外部への売却(M&A)

会社を売る前の「磨き上げ」とは|決算書・契約・人・不動産・株式をどこまで整えるか

M&Aの相談で「会社を売る前に、何をしておけばいいですか」と聞かれることがよくあります。答えは、買い手が安心して値段をつけられる状態にしておくことです。中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、これを「見える化」「磨き上げ」と呼び、M&Aの実行には最低限、株式・事業用資産等の整理・集約が必要だとしています。

この記事では、売却前の磨き上げを「決算書」「契約」「人」「不動産」「株式と経営者保証」の5つに分け、買い手のデューデリジェンス(DD)で何を見られるかから逆算して、具体的にどこまで整えるかを整理します。

この記事の結論
  • 磨き上げは「利益を大きく見せること」ではない。買い手が実態を確かめやすくし、リスクを減らすこと
  • 決算書は、会計処理の誤りと、役員報酬・私的経費などオーナー特有の項目を説明できるようにする
  • 契約は、口約束の書面化と、チェンジ・オブ・コントロール条項の洗い出し
  • 人は、未払残業代などの労務リスクと、社長に頼りきった業務の引継ぎ
  • 不動産と株式は、名義と権利関係。社長個人名義の事業用資産、名義株、経営者保証を整理する
  • 実態と違う決算書で売れば、表明保証違反として売却後に賠償を求められうる

磨き上げの目的:価格を上げるより「減額されない」こと

買い手は、DDで見つかったリスクを、価格の引下げ、表明保証・補償の追加、取引の中止のいずれかで手当てします。ガイドラインも、DDの結果を踏まえて最終契約の譲渡額や表明保証、補償を調整することで、M&A成立後のトラブルを防げると説明しています。

つまり磨き上げの効果は、「評価額を押し上げる」よりも、DDで減額や追加条件を出されないことに表れます。売り手から見ると、次の3つが目標です。

  1. 決算書の数字が実態を表していると、資料で説明できる
  2. 事業を続けるのに必要な契約・許認可・資産・人が、会社にそろっている
  3. 隠れた債務(簿外債務・偶発債務)がない、またはあっても金額が見積もれる

決算書:会計処理と「オーナー特有の項目」を整える

会計処理の誤りを直す

中小企業の決算書は、税務申告を目的として作られていることが多く、会社法431条がいう「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」、つまり一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)とずれている部分があります。買い手のDDでよく指摘されるのは次のような点です。

項目よくある状態買い手の見方
売掛金・在庫回収できない売掛金、売れない在庫がそのまま残っている実在しない資産として純資産から差し引く
減価償却赤字の年に償却していない本来の利益はもっと低いと判断する
引当金賞与・退職金の引当てがない将来の支払を負債として加える
未払費用社会保険料・残業代の未払簿外債務として価格から差し引く

税務上の処理と、会計上あるべき表示は別の問題です。どの処理が適切かは取引の実態によるため、顧問税理士や会計の専門家と確認しながら直していきます。

オーナー特有の項目を説明できるようにする

役員報酬、親族への給与、社長個人の車や保険、交際費などは、M&A後になくなる、または金額が変わる費用です。買い手はこれを調整した正常収益力で価格を考えます。売り手として大事なのは、削ることより、「どの費用が、いくら、なぜ発生しているか」を一覧にして説明できることです。調整の考え方は役員報酬・オーナー個人の経費の正常化と正常EBITDAとはで解説します。

実態と違う決算書で売るとどうなるか

決算書を良く見せる操作は、売却後に大きな代償を払うことがあります。東京地方裁判所平成18年1月17日判決(平成16年(ワ)第8241号)は、消費者金融会社の全株式の譲渡で、売主が「財務諸表が一般に承認された会計原則に従って作成されたこと」などを表明保証していた事案です。

判決によれば、対象会社は赤字決算の予測を受けて、和解債権の返済金を元本ではなく利息に充てる処理に切り替え、必要な貸倒引当金も計上していませんでした。譲渡価格は簿価純資産を基準に決められていたため、裁判所は、この処理で純資産が約2億7,500万円水増しされていたと認め、システム修正費用や弁護士費用などを含め、売主側に連帯して約3億0,529万円の支払を命じました(一部認容)。

判決の確認先

東京地方裁判所 平成18年1月17日判決・平成16年(ワ)第8241号 損害賠償等請求事件。裁判所ウェブサイトの判決原文(PDF)

磨き上げは、決算書を実態に合わせる作業です。実態から離す作業ではありません。この判決は株式譲渡契約の要点と表明保証違反の判例で詳しく取り上げます。

契約:口約束を書面にし、チェンジ・オブ・コントロール条項を探す

中小企業では、主要な取引先と基本契約を結んでいない、賃貸借契約の更新書類が見当たらない、といったことが珍しくありません。買い手は、M&A後も事業が続くかを契約書で確かめます。

  • 主要取引先との契約:取引基本契約、価格や支払条件の合意を書面にする
  • チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項:株主の異動や支配権の変動で、相手方に解除権が生じる条項。ガイドラインの用語集でも、賃貸借契約、取引基本契約、フランチャイズ契約などの例が挙げられている。株式譲渡でも、この条項がある契約は事前の協議が必要になる
  • 許認可:株式譲渡なら会社の許認可はそのまま残るのが原則だが、役員や管理者の要件を満たす人が社長だけ、という業種では引継ぎに注意がいる
  • 社長個人の保証・名義:リース、賃貸借、借入で社長個人が保証人・契約者になっているもの

COC条項の詳細は取引先との契約のチェンジオブコントロール条項、許認可は許認可はM&Aで引き継げるかをご覧ください。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

事業承継・M&A支援を見る

人:労務リスクと、社長依存の業務

労務のリスク

株式譲渡では会社がそのまま引き継がれるため、未払残業代などの労務債務も買い手側に移ります。ガイドラインも、株式譲渡は未払残業代などの簿外債務や偶発債務のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが行われる傾向にあると説明しています。

売却前に確認しておきたいのは、労働時間の把握方法、固定残業代の設計、就業規則と実際の運用のずれ、社会保険の加入漏れなどです。是正には時間がかかるため、早めに社会保険労務士と相談します。詳しくは労務DDと未払残業代のリスクで解説します。

社長に頼りきった業務

取引先との関係、見積り、資金繰りが社長の頭の中にしかない会社は、買い手から見て「社長が抜けたら回らない会社」です。業務の手順書化、幹部への権限移譲、取引先への担当者の紹介を、売却の前から少しずつ進めます。社長依存の会社を売れる会社にするにはもあわせてご覧ください。

不動産:名義・含み損益・遵法性

状態起きやすい問題主な対応
本社・工場の土地が社長個人名義売却後に会社が使い続けられる保証がない会社への売却、または賃貸借契約を整え賃料を適正にする
事業に使っていない不動産を会社が保有買い手が不要とし、価格交渉の材料になる売却前に切り離すかを試算する
担保が付いている借入の返済・担保解除の調整が必要金融機関と事前に相談する
増改築の届出や用途の確認が不十分遵法性の指摘、追加費用図面・検査済証を探しておく

ガイドラインは、会社の財産と経営者個人の財産の整理を最終契約後に回すと、合意内容に大きな変更が生じて争いになるリスクがあるため、可能な限り最終契約の前に行うことが望ましいとしています。個人と会社の間で不動産を売買する場合は、時価との関係で税金が変わるため、事前の試算が欠かせません。考え方は会社が持つ不動産と企業価値、個人と会社の取引の税務は同族会社と役員の取引も参考になります。

株式と経営者保証:最後に詰まりやすいところ

株式の整理・集約

全株式を譲渡する株式譲渡では、売り手側で全株式をまとめておく必要があります。チェックするのは次の点です。

  • 株主名簿:現在の株主と株数が正しく記載されているか
  • 名義株:実際には出資していない親族・知人の名義になっている株式がないか
  • 株券:株券発行会社では、株式の譲渡は株券を交付しなければ効力を生じない(会社法128条1項)。株券が発行されているか、どこにあるか
  • 所在不明株主:連絡がつかない株主がいないか

名義株は名義株の見つけ方と整理の方法、少数株主からの買取りは社長個人が少数株主から買い取るときの価格と税金で解説します。

経営者保証と役員貸付金・借入金

ガイドラインは、経営者保証の解除がM&Aの主な動機である場合には、M&Aを進める前に売り手自身が、経営者保証に関するガイドラインが求める「法人と経営者との関係の明確な区分・分離」「財務基盤の強化」「経営の透明性確保」に取り組むことも考えられるとしています。社長への貸付金(役員貸付金)や社長からの借入金(役員借入金)は、この「区分・分離」に直接かかわる項目で、買い手にとっても価格調整の論点になります。

銀行の目線は、買い手の目線とほぼ同じ

決算書の磨き上げは、M&Aのためだけの作業ではありません。売却しないと決めた場合でも、同じ決算書で銀行の格付けが決まります。著書のモデルでは、銀行格付けを安全性・収益性・成長性・返済能力の4分野129点満点で評価し、32点以上を正常先の目安としています。架空の資産を落とし、引当金を積めば一時的に純資産は減りますが、銀行が実態に組み替えて見ている数字に近づくだけです。実態に合った決算書は、M&Aの価格交渉でも、融資の交渉でも説明しやすくなります。銀行の見方は銀行に出す前に決算書で見直すことと役員貸付金と銀行の評価もご覧ください。

まとめ

  • 磨き上げの目的は、買い手が実態を確かめやすくし、DDで減額や追加条件を出されないこと
  • 決算書は、会計処理の誤りを直し、役員報酬・私的経費などを説明できる一覧にする
  • 契約は、口約束の書面化とチェンジ・オブ・コントロール条項の洗い出し
  • 労務リスクと社長依存の業務は、是正に時間がかかるので早めに着手する
  • 不動産・株式・経営者保証は名義と権利関係の整理。最終契約の前に終えるのが原則
  • 実態と違う決算書で売れば、売却後に表明保証違反を問われうる

クレフティでは事業承継・M&A支援として、売却前の決算書の見直し、株主構成の整理、株価の目安づくり、売り手側のデューデリジェンスなどのご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。

よくある質問

磨き上げには、どれくらいの期間が必要ですか?
会社の状態によって大きく違います。決算書の会計処理や私的な経費の整理は1〜2期分の決算で見えるようになりますが、株式の集約や名義株の整理、不動産の名義の整理、労務の是正は相手方との交渉や手続が必要で、さらに時間がかかることがあります。売ると決める数年前から少しずつ進めるのが理想です。
売却前に利益を多く見せたほうが高く売れますか?
一時的に利益を多く見せても、買い手はデューデリジェンスで正常な収益力を確かめるため、多くの場合は見抜かれます。実態と違う決算書を基に契約すれば、表明保証違反として売却後に賠償を求められるおそれもあります。東京地裁平成18年1月17日判決では、買収後に不適切な会計処理が見つかり、売主側に約3億円の支払が命じられました。
会社が持っている不動産は、売却前に整理したほうがいいですか?
事業に使う不動産なら、会社名義で権利関係が明確になっていることが大切です。社長個人名義の土地を会社が使っている場合は、売却か賃貸借契約の整備が必要になります。事業に使っていない不動産や保険は、売却前に切り離すかどうかで税金と価格が変わるため、早めに専門家と試算することをおすすめします。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

RELATED

あわせて読みたい

外部への売却(M&A)

買収後の会計・経理の統合|決算期の変更、会計方針の統一、月次決算の早期化、のれんとグループ税務

会社を買った後の会計・経理の統合(PMI)を、中小PMIガイドラインに沿って解説。決算期をそろえる手続(定款変更・異動届出)、収益・引当金など会計方針の統一、月次決算と会計システム、不正を防ぐ体制、のれんの会計と税務、グループ法人税制、銀行への説明まで整理します。

2026年10月18日
外部への売却(M&A)

入札方式(オークション)で会社を売るメリット・デメリット|相対取引との違いと中小企業での使い方

複数の買い手候補に条件を出してもらい比較する入札方式は、価格や条件を引き上げやすい一方、情報が広がりやすく手間もかかります。中小M&Aガイドラインの単独・複数依頼の比較、一次・二次意向表明書の流れ、独占交渉をめぐる最高裁決定、向いている会社・向かない会社を解説します。

2026年10月18日
外部への売却(M&A)

会社の売り時はいつか|業績・年齢・市場環境と税制から考えるM&Aのタイミング

会社の売り時は、業績が伸びているとき、経営者が元気なうち、買い手が多い市場環境のときが重なる時期です。中小M&Aガイドラインの「決断が遅れて低額で譲渡した事例」、社長の引退年齢のデータ、取引倍率の公表データ、2027年分以後の税制の見直しから、売り時の考え方を解説します。

2026年10月18日
FREE CONSULTATION

決算書と融資のこと、
まずはお気軽にご相談ください。

初回のご相談は無料です。まずは担当者がお話を伺い、内容に応じて担当税理士や金融機関出身のコンサルタントがご提案します。