「事業承継やM&Aに、国の支援はないのですか」。オーナー経営者の方から、よくこう聞かれます。答えは「あります。ただし、種類が多く、窓口もばらばら」です。
国は、中小企業の後継者不在を大きな政策課題と位置づけ、補助金、相談窓口、税制、金融(融資・保証)の4つの方向から事業承継・M&Aを支援しています。けれども、制度ごとに所管や申請先が違い、公募の時期や要件も毎年のように変わるため、全体像をつかむのが難しくなっています。
この記事では、事業承継・M&Aで使える公的支援を4つに分けて整理し、使うときの注意点と、決算書・銀行の見え方まで解説します。
- 公的支援は「補助金」「相談窓口」「税制」「金融」の4つに分けて考えると整理しやすい
- 補助金の中心は事業承継・M&A補助金。設備投資(事業承継促進枠)、専門家費用(専門家活用枠)、統合後の取組み(PMI推進枠)、廃業費用(廃業・再チャレンジ枠)の4枠がある
- 相談の入口は事業承継・引継ぎ支援センター(47都道府県に48カ所、相談無料)。2025年度のM&A成約件数は2,265件で過去最多
- 補助金は交付決定前の契約は対象外・精算払いが原則。M&Aのスケジュールと資金繰りに組み込んで使う
事業承継・M&Aの公的支援の全体像
まず、主な公的支援を一覧にします。
| 分野 | 主な制度 | 誰に向いているか |
|---|---|---|
| 補助金 | 事業承継・M&A補助金(4つの枠) | 承継・M&Aにあわせて設備投資をする、専門家を使う、統合作業や廃業を行う会社 |
| 相談窓口 | 事業承継・引継ぎ支援センター、後継者人材バンク、中小企業活性化協議会 | 何から始めればよいかわからない、相手探しを相談したい、財務に不安がある |
| 税制 | 事業承継税制(法人版)、中小企業事業再編投資損失準備金、不動産の移転にかかる税の軽減措置 | 親族・社員に株式を移す、M&Aで他社の株式を買う |
| 金融 | 経営承継円滑化法の金融支援、信用保証協会の事業承継関連の保証、日本政策金融公庫の事業承継向け融資 | 株式の買取資金や承継後の運転資金を借りたい、経営者保証を外したい |
| 法律の特例 | 経営承継円滑化法の遺留分に関する民法の特例 | 後継者以外の相続人との公平が心配 |
それぞれ申請先や要件が違うため、どの段階で、どの支援を使うかを最初に決めておくことが大切です。
補助金:事業承継・M&A補助金の4つの枠
中小企業庁の「事業承継・M&A補助金」(以前の名称は「事業承継・引継ぎ補助金」)は、事業承継やM&Aにあわせて行う取組みの費用の一部を補助する制度です。中小機構のJ-Net21によると、2026年10月2日から11月6日まで受付の16次公募では、次の4つの枠が設けられています。
| 枠 | 対象 | 補助の内容と上限(16次公募) |
|---|---|---|
| 事業承継促進枠 | 5年以内に親族内承継・従業員承継などを予定している事業者 | 生産性向上に資する設備投資などの費用。上限800万〜1,000万円 |
| 専門家活用枠 | 他社から経営資源を引き継ぐ(買い手)、または引き継ぐ予定の(売り手)中小企業・小規模事業者 | M&Aにかかる専門家の費用。買い手支援・売り手支援とも最大600万円、デューデリジェンスを行う場合は最大200万円上乗せ。小規模事業者の売り手支援は最大450万円など |
| PMI推進枠 | M&Aで経営資源を譲り受ける予定で、統合後の取組み(PMI)を行う事業者 | PMIの専門家費用(最大150万円)、事業統合のための設備投資など(800万〜1,000万円) |
| 廃業・再チャレンジ枠 | 事業承継・M&Aに伴って既存事業を廃業し、新たな取組みに挑戦する事業者 | 既存事業の廃業費用。上限300万円 |
中小企業庁の支援サイト「ミラサポplus」のパンフレット(2026年1月時点版)によると、補助率は、事業承継促進枠が1/2(小規模事業者は2/3)、専門家活用枠の売り手支援類型が1/2(赤字などの場合は2/3)などとされ、専門家活用枠の対象経費には仲介・FA費用のほか表明保証保険料も含まれます。補助率や対象経費の細かな範囲、賃上げなどの加算要件は、公募回ごとの公募要領で定められています。上の金額も公募回によって変わるため、申請の前に必ず最新の公募要領を確認してください。申請は電子申請(jGrants)で行い、GビズIDプライムアカウントが必要です。
補助金を使うときの3つの注意点
- 交付決定の前に契約・発注した費用は、原則として対象外です。M&Aの仲介・FA契約やDDの発注を先に済ませてしまうと、補助の対象にならないことがあります。M&Aのスケジュールと公募の締切を並べて計画する必要があります
- 補助金は、事業が終わって実績報告をした後に支払われる精算払いが基本です。設備代金や専門家報酬は、いったん自社で全額を支払うことになります。つなぎの資金をどうするかを銀行と相談しておきましょう
- 専門家活用枠では、M&Aの仲介・FAの費用について、中小企業庁のM&A支援機関登録制度に登録された支援機関であることが求められるなど、相手先の条件が定められています。登録制度の内容はM&A支援機関登録制度と業者の選び方で解説しています
なお、補助金は法人の収益(益金)として法人税の対象になります。補助金で固定資産を取得した場合は、要件を満たせば圧縮記帳で課税を将来に繰り延べることができます。ただし、圧縮記帳をすると資産の帳簿価額が下がり、その後の減価償却費も小さくなります。銀行は補助金を「一時的な収益」として見ることが多いので、決算書の上では特別利益として区分しておくと、本業の利益と混ざらずに説明しやすくなります。創業期の補助金の考え方は創業時に使える補助金・助成金も参考にしてください。
相談窓口:事業承継・引継ぎ支援センターと後継者人材バンク
事業承継・引継ぎ支援センター
事業承継・引継ぎ支援センターは、国が47都道府県に48カ所設置している公的な相談窓口です。親族内承継・従業員承継の相談から、第三者への引継ぎ(M&A)の相手探し、後継者の紹介まで、相談は無料で受けられます。
中小機構の発表(2026年5月)によると、センターの2025年度の実績は次のとおりです。
| 項目 | 2025年度の実績 |
|---|---|
| 新規相談者数 | 2万4,030者(2011年度のセンター開設以来、初めて2万4,000者を超え過去最多) |
| 第三者承継(M&A)の成約件数 | 2,265件(過去最多) |
| 後継者人材バンクの成約件数 | 114件(過去最多) |
2024年度のM&A成約件数は2,132件だったので、公的な窓口を通じたM&Aも年々増えています。
後継者人材バンク
後継者人材バンクは、後継者がいない小規模な事業者と、起業を目指す人などを引き合わせる仕組みです。個人事業や小さな会社で「会社として売るほどの規模ではないが、事業は誰かに続けてほしい」という場合の選択肢になります。
公的窓口を使うメリットと限界
センターは中立的な立場で相談に乗ってくれる一方、案件の進め方によっては、センターに登録している民間の仲介会社・FAや士業の専門家につながれることがあります。その場合は、専門家への報酬が発生します。報酬の考え方はM&Aの手数料(レーマン方式・着手金・最低報酬)で解説しています。
財務に不安がある会社は、各都道府県の中小企業活性化協議会も相談先になります。経営改善や事業再生の計画づくりを支援する窓口で、経営者保証ガイドラインの要件を満たしているかの確認も行っています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る税制:株式を移す・買うときに使える特例
事業承継税制(法人版)
親族や社員に自社株式を贈与・相続で移すときに、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度です。特に特例措置は、2027年12月31日までの贈与・相続が対象で、期限が迫っています。制度の要件と期限については事業承継税制の特例の期限(2027年)と今やるべきこと、事業承継税制の基本で詳しく解説しています。
中小企業事業再編投資損失準備金
M&Aで他社の株式を買う側の会社が使える制度です。国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」によると、仕組みは次のとおりです。
| 区分 | 主な要件 | 積立ての上限 | 据置期間・取崩し |
|---|---|---|---|
| 経営力向上計画に係る措置 | 事業承継等の事前調査(DDの内容)を記載した経営力向上計画の認定(認定期限:2027年3月31日)。株式の取得価額10億円以下 | 取得価額の70% | 5年間据え置いた後、5年間で均等に取り崩す |
| 特別事業再編計画に係る措置(2024年度改正で追加) | 産業競争力強化法の特別事業再編計画の認定(2027年3月31日まで)。取得価額1億円以上100億円以下 | 1回目の特別事業再編は90%、2回目以降は100% | 10年間据え置いた後、5年間で均等に取り崩す |
積み立てた金額を損金に算入できるため、M&Aの初年度の税負担を抑え、簿外債務などのリスクに備えることができます。ただし、これは課税の繰延べであり、据置期間が終われば取り崩して益金に算入します。また、事業年度末に、M&Aに関連する損害を補塡する一定の保険(特定保険契約)を結んでいる場合は使えないなど、細かな要件があります。準備金を積み立てると決算書の利益は小さく見えるので、M&A資金を借りる銀行には、税務上の処理であることを説明しておくとよいでしょう。
このほか、経営力向上計画の認定を受けて事業承継等を行う場合に、不動産の移転にかかる登録免許税・不動産取得税を軽減する措置も設けられています。適用期限や軽減の内容は改正されることがあるため、利用の際は最新の資料で確認してください。
金融と法律の特例:経営承継円滑化法
「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)は、事業承継を支える3つの柱を定めています。
- 事業承継税制の前提となる認定:都道府県知事の認定を受けることで、贈与税・相続税の納税猶予の対象になります
- 金融支援:都道府県知事の認定を受けた会社や後継者が、株式の買取り資金などについて、信用保証の特例や日本政策金融公庫の融資を利用できる仕組みです
- 遺留分に関する民法の特例:後継者が先代から贈与を受けた株式を、遺留分の計算の対象から外す(除外合意)、または合意時の価額で固定する(固定合意)ことを、推定相続人全員の合意と、経済産業大臣の確認・家庭裁判所の許可を経て行えます
3つ目は、後継者以外の相続人との公平(遺留分と民法特例)で詳しく解説します。株価が上がっていく会社では、贈与した株式の価値の上昇分が遺留分の争いの火種になりやすいため、固定合意は検討する価値があります。
経営者保証の解除を支える制度
事業承継の大きな障害になる経営者保証については、信用保証協会の「事業承継特別保証制度」や、経営者保証ガイドラインの事業承継時の特則があります。日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」も、特則の中で、事業承継時に経営者保証を不要とする政府系金融機関の制度の例として挙げられています。詳しくは事業承継と経営者保証をご覧ください。
公的支援を上手に使うための進め方
公的支援は、使える制度を「探す」より、承継・M&Aの計画に合わせて「組み込む」ほうがうまくいきます。
| 段階 | 検討したい支援 |
|---|---|
| 承継の方向性を考える(5年前〜) | 事業承継・引継ぎ支援センターでの相談、自社株評価の試算、事業承継税制を使うかどうかの判断 |
| 磨き上げ・計画づくり(3年前〜) | 事業承継促進枠を使った設備投資、経営力向上計画の認定、中小企業活性化協議会の支援 |
| M&Aの実行(1年前〜) | 専門家活用枠(仲介・FA・DDの費用)、準備金の検討、M&A資金の融資・保証 |
| 承継・M&Aの後 | PMI推進枠、経営者保証の解除、事業承継税制の継続届出 |
補助金や税制の特例には、計画の認定を先に受ける必要があるものが多くあります。M&Aの基本合意やクロージングの日程を決める前に、どの制度を使うのか、そのためにいつまでに何を申請するのかを、税理士や支援機関と一緒に確認しておきましょう。
まとめ
- 事業承継・M&Aの公的支援は、補助金・相談窓口・税制・金融(法律の特例)の4つに分けて整理する
- 事業承継・M&A補助金は、事業承継促進枠・専門家活用枠・PMI推進枠・廃業・再チャレンジ枠の4枠。交付決定前の契約は原則対象外、精算払いが基本
- 事業承継・引継ぎ支援センターは無料の公的窓口。2025年度のM&A成約は2,265件と過去最多
- 株式を移すなら事業承継税制、株式を買うなら事業再編投資損失準備金。どちらも課税の猶予・繰延べであり、要件の管理が続く
- 制度は毎年のように変わる。公募要領・最新の手引きで必ず確認してから使う
クレフティでは、承継・M&Aの計画づくりと、補助金・税制の特例を使う場合の要件の確認、決算書と銀行への説明まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
