外部への売却(M&A)

株式譲渡契約(SPA)の要点|表明保証・補償・前提条件と、表明保証違反で約3億円の支払が命じられた判例

M&Aの最終契約のうち、中小企業で最もよく使われるのが株式譲渡契約(SPA:Share Purchase Agreement)です。価格の欄に目が行きがちですが、売却後の手取りを守るうえで本当に大事なのは、表明保証と補償の条項です。ここに違反すると、受け取った代金の一部を返すような結果になりかねません。

この記事では、株式譲渡契約の構成と主な条項を整理したうえで、表明保証違反で売主側に約3億円の支払が命じられた東京地方裁判所平成18年1月17日判決を、裁判所ウェブサイトの判決原文で確認して紹介します。

この記事の結論
  • 株式譲渡契約の柱は、価格・支払、クロージングの前提条件、誓約事項、表明保証、補償、解除
  • 表明保証は、会社の状態について「真実かつ正確」と約束する条項。違反すれば補償の対象になる
  • 東京地裁平成18年1月17日判決は、粉飾的な会計処理の秘匿を表明保証違反と認め、水増しされた純資産額などの約3億0,529万円の支払を命じた
  • DDは買主の権利であって義務ではない。売主が故意に隠していれば、買主の見落としは重過失とされにくい
  • 売り手は、対象・期間・上限・開示による除外を定め、無期限・無制限の表明保証を避ける

株式譲渡契約の全体像

中小M&Aガイドラインは、最終契約で取り決める主な内容として、譲渡対象、譲渡時期、譲渡対価、支払時期・方法、経営者・役職員の処遇、経営者保証の扱い、表明保証、補償、クロージングの前提条件、競業避止義務、解除事由などを挙げています。契約書の章立てにすると、おおむね次のようになります。

条項主な中身売り手の確認点
譲渡の合意・価格株式数、価格、価格調整の有無価格の算定基準(純資産基準か、クロージング時の調整か)
支払クロージング時の一括払い、分割払い、エスクロー分割払い・後払いの保全策
クロージングの前提条件条件がそろわなければ取引を実行しなくてよい自分で満たせない条件が入っていないか
誓約事項クロージングまで・クロージング後に守る義務通常の範囲を超える経営の制限、競業避止の範囲・期間
表明保証売り手・対象会社に関する事項が真実かつ正確であること対象、基準時点、「知る限り」の限定、開示による除外
補償表明保証違反や義務違反の損害を補う上限、下限、請求期間、特別補償
解除クロージング前に契約を解除できる場合解除事由が広すぎないか

株式譲渡契約のサンプルは、ガイドラインの参考資料7に掲載されています。

表明保証:何を、いつの時点で約束するのか

表明保証の対象

ガイドラインの用語集によれば、表明保証条項は、一定の時点(一般的には最終契約締結時とクロージング時の両時点)で、契約に関する事項が真実かつ正確であることを表明し保証する条項です。対象は大きく2つに分かれます。

  • 売り手自身に関する事項:株式を有効に保有していること、契約を結ぶ権限があること
  • 対象会社に関する事項:財務諸表の正確性、簿外債務がないこと、税務申告の適正、法令遵守、重要な契約、労務、訴訟、許認可、資産の権利関係など

売り手が責任を限定する方法

方法中身
「知る限り」の限定売り手が知っている範囲でだけ保証する
開示による除外DDなどで開示した事項を、表明保証の対象から外す(開示別紙)
重要性の限定「重要な点において」正確であることに限る
期間補償を請求できる期間をクロージング後の一定期間に限る
上限・下限補償の総額の上限、少額の請求を除く下限

ガイドライン第3版は、期間や責任上限が設定されていない、適用場面が一義的に明確でない表明保証は、売り手が過大な責任を負い、争いが生じるリスクがあるとしています。そのうえで、DDの結果を踏まえて、問題が顕在化する可能性と影響の大きさ、それが譲渡対価に織り込まれているかを双方ですり合わせ、定型的に無期限・無制限の表明保証条項を設けることは慎重に検討すべきとしています。

補償と、民法の契約不適合責任との関係

補償条項

補償は、表明保証違反や契約上の義務違反によって相手方に生じた損害を補う約束です。特定のリスク(税務調査での追徴、係争中の訴訟など)について、表明保証とは別に金額を補う「特別補償」を置くこともあります。ガイドラインは、補償条項で、いつまでの期間、どの程度の補償が求められるかを確認するよう求めています。

契約不適合責任とは別に定める理由

民法には、引き渡した物が契約の内容に適合しない場合の売主の責任(契約不適合責任:民法562条以下)があります。しかし株式譲渡で売買の対象になるのは株式そのもので、会社の財産や負債の問題が株式の「不適合」に当たるかははっきりしません。種類・品質の不適合は、買主が知った時から1年以内に通知しなければ原則として責任を追及できない、という期間の制限もあります(民法566条)。そこで株式譲渡契約では、会社の中身についての責任を表明保証と補償で契約上明確に定めるのが通常です。

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判例:東京地裁平成18年1月17日判決(表明保証違反)

事案の流れ

判決によれば、原告(買主)は消費者金融業を営む会社で、対象会社(資本金10億円の消費者金融会社)の全株式を、被告ら(株主である2社と1名)から買い受けました。

時期出来事
2002年11月対象会社が赤字決算の予測を受け、和解債権の返済金を元本優先から利息優先に充てる処理に切り替え。同額の貸倒引当金は計上せず、決算書にも注記しなかった
2003年2月処理の問題を指摘していた監査法人との契約を期中に解消し、別の監査法人に変更
2003年4月〜7月買主と機密保持契約、3期分の決算書の入手、意向表明書の提出
2003年7月〜11月外部の専門家による2回のDD。和解債権の処理は開示されず、報告書にも記載なし
2003年12月18日株式譲渡契約を締結。価格は10月末の貸借対照表に基づく簿価純資産を基準に23億3,000万円
2003年12月19日以降買主から派遣された新社長が、顧客台帳の入金履歴から処理を発見

株式譲渡契約8条で、売主は、財務諸表が完全かつ正確で一般に承認された会計原則に従って作成されていること、貸借対照表のとおりで簿外債務がないこと、貸出債権の記録が正確であること、法令上必要な手続を完了していること、DDで信義則上開示されるべき資料・情報が漏れなく開示され真実かつ正確であること、などを表明保証していました。

争点と判断

争点裁判所の判断
表明保証違反はあるか和解債権の処理は企業会計原則や金融商品会計の実務指針に反し、必要な貸倒引当金も計上されていないため、財務諸表の適正性、貸借対照表の正確性、債権記録の正確性、法令上の手続(会計方針の注記)の各表明保証に違反する。処理を開示しなかったことは、情報開示の表明保証にも違反する
買主は違反を知っていたか売主側の「説明した」という供述は客観的な裏付けを欠き採用できない。買主は契約締結の翌日以降に発見するまで知らなかった
買主に重大な過失があったか買主がわずかな注意を払えば違反を知り得たのに漫然と気付かなかった場合は、公平の見地から悪意と同視し、売主が責任を免れると解する余地がある。しかし、DDは買主の権利であって義務ではなく、限られた期間で売主の提供資料に基づき、主に価格決定のために行うもの。監査を受けた財務諸表を前提にDDを行ったことは通常の処理で、売主側が故意に秘匿していたことが重視されるべきであり、重過失は認められない
損害はいくらか譲渡価格は簿価純資産を基準にしていたため、処理による水増し額2億7,538万5,023円がそのまま価格の水増し分。これにシステム修正費用168万円、意見書等の費用122万8,500円、弁護士費用2,700万円を加えた3億0,529万3,523円

裁判所は、被告らに連帯して3億0,529万3,523円と遅延損害金の支払を命じました(一部認容。遅延損害金の起算日のみ請求を棄却)。

判決の確認先

東京地方裁判所 平成18年1月17日判決・平成16年(ワ)第8241号 損害賠償等請求事件。裁判所ウェブサイト(裁判例情報)/判決原文(PDF)

この判決から読み取れること

  1. 表明保証は「知らなかった」では済まない構造:表明保証は事実が真実かつ正確であることの約束で、違反があれば補償の対象になる。本件は売主側の故意の秘匿があった事案だが、責任の根拠は契約の条項だった
  2. DDをしたから買主の自己責任、とはならない:判決は、DDは買主の権利であって義務ではないと述べた。売り手は「DDで見つけられたはずだ」という反論に頼れない
  3. 価格の算定方法が損害額を左右する:本件は簿価純資産を基準に価格を決めていたため、水増し額がそのまま損害とされた。価格の決め方によって損害の算定は変わりうる
  4. 一般化には注意:本件は会計処理の故意の秘匿という事情が重視された。買主の認識が責任に影響するかどうかは、事案と契約の定め方によって判断が分かれうる

売却後のトラブル全般は売却後のトラブルと判例で取り上げます。

クロージングの前提条件と誓約事項

前提条件は、「これがそろわなければ取引を実行しなくてよい」という条件です。中小企業の株式譲渡でよく見られるのは次のような項目です。

  • 表明保証がクロージング時にも真実かつ正確であること、誓約事項を守っていること
  • 譲渡制限株式の譲渡承認(取締役会設置会社なら原則として取締役会の承認:会社法139条1項)
  • 重要な取引先・賃貸人からのチェンジ・オブ・コントロール条項に関する同意
  • 役員の辞任届、印鑑・通帳などの引渡し
  • 売り手の経営者保証の解除・移行

ガイドライン第3版は、経営者保証の移行がされないトラブルを踏まえ、保証の解除・移行を買い手の義務とし、クロージングの条件に設定すること、解除・移行されなかった場合の解除条項や補償条項を入れることを勧めています。最終契約からクロージングまでに特段の事情なく2か月以上空けると、業績の変化などで契約修正や不履行のリスクが生じる、という注意もあります。

税務・銀行の論点と、表明保証保険

税務

  • 個人株主の譲渡益:非上場株式の譲渡益には20.315%(所得税15%・住民税5%・復興特別所得税)。株式譲渡契約書は、通常、印紙税の課税文書には当たらない
  • 補償金の扱い:売り手が支払った補償金、買い手が受け取った補償金が、譲渡代金の減額なのか損害賠償なのかで、税務の扱いが分かれうる。契約書で補償の性質と計算方法を明確にしておく
  • 税務の表明保証と特別補償:過去の申告、源泉所得税、消費税などは、売却後の税務調査で問題になりやすい。条項の作り方は株式譲渡契約書に入れるべき税務リスクの条項で解説します

銀行

買い手が買収資金を借りる場合、融資の実行が前提条件に入ることがあります。売り手から見ると、融資が下りなければ取引が実行されないリスクです。対象会社の借入契約にチェンジ・オブ・コントロール条項があれば、株主の異動について金融機関の承諾が必要になることもあります。著書のモデルでは、債務償還年数「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」10年以内を健全の目安としており、買収後にこの数字が大きく悪化する買い手は、資金調達と代金の支払に不安が残ります。

表明保証保険

ガイドラインは、表明保証違反の損害への対応として、表明保証保険の活用も挙げています。購入にはDDレポートなどを保険会社に提出して引受審査を受けるのが一般的で、表明保証や補償の範囲をめぐる交渉が円滑になる場合もあるとされています。詳しくはM&A保険(表明保証保険)とはをご覧ください。

まとめ

  • 株式譲渡契約の柱は、価格・支払、前提条件、誓約事項、表明保証、補償、解除
  • 表明保証は会社の状態を「真実かつ正確」と約束する条項。対象・期間・上限・開示による除外を必ず定める
  • 東京地裁平成18年1月17日判決は、会計処理の秘匿を表明保証違反とし、約3億0,529万円の支払を命じた。DDは買主の権利であって義務ではないとも述べている
  • 経営者保証の解除・移行は、買い手の義務とクロージングの条件にする
  • 補償金の税務、融資の前提条件、表明保証保険まで含めて、契約前に検討する

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よくある質問

表明保証とは何ですか?
契約の一方当事者が、一定の時点で、契約に関する事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証する条項です。中小M&Aガイドラインは、売り手が表明保証した内容に違反があった場合に、買い手の損害を補償するなどして当事者間の潜在的なリスクを分担する機能があると説明しています。例として、労働紛争がないと保証していたのに紛争があった場合の和解金の負担が挙げられています。
買い手がDDで見落とした問題でも、売り手は責任を負うのですか?
負う場合があります。東京地裁平成18年1月17日判決は、買主が重大な過失で違反を知らなかった場合には売主が責任を免れる余地があるとしつつ、DDは買主の権利であって義務ではなく、限られた期間と資料で行うものだと述べました。売主側が問題を故意に秘匿していた事案で、買主の重過失を否定し、売主に約3億0,529万円の支払を命じています。
売り手が過大な責任を負わないためには、どうすればいいですか?
表明保証の対象と期間、補償の上限と下限を契約で定め、DDで判明した事項は開示して表明保証の対象から外すことが基本です。中小M&Aガイドライン第3版も、期間や責任上限がない、適用場面が明確でない表明保証は売り手が過大な責任を負うリスクがあるとし、定型的に無期限・無制限の条項を設けることは慎重に検討すべきとしています。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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