株主が亡くなるたびに、株式は相続人に引き継がれます。何代か経つと、会社と縁の薄い親族が株主になり、連絡も取りにくくなります。こうした分散を防ぐために会社法が用意しているのが、相続人等に対する売渡請求です。
ただし、この制度は使い方を誤ると、後継者自身が相続した株式を会社に買い取られてしまうという逆の結果にもなり得ます。この記事では、会社法174条から177条の条文をもとに、定款の定め方、手続きと期限、価格の決まり方、財源規制、相続人の税金、そしてリスクへの備えまで整理します。
- 定款に定めがあれば、相続などで譲渡制限株式を取得した人に、会社への売渡しを請求できる(会社法174条)
- 請求のたびに株主総会の特別決議。請求の相手は議決権を行使できない。期限は相続などを知った日から1年以内
- 価格は協議、まとまらなければ請求から20日以内に裁判所へ申立て。申立てがなければ請求は失効
- 買取りは分配可能額の範囲内。相続人には原則みなし配当、相続税を納めた人には特例がある
- オーナー株式を相続した後継者が請求を受けるリスクがある。定款に入れるかは株主構成とセットで判断する
売渡請求の仕組み
定款の定めが前提
会社は、相続その他の一般承継で自社の株式(譲渡制限株式に限る)を取得した人に対し、その株式を会社に売り渡すよう請求できる旨を、定款で定めることができます(会社法174条)。
譲渡制限株式は、売買や贈与で他人に移るときは会社の承認が必要です(会社法136条以下)。しかし、相続や合併のような一般承継は承認の対象になりません。会社が望まない人が株主になるのを、承認の仕組みでは防げないのです。売渡請求は、この穴を埋める制度です。
なお、一般承継とは相続、合併、包括遺贈などのことで、特定の財産を遺贈する特定遺贈は、通常、一般承継に当たらず譲渡承認の対象になると考えられています。
普通の買取りとの違い
相続人から株式を買う方法は、売渡請求だけではありません。相続人と合意して自己株式として取得する方法もあります。
| 項目 | 売渡請求(174条〜177条) | 相続人との合意による取得(156条・160条・162条) |
|---|---|---|
| 相続人の同意 | 不要(価格は争える) | 必要 |
| 定款の定め | 必要 | 不要 |
| 株主総会 | 特別決議(相手方は議決権なし) | 特別決議(売主は議決権なし) |
| ほかの株主の売主追加請求 | なし | 相続人からの取得は原則なし(162条。相続人が議決権を行使した場合などは除く) |
| 期限 | 相続などを知った日から1年以内 | なし |
| 価格 | 協議。まとまらなければ裁判所が決定 | 合意した価格 |
| 財源規制 | あり | あり |
相続人が売却に前向きなら、合意による取得のほうが穏やかに進みます。売渡請求は、合意ができない場合の手段、あるいは交渉の背景となる仕組みと位置づけるのが現実的です。合意による取得の手続きは会社による自己株式の取得で解説しています。
手続きの流れと期限
株主総会の特別決議
会社が売渡請求をするには、そのつど株主総会の決議で、請求する株式の数と、株式を持つ人の氏名・名称を定めます(会社法175条1項)。この決議は特別決議です(309条2項3号)。
重要なのは、請求の相手になる相続人は、この株主総会で議決権を行使できないことです(175条2項)。ほかの株主の全員が議決権を行使できない場合を除き、相続人を除いた株主だけで決議します。
1年の期限
株主総会で決めたら、会社は相続人に対して売渡しを請求します(176条1項)。ただし、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過すると、請求できなくなります(同項ただし書)。請求は株式の数を明らかにして行い(同条2項)、会社はいつでも撤回できます(同条3項)。
| 段階 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 平時 | 定款に売渡請求の定めを置く(定款変更は特別決議) | 174条、466条、309条2項11号 |
| 相続の発生 | 会社が相続を知る。ここから1年のカウントが始まる | 176条1項 |
| 株主総会 | 請求する株式の数と相手を特別決議で決める(相手は議決権なし) | 175条、309条2項3号 |
| 請求 | 株式数を明らかにして請求。いつでも撤回可 | 176条 |
| 価格の協議 | 会社と相続人で協議 | 177条1項 |
| 価格決定の申立て | 請求の日から20日以内に、会社または相続人が裁判所へ | 177条2項 |
| 失効 | 20日以内に申立てがなく、協議も調わなければ請求は効力を失う | 177条5項 |
20日という期間は短いので、請求をする前に、価格の考え方と、申立てをするかどうかを決めておく必要があります。
価格はどう決まるか
価格は、まず会社と相続人の協議で決めます(177条1項)。協議がまとまらず、20日以内に申立てがあれば、裁判所が決めた額が売買価格になります(同条2項・4項)。裁判所は、請求の時の会社の資産状態その他一切の事情を考慮します(同条3項)。
裁判所が非上場株式の価格を決めるときの考え方は、手続きによって違いがあります。最高裁は、合併に反対した株主の買取請求で収益還元法を使う場合には、市場性がないことを理由とする減価(非流動性ディスカウント)をしてはならないとしました(平成27年3月26日決定)。一方、譲渡制限株式の売買価格の決定では、DCF法による評価額からの減価を認めています(令和5年5月24日決定)。売渡請求の価格決定にどちらの考え方が当てはまるかは事案によりますが、裁判になれば、相続税評価額とは別の方法で価格が決まり得ることは覚えておいてください。裁判例は株式の買取価格が裁判で争われた事例で詳しく紹介します。
また、価格の決定には鑑定の費用と時間がかかります。会社にとっても相続人にとっても、裁判所の手続きは最後の手段と考え、協議で決める努力をするのが通常です。
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事業承継・M&A支援を見る財源規制と、相続人の税金
会社側:分配可能額の範囲でしか買えない
売渡請求による買取りも、自己株式の取得として財源規制を受けます(会社法461条1項5号)。分配可能額を超える買取りはできず、違反すれば、相続人と関与した取締役に会社への支払義務が生じます(462条)。また、買取りをした期の決算で欠損が出た場合の取締役の責任もあります(465条1項7号)。
価格が裁判所で決まる場合、会社が想定していた額より高くなることもあります。分配可能額が足りなければ、裁判所が価格を決めても買い取れないことになりかねません。請求の前に、分配可能額と資金の両方を確認しておきます。
相続人側:みなし配当と特例
相続人が会社に株式を売ると、自己株式の取得として、資本金等の額を超える部分は原則としてみなし配当(総合課税)になります。
ただし、相続や遺贈で取得した非上場株式を、相続税を納めた人が、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに発行会社へ譲渡した場合は、みなし配当とせず全額を譲渡所得(20.315%の分離課税)とする特例があります(租税特別措置法9条の7、国税庁タックスアンサーNo.1477)。譲渡する日までに、特例の届出書を会社に提出する必要があります。相続税額がない人には適用されません。売渡請求に応じる場合も、要件を満たすかを確認してください。
もうひとつ注意したいのは、相続税の評価額と売買価格のずれです。相続税は相続時の評価額で課税されるため、売渡請求でそれより低い価格で売ることになっても、相続税は戻りません。相続人にとっては、高い相続税を払った株式を安く売るという結果になり得ます。これが交渉がこじれる原因にもなります。
最大のリスク:後継者が請求を受ける
売渡請求の定めは、会社に好ましくない相続人を排除するための仕組みですが、誰に対しても使える点に注意が必要です。
たとえば、オーナーが70%、親族Aが20%、元役員Bが10%を持つ会社で、オーナーが亡くなり、後継者の長男が70%を相続したとします。定款に売渡請求の定めがあれば、株主総会で長男は議決権を行使できないため、AとBだけで特別決議が成立します。長男の株式が会社に買い取られれば、会社の支配権はAとBに移ってしまいます。
| 対策 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 生前に株式を移しておく | 贈与や譲渡で後継者に株式を移せば、相続の対象にならない | 贈与税・譲渡所得の負担。暦年贈与・相続時精算課税で株式を移す方法を参照 |
| 遺言で後継者に集める | 誰が相続するかを明確にしておく | 遺言による相続も一般承継として請求の対象になり得る |
| 定款に定めを置かない・削除する | 株主構成によっては、定めがないほうが安全な場合もある | 定款変更は特別決議。少数株主の持株が多いと変更できない |
| 種類株式・属人的株式を組み合わせる | 後継者の議決権を確保する設計をする | 制度設計と登記・定款の整備が必要。種類株式を事業承継に使うを参照 |
| 少数株主の株式を先に集める | 請求を決議できる株主を減らす | 買取資金と価格交渉が必要 |
売渡請求の定めは「入れておけば安心」というものではありません。オーナー自身の株式がどう承継されるかを先に設計し、そのうえで、少数株主側の相続に備える道具として使うのが基本です。
銀行・従業員への影響
売渡請求による買取りは、会社の現預金と純資産を減らします。買取額が大きいと、自己資本比率が下がり、銀行格付けの安全性の評価に響きます。代表の相亰の著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。現預金で支払えばこの数字は悪化するため、融資の更新時期と重ならないよう計画するのが望ましいでしょう。
また、相続人が元従業員や取引先の関係者である場合、手続きの進め方が社内外の評判に影響します。強制的な制度であっても、事前に趣旨を説明し、価格の根拠を示す姿勢が、のちの紛争を防ぎます。
まとめ
- 定款に定めがあれば、相続などで譲渡制限株式を取得した人に売渡しを請求できる
- 請求のたびに特別決議(相手方は議決権なし)。期限は相続などを知った日から1年
- 価格は協議、まとまらなければ20日以内に裁判所へ。申立てがなければ請求は失効する
- 買取りは分配可能額の範囲内。相続人には原則みなし配当、相続税を納めた人には全額を譲渡所得とする特例
- 後継者が請求を受けるリスクがある。オーナー株式の承継設計とセットで判断する
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