とされた裁決もある
- 法人保有なら株式評価の問題になり、3年以内取得の不動産は通常の取引価額で評価する。令和9年以後の貸付用不動産の見直し案にも注意が必要
- 空室は相続税評価だけでなく、債務償還年数など銀行の評価にも響く
相続を見据えた賃貸経営と財務の整え方は、不動産投資家向けサービスでご相談いただけます。
