会社を買う側から見ると、決算書の数字が正しくても、株主が本当にその人なのか、重要な取引先との契約が買収後も続くのか、許認可がそのまま使えるのかが分からなければ、安心して代金を払えません。これを調べるのが法務DD(法務デューデリジェンス)です。
この記事では、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月)と、会社法・業法の条文、公表された最高裁判決をもとに、法務DDで見られるポイントと、問題が見つかったときの契約への反映方法を整理します。売り手の方には「何を準備しておけばよいか」、買い手の方には「どこまで確認すべきか」の材料としてお読みください。
- 法務DDは、主に買い手が弁護士に依頼して行う調査。中小M&Aガイドラインは、株式・会社組織、重要な契約、資産・負債、人事・労務、訴訟・紛争、許認可・コンプライアンス・環境を主な観点として挙げている
- 株式譲渡は売り手の法的リスクをそのまま引き継ぐため、事業譲渡より網羅的な調査になりやすい
- 中小企業で特に問題になりやすいのは、名義株・譲渡承認の手続漏れ、チェンジオブコントロール条項、人に紐づく許認可、未払残業代
- 見つかった問題は「価格の減額」「前提条件」「特別補償」「手法の変更」「中止」のどれで手当てするかを決める
法務DDとは:財務DDとの違いと、株式譲渡で重視される理由
中小M&Aガイドラインは、法務DDを「対象企業の抱える法的なリスク等について、主に譲り受け側が必要に応じて行う調査」と位置づけ、弁護士が依頼者と協議して調査範囲を決めるとしています。財務DDが「数字の正しさと実態」を見るのに対し、法務DDは「権利と義務の正しさ」を見る調査だと考えると分かりやすいでしょう。
ガイドラインは、特に株式譲渡の場合には売り手の法的リスクをそのまま引き継ぎやすいため、全般的・網羅的な法務DDを行うことが多いとし、主な観点として次を挙げています。
| 観点 | 主な確認対象 | 中小企業で起きやすい問題 |
|---|---|---|
| 株式・会社組織 | 定款、株主名簿、登記、株主総会・取締役会の議事録 | 名義株、譲渡承認の手続漏れ、議事録の不備 |
| 重要な契約 | 取引基本契約、賃貸借、借入、業務委託、ライセンス | チェンジオブコントロール条項、口約束の取引 |
| 資産・負債 | 不動産の権利、担保、保証、知的財産 | 社長個人名義の事業用資産、会社による個人保証 |
| 人事・労務 | 就業規則、労働時間管理、雇用契約 | 未払残業代、管理監督者の扱い |
| 訴訟・紛争 | 係属中・予想される訴訟、クレーム、行政指導 | 書面化されていない取引先とのトラブル |
| 許認可・コンプライアンス・環境 | 許可証、届出、行政処分歴、土壌汚染 | 人に紐づく許認可要件、届出漏れ |
ガイドラインは、法務DDで「特に重要なことは、法的な問題点が判明したときに、それがM&Aの実行にどのような影響を与え得るのか把握すること」だとしています。問題を列挙するだけでなく、取引をやめるべき問題か、価格や契約で手当てできる問題かを仕分けるのが法務DDの役割です。
株式と会社組織:「誰が株主か」を書類でたどる
株式譲渡では、買い手は株式を買います。その株式が本当に売り手のものでなければ、取引の前提が崩れます。
株主名簿と株式の経緯
確認するのは、設立時から現在までの株主の変遷です。株主名簿、法人税申告書の別表二(同族会社等の判定に関する明細書)、増資や譲渡の際の契約書・議事録を突き合わせます。中小企業では、設立時に発起人の人数をそろえるために親族や知人の名義を借りた名義株が残っていることがあり、ガイドラインも、名義株や所在不明株主の存在が中小M&Aで問題になるケースが多いとしています。詳しくは名義株の見つけ方と整理の方法で解説します。
譲渡承認と株券
非上場会社の多くは、定款で株式の譲渡に会社の承認を要する譲渡制限株式を定めています。承認の決定は、取締役会設置会社では取締役会、それ以外の会社では株主総会が行うのが原則です(会社法139条1項)。過去の株式の移動で承認の手続を経ていない場合、その譲渡が会社に対抗できるかが問題になります。
また、定款で株券を発行すると定めている株券発行会社では、株式の譲渡は株券を交付しなければ効力を生じません(会社法128条1項)。古い会社では、定款上は株券発行会社のままなのに株券を発行していない、ということがあり、クロージングの前に整理が必要になります。手続の詳細は譲渡制限株式と株式譲渡の承認手続きをご覧ください。
機関と議事録
役員の選任、役員報酬、役員退職金、重要な財産の処分などが、株主総会や取締役会で適法に決議されているかも確認します。議事録が作られていない、登記と実態が違う、といった不備は中小企業では珍しくありません。不備そのものは追認や登記の修正で直せることが多いものの、過去の役員報酬や退職金の税務上の扱いに影響する場合があるため、税務DDとあわせて確認します。
重要な契約:買収後もその契約は続くか
チェンジオブコントロール条項
取引基本契約や賃貸借契約、フランチャイズ契約などには、株主や経営者が変わったら相手方に通知する、承諾を得る、相手方は解除できるといった条項(チェンジオブコントロール条項)が入っていることがあります。株式譲渡では契約当事者である会社自体は変わりませんが、この条項があると、買収後に主要な取引先から契約を解除されるおそれがあります。
法務DDでは、売上や仕入れの上位取引先、事業所の賃貸借、借入契約、ライセンス契約を中心に、この条項の有無と内容を確認します。重要な契約に承諾が必要なら、クロージングの前提条件として相手方の承諾を得ることを契約に入れるのが一般的です。詳しくは取引先との契約のチェンジオブコントロール条項で取り上げます。
借入契約と経営者保証
銀行との金銭消費貸借契約や銀行取引約定書には、一定の事由が生じたときに期限の利益を失う条項や、財務制限条項が入っていることがあります。株主の変更が直ちに期限の利益喪失事由にならなくても、銀行への事前の相談は欠かせません。あわせて、売り手の経営者が会社の借入を個人保証していることがほとんどのため、保証をどう外すか(買い手への差し替えなど)を契約で決めておく必要があります。
個人情報の取扱い
顧客名簿などの個人データは、合併その他の事由による事業の承継に伴って提供される場合、本人の同意が必要な第三者提供には当たらないとされています(個人情報の保護に関する法律27条5項2号)。DDの段階で個人データを開示する場合も、秘密保持契約を結び、利用目的を承継の検討に限ることが前提です。
許認可:株式譲渡と事業譲渡でまったく扱いが違う
許認可は、手法によって扱いが大きく変わります。
| 手法 | 許認可の基本的な扱い | 注意点 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 会社は同じなので、原則として取り直し不要 | 役員・株主の変更届が必要な業種がある。人に紐づく要件(管理責任者・技術者など)を売り手が担っていると、退任で要件を欠くおそれ |
| 事業譲渡 | 原則として買い手が取り直す | 業法に承継の規定がある場合は、事前の認可などで承継できる |
| 会社分割 | 業法ごとに承継の可否が分かれる | 認可が必要な業種、承継できない業種がある |
たとえば建設業では、建設業の全部の譲渡や合併・分割について、あらかじめ国土交通大臣または都道府県知事の認可を受ければ、譲受人などが建設業者としての地位を承継できる仕組みがあります(建設業法17条の2)。認可は「あらかじめ」受ける必要があるため、スケジュールに組み込まなければなりません。
ガイドラインは、中小企業等経営強化法の経営力向上計画の認定を受けた場合に、各種業法上の許認可の承継の特例や、事業承継等に係る登録免許税・不動産取得税の特例を受けられることも紹介しています(税制の特例には適用期限があります)。
株式譲渡の場合に見落としやすいのは、許認可の要件を売り手の社長個人が満たしているケースです。社長が退任した翌日から要件を欠くことにならないよう、後任者の資格や経験を事前に確認し、引継ぎ期間を設計します。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る訴訟・紛争・コンプライアンス
係属中の訴訟と潜在的な紛争
係属中の訴訟、過去の和解、内容証明郵便でのやりとり、行政指導や行政処分の履歴を確認します。中小企業では、取引先とのトラブルが書面に残っていないことも多いため、経営者や担当者へのヒアリングが欠かせません。
人事・労務の紛争で最も多いのは未払残業代です。賃金請求権の時効は労働基準法上5年(当分の間は3年)とされ、退職者からの請求がクロージング後に届くこともあります。詳しくは労務DDと未払残業代のリスクで解説します。
事業譲渡でも負債がついてくる場合:名称続用の判例
「事業譲渡なら負債は切り離せる」と考えがちですが、例外があります。会社法22条1項は、事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使う場合、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うと定めています。
最高裁判所第三小法廷平成20年6月10日判決(平成18年(受)第890号、集民228号195頁)は、会社分割でゴルフ場の事業を承継した会社が、預託金会員制ゴルフクラブの名称を引き続き使っていた事案で、この規定の類推適用により、承継した会社が会員への預託金返還義務を負うと判断しました。判決は、ゴルフ場の営業譲渡について同様の判断をした最高裁平成16年2月20日判決(民集58巻2号367頁)を引用しています。名称がその事業の主体を表すものとして使われている場合、商号そのものでなくても責任が生じ得る、という点は、事業譲渡や会社分割で屋号・ブランド名を引き継ぐときの法務DDの重要な確認点です。
最高裁判所第三小法廷 平成20年6月10日判決・平成18年(受)第890号 預託金返還請求事件。裁判所ウェブサイトの判例情報
環境と不動産
工場や作業場がある会社では、土壌汚染や廃棄物の処理、建物の遵法性が問題になります。これらは不動産DD・環境DDとして別に行うことも多く、M&Aでの不動産DDで詳しく取り上げます。
見つかった問題を、契約と価格にどう反映するか
法務DDの結果は、最終契約(株式譲渡契約など)の交渉で使われます。主な手当ての方法は次のとおりです。
| 発見事項の例 | 主な手当て |
|---|---|
| 名義株・譲渡承認の手続漏れ | クロージングまでに名義の整理・承認決議の追認を行うことを前提条件にする |
| 主要取引先の契約にチェンジオブコントロール条項 | 相手方の承諾取得を前提条件にする |
| 未払残業代の可能性 | 金額を見積もって価格から減額、または特別補償 |
| 係属中の訴訟 | 結果に応じた特別補償、代金の一部留保 |
| 人に紐づく許認可要件 | 後任者の確保を前提条件にする、売り手の一定期間の残留 |
| 解消が難しい重大な問題 | 事業譲渡への手法変更、取引の中止 |
ガイドラインは、期間や責任の上限がない表明保証や、適用場面があいまいな表明保証を定型的に設けることは慎重に検討すべきだとしています。売り手から見ると、DDで問題を開示しておけば、その問題は価格や特別補償で個別に手当てされ、表明保証で後から責任を問われる範囲を狭めることにつながります。表明保証の判例は株式譲渡契約の要点と表明保証違反の判例で取り上げます。
範囲と費用の考え方、売り手が準備しておくこと
法務DDの費用について、公的な統計で示された相場はありません。費用は主に、調査範囲(どの観点を、何年分見るか)、資料の量と整理状況、期間、関与する弁護士の人数で決まります。株式譲渡か事業譲渡か、許認可業種か、店舗や拠点がいくつあるか、によって作業量は大きく変わります。
ガイドラインは、中小M&Aの実務では本格的なDDを行わず、数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリングだけで終えることもあるとしつつ、予算に制約がある場合でも、検討対象を絞るなどの工夫をして調査内容を検討することが望ましいとしています。小規模案件なら、次の4点に絞るのが現実的です。
- 株主名簿と株式の経緯(名義株・譲渡承認・株券)
- 上位の取引先・賃貸借・借入の契約(チェンジオブコントロール条項、保証)
- 許認可と、その要件を誰が満たしているか
- 係争・クレーム・労務トラブルの有無
売り手の側では、定款、株主名簿、登記事項証明書、過去の議事録、主要契約書、許認可証、就業規則を一つのフォルダにまとめておくだけで、DDの期間と費用は短縮できます。ガイドラインは、例外的に売り手自身が弁護士に依頼して法務DDを行うセラーズDDにも触れています。株主構成が複雑な会社では、売却活動の前に自社の問題点を洗い出しておく価値があります。DDの種類と規模別の範囲はDDの種類と規模別の範囲・費用の考え方もご覧ください。
まとめ
- 法務DDは「権利と義務の正しさ」を確認する調査。株式・会社組織、重要な契約、資産・負債、人事・労務、訴訟・紛争、許認可・コンプライアンス・環境を見る
- 株式譲渡では、名義株・譲渡承認・株券の整理が取引の前提になる
- 重要な契約のチェンジオブコントロール条項と、借入・経営者保証の扱いは、銀行との調整も含めて早めに確認する
- 許認可は手法で扱いが変わる。建設業のように事前の認可で承継できる業種もある
- 事業譲渡や会社分割でも、名称を引き続き使うと前の会社の債務を負うことがある(最高裁平成20年6月10日判決)
- 見つかった問題は、価格・前提条件・特別補償・手法変更・中止のどれで手当てするかを決める
クレフティには、大手監査法人でM&A支援を経験した公認会計士や、大手FASで財務DDを手がけた公認会計士が在籍しています。法務DDは弁護士の業務ですが、財務・税務DDとの結果の突き合わせや、発見事項を価格や契約条件にどう反映するかの検討は、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
