株式を集約する方法のなかで、よく使われるのが会社による自己株式の取得(いわゆる金庫株)です。後継者個人に買取資金がなくても、会社のお金で少数株主から株式を買い戻せるからです。
ただし、自己株式の取得には、会社法の手続き、分配可能額の財源規制、売主に生じるみなし配当と会社の源泉徴収という、ほかの方法にはない論点があります。手続きを誤ると、取締役が会社に対して支払義務を負ったり、税務署から源泉所得税の納税告知を受けたりすることもあります。この記事では、条文と公表裁決をもとに、実務で押さえるべき点を整理します。
- 特定の株主から買うには株主総会の特別決議が必要。ほかの株主の「売主追加請求」に注意(相続人からの取得などは例外)
- 取得額は分配可能額の範囲内に限られる。超えれば、売主と関与した取締役に支払義務が生じる
- 売主(個人)には、資本金等の額を超える部分にみなし配当(総合課税)が生じ、会社は20.42%を源泉徴収する
- 少数株主から高く買っても、対等な交渉で決まった価格なら時価と認められた裁決がある。その場合、みなし配当の源泉徴収が必要
- 自己株式は純資産のマイナス。自己資本比率と債務償還年数への影響を試算してから実行する
自己株式を取得できる場面と、合意による取得の手続き
会社が自社の株式を取得できるのは、会社法155条に列挙された場合に限られます。株主との合意による取得(156条1項の決議に基づく取得)のほか、譲渡制限株式の譲渡を承認しない場合の買取り、相続人等に対する売渡請求による買取り、単元未満株式の買取りなどが並んでいます。
このうち、事業承継の場面で中心になるのは株主との合意による取得です。方法は2つあります。
| 方法 | 株主総会決議 | ほかの株主の扱い | 主な条文 |
|---|---|---|---|
| すべての株主に売却の機会を与える | 普通決議で、数・対価の総額・期間(1年以内)を定める | 全株主に通知し、申込みを受ける。申込みが多ければ按分 | 156条〜159条 |
| 特定の株主から買う | 特別決議(特定の株主を定める) | 自分も売主に加えるよう請求できる。売主は決議で議決権を行使できない | 160条、309条2項2号 |
すべての株主を対象にする方法
株主総会で枠(取得する株式の数、対価の内容と総額、取得できる期間)を決め、その枠の範囲で、取締役会設置会社なら取締役会が、そのつど取得価格などを決めます(157条)。取得の条件は、決定ごとに均等に定めなければなりません。会社は株主全員に通知し(158条)、申込みが取得総数を超えたときは按分して取得します(159条2項)。
特定の株主から買う方法
承継の場面では「この親戚の株だけを買いたい」というケースがほとんどです。この場合は、株主総会の特別決議で、特定の株主から買う旨を定めます(160条1項)。
このとき注意したいのが、売主追加請求権です。会社はほかの株主に「自分も売主に加えるよう請求できる」ことを通知しなければならず(160条2項)、株主は自分を売主に加えた議案にするよう請求できます(同条3項)。好条件で買い取ると、ほかの株主からも申込みが来る可能性があります。
この請求権が及ばない場合として、次の定めがあります。
- 相続人等からの取得(162条):株主の相続人などが相続で取得した株式を会社が買う場合。ただし、公開会社である場合や、その相続人が株主総会でその株式の議決権を行使した場合は除かれます
- 定款で排除する(164条):あらかじめ定款で、売主追加請求の規定を適用しない旨を定めておく方法。株式の発行後に定款を変更して設けるには、その株式を持つ株主全員の同意が必要です
相続人から買い取るなら、議決権を行使する前に手続きを進めるのが要点です。相続後の手続きの全体像は相続人等に対する売渡請求もあわせてご覧ください。
財源規制:分配可能額の範囲でしか買えない
自己株式の取得は、株主に会社の財産を払い戻す行為です。そのため、剰余金の配当と同じく、分配可能額を超えて行うことはできません(会社法461条1項)。合意による取得のほか、譲渡制限株式の買取りや相続人等への売渡請求による買取りも、この規制の対象です。
分配可能額は、ごく大まかにいえば「その他資本剰余金+その他利益剰余金」から自己株式の帳簿価額などを差し引いた額です(461条2項)。のれんや繰延資産が大きい会社は、法務省令による調整でさらに減ることがあります。決算書の純資産が大きくても、資本金と資本準備金・利益準備金の部分は使えません。
| 責任の種類 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 財源規制違反の責任 | 売主と、取得に関わった取締役などは、会社に対し、交付した金銭等の帳簿価額に相当する金銭を連帯して支払う義務を負う。取締役は注意を怠らなかったことを証明すれば免責 | 462条 |
| 欠損填補責任 | 取得時は範囲内でも、その期の決算で分配可能額がマイナス(欠損)になったときは、業務執行者が欠損額を限度に支払義務を負う。注意を怠らなかったことを証明すれば免責 | 465条 |
期中に大きな赤字が見込まれる年に高額の自己株式を取得すると、465条の責任が問題になり得ます。取得の時期は、直前の決算書だけでなく、当期の着地見込みを見て決めます。
売主の税金:みなし配当と譲渡所得
個人株主の場合
個人株主が会社に株式を売ると、受け取った金額は2つに分かれます(所得税法25条1項5号)。
たとえば、資本金等の額1,000万円・発行済株式2万株(1株あたり500円)の会社が、1株1万円で2,000株を買い取るとします。受け取る2,000万円のうち、資本金等の額に対応する100万円を超える1,900万円がみなし配当になります。譲渡収入は100万円で、取得費が1株500円なら譲渡所得はゼロです。
みなし配当は配当所得として総合課税され、給与などほかの所得と合算して累進税率がかかります(配当控除の適用はあります)。同じ2,000万円で後継者個人に売れば、譲渡所得として20.315%の分離課税で済むことと比べると、売主の手取りは大きく変わります。個人に売る場合との比較は社長個人が少数株主から買い取るときの価格と税金をご覧ください。
ただし、相続や遺贈で取得した非上場株式を、相続税を納めた人が、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに発行会社に売った場合は、みなし配当とせず全額を譲渡所得とする特例があります(租税特別措置法9条の7、国税庁タックスアンサーNo.1477)。売る日までに届出書を会社に提出し、会社は翌年1月31日までに税務署へ提出します。相続税の取得費加算の特例(39条)と組み合わせることもできます。
なお、市場での購入による取得や、単元未満株式の買取り、株式併合で生じた端数の買取りなどは、みなし配当の対象から除かれています(所得税法施行令61条1項)。
法人株主の場合
売主が法人なら、みなし配当は受取配当等の益金不算入の対象になります(法人税法23条、24条1項5号)。ただし、自己株式として取得されることが予定されている株式を取得し、その予定どおり取得された場合のみなし配当は、益金不算入の対象外です(23条3項)。持株会社と事業会社の間の取引で、完全支配関係があれば、売主側では株式の譲渡損益を計上しない扱いになります(61条の2第17項)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る会社の手続き:源泉徴収を忘れない
みなし配当は税法上「配当」なので、支払う会社には源泉徴収義務があります。非上場株式の配当の源泉徴収税率は20.42%(所得税・復興特別所得税。令和9年以後は防衛特別所得税を含めて合計は同じ)です。源泉徴収した税額は、原則として支払った月の翌月10日までに納付します。
| 会社がすること | ポイント |
|---|---|
| 資本金等の額の確認 | 法人税申告書の別表五(一)で、資本金等の額と1株あたりの額を確認する |
| みなし配当の計算と源泉徴収 | 支払額からみなし配当の20.42%を差し引いて売主に支払う |
| 支払調書・通知 | 配当等の支払調書を税務署へ提出し、売主にはみなし配当の額などを通知する |
| 会計処理 | 自己株式を取得原価で純資産の控除項目に計上する |
| 税務上の処理 | 資本金等の額と利益積立金額をそれぞれ減らす(法人税は課税されない) |
公表裁決:高く買っても、みなし配当の源泉徴収は必要とされた例
国税不服審判所の平成21年3月3日裁決(裁決事例集No.77・194頁)は、同族会社が、同族関係にない株主から1株15,800円で自己株式を買い取った事案です。会社は源泉徴収をしていませんでした。
会社側は「少数株主の株式の適正な時価は配当還元方式の1株250円で、1株あたりの資本等の金額500円を下回るから、みなし配当は生じない。時価を超えて払った部分は売主への寄附金だ」と主張しました。審判所は、価格が交渉を重ねて決まった経緯などから、取引価格は時価に比べて高額とはいえないと判断し、資本等の金額を超える部分はみなし配当に当たるとして、源泉所得税の納税告知処分と不納付加算税を維持しました。税務署職員から別の説明を受けたとする信義則の主張も、指導の事実が認められないとして退けられています。
利害が対立する相手と交渉して決めた価格は、税務上も時価と認められやすい一方で、その場合はみなし配当の源泉徴収が必要になる、という点で参考になる事例です。
みなし配当の計算方法そのものが最高裁で争われた例もあります。最高裁令和3年3月11日第一小法廷判決(令和元年(行ヒ)第333号)は、利益剰余金と資本剰余金の双方を原資とする剰余金の配当について、当時の法人税法施行令の計算方法の一部を、法律の委任の範囲を超えるものとして無効としました(裁判所ウェブサイト)。自己株式の取得とは場面が違いますが、資本と利益の区分の計算が税額を左右することを示す判決です。
価格と、ほかの株主・銀行への影響
価格の考え方
自己株式の取得価格も、当事者の合意で決めるのが基本です。ただし、税務上の時価から大きく外れると、次のような問題が生じます。
- 時価より低く買うと、売主(個人)は時価の2分の1未満なら時価で譲渡したとみなされる(所得税法59条1項2号)。ほかの株主の持株の価値が上がり、贈与税の問題が生じることもある(相続税法9条)
- 時価より高く買うと、超える部分が寄附金や役員への給与と認定される可能性がある
上の裁決のように、利害の対立する当事者の交渉で決まった価格は時価と認められやすくなります。親族間や役員からの取得では、株価の算定書を用意して価格の根拠を残しておくのが安全です。
決算書と銀行の見え方
自己株式は、貸借対照表の純資産の部にマイナスで表示されます。買い取った金額だけ純資産と現預金が同時に減るため、銀行から見ると次のように映ります。
- 自己資本比率が下がる(安全性の評価が下がる)
- 現預金が減り、実質的な借入負担が増える。代表の相亰の著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で、10年以内を健全の目安としている
- 買取資金を借入でまかなうと、資金使途が「株主への払戻し」になり、通常の運転資金・設備資金とは見られ方が違う
自己株式の取得が承継のために必要な手続きであることは、事前に説明すれば理解を得やすくなります。融資の更新や新規の借入の予定がある年は、時期と金額を調整してください。自社株の評価額への影響は自社株評価の方法も参考になります。
まとめ
- 特定の株主から買うには株主総会の特別決議が必要。売主追加請求に注意し、相続人からの取得や定款の定めによる例外を活用する
- 取得額は分配可能額の範囲内。超えれば売主と取締役に支払義務、期末に欠損が出れば取締役に欠損填補責任
- 個人の売主にはみなし配当(総合課税)。相続人は一定期間内なら全額を譲渡所得とする特例がある
- 会社は20.42%の源泉徴収を忘れない。公表裁決では、源泉漏れに納税告知と不納付加算税が課された
- 純資産と現預金が減るため、銀行の見え方を試算してから実行する
自己株式の取得は、手続き・税務・会計・財務が一度に動く取引です。株式を集める方法の全体像は分散した株式を集中させる方法の全体像で整理しています。クレフティの事業承継・M&A支援では、株価の算定から、分配可能額の確認、みなし配当の試算、銀行への説明資料づくりまでご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
