企業価値と株価

正常EBITDAとは|オーナー報酬・一過性の損益・関係者取引の調整項目と、DDで見られるポイント

M&Aで会社の値段を考えるとき、出発点になるのがEBITDA(イービットダー、償却前利益)です。ところが、中小企業の決算書の利益は、オーナーの役員報酬の水準や、家族への給与、その年だけの特殊な出来事によって、実際の稼ぐ力からずれていることがよくあります。

そこで、M&Aの実務では、決算書のEBITDAに調整を加えた「正常EBITDA」(調整後EBITDA)を使います。この記事では、中小企業庁が公表している算定式をもとに、正常EBITDAの考え方と、主な調整項目、税務・銀行の視点からの注意点を整理します。

この記事の結論
  • 正常EBITDAは「買い手が引き継いだ後、普通に経営したら毎年いくら稼げるか」を表す数字。M&Aの価格の土台になる
  • 中小企業庁の算定式でも、一過性の売上・費用と、退任予定の役員の報酬・交際費・保険料、顧問料などの削減可能な費用が調整項目として示されている
  • 調整は上げる方向だけではない。未払残業代や相場より安い家賃など、利益を下げる調整もある
  • 調整はDDで根拠を確認される。証拠のない調整は認められず、税務上の問題が見つかれば価格以外の交渉にも響く

EBITDAと正常EBITDAの違い

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」参考資料2は、中小M&Aで多く使われるEV/EBITDA倍率法を紹介し、EBITDAは簡易的に「営業利益+減価償却費」で算定するケースが多いとしています。減価償却費を足すのは、設備投資の時期や償却方法の違いに左右されない、現金を生む力を見るためです。

ただし、決算書の営業利益は、次のような理由で「本来の稼ぐ力」と一致しないことがあります。

  • オーナーの役員報酬が、経営者の相場より高い(または低い)
  • 実際には働いていない家族に給与を払っている
  • 社長個人の車や交際費を会社の経費にしている
  • その年だけ、大口のスポット売上や大きな修繕費があった
  • オーナー所有の建物を、相場と違う家賃で借りている

これらを調整し、「この事業を、買い手がふつうに経営したら毎年いくら稼げるか」に置き換えたものが正常EBITDAです。財務DDの世界では「正常収益力」の分析とも呼ばれます。

中小企業庁の算定式に見る調整項目

中小企業庁は、M&A支援機関登録制度のウェブサイトで「株式価値の簡易計算」ツールを公開しています。その詳細計算版では、EV/EBITDA法の株式価値を次の式で計算しています。

調整後EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + 一過性の費用(売上原価・販売費及び一般管理費)− 一過性の売上(売上高)+ 削減可能な費用※削減可能な費用の例:退任予定の役員に係る役員報酬・交際費・保険料、顧問料等株式価値 = 調整後EBITDA × EV/EBITDA倍率 − 調整後純有利子負債

公的なツールでも、一過性の損益と、オーナーの退任によって削減できる費用が、正常化の基本的な調整項目として位置づけられていることが分かります。実務では、これに加えて次のような項目を検討します。

調整項目内容調整の方向
オーナーの役員報酬退任後に削減できる額(後任者の報酬との差額)多くは+(利益を上げる)
働いていない親族への給与退任・退職により不要になる人件費+
オーナー個人の費用私的な車両費・交際費・保険料など+
一過性の費用大規模修繕、訴訟対応費、移転費用など、毎年は発生しない費用+
一過性の売上大口のスポット案件、撤退した事業の売上など−(利益を下げる)
関係者との取引オーナー所有物件の家賃、関連会社との取引価格を相場に引き直す+にも−にも
未払残業代・社会保険本来払うべき人件費が計上されていない場合−
会計処理の修正賞与の未払計上、売上の計上時期、在庫の評価など+にも−にも

主な調整項目の考え方

オーナーの役員報酬:足し戻せるのは「差額」だけ

最も金額が大きくなりやすいのが、オーナーの役員報酬です。社長が退任し、買い手から送り込む経営者や新たに雇う管理職の人件費が、いまの社長の報酬より低くて済むなら、その差額を利益に足し戻します。

注意したいのは、全額を足し戻せるわけではないという点です。社長が営業の中心だった会社なら、その役割を担う人材を雇う費用がかかります。逆に、社長の報酬が相場よりかなり低く抑えられていた会社は、正常化すると利益が下がることもあります。役員報酬の水準の考え方は役員報酬の決め方もご覧ください。

一過性の損益:「毎年起きていないか」が問われる

中小企業庁の算定式でも明示されている調整です。ただし、「一過性」と言えるのは、本当にその年だけの出来事に限られます。たとえば「毎年どこかで設備が壊れて修繕している」なら、それは経常的な費用です。DDでは、過去3〜5期の推移を見て、同じような費用が繰り返されていないかを確認されます。

なお、中小企業庁のツールで「一過性の費用」として足し戻すのは、売上原価と販売費及び一般管理費(営業利益より上)に含まれるものです。特別損失などに計上された項目は、もともと営業利益に入っていないため、EBITDAの調整では足し戻しません。

関係者との取引:相場に引き直す

オーナー個人や親族が所有する建物を会社が借りている場合、家賃が相場より高ければ利益を足し戻し、安ければ差し引きます。M&Aの後もその建物を使い続けるなら、新しい賃貸借契約の家賃を前提に正常化するのが自然です。関連会社との仕入・外注の価格も同じ考え方です。

隠れた人件費:未払残業代と社会保険

小さな会社のDDでよく見つかるのが、未払残業代や社会保険の加入漏れです。過去の未払分は価格から差し引く(負債類似項目として扱う)ことが多く、それに加えて、今後は正しく払うことで毎年の人件費が増える分を、正常EBITDAから差し引きます。利益を押し下げる調整なので、売り手にとっては痛いところですが、買い手は必ず確認します。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

事業承継・M&A支援を見る

計算例:調整で正常EBITDAはこれだけ変わる

架空の会社で計算してみます(すべて年額、説明用の数字です)。

  • 決算書:営業利益1,000万円+減価償却費300万円=EBITDA 1,300万円
調整項目金額
社長の役員報酬2,400万円 → 後任の経営者1,000万円+1,400万円
業務に就いていない親族の給与+600万円
社長個人の車両費・交際費+200万円
一過性の大規模修繕費(販管費に計上)+300万円
一過性の大口スポット売上の粗利−400万円
今後必要になる残業代の正常化−500万円
社長所有の事務所家賃を相場に引き直し−240万円
正常EBITDA2,660万円

決算書のEBITDA 1,300万円に対し、正常EBITDAは2,660万円です。仮に倍率を5倍とすると(説明のための仮の倍率です)、事業価値は6,500万円から1億3,300万円へと、2倍以上の差になります。逆に言えば、根拠の弱い調整を1つ認めさせるだけで、価格が数千万円動くということです。だからこそ、買い手はDDで一つずつ根拠を確かめます。

売り手が準備しておきたい根拠資料

調整を認めてもらうには、数字の裏付けが必要です。少なくとも次の資料は、売却の検討段階からそろえておきましょう。

  • 役員・親族の報酬の推移と、それぞれの業務内容が分かる資料(職務分担表、出勤の記録など)
  • 一過性とする費用・売上の請求書や契約書、発生の経緯を説明するメモ
  • オーナーや関連会社との賃貸借契約・取引契約と、近隣の家賃相場などの比較資料
  • 勤怠記録と給与明細(残業代の計算方法が分かるもの)
  • 過去3〜5期の月次試算表(季節変動や一時的な増減を説明するため)

倍率の水準について公表データで確認できる範囲は、中小企業M&Aは正常EBITDAの何倍で取引されるかで紹介しています。

税務・銀行から見た「正常化」の注意点

調整の根拠は、そのまま税務DDの論点になる

「社長個人の費用を会社の経費にしている」という調整は、裏を返せば、会社の経費にならない支出を損金にしていた可能性を示しています。法人税法上、業務に関係のない支出は損金になりませんし、役員の私的な費用を会社が負担すれば、役員への給与(役員賞与)と認定されることもあります。働いていない親族への給与も、勤務の実態がなければ同様の問題になります。

つまり、正常化の調整を積み上げるほど、税務DDで過去の申告の問題が見つかる可能性も高まります。見つかった税務リスクは、価格の減額や、株式譲渡契約での特別補償の対象になります。売却を考え始めたら、私的な支出は早めにやめ、勤務実態に合った給与に見直しておくことが、結果的に価格交渉を有利にします。

銀行も「実態の利益」を見ている

銀行も、決算書の数字をそのまま見ているわけではありません。役員報酬の水準や、役員からの借入、関係者との取引などを踏まえて、会社の実態を判断します。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算します。分母は償却前のキャッシュフローで、EBITDAと近い考え方です。

正常EBITDAを高く見せるために、M&Aの直前だけ役員報酬を下げたり、必要な修繕を先送りしたりしても、DDで過去の推移を見れば分かります。ふだんから実態に近い決算書をつくっておくことが、銀行にも買い手にも評価される近道です。

クレフティには、大手FASで財務DD・バリュエーションを担当してきた公認会計士・税理士が在籍しています。売り手の立場での正常収益力の整理や、買い手の立場での財務・税務DDをお引き受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。

まとめ

  • 正常EBITDAは、決算書のEBITDAを「買い手がふつうに経営したら」の数字に置き換えたもの。M&Aの価格の土台になる
  • 中小企業庁の算定式でも、一過性の売上・費用と削減可能な費用(退任予定の役員の報酬・交際費・保険料、顧問料等)が調整項目として示されている
  • オーナー報酬は後任との差額だけを足し戻す。未払残業代や家賃の引き直しなど、利益を下げる調整もある
  • 調整1つで価格が数千万円動くため、DDでは根拠と過去の推移が確認される
  • 私的支出の調整は税務リスクの裏返し。売却前から実態に合った決算書に整えておく

株価算定やDDのご相談は、事業承継・M&A支援のページからお問い合わせください。事業価値から株式価値への橋渡しは株式価値と事業価値の違いで解説しています。

よくある質問

EBITDAと正常EBITDAは何が違うのですか?
EBITDAは、決算書の営業利益に減価償却費を足した数字です(中小M&Aでは簡易的にこう計算することが多い)。正常EBITDAは、そこからオーナー個人に関わる費用や、その年だけの特殊な売上・費用などを調整し、「買い手が引き継いだあと、普通に経営したら毎年いくら稼げるか」を表した数字です。M&Aの価格は、この正常EBITDAに倍率を掛けて考えることが多くなります。
社長の役員報酬が高い会社は、その分だけ高く売れますか?
社長が退任し、後任の報酬がそれより低くて済むなら、差額は利益の上乗せとして調整されるのが一般的です。ただし、足し戻せるのは「削減できる部分」だけで、後任の経営者や管理職を雇う費用は差し引かれます。また、その報酬が実際に経営への貢献に見合っていたかどうかも、買い手は確認します。
正常EBITDAの調整は、売り手が自分で計算してよいのですか?
売り手が自分で整理しておくことは、交渉の準備として有益です。ただし、最終的には買い手が財務DDで一つずつ根拠を確認します。証拠のない調整や、毎年発生している費用を「一過性」とする調整は認められません。調整の根拠(契約書、明細、議事録など)をそろえ、公認会計士・税理士に確認してもらうと安心です。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

RELATED

あわせて読みたい

企業価値と株価

年買法(時価純資産+利益×年数)とは|中小企業M&Aでの使われ方と、知っておきたい限界

中小企業のM&Aでよく使われる年買法(時価純資産に数年分の利益を足す方法)を、中小企業庁の中小M&Aガイドラインの記述と計算例で解説。加算する利益の種類と年数の決まり方、EV/EBITDA倍率法との違い、成長性や資産の偏りを反映しにくいといった限界、相続税の営業権評価との違いまで整理します。

2026年10月18日
企業価値と株価

企業価値の前提になる事業計画の妥当性|DCF法で株価が大きく変わる理由と、買い手・銀行が見るポイント

DCF法の株価は、事業計画の数字しだいで大きく変わります。最高裁令和8年9月30日決定で示された理論株価の幅、金融庁が示す「実現可能性の高い」計画の考え方をもとに、売上・利益・設備投資・運転資本の前提の作り方、買い手のDDでの検証、銀行の見方、売り手が準備すべきことを解説します。

2026年10月18日
企業価値と株価

取引先が集中している会社の評価と売り方|1社依存は株価をどう下げるか、価格を守る契約と準備

売上の多くを1社や少数の取引先に頼る会社は、M&Aで評価が下がりやすくなります。取引先の集中が株価に効く仕組み(倍率・割引率・正常EBITDA)、買い手がDDで見る契約のチェンジ・オブ・コントロール条項、アーンアウトや表明保証での対応、2026年施行の取適法、売る前にできる準備を解説します。

2026年10月18日
FREE CONSULTATION

決算書と融資のこと、
まずはお気軽にご相談ください。

初回のご相談は無料です。まずは担当者がお話を伺い、内容に応じて担当税理士や金融機関出身のコンサルタントがご提案します。