「会社は長男に継がせたい。でも、娘にも公平に財産を残したい」。親族内承継を考えるオーナー経営者から、いちばん多く聞く悩みのひとつです。会社の株式を後継者に集めるほど、ほかの相続人との間で遺留分の問題が大きくなります。
この記事では、後継者に自社株を集めたときの遺留分の仕組みを、民法の条文に沿って整理します。そのうえで、経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)の要件と手続き、遺留分を株式で支払ったときの税金、銀行から見た注意点までお伝えします。
- 兄弟姉妹以外の相続人には遺留分がある。遺言や生前贈与で株式を後継者に集めても、ほかの相続人は遺留分侵害額を金銭で請求できる
- 相続人への生前贈与は、原則として相続開始前10年間の分が遺留分の計算に入る。贈与した株式は相続開始時の価額で評価される
- 経営承継円滑化法の除外合意(株式を計算から外す)と固定合意(価額を合意時に固定する)を使えば、後継者が育てた株価の上昇分を守れる。ただし推定相続人全員の合意と、大臣確認・家裁許可が必要
- 遺留分を株式で支払うと、後継者に譲渡所得の課税が生じる(国税庁の取扱い)
- 「公平」は金額だけで決まらない。家族で話し合う材料として、株価と財産の一覧を早めに作ることが出発点
遺留分とは:遺言でも奪えない取り分
遺留分は、一定の相続人に法律が保障する最低限の取り分です。民法1042条は、兄弟姉妹以外の相続人に、遺留分を算定するための財産の価額に次の割合を掛けた額を認めています。
| 相続人の構成 | 全体の遺留分 | 例:子2人の場合の1人分 |
|---|---|---|
| 直系尊属(親)のみ | 3分の1 | ― |
| それ以外(配偶者・子がいる場合) | 2分の1 | 2分の1 × 法定相続分2分の1 = 4分の1 |
| 兄弟姉妹 | 遺留分なし | ― |
相続人が複数いる場合は、全体の遺留分に各自の法定相続分を掛けて、1人ずつの遺留分を出します(同条2項)。
遺留分の計算に入る財産
遺留分を算定するための財産は、相続開始時の財産に贈与した財産を加え、債務を差し引いて計算します(民法1043条)。加える贈与には期間の制限があります(民法1044条)。
- 相続人以外への贈与:相続開始前1年間のもの
- 相続人への贈与:相続開始前10年間のもので、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与(いわゆる特別受益)
- 当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与:期間の制限なし
後継者に自社株を生前贈与していれば、10年以内のものは原則として計算に入ります。しかも、贈与した財産の価額は相続開始の時の状態で評価されます(同条2項による904条の準用)。贈与した後に後継者の努力で株価が上がっても、上がった後の価額で遺留分が計算される、というのが自社株の承継で最も悩ましい点です。
2019年の改正で何が変わったか
2019年7月1日以後に開始した相続から、遺留分のルールが大きく変わりました。
| 項目 | 改正前(遺留分減殺請求) | 改正後(遺留分侵害額請求) |
|---|---|---|
| 請求の内容 | 遺贈・贈与の効力を失わせ、財産そのものを取り戻す | 侵害額に相当する金銭の支払を請求する(民法1046条) |
| 自社株への影響 | 株式が後継者とほかの相続人の共有になりえた | 株式は後継者のまま。後継者に金銭債務が生じる |
| 相続人への生前贈与 | 算入する期間が条文上はっきりしなかった | 原則、相続開始前10年間の特別受益と明記(民法1044条3項) |
| 支払の猶予 | ― | 裁判所が相当の期限を許与できる(民法1047条5項) |
改正後は、株式が共有になって議決権の行使が止まる、という事態は避けられるようになりました。共有株式の議決権の扱いは相続で共有になった株式の議決権で解説しています。その代わり、後継者は現金を用意しなければならない立場になります。
請求には期限があり、相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈を知った時から1年、または相続開始から10年で時効により消滅します(民法1048条)。
計算例
社長の財産が自社株2億4,000万円、その他の財産6,000万円(合計3億円、債務なし)で、相続人は長男(後継者)と長女の2人とします。遺言で株式をすべて長男に、その他の財産を長女に相続させた場合です。
- 長女の遺留分:3億円 × 2分の1 × 2分の1 = 7,500万円
- 長女が受け取る財産:6,000万円
- 遺留分侵害額:7,500万円 − 6,000万円 = 1,500万円
長男は長女に1,500万円を支払う義務を負います。ここでの株式の価額は、相続税の申告で使う財産評価基本通達の評価額とは限らず、遺留分の場面での時価です。非上場株式の時価は算定方法によって幅があり、評価そのものが争いになることも少なくありません。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る経営承継円滑化法の民法特例:除外合意と固定合意
こうした問題に対応するため、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)は、遺留分に関する民法の特例を定めています。
2つの合意
| 合意 | 内容 | 効果 |
|---|---|---|
| 除外合意(4条1項1号) | 後継者が先代から贈与等で取得した株式の全部または一部を、遺留分を算定するための財産の価額に算入しない | 株式が遺留分の計算から外れる |
| 固定合意(4条1項2号) | 遺留分の計算に入れる株式の価額を、合意の時の価額に固定する | 合意後の株価の上昇分が遺留分の計算に入らない |
固定合意で使う価額は、弁護士、公認会計士、税理士などが「合意の時における相当な価額」として証明したものに限られます。先代経営者や後継者本人は証明者になれません(同条2項)。
あわせて、後継者が合意の対象にした株式を処分した場合や、先代の生存中に後継者が代表者として経営に従事しなくなった場合に、ほかの推定相続人がとれる措置を定めておく必要があります(同条4項)。
主な要件
- 会社:一定期間以上継続して事業を行っている非上場の中小企業者であること(3条1項)。中小企業庁の申請マニュアルでは、設立後3年未満の会社はこの要件を満たせないとされています
- 旧代表者:その会社の代表者であった者(現に代表者である者を含む)で、後継者に株式を贈与した者(同条2項)
- 後継者:旧代表者から株式の贈与を受けた者(またはその者から相続した者)で、議決権の過半数を持ち、かつ代表者である者(同条3項)
- 合意の当事者:旧代表者の推定相続人全員と後継者。推定相続人から兄弟姉妹とその子は除かれます(同条6項)
- 合意の対象を除いても後継者がすでに議決権の過半数を持っている場合は、合意できません(4条1項ただし書)
手続きの流れ
- 推定相続人全員と後継者が、書面で合意する
- 合意の日から1か月以内に、後継者が経済産業大臣の確認を申請する(7条3項)
- 確認を受けた日から1か月以内に、後継者が家庭裁判所に許可を申し立てる(8条1項)
- 家庭裁判所が、合意が当事者全員の真意に出たものと認めれば許可し、合意の効力が生じる(8条2項)
出典:e-Gov法令検索「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」
期限が短く、家族全員の署名がそろう段階で一気に進める必要があります。実務では、株価の証明(固定合意)や、ほかの相続人に渡す財産との釣り合いの説明に時間がかかります。
民法の「遺留分の放棄」との違い
民法にも、相続開始前に家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄する制度があります(民法1049条)。ただし、放棄は放棄する相続人ごとに家庭裁判所の許可が必要で、本人に見返りがないと認められにくいとされています。民法特例は、後継者が申請者となって株式だけを対象に整理できる点が違います。
遺留分と税金:株式で支払うと譲渡所得になる
株式で代物弁済した場合
遺留分侵害額は金銭で支払うのが原則ですが、当事者が合意すれば株式や不動産で支払うこともできます。国税庁の所得税基本通達33-1の6と質疑応答事例は、遺留分侵害額の支払に代えて資産を移転した場合、渡した側がその資産を譲渡したものとして、譲渡所得の課税を受けると整理しています。収入金額は、原則として消滅した債務の額です。
非上場株式は取得費が小さいことが多く、思わぬ所得税が生じることがあります。さらに、株式を受け取った相続人が株主になり、議決権が分散します。株式での支払は、税金と議決権の両面で最後の手段と考えたほうがよいでしょう。
相続税の申告への影響
遺留分侵害額の支払額が確定すると、受け取った相続人は相続税が増え、支払った後継者は相続税が減ります。後継者は更正の請求、受け取った側は修正申告を検討することになります。相続時精算課税で贈与を受けた財産について遺留分侵害額が確定した場合の計算は、国税庁の質疑応答事例で示されています。
生命保険で代償資金を用意する場合の注意
後継者を受取人とする生命保険で、遺留分の支払資金を用意する方法はよく使われます。死亡保険金は受取人固有の権利とされますが、最高裁平成16年10月29日決定(平成16年(許)第11号)は、遺産分割の特別受益に関して、保険金の額や遺産総額に対する比率などから著しい不公平がある「特段の事情」があれば、特別受益に準じて扱われる余地を示しています(裁判所「裁判例検索」)。保険金を極端に大きくすれば安心、とは言い切れません。保険の使い方は経営者の万一に備える生命保険もご覧ください。
公平をどう考えるか:家族で話し合う材料
遺留分は「最低限の取り分」であって、「これだけ渡せば公平」という基準ではありません。後継者は会社の借入の保証人になり、経営の責任を負います。一方、ほかの相続人には「会社のために我慢してきた」という思いがあるかもしれません。どちらの感じ方も自然なもので、正解は家族ごとに違います。
話し合いの材料として、次の3つを一覧にしておくことをおすすめします。
- 株価の推移と見通し:相続税評価額だけでなく、第三者に売った場合の水準も
- 会社以外の財産:自宅、預金、保険、不動産。後継者以外に渡せる財産がどれだけあるか
- 後継者が負う責任:経営者保証、借入、従業員の雇用
株価を知るところから始める場合は自社株評価の方法、生前贈与の方式は暦年贈与・相続時精算課税で株式を移す方法をご覧ください。
銀行から見た遺留分の問題
金融機関は、後継者が遺留分の支払で多額の個人借入を抱えたり、会社から資金を流出させたりしないかを気にします。後継者が支払資金を会社から借りれば、決算書に役員貸付金が残り、銀行の評価を下げる要因になります。役員貸付金の見え方は役員貸付金・借入金と銀行の評価で解説しています。遺留分の手当ては、会社の財務を傷めない形で準備するのが原則です。
まとめ
- 兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があり、遺言や贈与で株式を集めても金銭での請求を受けうる
- 相続人への贈与は原則10年間分が計算に入り、株式は相続開始時の価額で評価される
- 経営承継円滑化法の除外合意・固定合意で、株式を計算から外したり価額を固定したりできる。推定相続人全員の合意、合意から1か月以内の大臣確認申請、確認から1か月以内の家裁申立てが必要
- 遺留分を株式で支払うと、後継者に譲渡所得の課税が生じる
- 公平の形は家族ごとに違う。株価・財産・責任の一覧を作り、早めに話し合うことが出発点
クレフティでは、自社株の評価、固定合意に使う価額の検討、遺留分を踏まえた承継計画づくりを、事業承継・M&A支援としてお手伝いしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺ったうえで、公認会計士・税理士が具体的な試算をご案内します。
