借入で不動産を買い、相続税評価額と購入価格の差を利用して相続税を減らす。いわゆるタワマン節税の議論で必ず取り上げられるのが、最高裁令和4年4月19日判決と、財産評価基本通達の総則6項です。
ただ、この判決は「借入で不動産を買うと否認される」と単純化して語られがちです。この記事では、裁判所の裁判例検索で公開されている判決原文をもとに、事実関係と判断の組み立てを正確に読み、どこまでが判決の射程なのか、その後の評価ルールがどう変わったのかを整理します。あわせて、法人で不動産を持つ場合の扱いや、銀行から見たときの注意点にも触れます。
- 最高裁は、鑑定評価額による更正処分を適法とし、納税者の上告を棄却した(令和2年(行ヒ)第283号、第三小法廷)
- 判断は二段構え。①時価(客観的な交換価値)を上回らない課税は相続税法22条に違反しない。②ただし特定の人だけ通達より高く評価するのは、合理的な理由がない限り平等原則に反する
- 評価額の開きだけでは理由にならない。この事案では、相続税が0円になるほどの著しい軽減と、軽減を意図した購入・借入れという事情があったため、合理的な理由があるとされた
- 判決後、令和6年から分譲マンションの評価に区分所有補正率が導入され、5年以内に取得した貸付用不動産などを通常の取引価額で評価する通達案も示されている
事案の概要:判決文に書かれている事実
判決原文(裁判所 裁判例検索:令和2年(行ヒ)第283号 相続税更正処分等取消請求事件 令和4年4月19日 第三小法廷判決)によると、事実関係は次のとおりです。
- 被相続人は平成24年6月に94歳で亡くなり、共同相続人が財産を相続した
- 被相続人は平成21年に、信託銀行などからの借入れで2組の土地・建物(本件甲不動産・本件乙不動産)を購入していた
- 被相続人と相続人らは、購入と借入れを事業承継の過程の一つと位置付けつつも、近い将来の相続で相続税の負担を減らし又は免れさせるものであることを知り、かつ期待して、あえて企画して実行した、と認定されている
- 相続人のうちの1名は、相続後の平成25年3月に本件乙不動産を5億1,500万円で第三者に売却した
金額を表にまとめると、次のようになります。
| 項目 | 本件甲不動産 | 本件乙不動産 |
|---|---|---|
| 購入価格 | 8億3,700万円 | 5億5,000万円 |
| 購入のための借入れ | 6億3,000万円(信託銀行) | 3億7,800万円(信託銀行)+4,700万円(共同相続人の1名) |
| 通達による評価額(申告) | 約2億0,004万円 | 約1億3,366万円 |
| 鑑定評価額(更正処分) | 7億5,400万円 | 5億1,900万円 |
申告では、課税価格の合計額は2,826万1,000円で、基礎控除の結果、相続税の総額は0円でした。これに対し、税務署長は国税庁長官の指示を受けて鑑定評価額で評価し、課税価格の合計額を8億8,874万9,000円、相続税の総額を2億4,049万8,600円とする更正処分と、過少申告加算税の賦課決定処分をしました。判決は、購入・借入れがなかったとすれば課税価格の合計額は6億円を超えるものであった、という事実も確定しています。
なお、判決文上の対象は「土地及び建物」であり、タワーマンションの区分所有に限った事案ではありません。
総則6項とは何か
相続税法22条は、相続で取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めています。この時価の評価方法を具体的に定めているのが、国税庁長官の通達である財産評価基本通達です。土地は路線価、建物は固定資産税評価額を基に評価するのが基本で、多くの場合、市場での売買価格より低い評価額になります。
そのうえで、財産評価基本通達の6項(いわゆる総則6項)は、通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価すると定めています。本件は、この6項に基づいて、通達ではなく不動産鑑定による評価額で課税された事案です。
最高裁の判断:二段構えの論理
最高裁の判断は、2つの段階で組み立てられています。
第1段階:時価を上回らなければ、相続税法22条違反ではない
最高裁は、相続税法22条の時価は財産の客観的な交換価値をいうとしたうえで、評価通達は上級行政機関が下級行政機関に発した通達にすぎず、国民に対して直接の法的効力を持つものではない、と述べました。したがって、課税価格に算入された価額が客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、通達による評価額を上回るかどうかにかかわらず、同条に違反しない、としています。本件の鑑定評価額は時価と認められるので、この段階では違法ではありません。
第2段階:平等原則と「合理的な理由」
一方で最高裁は、租税法上の一般原則としての平等原則を持ち出します。課税庁が通達に従って画一的に評価していることは公知の事実なので、特定の人の相続財産だけを通達による評価額より高く評価することは、合理的な理由がない限り平等原則に反して違法になる、という考え方です。
そして、通達による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる、としました。
あてはめ:評価額の開きだけでは足りない
ここが、判決を読むうえで最も重要な部分です。最高裁は、通達評価額と鑑定評価額の間に大きな開きがあることを認めつつ、そのことだけでは上記の事情があるとはいえないと明言しました。
そのうえで、次の2つの事情を挙げています。
- 購入・借入れがなければ課税価格の合計額は6億円を超えたのに、これにより2,826万1,000円にとどまり、相続税の総額が0円になるなど、相続税の負担が著しく軽減されること
- 被相続人と相続人らが、相続税の負担を減じ又は免れさせることを知り、かつ期待して、あえて購入・借入れを企画して実行したこと(租税負担の軽減をも意図していたこと)
この2つから、通達による画一的な評価を行うことは、こうした行為をしない、又はできない他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するとして、鑑定評価額による課税を適法としました。判決は裁判官全員一致です。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る判決の射程:何が言えて、何が言えないか
この判決から言えることと、言い過ぎになることを分けておきます。
| 言えること | 言い過ぎになること |
|---|---|
| 評価額の開きが大きいだけでは、総則6項の適用理由にならない | 借入で不動産を買えば、すべて鑑定評価で課税される |
| 著しい負担軽減と、軽減を意図した購入・借入れがそろうと、通達によらない評価が認められうる | 相続税対策を意識した不動産購入は一切できない |
| 事業承継の一環と位置付けていても、軽減の意図が認定されれば考慮される | 高齢での不動産購入はそれだけで否認される |
判決は、個別の事実関係(購入時の年齢、借入れの規模、相続後の売却、相続税が0円になったことなど)を前提にした判断です。どのような場合に「実質的な租税負担の公平に反する事情」があるとされるかは、事案ごとに判断されます。
その後の評価ルール:区分所有補正率と貸付用不動産の評価案
判決とは別に、相続税評価額と市場価格の乖離そのものに対しても、評価ルールの見直しが進んでいます。
令和6年1月1日以後:居住用の区分所有財産の評価
令和6年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した居住用の区分所有財産(いわゆる分譲マンション)は、法令解釈通達「居住用の区分所有財産の評価について」(令和5年9月28日付 課評2-74ほか)により評価します。国税庁のタックスアンサー(No.4667)によると、築年数、総階数指数、所在階、敷地持分狭小度から評価乖離率を求め、評価水準(評価乖離率の逆数)が0.6未満であれば、評価乖離率に0.6を乗じた区分所有補正率を従来の評価額に掛けて評価します。一棟所有の賃貸マンション(区分建物の登記がないもの)や、地階を除く総階数が2以下のものなどは対象外です。
令和9年1月1日以後(案):貸付用不動産の評価
さらに国税庁は、「貸付用不動産の評価について」の法令解釈通達案を意見公募に付しています(e-Gov 通達案 別紙2)。案では、令和9年1月1日以後に相続等で取得する財産について、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築された貸付用不動産は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価するとしています(取得価額が通常の取引価額と認められる場合は、取得価額を基に計算した金額の80%で評価できる、などの定めもあります)。不動産特定共同事業などで小口化された貸付用不動産も対象です。2026年10月時点では案の段階なので、確定した内容は国税庁の公表で確認する必要があります。
法人で持つ場合、会計と銀行の視点
法人保有なら「株式の評価」の問題になる
不動産を法人で保有している場合、相続の対象になるのは不動産そのものではなく、その法人の株式です。取引相場のない株式を純資産価額で評価する際、財産評価基本通達185は、評価会社が課税時期前3年以内に取得又は新築した土地・建物等は、課税時期における通常の取引価額で評価すると定めています。法人で買ったから相続税評価が下がる、という単純な話ではありません。株式評価の基本は自社株の評価方法で解説しています。
相続税評価額は、決算書の数字ではない
相続税評価額は相続税を計算するための評価であり、企業会計とは関係がありません。法人の決算書では、不動産は取得原価(建物は減価償却後の帳簿価額)で計上されます。相続税評価額が下がっても、BSの数字は変わりません。
銀行は「返せる借入か」を見る
借入で不動産を買うと、銀行から見た論点は相続税ではなく返済能力です。著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))が格付けの中心になります。相続対策を主な目的にした借入れは、物件の収益力に比べて借入が大きくなりやすく、債務償還年数やICRを悪化させがちです。相続後に物件を売却する前提なら、売却時の譲渡所得税や返済後の資金も含めて計画する必要があります。
実務のチェックポイント
- 不動産の購入・借入れの目的(事業上の必要性、収益性)を、購入時の資料で説明できるか
- 購入価格と相続税評価額の差がどの程度か、相続税への影響を試算したうえで、専門家と総則6項のリスクを検討したか
- 相続後すぐの売却を前提にしていないか(本件では相続後に1組が売却されている)
- 分譲マンションは令和6年以後の区分所有補正率、貸付用不動産は通達案の内容を前提に試算しているか
- 法人保有の場合、株式評価で3年以内取得の不動産がどう扱われるかを確認したか
- 借入れ後の債務償還年数・ICRが、次の融資に耐えられる水準か
相続全体の準備は相続税対策の進め方、賃貸物件の評価の基本は賃貸物件の相続税評価と空室の扱いもあわせてご覧ください。
まとめ
- 最高裁令和4年4月19日判決は、借入れで購入した不動産を鑑定評価額で評価した更正処分を適法とした
- 判断の柱は平等原則。評価額の開きだけでは足りず、著しい負担軽減と、軽減を意図した購入・借入れという事情があって初めて、通達によらない評価に合理的な理由があるとされた
- 判決は個別の事実に基づく判断で、「借入による不動産購入はすべて否認される」と一般化はできない
- 令和6年から分譲マンションに区分所有補正率が導入され、貸付用不動産の評価見直しの通達案も示されている
- 相続税評価額は決算書とは無関係。銀行は返済能力を見るため、借入れの規模と収益性の検討が欠かせない
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