外部への売却(M&A)

アーンアウト・分割払い・役員としての残留|売却代金を後から受け取る契約のリスクと、税金・退職金の注意点

M&Aの条件交渉で、買い手から「代金の一部は2年後に」「業績が計画どおりなら追加で払う」「社長には3年間残ってほしい」と提案されることがあります。売り手から見ると、提示額を下げずに済む提案に見えますが、後から受け取る代金は、受け取れないリスクを抱えた代金です。

中小M&Aガイドライン(第3版)は、最終契約後に当事者間のトラブルに発展しやすいリスクとして、クロージング後の支払・手続と最終契約後の状況に応じた支払の変動を挙げています。この記事では、分割払い、退職慰労金の後払い、株式の段階的取得、アーンアウトの仕組みとリスク、そして売却後に役員として残る場合の報酬・退職金・税金の注意点を整理します。

この記事の結論
  • 後から受け取る代金には、分割払い・退職慰労金の後払い・段階的取得・アーンアウトなどがある。いずれも不履行のリスクがある
  • アーンアウトは、期間・指標・計算方法・会計方針・情報開示を明確かつ詳細に定めないと争いになりやすい
  • 分割払いでも、個人の譲渡所得は原則として引渡しの年に代金全体に課税される。納税資金に注意
  • 売却後に役員として残るなら、役割・報酬・任期・競業避止を最終契約で決め、退職金は実質的な退職かどうかを検討する
  • 保全策(担保・保証、期限の利益喪失、エスクロー)を組み合わせ、買い手の支払能力を確かめる

代金を後から受け取る4つの形

ガイドラインが挙げる形を、売り手から見たリスクとあわせて整理すると次のとおりです。

形中身使われる場面主なリスク
譲渡対価の分割払い代金をクロージング後に分けて払う買い手の資金が足りない事業や買い手の状況次第で不履行。支払期間が長いほど高リスク
役員退職慰労金の後払い売り手の経営者・役員に、クロージング後に退職慰労金を払う引継ぎのために一定期間残る場合のインセンティブ事業の状況や買い手の状況次第で不履行
株式の段階的取得株式を複数回に分けて取得する経営者のノウハウを引き継ぎたい、段階的に経営権を移したい当事者の意向が変わり、残りの取得が実行されない
アーンアウト目標を達成したら追加対価を払う将来の利益の見通しが立ちにくい目標・計算方法の解釈の相違、不履行

このほか、最終契約からクロージングまでの企業価値の変動を調整する株価調整条項、過年度決算の修正などがあった場合に支払済みの代金を返す支払金の返還条項も、ガイドラインはリスク事項として挙げています。

アーンアウト:仕組みと、争いを防ぐ書き方

仕組み

ガイドラインによれば、アーンアウト条項は、クロージング後の一定期間(3年以内が多い)の特定の時点で、売上や利益などの財務目標、販売個数や入居率などの非財務目標を設定し、達成した場合に買い手が売り手に追加の対価を支払う条項です。

  • 売り手のメリット:目標を達成すれば、追加の対価を受け取れる
  • 買い手のメリット:クロージング時の支払を抑え、業績を見てから追加対価を払える。業績悪化のリスクを避けられる

特に、将来の利益の見通しは立ちにくいが大きく成長する可能性のあるベンチャー企業のM&Aで使われることが多い、とされています。

ガイドラインの注意点

ガイドラインは、アーンアウトは、DDや当事者間の調整を十分に行ったうえで、確定していない具体的なリスクに対応して設定されるべきものだとし、調整が十分でない段階で、売り手と買い手の評価額の差を埋める目的などで設けるべきか慎重に検討すべきだとしています。仲介者・FAに対しても、双方の調整が不十分な段階で、こうしたリスクを生む条項を安易に提案すべきでないとしています。

契約で決めておくべきこと

項目決めておく内容
期間と判定時点何期の決算で判定するか
指標売上高、営業利益、EBITDAなど。定義を具体的に
会計方針判定期間中に会計方針を変えない。グループの共通費を配賦するか
計算式達成度に応じて段階的に払うか、全額か無しか
情報開示と確認売り手が計算書や根拠資料を確認でき、異議を申し立てられる手続
経営への関与売り手が目標達成に必要な権限を持つか。買い手が事業を大きく変えた場合の扱い
早期支払買い手が対象会社を第三者に売った、売り手を解任したなどの場合の扱い

利益の目標は、買い手の経営判断(人員の追加、広告費、グループ内取引の価格)で動きます。売り手が経営から外れる場合ほど、指標の定義と会計方針の固定が重要になります。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

事業承継・M&A支援を見る

分割払い・後払いを守る方法

分割払いや後払いを受け入れるなら、不履行に備えた手当てを契約に入れます。

  • 期限の利益喪失条項:1回でも支払が遅れたら残額を一括で請求できる
  • 担保・保証:買い手の代表者や親会社の連帯保証、株式への担保設定
  • エスクロー・ホールドバック:代金の一部を第三者に預ける、または支払を留保する。詳しくはエスクロー・ホールドバック
  • 所有権・株式の移転時期:段階的取得なら、未払の間は残りの株式を売り手が持つ
  • 解除条項:経営者保証が移行されない、代金が支払われない場合に契約を解除できる

ガイドライン第3版は、売り手の資金を個人口座に送金する、経営者保証を移行しないといった不適切な買い手の存在も指摘しています。代金の一部を後払いにするほど、買い手の財務状況、代金を調達できるかの確認が重要になります。仲介者・FAには、買い手の財務状況や最終契約の実行可能性(預金残高、借入予定なら金融機関との調整状況)の調査が求められています。資金を吸い上げる手口は吸血鬼スキームの手口と見抜き方で取り上げます。

売却後に役員として残る場合

最終契約で決めること

ガイドラインは、最終契約で決める事項として、経営者による引継ぎ期間を含む経営者・役職員の処遇を挙げています。役員として残るなら、次の点を最終契約や役員の委任契約で具体的に決めておきます。

項目内容
役割と権限代表取締役か、取締役か、顧問か。決裁の範囲
任期と退任何年残るか。途中で解任された場合の扱い
報酬金額、改定の条件
退職慰労金支払時期、金額の算定方法、支払の保全
競業避止売却後に同業を行わない範囲・期間・地域
経営者保証代表を続ける間の保証をどうするか。いつ解除・移行するか

報酬は、法人税の計算上、原則として毎月同額の定期同額給与などでなければ損金になりません(法人税法34条1項)。売却後に報酬を変える場合も、改定の時期と手続に注意が必要です。売却後の役割の全体像は売却後、オーナーは会社に残るのかで解説します。

退職金をいつ受け取るか

タイミング主な論点
売却時に受け取り、役員として残る役員を辞めていない場合、実質的に退職したといえるかが論点。分掌変更による退職給与は、常勤から非常勤になる、報酬がおおむね50%以上減るなど、実質的に退職したと同様の事情が必要(法人税基本通達9-2-32)
引継ぎ後に退任して受け取る(後払い)ガイドラインが指摘する不履行のリスク。金額・時期を契約で確定させ、支払を保全する

退職所得は、(収入金額−退職所得控除額)×1/2で計算するのが原則ですが、役員等としての勤続年数が5年以下の「特定役員退職手当等」は1/2計算が適用されません。買い手グループの別会社で新たに役員になって受け取る場合などは、この点も確認が必要です。退職金が否認されたケースは役員退職金が否認されるケース、実質的な退職の判断は「実質的に退職した」と認められる実務で詳しく取り上げます。

税金と銀行の目線

分割払いでも、課税は先に来る

個人が非上場株式を売った譲渡益には、20.315%(所得税15%・住民税5%・復興特別所得税)がかかります。譲渡所得の収入すべき時期は、原則として資産の引渡しがあった日で、選択により譲渡契約の効力発生日とすることもできます(所得税基本通達36-12)。分割払いでも、原則としてその年に契約で確定した代金の全体を収入として計上するため、残りの代金を受け取る前に税金を払う形になりやすいのです。

譲渡代金1億円(クロージング時5,000万円、1年後5,000万円)、取得費1,000万円譲渡益 = 1億円 − 1,000万円 = 9,000万円税額 = 9,000万円 × 20.315% ≒ 1,828万円(翌年の確定申告で納付)

後払い分が買い手の倒産などで回収できなくなった場合は、回収できなくなった金額に対応する部分の所得はなかったものとみなす特例があり(所得税法64条1項)、事実が生じた日の翌日から2か月以内に更正の請求をすることができます(同法152条)。アーンアウトの追加対価をいつ収入に計上するかは、契約の内容によって判断が分かれうる論点です。詳しくはアーンアウトの課税のタイミングで解説します。

銀行から見た分割払い

買い手から見ると、代金の分割払いは、売り手から資金を借りているのと同じです。銀行は、未払の代金を実質的な負債として見ます。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。未払の代金を借入金と同様に加えると、買収後の会社や買い手の返済余力がどの程度か、売り手の側からも見当をつけられます。

売り手が代表者として残る場合、会社の借入の経営者保証も残りがちです。代表を退くまで保証が外れないと、売却後も会社のリスクを個人で負い続けることになります。保証の扱いはM&Aで経営者保証を外すための実務と経営者保証の解除をご覧ください。

まとめ

  • 代金を後から受け取る形には、分割払い・退職慰労金の後払い・段階的取得・アーンアウトがある。どれも不履行のリスクがある
  • アーンアウトは期間3年以内が多い。指標・会計方針・計算式・情報開示を明確に決め、評価差を埋めるためだけに安易に使わない
  • 分割払いには、期限の利益喪失・担保・保証・エスクローなどの保全策を組み合わせる
  • 個人の譲渡所得は、分割払いでも原則として引渡しの年に代金全体に課税される。納税資金を確保する
  • 役員として残るなら、役割・報酬・任期・退職金・競業避止・経営者保証を最終契約で決める

最終契約の全体像は株式譲渡契約の要点、ガイドラインのリスク事項は中小M&Aガイドラインの要点もご覧ください。クレフティでは事業承継・M&A支援として、分割払いやアーンアウトを含む条件での手取り額の試算、役員退職金と株式譲渡の組み合わせの税務検討、契約条件の確認をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。

よくある質問

アーンアウトとは何ですか?
クロージング後の一定期間に、売上や利益などの目標を達成した場合に、買い手が売り手に追加の対価を払う条項です。中小M&Aガイドラインは、期間は3年以内が多いとし、目標には売上・利益などの財務目標のほか、販売個数や入居率などの非財務目標もあると説明しています。目標や追加対価の設定が曖昧だと争いになるリスクがあると注意しています。
代金を分割で受け取る場合、税金はいつ払うのですか?
個人が株式を売った場合、譲渡所得の収入は、原則として株式の引渡しがあった日の属する年に、契約で決まった代金の全体を計上します(選択により契約の効力発生日とすることもできます)。分割で受け取る場合でも、残りの代金を受け取る前に税金を払うことになりやすいため、納税資金の手当てが必要です。後で代金が回収できなくなった場合は、一定の手続で所得の計算をやり直せることがあります。
売却後も役員として残る場合、退職金はいつ受け取るのがいいですか?
一律の正解はありません。売却時に退職金を受け取って役員として残る場合は、実質的に退職したといえるかが税務上の論点になり、否認されると法人の損金にならず、受け取った側も賞与として課税されるおそれがあります。クロージング後に後払いにする場合は、中小M&Aガイドラインが指摘するとおり、不履行のリスクがあります。契約と税務の両面から事前に検討してください。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

RELATED

あわせて読みたい

外部への売却(M&A)

買収後の会計・経理の統合|決算期の変更、会計方針の統一、月次決算の早期化、のれんとグループ税務

会社を買った後の会計・経理の統合(PMI)を、中小PMIガイドラインに沿って解説。決算期をそろえる手続(定款変更・異動届出)、収益・引当金など会計方針の統一、月次決算と会計システム、不正を防ぐ体制、のれんの会計と税務、グループ法人税制、銀行への説明まで整理します。

2026年10月18日
外部への売却(M&A)

入札方式(オークション)で会社を売るメリット・デメリット|相対取引との違いと中小企業での使い方

複数の買い手候補に条件を出してもらい比較する入札方式は、価格や条件を引き上げやすい一方、情報が広がりやすく手間もかかります。中小M&Aガイドラインの単独・複数依頼の比較、一次・二次意向表明書の流れ、独占交渉をめぐる最高裁決定、向いている会社・向かない会社を解説します。

2026年10月18日
外部への売却(M&A)

会社の売り時はいつか|業績・年齢・市場環境と税制から考えるM&Aのタイミング

会社の売り時は、業績が伸びているとき、経営者が元気なうち、買い手が多い市場環境のときが重なる時期です。中小M&Aガイドラインの「決断が遅れて低額で譲渡した事例」、社長の引退年齢のデータ、取引倍率の公表データ、2027年分以後の税制の見直しから、売り時の考え方を解説します。

2026年10月18日
FREE CONSULTATION

決算書と融資のこと、
まずはお気軽にご相談ください。

初回のご相談は無料です。まずは担当者がお話を伺い、内容に応じて担当税理士や金融機関出身のコンサルタントがご提案します。