会社を売るとき、買い手候補と1社ずつ交渉する方法(相対取引)と、複数の候補に同時に条件を出してもらい比べる方法があります。後者を一般に入札方式(オークション方式)と呼びます。「複数の会社に競わせれば、高く売れるのでは」と考える経営者は多いのですが、入札方式にはメリットと同じくらい、デメリットもあります。
この記事では、入札方式の進め方、メリット・デメリット、中小企業に向いているケースを、中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)の記載と、独占交渉をめぐる最高裁の決定をもとに整理します。
- 入札方式は、複数の候補に同じ情報・同じ期限で条件を出してもらい、比べて相手を選ぶ方法。価格と条件を引き上げやすい
- デメリットは、情報が広がりやすいこと、手間と期間がかかること、候補が集まらなければ競争にならないこと
- 中小M&Aガイドラインは、譲渡額の最大化を特に重視する場合の例として厳格な入札方式を挙げ、その場合はFAの活用が考えられるとしている
- 中小企業では、候補を数社に絞った簡易な比較が現実的なことが多い。価格だけでなく、従業員・支払い方・契約条件まで比べる
入札方式と相対取引の違い
| 相対取引 | 入札方式 | |
|---|---|---|
| 交渉の相手 | 原則1社ずつ | 複数の候補に同時に打診 |
| 価格の決まり方 | 1社との交渉で決まる | 候補の提示を比べて決まる |
| 情報の広がり | 小さい | 大きい(候補の数だけ情報が出る) |
| 期間・手間 | 比較的短い | 資料の準備、スケジュール管理で長くなりやすい |
| 支援機関 | 仲介者・FAのいずれも | 売り手の側に立つFAが中心 |
| 向いている会社 | 小規模、秘密保持を重視、相手を選びたい | 魅力が高く候補が集まる、価格の最大化を重視 |
中小企業のM&Aの多くは、相対取引で進んでいます。中小企業庁の集計(2024年度)では、登録支援機関から報告された譲渡側の案件4,940件のうち約8割が仲介、約2割がFAの支援を受けていました。仲介者は売り手と買い手の双方から依頼を受けるため、一方の利益だけを優先することはできず、双方の意向を一元的に把握して円滑に手続きを進めることを重視する場合に向いているとされています。入札方式のように売り手の条件を最大化するには、売り手だけの側に立つFAが中心になります。違いはM&A仲介とFAの違いで詳しく解説しています。
入札方式の進め方
入札方式の一般的な流れは次のとおりです。
| 段階 | 内容 | 売り手が決めること |
|---|---|---|
| 1. 候補のリストアップ | FAと一緒に、打診する候補を選ぶ | 打診しない先(競合・取引先など)を決める |
| 2. 打診・秘密保持契約 | ノンネームの資料で関心を確認し、関心のある候補と秘密保持契約を結ぶ | 情報を出す範囲 |
| 3. 企業概要書の開示 | 全候補に同じ資料を同時に開示 | 開示する資料の範囲 |
| 4. 一次意向表明書 | 候補が暫定的な条件を提出 | 次に進める候補を数社に絞る |
| 5. DD・トップ面談 | 絞った候補がDDを行い、経営者同士が面談 | DDの資料、面談で伝えること |
| 6. 二次(最終)意向表明書 | DDの結果を踏まえた最終的な条件を提出 | 交渉相手を1社に決める |
| 7. 最終契約・クロージング | 選んだ1社と契約条件を詰める | 契約条件の最終判断 |
中小M&Aガイドラインは、企業概要書などの情報をもとに暫定的な条件を記載する書面を第一次意向表明書、DDの結果を踏まえて最終的な条件を記載する書面を第二次意向表明書(最終意向表明書)と呼ぶことがあり、意向表明書は基本的に法的拘束力を持たないことが多いとしています。また、債務超過の会社で譲り受け側(スポンサー)を選ぶ場合に、過程の透明性・公正性を確保するために入札手続を行うケースなどで意向表明書が使われる、とも書いています。入札手続では、意向表明書に対する売り手の応諾書で、基本合意とほぼ同様の合意を結んだものとして扱うこともあります。
基本合意書と意向表明書の役割は基本合意書(LOI)で決めることと法的拘束力で取り上げています。
入札方式のメリット
1. 価格と条件を引き上げやすい
複数の候補が同じ情報で条件を出すため、1社だけと交渉するより、自社の価値が市場でどう評価されるかが見えやすくなります。候補同士が競えば、価格だけでなく、従業員の雇用、役員の処遇、代金の支払い方などの条件も良くなることが期待できます。
2. 比べることで「相場観」が持てる
相対取引では、提示された価格が高いのか低いのか、売り手には判断しにくいものです。複数の提示を並べると、価格の幅と、その違いの理由(シナジーの見込み、DDで重視する点)が見えます。中小企業庁の公表データでも、EV/EBITDA倍率は同じ業種でも大きく分かれており(中小企業M&Aは正常EBITDAの何倍で取引されるか)、1社の提示だけで判断する難しさがわかります。
3. 株主や関係者に説明しやすい
株主が複数いる会社や、債権者との調整が必要な会社では、「なぜこの相手に、この価格で売ったのか」を説明する必要があります。ガイドラインも、経営者が株主などに対して最善のM&Aをしたと合理的に説明できるようにする必要がある場合を、FAが向いている例として挙げています。手続きの公正さを示しやすいことは、入札方式の大きな利点です。
入札方式のデメリット
1. 情報が広がりやすい
候補が増えるほど、会社の情報を知る人も増えます。ガイドラインは、単独の支援機関に依頼する場合と複数に依頼する場合を比べ、複数の場合は秘密保持上の不利益やレピュテーションリスクが生じる可能性が高くなり、情報の管理が煩雑になる傾向があるとしています。同じ情報が複数のルートで同じ候補に届くと、「情報が出回っている」と感じられ、候補の心証を害することもあります。入札方式でも、打診先を絞り、窓口を1つにすることが重要です。
2. 手間と期間がかかる
全候補に同じ資料を同時に出し、質問に答え、スケジュールを管理するには、売り手の側の準備と労力が必要です。社長自身が日常業務を回しながら対応するのは大きな負担で、その間に業績が落ちれば、条件にも影響します。
3. 候補が集まらなければ競争にならない
入札方式は、複数の候補が本気で関心を持つ会社でなければ機能しません。候補が1社しか残らなければ、結局は相対取引と同じです。「入札にした」こと自体を負担に感じて辞退する候補もいます。
4. 買い手から敬遠されることがある
中小企業のM&Aでは、買い手も中小企業であることが多く、ガイドラインも、譲り受け側にとってもM&Aは一大決心であることが多いとしています。競争をあおられることを嫌い、相対での交渉を望む買い手もいます。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る法的な論点:独占交渉と交渉の打切り
入札方式で気をつけたいのが、独占交渉との関係です。候補を1社に絞って基本合意書を結ぶと、通常は一定期間、ほかの候補と交渉しない義務(独占交渉義務)を負います。ガイドラインも、基本合意書は基本的に法的拘束力がないものの、独占的交渉権や秘密保持義務には法的拘束力を認めることが通常だとしています。
| 判例 | 内容 | 入札方式への示唆 |
|---|---|---|
| 最高裁平成16年8月30日決定(平成16年(許)第19号) | 基本合意書の独占交渉条項に反して他社と協議しようとした事案。独占交渉の義務は、最終合意が成立する可能性が社会通念上なくなったときに消滅するとした。違反による損害は、最終合意が成立するとの期待が侵害されたことによる損害とみるべきとし、他社との協議の差止めは保全の必要性を欠くとした | 独占交渉の期間・対象・終了事由を明確に書く。後から「より良い条件の候補」が現れても、独占交渉中は簡単に乗り換えられない |
| 最高裁平成19年2月27日判決(平成17年(受)第869号) | ゲーム機の継続的な販売契約が締結直前に成立しなかった事案。相手に契約が確実に成立するという過大な期待を抱かせ、開発・製造を続けさせた当事者に、契約準備段階における信義則上の注意義務違反による損害賠償責任を認めた | M&Aの事案ではないが、交渉の終盤で相手に確実に成立すると思わせる言動をしてから打ち切ると、責任を問われうる。複数候補と並行する間は、選定がまだ決まっていないことを明確に伝える |
入札方式では、一次・二次の意向表明の段階では複数の候補と並行して進め、独占交渉は最終候補を決めてから与えるのが基本です。早い段階で特定の候補に独占交渉権を与えると、入札方式の利点が失われます。DD後にやめられるかどうかはDDの結果を見てM&Aをやめられるかで解説しています。
入札方式が向いている会社・向かない会社
| 向いている会社 | 向かない会社 |
|---|---|
| 業績が安定し、成長余地がある | 小規模で、候補が限られる |
| 業界内で知名度があり、複数の同業や投資ファンドが関心を持ちそう | 取引先・従業員に知られると事業に支障が出る |
| 株主が複数いて、選定の公正さを説明する必要がある | 相手との相性や事業への考え方を最優先したい |
| 債務超過で、債権者に対して透明性を示す必要がある | 社長が対応に割ける時間がない |
中小企業では、「入札か相対か」の二択ではなく、候補を2〜3社に絞って同じ期限で条件を出してもらう簡易な比較も現実的です。情報の広がりを抑えつつ、1社だけの提示で決める不安を減らせます。
比べるのは価格だけではない
提示を比べるときは、価格以外の項目も並べます。
| 比較項目 | 確認のポイント |
|---|---|
| 価格 | 株式価値か事業価値か。純有利子負債や運転資本の調整の前提は |
| 代金の支払い方 | 一括か、分割・アーンアウト・エスクローがあるか |
| 従業員の処遇 | 雇用の維持、労働条件、役員の扱い |
| 経営者の関与 | 引継ぎ期間、顧問契約、競業避止の範囲 |
| 経営者保証 | クロージング時に解除・借換えされるか |
| DDと契約条件 | DDで重視する点、表明保証・補償の範囲と上限 |
| 買収資金 | 自己資金か借入か。融資の見込み |
提示額が最も高い候補が、最終的に最も手取りが多いとは限りません。DDの後に価格が下がることもありますし、表明保証の範囲が広く補償の上限がなければ、売却後に代金の一部を返すことになるリスクもあります(株式譲渡契約の要点)。
銀行の目線も比べる
買い手が買収資金を借入でまかなう場合、その融資が本当に出るかどうかも重要です。高い価格を提示しても、融資が下りずにクロージングできなければ意味がありません。著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))10年以内を健全の目安としていますが、買収後の会社でこの水準を保てない価格は、銀行の審査で厳しく見られます。買い手の資金調達の見込みは、銀行はM&A融資のどこを見るかの視点で確認しておくと安心です。
まとめ
- 入札方式は、複数の候補に同じ情報・同じ期限で条件を出してもらい比べる方法。価格と条件を引き上げやすく、株主などへの説明もしやすい
- デメリットは、情報が広がりやすいこと、手間と期間がかかること、候補が集まらなければ競争にならないこと
- 中小M&Aガイドラインは、譲渡額の最大化を特に重視する場合の例として厳格な入札方式を挙げ、FAの活用が考えられるとしている
- 独占交渉権は最終候補を決めてから与える。独占交渉の義務と交渉の打切りには最高裁の判断がある
- 中小企業では、2〜3社に絞った簡易な比較も現実的。価格だけでなく、支払い方・従業員・保証・契約条件・買い手の融資の見込みまで比べる
クレフティでは、公認会計士・税理士の三浦孝友が大手FASでFA業務やバリュエーション、財務DDに携わってきた経験を持ち、代表の相亰はベンチャーのM&A仲介会社で役員を経験しています。事業承継・M&A支援では、複数の提示条件の比較、株価算定、手取り額の試算、契約書のセカンドオピニオンをご相談いただけます。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
