M&Aの税務

株式譲渡契約書に入れるべき税務リスクの条項|表明保証・特別補償・税務調査への協力と、売却後に追徴された裁決事例

株式譲渡で会社を売ると、売り手は株式を手放し、代金を受け取って終わり、と思われがちです。しかし、会社が過去に出した申告書は会社に残ります。売却から3年後に税務調査があり、売却前の年度について追徴を受けた。この税金を最終的に誰が負担するかを決めるのが、株式譲渡契約書の税務リスクの条項です。

この記事では、株式譲渡契約(SPA)に入れる税務の表明保証・特別補償・税務調査への協力の条項を、売り手・買い手それぞれの視点で整理します。国税通則法の期間制限と、国税不服審判所の公表裁決に見る「売却前の取引が数年後に問題になる」実例もあわせて紹介します。契約全体の要点は株式譲渡契約の要点と表明保証違反の判例をご覧ください。

この記事の結論
  • 株式譲渡では、会社の過去の税金のリスクも一緒に買い手に移る。追徴は売却後でも会社に来る
  • 更正の期間制限は、法人税で原則5年、偽りその他不正があれば7年、欠損金額の更正は10年(国税通則法70条)。補償期間を考える目安になる
  • 条項は「税務の表明保証」「特別補償」「補償の期間・上限・下限」「税務調査への協力」「クロージング前の税金の負担区分」の5つで組み立てる
  • DDで見つかった論点は、価格調整・特別補償・クロージング前の是正のどれで扱うかを決めてから契約書に落とす
  • 売り手は、根拠のない「全部問題ありません」という表明をしない。知っている論点は開示して例外にする

なぜ株式譲渡で税務リスクが問題になるのか

事業譲渡では、買い手は事業や資産だけを引き継ぎ、売り手の会社の過去の税金は原則として引き継ぎません。これに対して株式譲渡は、株主が替わるだけで、会社そのもの(法人格)は変わりません(違いは事業譲渡と株式譲渡の違い参照)。そのため、売却前の年度の申告に誤りがあれば、売却後でも会社が追徴を受けます。

税務署が更正できる期間は、国税通則法70条で決まっています。

区分更正できる期間(法定申告期限などから)
法人税・消費税などの原則5年
法人税の純損失等(欠損金額)の更正10年(平成30年4月1日以後に開始する事業年度分)
偽りその他不正の行為で税を免れた場合7年

源泉所得税は、法定納期限から5年以内であれば納税告知の対象になります。つまり、クロージングの直前の年度だけでなく、最大で7年(欠損金なら10年)前までの申告が、売却後のリスクとして残ります。

実例:売却前の取引が、数年後の調査で問題になる

公表裁決を見ると、税務調査は取引から数年たって行われることが珍しくありません。M&Aの事案ではありませんが、時間差の感覚をつかむのに役立ちます。

裁決取引の時期調査・処分の時期何が問題になったか
平成29年7月14日裁決平成23年5月に分掌変更の退職金を支給平成28年5月・6月に更正処分と源泉所得税の納税告知退職給与に当たらないとして損金不算入。賞与として源泉所得税の差額と不納付加算税
令和2年12月15日裁決平成24年11月に元代表者へ退職金7億2,500万円平成30年9月に調査開始、令和元年5月に処分みなし役員として退職を否定された(審判所は処分を取消し)
平成23年1月25日裁決期中に役員給与を減額―業績悪化改定事由に当たらない減額で、減額後の額を超える部分が定期同額給与とされず損金不算入
昭和58年3月23日裁決(裁決事例集No.25)職人への報酬を外注費として処理―外注費ではなく給与とされ、源泉徴収の対象に

平成29年の事案では、支給から約5年後に処分が行われています。仮にこの会社がその間に売却されていれば、追徴税額と加算税は買い手のもとにある会社に請求されていたことになります。役員退職金と源泉所得税は、オーナー企業の売却で特に多い論点です(詳しくは役員退職金が否認されるケース)。

裁決の確認先

平成29年7月14日裁決/令和2年12月15日裁決/平成23年1月25日裁決は役員報酬の公表裁決要旨、昭和58年3月23日裁決は源泉所得税(給与等)の公表裁決要旨(いずれも国税不服審判所)

税務の表明保証:何を約束するのか

表明保証は、売り手が「会社について、一定の時点でこれらの事実が正確です」と約束する条項です。税務の項目には、一般に次のようなものが入ります。

項目表明する内容の例売り手の確認ポイント
申告・納付法令上必要な申告をすべて期限内に行い、納付すべき税金を納付した法人税・消費税・源泉所得税・地方税・印紙税まで含むか
源泉徴収給与・退職金・報酬などの源泉徴収を適正に行った外注扱いの人、役員への経済的利益、退職金の扱い
税務調査・争い現在、調査や不服申立て・訴訟はなく、指摘を受けていない過去の調査で受けた指導事項を開示するか
届出・承認青色申告の承認、消費税の届出などが有効簡易課税・課税事業者選択の届出の状況
欠損金・税務上の簿価繰越欠損金の額や資産の税務上の簿価が申告書のとおり買い手が欠損金を価格に織り込む場合は特に重要
引当・未払未払法人税等が決算書に適正に計上されている決算期とクロージング日のずれ

売り手として大切なのは、分からないことを「問題ありません」と言い切らないことです。表明保証には、売り手が知っている範囲に限る「知る限り」の限定や、開示した事項を例外とする開示別紙を付ける方法があります。DDの過程で伝えた論点は、開示別紙に書いて例外にしておきます。

特別補償:DDで見つかった論点の扱い方

DDで具体的な論点が見つかった場合、表明保証の一般的な補償とは別に、その論点だけを対象にした特別補償を定めることがあります。主な選択肢を比べると次のとおりです。

方法内容売り手から見た長所・短所向いている論点
価格の調整見込まれる税額を価格から差し引く後で請求されないが、追徴がなくても価格は戻らない金額をほぼ見積もれるもの(未納の源泉税など)
特別補償実際に追徴されたら、その額を補償する公平だが、補償期間中はリスクが残る追徴されるか不確実なもの(退職金の損金性など)
クロージング前の是正修正申告・納付を売り手の負担で済ませる確実に片付くが、手続きと時間がかかる誤りが明らかなもの
代金の一部留保(エスクロー等)代金の一部を一定期間預けておく支払いが遅れるが、補償の原資が確保される金額が大きく、回収を確実にしたい場合

税務の論点の例と、どこまでを補償の対象に含めるかも決めておきます。本税だけか、加算税・延滞税も含むか、税理士や弁護士の費用も含むか、地方税への波及分はどうするか、という点です。特別補償の対象にした論点は、一般の補償の上限・下限の対象外とすることもあります。

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補償の期間・上限・下限

期間

税務の補償期間は、一般の表明保証の補償期間とは別に、より長く設定されることがあります。先ほどの期間制限の表が目安になりますが、売り手にとっては長いほど負担が重くなります。「調査の通知を期間内に受けた場合は、期間後に追徴されても補償する」という書き方も検討します。

上限と下限

条項意味交渉のポイント
上限(キャップ)補償額の合計の上限。譲渡価格の一定割合とすることが多い税務だけ別枠の上限にするか
下限(デミニミス)1件あたり一定額未満の損害は補償しない少額の源泉漏れなどを除くか
バスケット損害の合計が一定額を超えたときだけ補償する超えた部分だけか、全額か

売り手が故意に隠していた場合にまで上限を適用するかどうかも、交渉で決めておく論点です。表明保証違反の判例として知られる東京地裁平成18年1月17日判決(平成16年(ワ)第8241号、裁判所ウェブサイトの判決原文)は、売り手側が会計処理の問題を開示しなかった事案で、企業買収におけるDDは買主の権利であって義務ではないとして、買主の重過失を否定しました。「DDで見つけられたはず」という反論に頼れないことは、売り手側も理解しておく必要があります。

税務調査への協力条項とクロージング前の税金

税務調査への協力

売却後に、売却前の年度の税務調査が入ることがあります。そのときに揉めないよう、次の点を決めておきます。

  1. 通知:買い手(会社)は、売却前の年度について調査の連絡を受けたら、速やかに売り手に通知する
  2. 関与:売り手は、調査の立会い、資料の提出、説明に協力する。売り手の負担になりうる論点について、意見を述べる機会を持つ
  3. 修正申告・不服申立て:補償の対象になりうる論点について、売り手の同意なく修正申告に応じない、あるいは争うかどうかを協議する
  4. 資料の保存:売却前の帳簿・証憑・議事録を、会社が保存し続ける(売り手が引き継ぎ期間中に持ち出さない)

売り手の側から見ると、会社を離れた後は資料にも担当者にもアクセスできません。「調査で何を言われたか分からないまま、補償だけ請求される」事態を防ぐのがこの条項です。

クロージング前の税金の負担区分

クロージング日が期の途中になると、その期の法人税はクロージング前と後の利益の両方にかかります。誰がどこまで負担するかを決め、譲渡価格の算定(ネットデットや運転資本の調整)と二重にならないよう整理します(ネットデットと現預金の扱い)。還付金が出た場合の帰属も同様です。

補償金の税務

売り手が払う補償金を、譲渡価格の減額とみるか、損害賠償とみるかで、売り手の譲渡所得や買い手側の処理が変わりうるとされています。契約書で補償金を譲渡価格の調整として扱う旨を定めることもありますが、税務上の扱いは実態で判断されるため、条項を作る段階で税理士に確認してください。

売り手・買い手それぞれのチェックリスト

売り手が契約前に確認すること
  1. 過去5〜7年の申告書、調査の結果、税務署からの指導事項を自分で見直したか
  2. 分掌変更の退職金、役員への経済的利益、外注扱いの人など、論点になりそうな事項を開示別紙に書いたか
  3. 補償の対象に加算税・延滞税・専門家費用を含めるか、上限は税務も含めていくらか
  4. 調査の通知・立会い・修正申告への同意の権利を確保したか
  5. 退職金を受け取る場合、その損金性や退職所得の扱いを「保証」する書き方になっていないか

買い手の側では、税務DDの結果を、表明保証・特別補償・価格調整のどれで扱うかを一覧にしておくと、契約交渉が整理されます。典型的な論点は税務DDで見つかる典型的な問題と否認された裁決事例、表明保証保険で手当てする方法はM&A保険(表明保証保険)とはで解説しています。

銀行の目線では、売却後の追徴は買収資金を借りた会社の現預金を減らし、計画した返済に影響します。買い手が借入でM&Aを行う場合、補償の回収可能性まで含めて資金計画を立てておくことが、融資の継続にもつながります。

まとめ

  • 株式譲渡では、会社の過去の税金のリスクも買い手に移る。追徴は売却後でも会社に来る
  • 更正の期間制限(原則5年、不正7年、欠損金10年)が、補償期間を考える目安になる
  • 税務の表明保証は、申告・納付、源泉、調査、届出、欠損金などを対象に、開示別紙で例外を明確にする
  • DDの論点は、価格調整・特別補償・クロージング前の是正・代金の留保から選ぶ
  • 調査への協力、修正申告への同意、クロージング前の税金の負担区分も契約で決めておく

税務の条項は、弁護士がつくる契約書の中でも、税理士の確認が欠かせない部分です。クレフティでは事業承継・M&A支援の中で、税務DD、契約書の税務条項の確認、売却後の手取りの試算をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。

よくある質問

会社を売った後に税務調査で追徴されたら、売り手が払うのですか?
税金を納める義務があるのは会社です。株式譲渡では会社そのものは変わらないので、追徴税額はいったん買い手が持つことになった会社が負担します。そのうえで、株式譲渡契約の表明保証違反や特別補償の条項に基づき、買い手が売り手に補償を求めるかどうかが決まります。どこまで売り手が負担するかは、契約の書き方しだいです。
税務の補償期間は、どれくらいにするのが一般的ですか?
公的な基準はありません。考え方の目安は、国税通則法70条の更正の期間制限です。法人税は原則として法定申告期限から5年、偽りその他不正の行為がある場合は7年、欠損金額に係る更正は10年(平成30年4月1日以後に開始する事業年度分)とされています。一般の表明保証より税務だけ長めに設定することがありますが、売り手の負担とのバランスで交渉します。
DDで見つかった税務リスクは、価格で調整するのと特別補償とどちらがよいですか?
金額をある程度見積もれるものは価格の調整、実際に追徴されるかどうか分からないものは特別補償、という使い分けがよく検討されます。価格で調整すれば売り手は後から請求されませんが、追徴されなくても価格は戻りません。特別補償は実際に損害が出たときだけ払うので公平ですが、売り手は補償期間中リスクを持ち続けます。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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