会社を売るとき、方法として最もよく使われるのが株式譲渡(会社ごと売る)と事業譲渡(事業だけを売る)です。中小PMIガイドラインが引用する中小企業白書(2018年)の調査では、中小M&Aの実施形態は事業譲渡41.0%、株式譲渡40.8%とほぼ同じ割合で、合わせて8割を超えています。
2つの方法は、手続き、かかる税金、引き継ぐリスク、従業員や取引先・銀行への影響がまったく違います。この記事では、会社法の条文と国税庁の資料、公表された判決をもとに、その違いを比較し、どちらを選ぶべきかの考え方を整理します。
- 株式譲渡は、株主が株式を売る。会社はそのまま残るので手続きは比較的シンプルだが、簿外債務・偶発債務も全部引き継ぐ
- 事業譲渡は、会社が事業を売る。引き継ぐ資産・負債・契約を選べるが、契約・許認可・従業員の同意を個別に取り直す必要がある
- 税金:株式譲渡(個人株主)は譲渡益に20.315%の分離課税。事業譲渡は売り手の会社に法人税、資産によっては消費税、買い手に不動産取得税・登録免許税。オーナー個人への移し方でも課税される
- 事業譲渡でも、商号の続用(会社法22条)、詐害事業譲渡(23条の2)、第二次納税義務で債務を負うことがある
- 選び方は、リスクの大きさ、許認可・契約の承継、オーナーの手取り、残したい資産で決める
株式譲渡と事業譲渡の基本
中小M&Aガイドライン(第3版)は、2つの手法の特徴を次のように説明しています。
- 株式譲渡:売り手の株主(多くの場合は経営者)が、買い手に株式を譲渡する。手続きは比較的シンプルだが、売り手の会社の法人格に変動がないため、未払残業代のような簿外債務や、紛争の損害賠償債務のような偶発債務のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが実施される傾向にある
- 事業譲渡:売り手の会社が、買い手に自社の事業を譲渡する。対象となる財産を選択でき、売り手の法人格から切り離せるため、簿外債務・偶発債務のリスクを比較的遮断しやすいが、承継対象財産の特定や対抗要件の具備などの手続きが必要になる
最も大きな違いは「誰が売り手か」です。株式譲渡の売り手は株主(オーナー個人など)、事業譲渡の売り手は会社です。そのため、代金を受け取る人も、税金がかかる人も変わります。
手続きの違い
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 売り手・代金の受取人 | 株主 | 会社 |
| 会社の機関決定 | 譲渡制限株式なら、会社の譲渡承認(取締役会・株主総会) | 事業の全部または重要な一部の譲渡は、株主総会の特別決議による承認(会社法467条1項、309条2項11号)。一定の簡易・略式の例外あり(468条) |
| 反対株主 | 買取請求の制度はない | 反対株主は株式の買取りを請求できる(469条) |
| 契約 | 原則そのまま続く。ただしチェンジオブコントロール条項に注意 | 契約上の地位の移転に相手方の承諾が必要(民法539条の2) |
| 従業員 | 雇用契約はそのまま | 個別の同意が必要(民法625条1項)。転籍・再雇用の形が多い |
| 許認可 | 原則そのまま(役員変更の届出などは必要) | 多くは買い手が取り直し。業法によって承継の可否が違う |
| 不動産 | 名義は会社のまま | 所有権移転登記が必要 |
| 売り手の会社 | 株主が替わるだけ | 事業を手放した会社が残る(清算するか、別事業を続けるか) |
譲渡制限株式の承認手続きは譲渡制限株式と株式譲渡の承認手続き、必要な決議の全体はM&Aに必要な株主総会・取締役会の決議で解説しています。
リスクの違い:事業譲渡でも債務を負う場合
事業譲渡は「必要なものだけを買える」のが利点ですが、次の規定や制度によって、引き継がなかったはずの債務を負うことがあります。
| 規定・制度 | 内容 |
|---|---|
| 商号の続用(会社法22条) | 譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使う場合、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う。遅滞なく「責任を負わない」旨を登記するか、第三者に通知すれば免れる |
| 詐害事業譲渡(会社法23条の2) | 譲渡会社が、承継されない債務の債権者(残存債権者)を害することを知って事業を譲渡した場合、残存債権者は譲受会社に、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求できる |
| 第二次納税義務(国税徴収法38条) | 納税者が親族などの特殊関係者や被支配会社に事業を譲渡し、譲受人が同一とみられる場所で同一・類似の事業を営むなど一定の場合、譲受人が滞納税金の第二次納税義務を負う |
| 競業の禁止(会社法21条) | 譲渡会社は、別段の意思表示がない限り、同一の市町村と隣接市町村の区域内で、20年間同一の事業を行えない。特約は30年の期間内に限り有効 |
第二次納税義務について、東京地方裁判所平成22年8月27日判決(平成21年(行ウ)第603号)は、同族会社からの事業譲渡に際して譲り受けた財産を限度とする第二次納税義務の告知処分を争った事案で、その限度は譲受人が得た利得に限られるものではなく、譲り受けた財産を指すとして、請求を棄却しました。親族の会社や関係会社への事業譲渡では、売り手の会社に滞納がないかを必ず確認します。
東京地方裁判所 平成22年8月27日判決・平成21年(行ウ)第603号 告知処分取消請求事件。裁判所ウェブサイト(裁判例情報)
屋号やブランド名の続用による責任は、最高裁の判例もあります(法務DDで見られるポイント参照)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る税金の違い
| 項目 | 株式譲渡(オーナー個人が売る場合) | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 売り手の課税 | 譲渡益に20.315%(所得税15.315%・住民税5%)の申告分離課税 | 売り手の会社の譲渡益に法人税等 |
| オーナーの手取り | 代金が直接オーナーに入る | 代金は会社に入る。オーナー個人に移すには、役員報酬・配当・退職金・清算などで、さらに課税される |
| 消費税 | 株式の譲渡は非課税 | 資産ごとに判定。建物・設備・のれん(営業権)などは課税、土地は非課税 |
| 不動産の移転 | 名義変更なし | 買い手に不動産取得税・登録免許税 |
| 買い手の取得価額 | 株式の取得価額になり、売却するまで損金にならない | 資産を時価で取得。一定の要件を満たせば、純資産を超える部分は資産調整勘定として5年(60か月)で損金 |
| 繰越欠損金 | 会社に残る(一定の制限あり) | 買い手には引き継がれない |
株式の譲渡益の税率は、国税庁タックスアンサーNo.1463(株式等を譲渡したときの課税)で確認できます。また、令和8年度税制改正では、極めて高い水準の所得に対する追加の負担について、基準所得金額から控除する特別控除額を1億6,500万円(改正前は3億3,000万円)に引き下げ、税率を30%(同22.5%)に引き上げることとされ、令和9年分の所得から適用されます(財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」)。多額の株式売却では、この追加負担の有無も試算が必要です。
オーナーの手取りは「二段階」で比べる
事業譲渡は、会社に法人税がかかったあと、代金をオーナー個人に移す段階でもう一度課税されます。一方、株式譲渡の前に役員退職金を支払って株価を下げ、退職所得と株式の譲渡所得を組み合わせる方法もあります。どの組み合わせが手取りを増やすかは、退職金と株式売却の税率の違いで試算しています。事業譲渡の税金の詳細は事業譲渡の税金、買い手がのれんを損金にできる仕組みはのれんを損金にできるスキームをご覧ください。
価格と株価の違い
株式譲渡で売り買いするのは株式価値、事業譲渡で売り買いするのは事業そのものです。株式価値は、事業価値から借入金などの有利子負債を引き、余剰の現預金を足したものです(株式価値と事業価値の違い参照)。
そのため、借入が多い会社を株式譲渡で売ると、株価は事業価値より大きく下がります。事業譲渡で事業だけを売れば、代金は事業価値に近くなりますが、借入は売り手の会社に残り、代金から返済することになります。「どちらが高く売れるか」は、借入と現預金、残したい資産を含めて比べる必要があります。
従業員・取引先・銀行への影響
従業員
株式譲渡では、雇用契約も勤続年数もそのまま続きます。事業譲渡では、従業員一人ひとりの同意が必要で、実務では売り手の会社を退職して買い手に再雇用されるのが一般的です。このとき、退職金を精算するか、勤続年数を通算するか、有給休暇をどう扱うかを決めておかないと、従業員の不安や離職につながります。
取引先
株式譲渡でも、取引基本契約や賃貸借契約に、支配権が変わったら解除できる条項(チェンジオブコントロール条項)があれば、相手方との協議が必要です。事業譲渡では契約の相手方の承諾が必要なため、主要な取引先の理解を得られるかが成否を左右します。
銀行
- 株式譲渡:借入は会社に残ります。金融機関との契約に支配権の変更に関する条項がないか確認し、オーナーの経営者保証を買い手の保証や無保証に切り替える交渉が必要です(事業承継と経営者保証参照)
- 事業譲渡:借入は原則として売り手の会社に残り、譲渡代金で返済します。担保に入っている不動産を譲渡する場合は、担保の解除の段取りを金融機関と事前に調整します
買い手の立場では、事業譲渡なら借入をゼロから組み直し、株式譲渡なら対象会社の既存の借入と自社の借入を合わせて見られます。著書のモデルでは、債務償還年数「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」が10年以内を健全の目安としており、買収後のグループ全体でこの水準に収まるかが、融資の判断材料になります(M&A・買収資金の融資参照)。
どちらを選ぶか:判断の目安
| こんな場合 | 向いている方法 |
|---|---|
| 許認可や契約をそのまま引き継ぎたい、従業員の同意を個別に取るのが難しい | 株式譲渡 |
| 簿外債務・偶発債務のリスクが大きい、複数の事業の一部だけを売りたい | 事業譲渡 |
| オーナー個人が手取りを受け取り、会社の清算まで考えたくない | 株式譲渡 |
| 不動産など会社に残したい資産がある、売り手の会社で別の事業を続ける | 事業譲渡 |
| 買い手がのれんを損金にしたい(税務メリットを価格に反映したい) | 事業譲渡(または一定の会社分割) |
| 赤字・債務超過で株式に値段がつきにくい | 事業譲渡や会社分割を検討 |
どちらが正解かは、案件ごとに違います。リスク、手続き、税金、銀行との関係を合わせて比べ、売り手と買い手の双方にとって納得できる形を探すことが大切です。債務超過の会社の選択肢は赤字・債務超過の会社は売れるか、継げるかをご覧ください。
まとめ
- 株式譲渡は株主が売り、会社はそのまま。手続きは簡単だが簿外債務も引き継ぐ
- 事業譲渡は会社が売り、引き継ぐものを選べる。契約・許認可・従業員の同意を取り直す
- 事業譲渡は株主総会の特別決議(会社法467条)が必要で、反対株主の買取請求(469条)、競業の禁止(21条)もある
- 事業譲渡でも、商号の続用(22条)、詐害事業譲渡(23条の2)、第二次納税義務で債務を負うことがある
- 税金は、株式譲渡が20.315%の分離課税、事業譲渡は会社の法人税と、オーナーへの移し方の課税の二段階。消費税・不動産の移転の税金も比べる
- 従業員・取引先・銀行への影響を含めて選ぶ
クレフティでは事業承継・M&A支援として、スキームごとの手取りの試算、株価算定、デューデリジェンス、金融機関との調整を含む資金調達支援をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
