会社の価値を「将来どれだけお金を生むか」で測るDCF法では、株価は事業計画の数字で決まります。売上の伸びを数%変えるだけで、株価が大きく動くことも珍しくありません。だからこそ、M&Aの交渉では「その計画は本当に実現できるのか」が厳しく問われます。
この記事では、企業価値の前提になる事業計画の妥当性について、最高裁の決定で示された理論株価の幅、金融庁が示す「実現可能性の高い」計画の考え方をもとに、つくり方、検証のされ方、銀行の見方を整理します。
- DCF法の株価は事業計画の前提しだいで大きく変わる。最高裁令和8年9月30日決定の事案では、DCF法による理論株価の試算に1,787円〜3,128円という幅があった
- 計画の信頼性は、過去の実績との整合、前提の根拠、数字のつながり(売上・人員・設備投資・運転資本)で判断される
- 金融庁は、実現可能性の高い計画の要件として、売上高・費用・利益の想定が十分に厳しいものであることを挙げている
- 買い手はDDで計画を検証し、根拠のない部分を割り引く。強気すぎる計画は全体の信頼を下げる
- 売り手は、実績に基づく基本シナリオと、上振れ・下振れのシナリオを用意し、前提を説明できるようにしておく
なぜ事業計画で株価が大きく変わるのか
DCF法の仕組み
DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)は、事業計画から将来のフリー・キャッシュ・フロー(事業が生む現金から、税金・設備投資・運転資本の増加を差し引いたもの)を予測し、一定の割引率で現在の価値に引き直して企業価値を求める方法です。
| 構成要素 | 事業計画のどの数字から来るか |
|---|---|
| 営業利益 | 売上高、売上原価、人件費、販管費の計画 |
| 税金 | 営業利益×税率(繰越欠損金の利用も考慮) |
| 減価償却費 | 既存設備と新規投資の計画 |
| 設備投資 | 更新投資、成長のための投資の計画 |
| 運転資本の増減 | 売上の伸びに応じた売掛金・在庫・買掛金の変化 |
| 継続価値(ターミナルバリュー) | 計画最終年度の数字と、その後の成長率 |
計画期間の後の価値(継続価値)は、計画最終年度の数字をもとに計算するため、企業価値の大部分を占めることが少なくありません。最終年度の利益が高く設定されていれば、それが永続するものとして価値に効いてきます。DCF法の基本は中小企業のDCF法で解説しています。
最高裁の決定に見る「理論株価の幅」
最高裁令和8年9月30日第二小法廷決定(令和6年(許)第32号)は、株式交換に反対した株主の買取価格をめぐる事案です。決定によれば、会社の特別委員会が検討した株式価値算定書では、DCF法による株式交換後の1株あたり理論株価が、一つの試算で2,400円〜3,018円、別の試算で1,787円〜3,128円とされていました。会社は株主に対し、この試算は理論株価であって直ちに市場株価として実現する保証はないことを説明していました。
最高裁は、こうした試算が公表されていたことを理由に買取価格を上乗せすることはできないとしています(裁判所ウェブサイト)。専門家が作成した算定でも、前提の置き方で上限と下限に2倍近い幅が出ること、そして理論値と実際に実現する価格は別物であることがわかります。
また、最高裁平成22年7月15日判決(アパマンショップ株主代表訴訟)も、非上場株式の評価額には相当の幅があることを前提に、取締役の判断を検討しています(裁判所ウェブサイト)。詳しくはM&Aと取締役の責任をご覧ください。
信頼できる事業計画の条件
1. 過去の実績と整合している
最も基本的なチェックは、過去3〜5年の実績との比較です。
| 確認ポイント | よくある問題 |
|---|---|
| 売上成長率 | 過去は年1〜2%なのに、計画では年10%以上の成長 |
| 利益率 | 過去最高の利益率が、計画期間中ずっと続く前提 |
| 過去の計画の達成度 | 以前つくった計画(銀行向けなど)を毎年大きく下回っている |
| 一時的な要因 | コロナ禍の特需や、一度きりの大口受注を平常の売上として織り込んでいる |
特に、直近は横ばいなのに、ある年から急に右肩上がりになる計画は、グラフの形からホッケースティック型と呼ばれ、買い手が最も疑う形です。
2. 前提に根拠がある
売上の伸びには、何が、なぜ増えるのかの説明が必要です。
- 既存顧客:取引先別の売上の推移、契約の更新状況、単価改定の見通し
- 新規顧客:営業の体制、受注の見込み(引き合い・見積の件数)
- 市場:業界の市場規模の推移、公的な統計や業界団体の資料
- 価格:値上げの実績と、競合の動き
- コスト:仕入価格・人件費の上昇(最低賃金の改定など)を織り込んでいるか
3. 数字がつながっている
売上が増えれば、人員、設備、運転資本も増えるはずです。売上だけが伸びて、人件費や設備投資が横ばいの計画は、数字のつながりが切れています。
| 売上が増えるなら | 計画で確認すること |
|---|---|
| 人が必要 | 採用計画と人件費の増加 |
| 設備が必要 | 設備投資と減価償却費の増加 |
| 在庫・売掛金が増える | 運転資本の増加(フリー・キャッシュ・フローが減る) |
| 借入が必要 | 借入と支払利息、返済計画 |
運転資本の考え方は運転資本の調整で解説しています。
金融庁が示す「実現可能性の高い」計画の考え方
銀行が事業計画を評価するときの考え方は、金融庁の資料に示されています。貸出条件緩和債権に関する金融庁のQ&Aでは、「実現可能性の高い抜本的な経営再建計画」の要件のうち、「実現可能性の高い」の要素として、次の3つが挙げられています(金融庁「貸出条件緩和債権関係Q&A 各論」)。
- 計画の実現に必要な関係者との同意が得られていること
- 計画における債権放棄などの支援の額が確定しており、計画を超える追加的支援が必要と見込まれる状況でないこと
- 計画における売上高、費用及び利益の予測等の想定が十分に厳しいものとなっていること
同じQ&Aは、3つ目について、売上高などの想定は、企業の事業価値や事業環境に照らして十分現実的なものである必要があるとし、「売上(高)」は事業の継続性と収益性の見通し、「利益」はキャッシュフローによる債務償還能力として重視していると説明しています。
また、「抜本的な」の要件は、概ね3年後に債務者区分が正常先となることとされていますが、中小企業については、計画期間が概ね5年以内(5〜10年で概ね計画どおり進捗している場合を含む)で、計画終了後に正常先となる経営改善計画であればよいとする取扱いが示されています。
これは経営再建の計画についての考え方ですが、「数字の想定が十分に厳しいか」「実績と比べて現実的か」という視点は、M&Aの事業計画にもそのまま当てはまります。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る買い手はDDで事業計画をどう検証するか
買い手は、財務DDやビジネスDDで事業計画を検証し、自分たちの見方で計画を引き直すことが多くあります。
| 検証の項目 | 買い手の見方 |
|---|---|
| 正常収益力 | 過去の利益から一時的な要因やオーナー関連の費用を除いた「実力」を出し、計画の出発点にする |
| 顧客の集中 | 上位数社への依存が高ければ、離脱リスクを計画に反映する |
| 人への依存 | 社長や特定の社員に売上が依存していないか。承継後も続くか |
| 設備の老朽化 | 計画に更新投資が十分入っているか |
| 業界の構造変化 | 人口減少、規制、技術の変化が計画に反映されているか |
正常収益力の考え方は正常化EBITDA、オーナー関連の費用の調整はオーナーの役員報酬の正常化で解説しています。
計画を「割り引く」方法
買い手が売り手の計画を信用しきれない場合、次のような方法で価格に反映させます。
- 計画そのものを修正する:成長率や利益率を引き下げた買い手独自の計画で算定する
- 割引率を上げる:計画の不確実性をリスクとして割引率に上乗せする
- 価格の一部を後払いにする:計画の達成度に応じて支払うアーンアウトを使う(アーンアウトと分割払い)
どの方法をとっても、根拠のない部分は売り手の取り分になりません。強気の計画は、交渉の出発点を高くする効果はあっても、最終的な価格を押し上げるとは限りません。
銀行・税務から見た事業計画
銀行は「返済できるか」で見る
買い手がM&Aの資金を借りる場合、銀行は対象会社の事業計画をもとに、借入を何年で返せるかを見ます。著書のモデルでは、債務償還年数を(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で計算し、10年以内を健全の目安としています。事業計画の利益が過大なら、この年数は実際より短く見え、返済計画が狂います。
株価算定に使う計画と、銀行に出す計画が大きく違えば、どちらの信頼性も損なわれます。基本の数字は一つにそろえ、M&A向けの調整(正常化やシナジー)は別に示すのが原則です。銀行向けの計画のつくり方は融資のための事業計画書もご覧ください。
税務上の株価とは別の物差し
相続税・贈与税の自社株評価(類似業種比準価額や純資産価額)は、過去の決算数字をもとに計算し、事業計画は使いません。そのため、同じ会社でも、DCF法による価格と相続税評価額は大きく違うことがあります。親族間や同族関係者間の取引では、事業計画に基づく価格が税務上の時価として通用するとは限らない点にも注意が必要です。違いは相続税評価額と取引価格で解説しています。
売り手が準備しておきたいこと
- 過去3〜5年の実績(売上・利益・顧客別売上)を整理し、計画と並べて示せるか
- 売上の伸びを、既存顧客・新規顧客・価格に分けて説明できるか
- 人件費・設備投資・運転資本が、売上の伸びと整合しているか
- 一時的な要因(特需・大口受注)を平常の売上と分けているか
- 基本シナリオのほかに、下振れシナリオを用意したか
- 銀行に出した過去の計画との違いを説明できるか
計画を作るのは経営者ですが、数字のつながりや前提の説明には、財務の専門家の目が役に立ちます。売却前の準備全体は売却前の会社の磨き上げもご覧ください。
まとめ
- DCF法の株価は事業計画の前提で大きく変わる。最高裁令和8年9月30日決定の事案でも、理論株価の試算には2倍近い幅があった
- 信頼される計画は、実績との整合、前提の根拠、数字のつながりがそろっている。ホッケースティック型は疑われる
- 金融庁は、売上高・費用・利益の想定が十分に厳しいものであることを、実現可能性の高い計画の要素として挙げている
- 買い手は計画を検証し、根拠のない部分を修正・割引率・後払いで割り引く
- 銀行向けとM&A向けの計画は基本の数字をそろえ、調整は別に示す。相続税評価は事業計画を使わない別の物差し
事業計画の検証、DCF法による株価算定、銀行への説明資料づくりは、事業承継・M&A支援でご相談をお受けしています。大手FASでバリュエーションを担当してきた公認会計士・税理士や、ベンチャーCFOとして事業計画・資本政策を担ってきた公認会計士・税理士が在籍しています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
