「売った後に、何か問題が見つかったら賠償しろと言われるのですか?」。会社を売る準備をしている経営者の方から、よく受ける質問です。
株式譲渡契約には、売り手が会社の状態について「この内容は正しい」と約束する表明保証の条項が入ります。売却後にその約束と違う事実が見つかれば、売り手は買い手に補償を求められることがあります。この売却後のリスクを、保険会社に引き受けてもらう仕組みがM&A保険(表明保証保険)です。
この記事では、表明保証保険の仕組み、補償されること・されないこと、DDとの関係、保険料の決まり方、補助金や税務との関係を整理し、表明保証違反が争われた裁判例もあわせて紹介します。
- 表明保証保険は、表明保証違反で生じた損害を保険会社が補う仕組み。中小M&Aガイドライン(第3版)でも、交渉を円滑にする選択肢として紹介されている
- 補償されるのは、契約時に誰も知らなかった表明保証違反による損害。DDで判明した問題、価格調整、将来の業績などは対象外になりやすい
- 加入にはDDのレポートの提出と引受審査が必要。保険はDDの代わりにはならない
- 裁判例では、売り手が問題を秘匿していた事案で買い手の補償請求が認められた一方、違反や因果関係が認められず請求が退けられた事案もある
- 保険料は補助金の対象経費になり得る一方、事業再編投資損失準備金とは併用できないなど、制度との関係にも注意が必要
表明保証とは:売却後の「約束違反」のリスク
株式譲渡契約の表明保証とは、契約の一方(主に売り手)が、契約締結時やクロージング時に、会社の状態について一定の事項が真実かつ正確であると表明し、その内容を保証するものです。たとえば、次のような事項が並びます。
- 決算書が一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って作られていること
- 開示した以外に借入や保証などの債務(簿外債務)がないこと
- 税金の申告・納付を適正に行っていること
- 未払の残業代など、従業員との紛争がないこと
- 許認可を適法に取得し、法令に違反していないこと
会社法431条は、株式会社の会計は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うと定め、法人税法22条4項も、収益・費用は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算するとしています。決算書が正しく作られていることは、表明保証の中心的な項目です。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月)は、表明保証違反をめぐる紛争は、売却後に見込んだ収益が出ない場合や、DDで見つからなかった問題が表に出た場合に起きやすく、感情的な対立も大きく、請求が過大になりやすいと指摘しています。そのうえで、無期限・無制限の表明保証条項や、適用場面がはっきりしない条項は慎重に検討すべきとしています。表明保証の範囲・上限・期間の交渉は、株式譲渡契約の要点で詳しく解説しています。
表明保証保険の仕組み
中小M&Aガイドラインは、表明保証保険を次のように説明しています(要約)。
- 表明保証違反があった場合に、売り手(売主用の保険)または買い手(買主用の保険)が被る損害を補う保険
- 表明保証違反のリスクを保険会社に引き受けさせることで、表明保証や補償の範囲についての交渉が円滑になる場合もある
- 日本国内でも一部の損害保険会社が提供している
- 購入する場合は、一般的にDDの結果を報告したDDレポートなどを保険会社に提出し、引受審査を経る必要がある
| 種類 | 契約者・被保険者 | 補われる損害 | 主なメリット |
|---|---|---|---|
| 買主用 | 買い手 | 表明保証違反によって買い手が被る損害 | 売り手の資力に頼らずに回収できる。売り手との関係を壊さずに済む |
| 売主用 | 売り手 | 表明保証違反によって売り手が負担する補償 | 売却後に多額の補償を求められるリスクに備えられる |
現在は、買主用が中心です。買い手が保険を付けることを前提に、「表明保証違反の損害は、まず保険から補う。売り手の補償は一定額まで」といった条件で合意すると、売り手は売却代金の大部分を手元に残しやすくなります。
補償されるもの・されないもの
表明保証保険で補償されるのは、基本的に「契約時に誰も知らなかった表明保証違反」から生じた損害です。どこまでを補償の対象にするかは保険会社・商品・案件ごとに決まりますが、一般に次のような事項は対象外になりやすいと考えておいてください。
| 対象外になりやすいもの | 理由 |
|---|---|
| DDで判明していた問題、買い手が知っていた事実 | 既知のリスクは価格や特別補償で手当てするのが前提 |
| 売り手が違反を知りながら隠していた場合(詐欺的な行為) | 保険会社が売り手に求償する対象になることが多い |
| 価格調整(運転資本・純有利子負債の精算)や将来の業績予測 | 表明保証違反ではなく、契約の価格の問題 |
| DDの対象外とした分野 | 引受審査で確認できないリスク |
| 保険会社が個別に除外する事項(特定の訴訟、環境、年金など) | 案件ごとに引受審査で決まる |
また、保険には一般に、保険で補われる上限の金額(保険金額)や、一定額までは自己負担とする免責金額、補償の対象となる期間が定められます。保険に入ったからといって、すべての損害が補われるわけではありません。
保険料はどう決まるか
保険料の水準を示した公的な統計は、確認できる範囲ではありません。一般的には、①保険金額(補償の上限)をいくらにするか、②免責金額をいくらにするか、③会社の業種・規模・リスクの大きさ、④DDの範囲と質、⑤対象外とする事項の範囲によって決まります。複数の保険会社から見積りを取り、補償の条件と保険料を並べて比べることが大切です。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る表明保証違反が争われた裁判例
保険を検討する前提として、表明保証違反が実際にどう争われたのかを知っておくことは役に立ちます。裁判所ウェブサイトで公開されている2件を紹介します。
| 裁判例 | 事案の流れ | 結論と判断のポイント |
|---|---|---|
| 東京地方裁判所 平成18年1月17日判決(平成16年(ワ)第8241号) | 貸金業者の全株式を、2003年10月末の貸借対照表をもとに1株1,165円(総額23.3億円)で譲渡。対象会社は、和解債権の返済金を元本ではなく利息に充てる処理で、約2.75億円の架空の利益を計上していたが、売り手側はこれを開示していなかった | 売り手の表明保証違反を認め、水増しされた額に、システム修正費用や合理的な範囲の弁護士費用なども加えた約3.05億円の補償を命じた。売り手は「買い手がDDで見抜けたはずで、重大な過失がある」と主張したが、裁判所は、DDは買い手の権利であって義務ではないこと、限られた期間・資料で行われるものであること、売り手が故意に秘匿していたことを重視し、重大な過失を否定した |
| 札幌地方裁判所 令和2年12月25日判決(平成29年(ワ)第1617号) | 薬局を経営する会社の全株式を譲り受けた会社(を吸収合併した原告)が、加算料の不正請求などの表明保証違反があり、薬局の閉鎖を余儀なくされたとして、2億円を超える損失補償を求めた | 裁判所は、表明保証違反があったとは認められないとし、仮に違反があったとしても、主張された損失が違反に起因して生じたとはいえないとして、請求を棄却した |
東京地裁の判決は、買い手が契約時に違反を知らないことに重大な過失がある場合には、公平の見地から売り手が責任を免れる余地があるとしつつ、この事案ではそれを否定しました。この判決は、「買い手がDDをしていれば売り手は免責される」わけではないことを示す一方、表明保証の責任が契約の定め方と事実関係で大きく変わることも示しています。
札幌地裁の判決からは、買い手の側から見て、違反の事実と損害との因果関係を立証する負担が重いことがわかります。売却後に問題が見つかっても、補償を受けられるとは限らないのです。
実務への示唆は次のとおりです。
- 売り手は、知っている問題は開示する。隠したことが後から分かれば、補償の範囲は大きくなり、保険でも補われない
- 買い手は、DDの範囲と結果を記録し、どの事実をもとに価格を決めたかを契約に残す
- 表明保証の上限・期間・対象を契約で明確にし、それでも残るリスクに保険を使う
補助金・税制との関係
補助金の対象経費になり得る
中小企業庁の「事業承継・M&A補助金」では、ミラサポplusのパンフレット(2026年1月時点版)で、専門家活用枠の対象として、FA・仲介費用とあわせて表明保証保険料が挙げられています。対象経費の範囲や補助率は公募回ごとの公募要領で定められ、交付決定の前に契約したものは原則として対象外です。補助金の全体像は事業承継・M&Aの補助金と公的支援をご覧ください。
事業再編投資損失準備金とは併用できない
買い手の会社がM&Aで株式を取得したとき、一定の要件のもとで取得価額の一部を準備金として積み立て、損金に算入できる「中小企業事業再編投資損失準備金」という制度があります。国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」によると、2024年度の改正で、事業年度末に特定保険契約(M&Aに基因・関連して生ずる損害を補う一定の保険の契約)を結んでいる場合は、この準備金を使えないこととされました(2024年4月1日以後に締結する特定保険契約から適用)。
表明保証保険に入るか、準備金を使うかは、どちらか一方を選ぶ関係になり得ます。保険で補える範囲と、準備金による課税の繰延べの効果を比べて決める必要があります。
保険金・補償金を受け取ったときの税務
買い手の会社が保険金を受け取れば、原則として益金になります。一方で、損害の中身が対象会社の追徴税額や加算税であれば、対象会社の側では損金にならないものもあります。また、売り手から受け取る補償金を、株式の取得価額の修正とみるのか、収益とみるのかは、契約の定め方や事実関係によって判断が分かれ得ます。保険・補償の条項を決める段階で、税務の扱いも確認しておきましょう。
表明保証保険を検討すべき場面
すべてのM&Aに保険が必要なわけではありません。次のような場面では、検討する価値があります。
| 場面 | 保険が役立つ理由 |
|---|---|
| 売り手が売却代金を老後資金などに充てたい | 売却後の補償リスクを小さくし、代金を手元に残しやすい |
| 売り手と買い手の補償条件の交渉がまとまらない | リスクを保険会社に移すことで、合意点を見つけやすくなる |
| 売り手の経営者が売却後も役員として残る | 補償をめぐる対立を避け、売却後の関係を保ちやすい |
| 規模が比較的大きく、税務・労務などの潜在的な債務が心配 | 一定の免責金額を超える損害に備えられる |
逆に、DDを十分に行えない小規模な案件では、引受審査の段階で対象外の事項が多くなり、保険のメリットが小さくなることもあります。DDの範囲の決め方はDDは行うべきか、DDでよく見つかる問題と価格への反映はDDでよく見つかる問題で解説しています。
なお、M&Aの資金を銀行から借りる場合、銀行は買収後の対象会社の財務も審査します。保険で簿外債務のリスクに備えていることは、M&A資金の融資の説明材料のひとつにもなります。
まとめ
- 表明保証保険は、表明保証違反による損害を保険会社が補う仕組み。買主用が中心で、売り手の売却後の補償リスクも小さくできる
- 補償されるのは契約時に知られていなかった違反による損害。DDで判明した事項、売り手の秘匿、価格調整などは対象外になりやすい
- 加入にはDDレポートの提出と引受審査が必要で、DDの代わりにはならない
- 裁判例では、売り手の秘匿があった事案で約3億円の補償が認められた一方、違反や因果関係が認められず棄却された事案もある
- 保険料は補助金の対象経費になり得るが、事業再編投資損失準備金とは併用できない。税務の扱いも事前に確認する
クレフティでは、M&Aの財務・税務DD、株式譲渡契約の表明保証・補償条項の確認、保険や準備金を使うかどうかの検討まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
