「うちの会社は、EBITDAの何倍で売れるのか」。M&Aを考え始めたオーナー経営者から、必ず出てくる質問です。インターネットには「中小企業のM&Aは○倍が相場」という情報があふれていますが、出典がはっきりしないものも少なくありません。
この記事では、出典が明らかな公的データだけを使って、中小企業のM&AがEBITDAの何倍で取引されているのかを見ていきます。使うのは、中小企業庁がM&A支援機関登録制度の実績報告をもとに公表している「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」です。あわせて、その数字をどう読み、どう使ってはいけないのかも整理します。
- 中小企業庁の集計(2024年度、株式譲渡の譲渡側1,987件)では、EV/EBITDA倍率の中央値は7.3倍、真ん中の半数は3.6倍〜15.5倍に分布
- 業種別の中央値は概ね5〜10倍の範囲だが、不動産業、物品賃貸業は19.6倍と高い。純資産規模による明確な傾向はみられない
- 倍率は事業価値(EV)に対するもの。株式の価格は純有利子負債などを調整して出す
- 集計の倍率は「相場」ではなく取引結果の幅。自社の倍率は、正常EBITDAと個別の強み・リスクで決まる
公表データの出どころと定義
中小企業庁は2021年8月に「M&A支援機関登録制度」を創設し、登録したFA・仲介業者に、支援したM&Aの実績報告を求めています。その報告データを集計したものが、登録制度のウェブサイトで公表されている「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」です。
集計の前提は次のとおりです(同サイトの説明より)。
- 対象:2022年4月1日〜2025年3月31日に登録支援機関がFA・仲介の契約を結び、最終契約に至った中小M&A(資本金1億円以下の法人または個人事業主が当事者のもの)
- 報告件数(譲渡側):2022年度4,036件、2023年度4,681件、2024年度4,940件
- 倍率の分析は、重複を避けるため譲渡側から報告のあった案件のみ
- 譲渡価額や財務データは、事業承継・M&A補助金の交付案件は必須、それ以外は任意の報告のため、指標ごとにサンプル数が異なる
EV/EBITDA倍率の定義は次のとおりです。
実際の株式の売買価格に純有利子負債を足し戻して事業価値(EV)を出し、それが報告された営業利益+減価償却費の何倍だったかを見ています。
業種別に見るEV/EBITDA倍率(2024年度)
2024年度の株式譲渡の譲渡側案件について、業種大分類別の分布は次のとおりです(サンプル数20件以上の業種)。
| 業種(件数) | 第1四分位 | 中央値 | 第3四分位 |
|---|---|---|---|
| 全体(1,987件) | 3.6倍 | 7.3倍 | 15.5倍 |
| 建設業(310件) | 2.9倍 | 5.4倍 | 11.6倍 |
| 製造業(358件) | 3.5倍 | 6.3倍 | 14.7倍 |
| 情報通信業(153件) | 4.7倍 | 9.0倍 | 17.2倍 |
| 運輸業、郵便業(95件) | 3.2倍 | 7.1倍 | 13.3倍 |
| 卸売業、小売業(336件) | 3.8倍 | 7.7倍 | 14.9倍 |
| 不動産業、物品賃貸業(107件) | 9.5倍 | 19.6倍 | 40.6倍 |
| 学術研究、専門・技術サービス業(125件) | 3.4倍 | 6.5倍 | 11.9倍 |
| 宿泊業、飲食サービス業(72件) | 5.3倍 | 10.3倍 | 17.7倍 |
| 生活関連サービス業、娯楽業(72件) | 3.3倍 | 5.1倍 | 9.9倍 |
| 医療、福祉(150件) | 3.5倍 | 8.5倍 | 19.0倍 |
| サービス業(他に分類されないもの)(147件) | 3.2倍 | 7.8倍 | 17.3倍 |
出典:中小企業庁 M&A支援機関登録制度「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(EV/EBITDAによる分析、2024年度)
同サイトの解説では、全体の中央値は7.3倍で、20件以上のサンプルがある11業種の中央値は概ね5倍〜10倍程度の範囲に分布する一方、不動産業、物品賃貸業のように20倍に迫る業種もある、とされています。
業種中分類で見ると、たとえば建設業の中でも、職別工事業の中央値4.6倍に対し、設備工事業は6.7倍と差があります。不動産賃貸業・管理業(57件)の中央値は22.2倍で、資産の価値が価格を左右しやすい業種の特徴が表れています。
「第1四分位〜第3四分位」は、データを小さい順に並べたときの真ん中の半数が入る範囲です。全体で見ると3.6倍から15.5倍まで、4倍以上の開きがあり、同じ業種でも倍率は大きく分かれていることが分かります。
純資産規模別に見ると
同じ2024年度のデータを、対象会社の純資産規模別に見ると次のようになります。
| 純資産規模(件数) | 第1四分位 | 中央値 | 第3四分位 |
|---|---|---|---|
| 500万円未満(62件) | 4.6倍 | 10.6倍 | 28.6倍 |
| 500万円以上〜1,000万円以下(75件) | 3.0倍 | 8.6倍 | 22.5倍 |
| 1,000万円超〜2,000万円以下(121件) | 3.3倍 | 7.4倍 | 17.7倍 |
| 2,000万円超〜3,000万円以下(112件) | 3.8倍 | 7.1倍 | 18.2倍 |
| 3,000万円超〜4,000万円以下(83件) | 4.3倍 | 7.8倍 | 16.1倍 |
| 4,000万円超〜5,000万円以下(81件) | 5.0倍 | 9.4倍 | 20.3倍 |
| 5,000万円超〜1億円以下(382件) | 3.2倍 | 6.9倍 | 15.3倍 |
| 1億円超〜1億5,000万円以下(193件) | 3.1倍 | 6.2倍 | 13.8倍 |
| 1億5,000万円超〜2億円以下(147件) | 3.6倍 | 7.6倍 | 15.0倍 |
| 2億円超〜3億円以下(201件) | 2.8倍 | 5.9倍 | 11.9倍 |
| 3億円超〜5億円以下(193件) | 4.6倍 | 7.7倍 | 15.4倍 |
| 5億円超(337件) | 4.5倍 | 7.8倍 | 14.3倍 |
同サイトは、各区分の中央値は6倍〜11倍程度で、規模による明確な傾向はみられないとしています。「会社が大きいほど倍率が高い」とは、このデータからは言えないということです。
PERとPBRで見ると
同じ集計では、株式の譲渡価額そのものを利益や純資産と比べた指標も公表されています(2022〜2024年度の合計)。
| 指標 | 定義 | 件数 | 第1四分位 | 中央値 | 第3四分位 |
|---|---|---|---|---|---|
| PER | 株式譲渡価額÷純利益 | 2,191件 | 5.8倍 | 11.7倍 | 23.1倍 |
| PBR | 株式譲渡価額÷純資産 | 2,830件 | 0.7倍 | 1.3倍 | 2.5倍 |
PBRの中央値1.3倍は、「純資産に、その3割程度を上乗せした価格」が真ん中あたりということになります。ただし、同サイトは、報告された純資産には帳簿価額のものと、DDで時価を反映したものが混在している点に注意を促しています。中小M&Aガイドラインの参考資料でも、時価純資産に1〜3年分の利益を加える方法(いわゆる年買法)が紹介されています(年買法の考え方と限界)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るこの数字を「相場」として使ってはいけない理由
公表データは貴重な手がかりですが、「中央値7.3倍だから、うちもEBITDAの7.3倍で売れる」とは考えないでください。同サイト自身が、全てのM&Aを網羅していないこと、サンプル数に制約があること、データに相当のばらつきがあり、元データが統一されていない場合があることを留意点として挙げ、譲渡価額はあくまで参考として活用するよう求めています。そのうえで、実務上は次の点に注意が必要です。
1. 分母は「正常EBITDA」とは限らない
集計の分母は、報告された営業利益+減価償却費です。オーナーの役員報酬や一過性の損益を調整した正常EBITDAが使われたかどうかは、集計からは分かりません。たとえば、社長の高額な報酬で営業利益が小さく見えている会社は、決算書ベースの倍率が高く出ます。自社に当てはめるときは、まず正常EBITDAを整理するところから始めます。
2. 倍率は事業価値に対するもの
倍率で出るのは事業価値(EV)です。オーナーが受け取る株式の価格は、そこから有利子負債や負債類似項目を引き、現預金や非事業用資産を足して計算します(株式価値と事業価値の違い)。
3. 倍率を動かすのは個別の事情
同じ業種でも、第1四分位と第3四分位では数倍の差があります。倍率を押し上げる要因、押し下げる要因の例は次のとおりです。
- 押し上げる:安定した継続収入、取引先の分散、社長がいなくても回る組織、成長余地、許認可や人材の希少性
- 押し下げる:特定の取引先への依存、社長への依存、設備の老朽化(将来の投資負担)、未払残業代などの簿外債務
中小M&Aガイドラインの参考資料は、上場会社の倍率を使うEV/EBITDA倍率法について、中小企業は株式の流動性が低い点を考慮し、30%程度の非流動性ディスカウントをするケースもあるとしています。上場会社の倍率をそのまま当てはめることにも注意が必要です。
銀行の目線:倍率と「返済年数」は表裏一体
買い手が買収資金を借入でまかなう場合、EV/EBITDA倍率は、その買収を何年分のキャッシュフローで回収するかとほぼ同じ意味になります。著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))10年以内を健全の目安としていますが、税金や設備投資を考えると、EBITDAのすべてを返済に回せるわけではありません。高い倍率で買えば、それだけ返済期間は長くなり、銀行の審査は厳しくなります。
売り手にとっては、「買い手が融資を受けて払える価格か」を意識することが、交渉を現実的なものにします。クレフティでは、年商5,000万円の専門職の事務所が9,000万円のM&Aを行った際に、政府系金融機関と地方銀行の協調融資で資金を調達した事例があります。融資の考え方はM&Aの買収資金を融資で調達するにはをご覧ください。
株価算定や、提示された価格の妥当性の確認(セカンドオピニオン)は、大手FASでバリュエーションを担当してきた公認会計士・税理士が対応します。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
まとめ
- 中小企業庁の集計(2024年度、1,987件)では、EV/EBITDA倍率の中央値は7.3倍、真ん中の半数は3.6〜15.5倍
- 業種別の中央値は概ね5〜10倍。不動産業、物品賃貸業は19.6倍と高い。純資産規模による明確な傾向はない
- PERの中央値は11.7倍、PBRの中央値は1.3倍(2022〜2024年度)
- 集計は報告案件のみで、分母も正常化前の可能性がある。「相場」ではなく「取引結果の幅」として使う
- 自社の価格は、正常EBITDA×個別事情を反映した倍率−純有利子負債等で考え、買い手の返済可能性も意識する
事業承継・M&A支援では、公表データも踏まえた株価算定をご相談いただけます。
