アーンアウトは、クロージング後の一定期間に売上や利益の目標を達成した場合に、買い手が売り手に追加の代金を払う条項です。仕組みとリスクはアーンアウト・分割払い・役員としての残留で解説しました。この記事では、その続きとして、アーンアウトの課税のタイミングを扱います。
売り手にとっては「追加対価はいつの年分の所得になるのか」「受け取る前に税金を払うことになるのか」、買い手にとっては「追加で払った代金は株式の取得価額になるのか、損金になるのか」が問題です。結論からいえば、アーンアウトの課税時期を直接定めた法令・通達はありません。そこで、株式の譲渡所得の収入時期の通達、権利確定主義を示した最高裁判決、条件付きの代金をめぐる国税不服審判所の裁決から、考え方を整理します。
- 株式の代金本体は、原則として引渡しの日(選択で契約の効力発生日)の年分の譲渡所得になる
- 所得税は権利確定主義(最高裁昭和49年3月8日判決)。条件付きの追加対価は、条件が成就して金額が確定した時が一つの目安だが、直接の通達はない
- 買い手の法人では、条件不成就で返還された代金を株式の取得価額の減額とした裁決(平成18年9月8日)がある。追加対価は取得価額の加算が論点になる
- 表明保証違反の和解金が損害賠償金(益金)とされた裁決(平成30年9月12日)もある。名目・契約条項・交渉の経緯で扱いが分かれる
- 契約書に代金の調整なのか、補償なのかを明確に書き、年分と納税資金を事前に確認する
代金本体の課税時期:引渡しの日が原則
個人が非上場株式を売った譲渡所得には、20.315%(所得税15%・住民税5%・復興特別所得税)がかかります。いつの年分の所得になるかについて、国税庁の通達は次のように定めています(租税特別措置法関係通達37の10・37の11共-1)。
- 株式等の譲渡所得の収入すべき時期は、株式等の引渡しがあった日による
- ただし、納税者の選択により、譲渡に関する契約の効力発生の日で申告したときは、これを認める
12月に最終契約を結び、翌年1月にクロージングする取引では、どちらを選ぶかで申告する年分が変わります。分割払いの場合も、原則として契約で確定した代金の全体が、その年分の収入になります。
| 代金の種類 | 金額が確定する時期 | 課税時期の考え方 |
|---|---|---|
| クロージング時の代金 | 契約時 | 引渡しの日(選択で契約の効力発生日)の年分 |
| 分割払い・後払いの代金 | 契約時(支払時期だけが後) | 原則として代金本体と同じ年分。回収できなければ特例で是正 |
| 価格調整(運転資本・純有利子負債の調整) | クロージング後の計算で確定 | 代金本体の一部として扱う考え方が一般的。確定時期と金額の扱いを要確認 |
| アーンアウトの追加対価 | 業績目標の達成時 | 直接の通達なし。権利確定の時期を契約内容から判断 |
権利確定主義:最高裁昭和49年3月8日判決
所得税法36条1項は、収入金額を「収入すべき金額」と定めています。最高裁昭和49年3月8日第二小法廷判決(昭和43年(オ)314号、民集28巻2号186頁)は、旧所得税法の同じ文言について、現実の収入がなくても、収入の原因となる権利が確定的に発生した時点で所得が実現したものとして課税する建前(いわゆる権利確定主義)をとっていると述べました。
同判決はさらに、権利確定主義は、後に現実の支払があることを前提として所得の帰属年度を決めるための基準にすぎず、課税後に債権が貸倒れで回収できなくなった場合には、先の課税は前提を失うので、何らかの是正が必要だとしました。現在の所得税法では、この考え方が64条(回収不能の場合の所得計算の特例)と152条(事実が生じた日の翌日から2か月以内の更正の請求)に定められています。
アーンアウトへの当てはめ
アーンアウトの追加対価は、「目標を達成したら払う」という条件つきの債権です。クロージングの時点では、払われるかどうかも金額も決まっていません。権利確定主義からすると、条件が成就して金額が確定した時に収入すべき権利が確定する、と考えるのが自然です。
ただし、次の点は実務で判断が分かれうるところです。
- 追加対価を、確定した年分の所得とするのか、それとも株式を譲渡した年分の譲渡所得の一部として譲渡の年分を修正するのか
- 「目標を達成しなくても最低額は払う」など、一部が確定している場合の扱い
- 追加対価に利息相当の要素が含まれている場合の扱い
国税庁の公表資料で、これらを直接示したものは見当たりません。金額が大きい場合は、契約前に税理士と年分の扱いを決め、必要に応じて税務署への事前照会を検討します。
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事業承継・M&A支援を見る買い手の税務:取得価額か、損金か
買い手が法人の場合、株式の取得価額は、購入の代価に購入のために要した費用を加えた金額です(法人税法施行令119条1項1号)。追加で払う代金、あるいは返してもらう代金をどう扱うかが問題になります。
返還された代金を「取得価額の減額」とした裁決
国税不服審判所平成18年9月8日裁決(裁決事例集No.72・325頁)は、アーンアウトの裏返しのような事案です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事案 | 法人が株式を買う際、発行会社の予想利益と既存債権の回収見込みで合意できなかったため、予想利益の達成と債権の回収を前提に価格を決め、前提が満たされなければ代金を減額する条件をつけた。条件が満たされず、売り手から一部が返還された |
| 原処分庁の主張 | 返還金は、契約時に不確実だった事象で株式の価値が減ったことの損失の補てんであり、受け取った事業年度の益金 |
| 判断 | 返還金は契約に基づく売買代金の返還。益金ではなく、株式の取得価額(帳簿価額)から減額するのが相当。更正処分の一部(ある年度は全部)を取り消した |
裁決は、条件をつけて価格を決めることは、違法行為などでない限り当事者が自由に決められるとし、契約の条件に従って算出された返還額である点を重視しました。裁決の中では、企業結合会計基準の条件付取得対価(将来の業績に依存する対価は、交付が確実になり時価が合理的に決まった時点で取得価額に追加する)の考え方も、請求人の主張として紹介されています。
この裁決からすると、アーンアウトで買い手が追加で払う代金も、契約に基づく売買代金の一部として、株式の取得価額に加える方向で検討するのが自然です。株式の取得価額は売却するまで損金にならないため、買い手は追加対価を費用として落とせないことを前提に資金計画を立てる必要があります。
和解金が「損害賠償金」とされた裁決
一方、国税不服審判所平成30年9月12日裁決は、逆の結論になりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事案 | 公開買付けで株式を取得した法人が、対象会社の不適切な会計処理を理由に、元役員らに表明保証違反・不法行為などに基づく損害賠償を求めて提訴し、裁判上の和解で解決金を受け取った |
| 請求人の処理 | 解決金を益金に算入し、同額を株式の評価損として損金に算入 |
| 判断 | 解決金は損害賠償金であり、株式の売買代金の返還とは認められない。評価損の計上もできない。審査請求は棄却 |
和解の経緯として、当事者間で解決金の支払理由を確認した経緯はないとする上申がされていたことなども認定されています。同じ「代金が戻ってくる」お金でも、契約上の代金調整なのか、損害賠償なのかで、税務の扱いは大きく変わります。
売り手が気をつけること
受け取る前に税金が来る
代金本体は引渡しの年に課税されます。アーンアウトの追加対価は条件成就時が目安ですが、分割払いの部分は受け取る前に課税されます。
代金が減ったときの是正
アーンアウトで「未達なら代金の一部を返す」とした場合、あるいは分割払いの残りが回収できなかった場合は、すでに申告した譲渡所得が過大になります。所得税法64条・152条による更正の請求(事実が生じた日の翌日から2か月以内)や、国税通則法23条2項の後発的理由による更正の請求(契約の解除など)が検討対象になります。どの手続によるかは事実関係で変わるため、期限が短いことに注意してください。
- 追加対価・返還金が売買代金の調整であることを明記する(補償・損害賠償と区別する)
- 指標の定義、判定時期、計算方法、支払時期
- 一部が確定している最低額があるか
- 表明保証違反の補償は、別の条項で、代金の減額として扱うのか補償金として払うのかを定める
- 売り手が非居住者になる可能性がある場合の扱い
表明保証と補償条項の税務は株式譲渡契約書に入れるべき税務リスクの条項、補償の仕組みは株式譲渡契約の要点をご覧ください。
銀行と会計から見たアーンアウト
買い手が借入で買収する場合、アーンアウトの追加対価は将来の支払義務です。目標を達成するほど支払が増えるため、銀行は買収後の利益計画とあわせて、追加対価を払った後の返済余力を見ます。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。追加対価の支払を借入で賄うなら、その分も計算に入れておく必要があります(M&Aの資金調達)。
会計では、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)のもとで、企業結合会計基準が条件付取得対価の扱いを定めています。法人税法22条4項も、収益・費用の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算すると定めていますが、上の2つの裁決のとおり、税務では契約の内容と支払の性質が最終的な判断材料になります。
まとめ
- 代金本体は、原則として引渡しの日(選択で契約の効力発生日)の年分に課税される
- 所得税は権利確定主義。アーンアウトの追加対価は条件成就・金額確定の時が目安だが、直接の通達はない
- 条件不成就で返った代金を取得価額の減額とした裁決(平成18年)と、和解金を損害賠償金とした裁決(平成30年)がある
- 契約書で、追加対価・返還金が代金の調整であることを明確にし、年分と納税資金、更正の請求の期限を確認する
クレフティでは事業承継・M&A支援として、アーンアウトや分割払いを含む条件での手取り額と納税時期の試算、契約条項の税務面の確認をお受けしています。個人の譲渡所得の基本は個人株主が株式を売ったときの税金もご覧ください。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。
