「売上が伸びてきたので、そろそろ法人化したほうがいいのか」「個人事業主の法人化は所得いくらからが目安なのか」。個人で事業をしている方から、毎年いただくご相談です。
個人事業主の法人化のタイミングは、税金だけで見ると「所得800万〜900万円あたり」がよく言われる目安です。ただ、私がご相談を受けるときに必ずお伝えするのは、税金は判断材料の一つにすぎないということです。社会保険料、消費税、そして融資や取引先からの信用まで含めて考えないと、「法人にしたのに手取りが減った」「銀行から借りにくくなった」ということが起こります。
この記事では、飲食・美容・ITサービス・小売など、一般の事業者の方向けに、法人化の判断の目安と、失敗しやすいポイントを解説します。
- 税金だけで見た法人化の目安は、事業の所得が800万〜900万円を超えるあたり。所得税の税率が上がる水準と、法人税の軽減税率の上限が近い
- ただし法人化すると、社会保険料の負担が増えることが多い。税金と社会保険料を合わせた手取りで比べる
- 法人化すると、条件次第で消費税の免税期間をもう一度使えることがある。ただしインボイス登録の有無で変わる
- 融資の面では、法人化の直後は決算書の実績がない期間ができる。借入れの予定とあわせてタイミングを決める
税金で見る法人化の目安|所得800万〜900万円
個人事業主の所得には所得税(累進税率)がかかり、所得が増えるほど税率が上がります。一方、法人の所得には法人税がかかり、中小法人であれば、所得のうち年800万円以下の部分には軽減税率が適用されます。
| 区分 | 税率の仕組み(2026年10月時点) |
|---|---|
| 個人:所得税 | 課税所得に応じて5%〜45%の7段階。695万円超で23%、900万円超で33%、1,800万円超で40% |
| 個人:住民税 | 所得割はおおむね一律10% |
| 個人:個人事業税 | 業種により3〜5%(事業主控除290万円あり。対象外の業種もある) |
| 法人:法人税 | 中小法人は年800万円以下の部分が15%、超える部分が23.2% |
| 法人:地方税など | 法人住民税、法人事業税など。赤字でも法人住民税の均等割がかかる |
所得税の税率は、課税所得900万円を超えると33%に上がります。これに住民税10%を加えると、超えた部分には4割以上の税金がかかります。法人にすれば、利益の一部を役員報酬として個人に払い、残りを会社に残すことで、個人と法人の両方の低い税率の部分を使えるようになります。これが「所得800万〜900万円」という目安の理由です。
ただし、中小法人の15%の軽減税率は期限つきの措置で、現時点では2027年3月31日までに開始する事業年度が対象です。税制は毎年見直されるため、判断の時点で確認が必要です。
「税金が下がる」の正体は、役員報酬の給与所得控除
法人化すると、社長は会社から役員報酬(給与)を受け取ります。給与には給与所得控除があるため、同じ金額を事業所得として受け取るより、課税される所得が小さくなります。法人化の税金面のメリットは、法人税率そのものよりも、この「所得の分散」と「給与所得控除」によるものが大きいのです。
家族が事業を手伝っている場合は、家族を役員や従業員にして、仕事の実態に見合った報酬を払うことで、所得をさらに分散できることもあります。ただし、実際に働いていない家族への報酬は税務上認められません。
法人化で増える「固定のコスト」も差し引く
一方で、法人化すると次のようなコストが毎年かかります。
- 法人住民税の均等割:赤字でも毎年かかる
- 税理士への報酬:法人の決算・申告は個人の確定申告より複雑で、報酬も高くなるのが一般的
- 社会保険の事務:役員報酬の決定や算定基礎届などの手続き
税額の差がこうした固定費を下回るなら、法人化しても手取りは増えません。「所得800万〜900万円」はあくまで目安で、固定費を差し引いても手元に残るお金が増えるかで判断します。
見落としがちな社会保険料の負担
法人化で最も見落とされやすいのが、社会保険料です。
法人は、社長1人だけでも健康保険・厚生年金保険への加入が必要です。保険料は役員報酬の額をもとに計算され、会社と本人が半分ずつ負担します。厚生年金保険料率は18.3%で、これに健康保険料(協会けんぽの場合は都道府県ごとに異なる料率)が加わります。
| 比較 | 個人事業主 | 法人の社長 |
|---|---|---|
| 加入する制度 | 国民健康保険・国民年金 | 健康保険・厚生年金保険 |
| 保険料の決まり方 | 前年の所得などをもとに計算 | 役員報酬の額をもとに計算(会社と本人で折半) |
| 家族の扱い | 家族それぞれが加入 | 扶養に入れる家族は保険料の負担なし |
| 将来の年金 | 老齢基礎年金のみ | 老齢基礎年金+老齢厚生年金 |
役員報酬を高く設定すると、税金は下がっても社会保険料が増え、税金と社会保険料を合わせた手取りでは損をすることがあります。法人化の判断は、税額の比較ではなく「手取りの比較」で行うのが基本です。役員報酬の決め方は役員報酬の決め方で詳しく解説しています。
消費税|法人化で免税期間をもう一度使えることがある
個人事業主として消費税の課税事業者になっている方が法人を設立すると、法人は新しい事業者として扱われるため、資本金1,000万円未満などの条件を満たせば、設立から最長2年間は消費税の免税事業者になれる可能性があります。
ただし、次の点に注意が必要です。
- インボイス登録をしていると免税にならない:取引先が事業者中心で、インボイス(適格請求書)の発行を求められる場合、法人でも登録が必要になり、その時点から課税事業者になります
- 特定期間の判定:1期目の前半6か月の売上と給与がいずれも1,000万円を超えると、2期目は課税事業者になります
- 第1期の事業年度の決め方:1期目を短く設定すると有利になる場合もありますが、年換算などの注意点があります
消費税の詳しい判断は法人設立前に知るべき消費税をご覧ください。
融資と信用|法人化の時期で借りやすさが変わる
ここからが、一般論ではなかなか語られない部分です。法人化は、融資の面では「実績がリセットされる」リスクがあります。
法人化の直後は「決算書のない会社」
銀行の融資審査の中心は、決算書です。個人事業主の間は、確定申告書が実績の記録になっていました。法人化すると、新しい法人には1期目の決算が終わるまで決算書がありません。
金融機関によっては、個人事業時代の確定申告書をあわせて見て、事業の継続性を評価してくれます。ただし、それは担当者に説明して、納得してもらえた場合です。何も説明しなければ「設立1年目の会社」として扱われることもあります。
借入れの予定があるなら、順番を考える
店舗の出店や設備の購入など、大きな借入れの予定がある場合は、法人化との順番が重要です。
- 個人で借りてから法人化する:個人の実績で借りやすい一方、借入れを法人に引き継ぐ手続きや、事業用資産の移し方の検討が必要
- 法人化してから借りる:法人名義で借りられるが、設立直後は創業融資の扱いになることが多く、実績の説明資料が必要
私たちが支援したお客さまでも、創業2年目のトレーディングカード売買の会社が、都市銀行から3,500万円、地方銀行から2,000万円の融資を受けた例があります。設立から日が浅くても、事業の実績と数字をきちんと説明できれば、金融機関はきちんと評価してくれます。逆に言えば、法人化の前後の数字を説明できる準備が欠かせません。具体的には、個人時代の直近2〜3年分の確定申告書、法人化後の月次の試算表、今後1年の資金繰りの見通しをそろえておくと、担当者に事業の連続性を伝えやすくなります。
法人化は「信用の器」を変えること
法人にすると、取引先からの信用、採用のしやすさ、事業の承継のしやすさが変わります。一方で、決算書は銀行や取引先に毎年見られる「通知表」になります。利益を出し、純資産を積み上げていく会社にできるかどうかが、法人化の本当の分かれ目です。
税金を減らすために経費を膨らませて赤字にすれば、税金は減りますが、銀行の評価も下がります。私がいつもお伝えしている「払った税金の2倍、会社は強くなる」という考え方は、法人化の直後から意識していただきたいことです。
法人化を判断するチェックリスト
最後に、法人化を判断するときのチェックポイントを整理します。
| チェック項目 | 法人化を前向きに検討してよいサイン |
|---|---|
| 所得の水準 | 事業の所得が800万〜900万円を超え、今後も続く見込みがある |
| 社会保険料 | 役員報酬の設計を含めて、手取りが増えるシミュレーションになっている |
| 消費税 | インボイス登録の要否を確認し、免税期間の扱いを把握している |
| 融資の予定 | 大きな借入れの予定と、法人化の順番を決めている |
| 取引先・採用 | 法人でないと取引できない先がある、人を採用していく予定がある |
| 事務の負担 | 決算・申告・社会保険の手続きの負担を受け入れられる |
法人化には、設立の費用(株式会社で約20万円〜)、税理士への報酬、赤字でもかかる法人住民税の均等割など、毎年の固定費も増えます(会社設立の費用と流れ)。所得の目安を超えたからといって、すぐに得になるとは限りません。
まとめ
- 税金で見た法人化の目安は所得800万〜900万円を超えるあたり。メリットの中心は所得の分散と給与所得控除
- 法人化すると社会保険料の負担が増えることが多い。税額ではなく手取りで比べる
- 消費税は、条件次第で免税期間をもう一度使えることがあるが、インボイス登録の有無で変わる
- 法人化の直後は決算書の実績がない期間になる。借入れの予定と順番を決めてから法人化する
- 法人化はゴールではなく、利益と純資産を積み上げる会社に変わるスタート
法人化の損得は、家族構成、役員報酬、借入れの予定によって一人ひとり変わります。クレフティでは、税金・社会保険料・融資の3つの視点で、法人化の前にシミュレーションをご提案しています。不動産投資の方の法人化は不動産投資の法人化はいつがベストかで解説しています。起業・法人化のご相談はスタートアップ支援をご覧ください。
