企業価値と株価

年買法(時価純資産+利益×年数)とは|中小企業M&Aでの使われ方と、知っておきたい限界

「うちの会社は、純資産に利益の3年分を足したくらいが相場らしい」。中小企業のM&Aの相談で、こうした話を聞くことがあります。これが、いわゆる年買法(ねんがいほう)です。分かりやすく、中小企業の売買でよく使われてきた方法ですが、根拠や限界を知らずに使うと、売り手にも買い手にも不利な結論になることがあります。

この記事では、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」参考資料の記述をもとに、年買法の計算の仕組み、加算する利益と年数の決まり方、EV/EBITDA倍率法との違い、そして知っておきたい限界を整理します。

この記事の結論
  • 年買法は、時価純資産(または簿価純資産)+数年分の利益で株式の価格を考える方法。結果がそのまま株式価値になる
  • 中小M&Aガイドラインの参考資料では、加算する利益は税引後利益または経常利益等、年数は通常1年〜3年で、交渉で決まることが多いとされている
  • 長所は分かりやすさ。短所は、年数に理論的な根拠がなく、成長性や資産と利益のバランスを反映しにくいこと
  • 年買法だけで判断せず、正常な利益に置き換え、EV/EBITDA倍率法などの結果とも比べて幅で考える

年買法の仕組み

中小M&Aガイドラインの説明

中小M&Aガイドライン(第3版)の参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」は、中小M&Aで使われるバリュエーションの主な手法として、簿価純資産法、時価純資産法、類似会社比較法(マルチプル法)を挙げています。そのうえで、算出された金額がそのまま譲渡額になるとは限らず、交渉の結果、簿価純資産法や時価純資産法で算出した金額に数年分の任意の利益(税引後利益又は経常利益等)を加算する場合等もあると説明しています。

さらに、加算する利益の種類と年数は事例ごとに異なり、年数は通常1年〜3年で、交渉によって決まるケースが多いとしています。これが、実務で「年買法」と呼ばれている考え方です。

株式価値(譲渡額の目安)= 時価純資産(または簿価純資産)+ 利益 × 年数・利益:税引後利益、経常利益、営業利益など(どれを使うかも交渉事項)・年数:中小M&Aガイドラインの参考資料では通常1年〜3年

前半の「時価純資産」は、いま会社を清算したら株主に残る財産のイメージ、後半の「利益×年数」は、その会社が持つ目に見えない稼ぐ力(のれん、営業権)への対価のイメージです。

時価純資産は「修正簿価純資産」で出すことが多い

時価純資産法は、貸借対照表の資産・負債を時価で評価し直し、決算書に載っていない資産・負債(保険の解約返戻金や退職給付債務など)も反映して純資産を計算する方法です。同じ参考資料は、すべてを時価評価するとコストや時間がかかるため、中小M&Aでは不動産や有価証券など影響の大きい一部の資産・負債だけを時価評価する「修正簿価純資産法」を使うケースも多いとしています。

計算例

架空のサービス業の会社で計算してみます。

項目金額
簿価純資産6,000万円
土地の含み益+1,500万円
保険積立金の解約返戻金との差額+500万円
退職給付の積立不足(簿外)▲1,000万円
時価純資産(修正簿価純資産)7,000万円
税引後利益(正常化後)年1,200万円

この会社を年買法で計算すると、加算する年数によって次のようになります。

年数計算株式価値の目安
1年7,000万円+1,200万円×18,200万円
2年7,000万円+1,200万円×29,400万円
3年7,000万円+1,200万円×31億600万円

年数を1年にするか3年にするかで、2,400万円の差が出ます。さらに、加算する利益を税引後利益ではなく経常利益(税引前)にすれば、金額はもっと大きくなります。年数と利益の種類の選び方そのものが、価格交渉だということが分かります。

なお、中小企業庁が公表しているM&A支援機関登録制度の集計結果では、2022〜2024年度の株式譲渡案件(2,830件)のPBR(株式譲渡価額÷純資産)は中央値1.3倍(第1四分位0.7倍、第3四分位2.5倍)でした。純資産の1.3倍とは、純資産にその3割程度を上乗せした水準です。ただし、報告された純資産には帳簿価額のものと時価を反映したものが混在しているとされており、幅を見るための参考にとどめる必要があります(中小企業M&Aは正常EBITDAの何倍で取引されるか)。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

事業承継・M&A支援を見る

EV/EBITDA倍率法との違い

中小M&Aでは、年買法と並んでEV/EBITDA倍率法もよく使われます。両者の違いを整理します。

比較の観点年買法EV/EBITDA倍率法
出発点貸借対照表(純資産)損益計算書(営業利益+減価償却費)
計算結果そのまま株式価値事業価値。株式価値は純有利子負債などを調整して算出
稼ぐ力の反映利益×年数(通常1〜3年)EBITDA×倍率
借入の影響純資産に織り込み済みネットデットとして差し引く
向いている会社資産の比重が大きい会社、利益が小さく安定している会社設備投資の大きい会社、利益水準が安定している会社
主な弱点成長性を反映しにくい。年数に根拠がない倍率の選び方で大きく変わる。正常化と純有利子負債の調整が必要

同じ会社でも、2つの方法の結果が大きく違うことがあります。たとえば、利益は小さいが含み益のある不動産を持つ会社は年買法のほうが高く、設備をあまり持たずに大きな利益を上げる会社はEV/EBITDA倍率法のほうが高く出やすくなります。事業価値と株式価値の関係は株式価値と事業価値の違いで解説しています。

年買法の限界

1. 年数に理論的な根拠がない

「なぜ3年なのか」に答える理論はありません。中小M&Aガイドラインも「交渉によって決まるケースが多い」としているとおり、年数は当事者の力関係や慣習で決まる面があります。売り手は長く、買い手は短く主張しがちです。

2. 将来の成長や衰退を反映しにくい

加算するのは、通常は過去や直近の利益です。今後大きく伸びる事業も、市場が縮んでいく事業も、直近の利益が同じなら同じ値段になってしまいます。成長が見込める会社の売り手にとっては、年買法は不利になりやすい方法です。

3. 資産と利益のバランスで実態とずれる

年買法は、純資産と利益を単純に足します。そのため、利益を生まない資産を多く持つ会社(遊休地、使っていない設備など)は、資産の分だけ高く評価されます。逆に、資産はほとんどないが利益の大きい会社は、1〜3年分の利益しか評価されず、低くなりがちです。

4. どの「利益」を使うかで大きく変わる

税引後利益か経常利益か、直近1期か過去数期の平均か。さらに、オーナーの高額な役員報酬や一過性の損益を調整した正常な利益を使うかどうかで、結果は大きく変わります。調整の考え方は正常EBITDAとはをご覧ください。

相続税の「営業権」評価とは別物

年買法の「利益×年数」は、目に見えない稼ぐ力(営業権)への対価という意味では、相続税・贈与税の世界の営業権の評価と似ています。しかし、計算の仕組みはまったく違います。

国税庁の財産評価基本通達165では、営業権の価額を、超過利益金額(平均利益金額×0.5−標準企業者報酬額−総資産価額×0.05)に、営業権の持続年数(原則10年)に応じた基準年利率による複利年金現価率を掛けて評価するとしています。同通達(165・166)では、平均利益金額が5,000万円以下の場合は、標準企業者報酬額が平均利益金額の2分の1以上になるため、この算式では営業権の価額が算出されないことに留意する、とされています。つまり、多くの中小企業では、相続税の評価上は営業権が出てこないということです。

M&Aの年買法は当事者が合意した価格の目安、相続税の営業権評価は課税のための評価です。目的が違うので、一方の数字を他方に当てはめることはできません。親族内承継での自社株評価の基本は自社株評価の方法をご覧ください。

銀行の目線と、年買法を使うときの心得

銀行も、決算書の純資産をそのまま見るのではなく、不動産の含み損益や回収できない資産を調整した実質純資産を重視します。年買法の「時価純資産」は、この実質純資産とよく似た考え方です。著書では、プロパー融資の目安として「正常先+純資産1億円」というモデルを示していますが、時価ベースで純資産を厚くしておくことは、融資にもM&Aの価格にも効いてきます(純資産1億円を目指す理由)。

年買法を使うときは、次の点を心がけてください。

  • 時価純資産は、不動産・保険・退職給付など影響の大きい項目を時価に直してから使う
  • 加算する利益は、正常化した利益で、税引前か税引後かを明確にする
  • 年数の根拠(業種、成長性、取引先の安定性など)を説明できるようにしておく
  • EV/EBITDA倍率法など別の方法でも計算し、結果の幅で考える
  • 利益を生まない遊休資産は、事業用の資産と分けて扱い、売却前に整理するかどうかも検討する

年買法は、売り手と買い手が「だいたいの値ごろ感」を共有するための道具としては便利です。ただ、最終的な価格は、DDで判明した事実や、買い手にとっての相乗効果、支払条件などを含めた交渉で決まります。計算式の結果を「正解」と考えず、交渉の出発点として使うのが上手な付き合い方です。

クレフティには、大手FASで株価算定・財務DDを担当してきた公認会計士・税理士が在籍しています。年買法を含む複数の方法での株価算定や、提示額のセカンドオピニオンをお引き受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。

まとめ

  • 年買法は時価純資産(または簿価純資産)+利益×年数。結果はそのまま株式価値になる
  • 中小M&Aガイドラインの参考資料では、利益は税引後利益または経常利益等、年数は通常1年〜3年で、交渉で決まることが多い
  • 分かりやすい反面、年数の根拠がない、成長性を反映しにくい、資産と利益のバランスでずれるといった限界がある
  • 相続税の営業権評価(財産評価基本通達165)とは目的も計算もまったく別
  • 正常化した利益を使い、EV/EBITDA倍率法などとも比べて幅で判断する

株価算定のご相談は事業承継・M&A支援からどうぞ。

よくある質問

年買法の「年数」は何年が一般的ですか?
中小企業庁の中小M&Aガイドラインの参考資料では、時価純資産(または簿価純資産)に加算する利益の種類(税引後利益または経常利益等)と年数は事例ごとに異なり、年数は通常1年〜3年で、交渉によって決まるケースが多いとされています。年数に理論的な根拠があるわけではなく、業種や成長性、買い手の考え方で変わります。
年買法とEV/EBITDA倍率法では、どちらが正しい価格になりますか?
どちらが正しいということはありません。年買法は資産と過去の利益をもとにした分かりやすい方法で、EV/EBITDA倍率法は事業が生むキャッシュフローと取引事例の倍率をもとにした方法です。実務では複数の方法で計算し、結果の幅を見ながら交渉するのが一般的です。中小M&Aガイドラインも、事例ごとに適切な方法は異なるため、支援機関に相談のうえ選択することが望ましいとしています。
赤字の会社は、年買法では純資産の分しか評価されないのですか?
年買法の計算上は、加算する利益がないため、時価純資産が価格の目安になりがちです。ただし、赤字の原因がオーナーの高額な役員報酬や一時的な費用であれば、それを調整した正常な利益で考えることもできます。また、買い手にとって人材や許認可、取引先に価値がある場合は、計算式とは別に交渉で上乗せされることもあります。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

RELATED

あわせて読みたい

企業価値と株価

企業価値の前提になる事業計画の妥当性|DCF法で株価が大きく変わる理由と、買い手・銀行が見るポイント

DCF法の株価は、事業計画の数字しだいで大きく変わります。最高裁令和8年9月30日決定で示された理論株価の幅、金融庁が示す「実現可能性の高い」計画の考え方をもとに、売上・利益・設備投資・運転資本の前提の作り方、買い手のDDでの検証、銀行の見方、売り手が準備すべきことを解説します。

2026年10月18日
企業価値と株価

取引先が集中している会社の評価と売り方|1社依存は株価をどう下げるか、価格を守る契約と準備

売上の多くを1社や少数の取引先に頼る会社は、M&Aで評価が下がりやすくなります。取引先の集中が株価に効く仕組み(倍率・割引率・正常EBITDA)、買い手がDDで見る契約のチェンジ・オブ・コントロール条項、アーンアウトや表明保証での対応、2026年施行の取適法、売る前にできる準備を解説します。

2026年10月18日
企業価値と株価

DCF法を中小企業に使うときの注意点|事業計画・割引率・現預金の扱いと、裁判所の判断

DCF法は将来のキャッシュ・フローから会社の価値を出す方法です。中小企業に使うと、事業計画や割引率の置き方ひとつで株価が大きく動きます。中小M&Aガイドラインの整理、非流動性ディスカウントをめぐる最高裁の決定、税務訴訟での現預金の扱いをもとに、注意点を解説します。

2026年10月18日
FREE CONSULTATION

決算書と融資のこと、
まずはお気軽にご相談ください。

初回のご相談は無料です。まずは担当者がお話を伺い、内容に応じて担当税理士や金融機関出身のコンサルタントがご提案します。