社長の座を子どもや社内の後継者に譲ったあと、先代が「会長」として会社に残るのは、中小企業ではごく普通のことです。そのとき必ず出てくるのが、会長の報酬をいくらにするか、そしてどこまで経営に関わるかという問題です。
この2つは、家族の気持ちの問題であると同時に、税務の問題でもあります。会長就任と同時に役員退職金を受け取る場合、税務調査では「本当に退職したのと同じといえるか」が確認されます。報酬を高く据え置いたまま重要な決定に関わり続けていると、退職金が損金に算入できない役員給与(賞与)とされ、法人税と源泉所得税の両方を追徴されることがあります。この記事では、会長の報酬と関わり方をめぐる国税不服審判所の公表裁決と裁判例を一覧にして、どこで判断が分かれたのかを解説します。
- 会長の報酬に法令上の決まった額はない。ただし、会長就任時に退職金を受け取るなら、地位と職務が「激変」したといえる実態が必要(法人税基本通達9-2-32)
- 報酬を半額以下にしても、会長が投資・人事・役員報酬の決定に関わり、後継社長の2倍の給与を受けていたことで、退職金が否認された裁決がある(平成29年7月14日裁決)
- 逆に、職務の実態に比べて報酬が高すぎると、退職金がなくても不相当に高額な役員給与として損金不算入になりうる(非常勤取締役の裁決が複数)
- 会長の報酬と関わり方は、退職金、事業承継税制、経営者保証、後継者の求心力の4つをセットで設計する
会長・相談役は会社法上どういう立場か
まず押さえておきたいのは、「会長」「相談役」「顧問」は会社法に定めのある役職ではないということです。会社法上の機関は、取締役、代表取締役、監査役などです。会長という肩書は、会社が任意につけている呼び名にすぎません。
| 肩書 | 会社法上の立場 | 報酬の決め方 | 税務上の扱い |
|---|---|---|---|
| 代表取締役会長 | 代表取締役(代表権あり) | 定款または株主総会の決議(会社法361条) | 役員 |
| 取締役会長(代表権なし) | 取締役 | 同上 | 役員 |
| 相談役・顧問(取締役でない) | 会社法上の役員ではない(委任契約・顧問契約など) | 契約で決める | 経営に従事していれば「みなし役員」になりうる(法人税法2条15号、施行令7条) |
ポイントは、税務では肩書ではなく実態を見るということです。取締役を退いて相談役・顧問になっても、会社の経営に従事していると認められれば、法人税法上は役員(みなし役員)として扱われます。国税不服審判所の昭和55年2月20日裁決(裁決事例集No.20)は、商業登記上の役員でない者でも、金融機関からの借入の決定、仕入・販売の計画、従業員の採用や給与の決定などを自らの責任で行っていたとして、役員に当たるとしました。
逆に、平成28年3月31日裁決は、税務署が「経営に従事していた」と主張したものの、人事や資金計画にいつ、どのように関わっていたのかを裏付ける証拠がないとして、みなし役員には当たらないと判断しています。関与の有無は、具体的な事実と証拠で判断されるということです。
会長の報酬をめぐる税務のルール
会長の報酬には、大きく3つのルールが関わります。
| 論点 | ルール | 根拠 |
|---|---|---|
| 毎月の報酬(定期同額給与) | 原則として事業年度開始から3か月以内に改定。役員の職制上の地位の変更など「臨時改定事由」による改定も認められる | 法人税法34条1項1号、施行令69条1項1号 |
| 報酬の額が過大でないか | 職務の内容、会社の収益、使用人の給与、同種・同規模の法人の支給状況などに照らして不相当に高額な部分は損金不算入(実質基準)。定款・株主総会で定めた限度額を超える部分も同様(形式基準) | 法人税法34条2項、施行令70条1号 |
| 会長就任時の退職金 | 分掌変更で地位・職務が激変し、実質的に退職したと同様の事情があれば退職給与として扱える | 法人税基本通達9-2-32 |
法人税基本通達9-2-32は、「実質的に退職したと同様の事情」の例として次の3つを挙げています。
- 常勤役員が非常勤役員になったこと(代表権のある者、代表権はないが実質的に経営上主要な地位を占めている者を除く)
- 取締役が監査役になったこと(実質的に経営上主要な地位を占めている者などを除く)
- 分掌変更後の給与がおおむね50%以上減少したこと(分掌変更後も経営上主要な地位を占めている者を除く)
注意したいのは、3つとも「経営上主要な地位を占めている者を除く」というただし書きがついていることです。報酬を半分にすれば自動的に認められる、という読み方はできません。また、通達の注書きで、原則として未払金に計上しただけのものは退職給与に含まれないとされています。
社長交代のタイミングと報酬改定の関係は段階的な承継(代表交代が先か、株式が先か)で、役員報酬の決め方の基本は役員報酬の設計で取り上げています。
裁決・判例で見る「会長の報酬と関わり方」
ここからは、公表されている裁決と判決を、退職金の否認と報酬の過大の2つに分けて紹介します。
退職金が否認された例・認められた例
| 裁決・判決 | 事案 | 結論 |
|---|---|---|
| 国税不服審判所 昭和56年6月23日裁決(裁決事例集No.22) | 代表取締役から取締役への分掌変更で退職金を支給。議事録が真正に作成されたと認められず、登記もされていない。分掌変更後の報酬の支給状況からも退職と同様とはいえない | 損金算入を否認 |
| 国税不服審判所 平成29年7月14日裁決 | 創業以来の代表取締役社長が、病気を契機に代表権のない取締役会長に。給与は約55%減少し、取引先への挨拶状の送付や金融機関の連帯保証の解除も行った | 会長として重要な決定に関与し、経営上主要な地位を占めていたとして否認。源泉所得税の納税告知も適法 |
| 国税不服審判所 令和2年12月15日裁決 | 代表取締役と取締役をいずれも辞任した元代表者。税務署は退任後も経営に従事するみなし役員と主張 | 退職当時の客観的な証拠がなく、退任後に報酬も受けていないとして、退職給与の損金算入を認めた |
| 東京地裁 平成27年2月26日判決(税務訴訟資料265号-30・順号12613、確定) | 創業者が代表取締役を辞任して非常勤取締役に。退職慰労金2億5,000万円を決議し、赤字決算を避けるためなどの事情から分割して支払い、支払った事業年度に損金算入 | 分割支払分も退職給与に当たり、支払った事業年度の損金算入を認めた(納税者勝訴) |
平成29年7月14日裁決を詳しく見る
この裁決は、会長の報酬と関わり方を考えるうえで、最も参考になる事例です。
会社側は、権限をすべて後継者に移譲したこと、金融機関との個人保証を解除したこと、給与を半額以下にしたことを主張しました。審判所も、取引先への挨拶状の送付、保証の解除、権限の段階的な移譲、勤務時間の減少、給与の約55%減少(通達の「おおむね50%以上の減少」に当てはまる)を認め、地位や職務に相応の変動があったこと自体は認めています。
それでも退職金が否認されたのは、会長が分掌変更後も次のようなことに関わっていたからです。
- 取締役会で、後継者の代表取締役の任期満了に伴う代表取締役の選定と役員給与の変更を、後継者らと共に決定した
- 経営会議で、数千万円から1億円を超える事業用資産の購入を共に決定した
- 長年勤めた幹部社員の解雇を共に決定した
- 事業所の操業に関わる近隣トラブルの解決のための多額の支出を、代表取締役に相談せず決めていた
- 後継者と金融機関との交渉の場に立ち会い、意見を述べることがあった
- 経費の領収書を多数チェックし、サインをしていた
そして審判所は、会長が分掌変更後1年以上にわたり、ほかの取締役の給与の2倍の額を受けていたことを、経営上主要な地位を占めていたことの裏付けとしました。会社側は「長年の功労からみて不自然ではない」と主張しましたが、審判所は、功労だけでは唯一の代表取締役である後継者の報酬の2倍に及ぶ理由にはならず、むしろ会長の職務がなお会社にとって貢献度の高いものと評価されていたことを示す、としています。なお、この会長はその数年後に代表取締役に復帰しています。
- 報酬を半分以下にしても、肩書を変えても、重要な決定(投資・人事・役員報酬)に加わっていれば退職と同じとはいえない
- 会長の報酬が後継社長より高いことは、「まだ会長が実質的なトップである」ことの証拠として使われる
- 病気など分掌変更のやむを得ない事情があっても、実際に毎日通勤して決定に関わっていれば、判断は変わらない
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事業承継・M&A支援を見る報酬の額が過大とされた例・されなかった例
会長就任時に退職金を受け取らない場合でも、報酬の水準は問題になります。職務の実態に比べて報酬が高すぎると、不相当に高額な部分が損金不算入になるからです。
| 裁決 | 事案 | 結論 |
|---|---|---|
| 平成9年9月29日裁決(裁決事例集No.54) | 代表者の妻ら非常勤の取締役3名。業務執行権がなく職務内容が不明確。報酬の伸びが売上や売上総利益の伸びより大きい | 類似法人の非常勤取締役の平均額を超える部分は過大 |
| 平成14年6月13日裁決(裁決事例集No.63) | 長期入院した取締役会長の報酬と退職金。税務署は非常勤とみて、適正報酬額を50万円と主張 | 入退院を繰り返しつつも相当程度の頻度で職務に従事しており常勤と認定。類似法人の常勤の取締役会長と比べ、過大ではない |
| 平成17年12月19日裁決(裁決事例集No.70) | 代表者の母である非常勤取締役。会社は「代表取締役のよき相談相手として経営に参画」と主張 | 「よき相談相手」は客観性・具体性に欠け、決められた仕事もない。類似法人の非常勤取締役の平均額を超える部分は過大 |
| 平成20年11月14日裁決(裁決事例集No.76) | 代表者の妻である役員。従事日数は月2〜3日 | 類似法人の平均役員報酬額を超える部分は過大 |
平成14年6月13日裁決と平成17年12月19日裁決を並べると、会長・相談役の報酬で何が問われるかがよくわかります。前者は、実際に職務に従事していた事実が認められ、常勤の会長として同業と比べて過大ではないとされました。後者は、「相談に乗っている」という説明だけでは職務の対価として認められませんでした。
つまり、会長の報酬は、退職金を受け取るなら「高すぎると退職の実態を疑われる」、退職金を受け取らないなら「仕事の中身に比べて高すぎると過大とされる」という、両側からの制約を受けます。
会長の報酬と関わり方をどう決めるか
裁決・判例を踏まえると、実務では次の順番で考えるのが現実的です。
ステップ1:会長に何をしてもらうのかを先に決める
報酬の額から決めるのではなく、会長の役割から決めます。
| 会長の役割 | 例 | 退職金との関係 |
|---|---|---|
| 経営の最終判断を続ける | 投資・人事・役員報酬の決定、銀行交渉の主導 | 退職金の支給は難しい。退職金は本当に退くときまで待つ |
| 後継者の相談役・対外的な顔 | 業界団体、地域の付き合い、主要取引先への挨拶 | 決定権を持たないことを書面と実態で示せれば検討の余地 |
| 技術・ノウハウの引継ぎ | 特定の技術指導、職人の育成 | 業務範囲と期間を限定し、報酬もその対価として設定 |
| 完全に経営から離れる | 取締役も退任 | 退職の事実を客観的な資料で残す |
ステップ2:役割に見合った報酬水準にする
会長の報酬は、後継社長より低い水準にするのが基本です。平成29年7月14日裁決のように、会長の報酬が後継者の2倍という状態は、退職金の有無にかかわらず「誰が実質的なトップか」を示してしまいます。非常勤であれば、同業・同規模の会社の非常勤役員の水準を意識します。
ステップ3:関与の範囲を記録に残す
- 取締役会・経営会議の議事録で、決定者が誰かを明確にする
- 決裁権限規程で、会長に決裁権限がないことを定める
- 銀行の窓口、主要取引先の担当を後継者に切り替え、挨拶状や名刺、組織図も合わせる
- 会長の業務内容を記録する(相談役・顧問なら契約書に業務範囲と期間を書く)
令和2年12月15日裁決のように、関与の有無は証拠で判断されます。会社側にとっても、議事録や決裁の記録が「会長は決定に加わっていない」ことを示す材料になります。退職の実態を整えるための実務は「実質的に退職した」と認められる実務、否認された事例の一覧は役員退職金が否認されるケースでまとめています。
ステップ4:退職金のタイミングを決める
会長として経営に関わり続けるなら、退職金は会長も退くときに支給するほうが、説明がしやすくなります。東京地裁平成27年2月26日判決のように、分掌変更時に決議した退職金を分割で支払い、支払った事業年度に損金算入することが認められた例もありますが、これは実質的な退職が前提です。功績倍率など金額の考え方は役員退職金の金額が過大とされた判例をご覧ください。
事業承継税制・経営者保証・銀行との関係
事業承継税制
国税庁の「法人版事業承継税制のあらまし」では、先代経営者である贈与者の要件として、贈与の時において会社の代表権を有していないことが挙げられています。代表権のない会長として残ることはこの要件と両立しますが、代表権を持ったまま株式を贈与することはできません。特例措置を使うには、2027年9月30日までに特例承継計画を提出する必要があり、特例措置の対象は2027年12月31日までの贈与・相続等です。期限と準備は事業承継税制の特例の期限(2027年)で解説しています。
経営者保証
経営者保証ガイドラインの「事業承継時に焦点を当てた特則」(2020年4月適用)は、前経営者と後継者の双方から保証を取る「二重徴求」を原則として行わないこととし、前経営者が実質的な経営権・支配権を持たなくなれば保証の見直しを検討するよう金融機関に求めています。会長が経営の実権を持ち続けていると、銀行から見ても前経営者の保証を外す理由が弱くなります。詳しくは事業承継と経営者保証をご覧ください。
銀行は「誰が経営しているか」を見る
銀行は、後継者が本当に経営を担っているかを見ています。融資の面談に会長が同席して話を主導していたり、会長の報酬が後継社長より高かったりすると、「実権はまだ先代にある」と受け止められ、後継者の信用づくりが進みません。
また、会長の報酬は会社の利益を直接減らします。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。役割の小さくなった会長に高い報酬を払い続けると、経常利益が減ってこの数字が悪化し、後継者の代での借入に影響します。後継者の信用のつくり方は事業承継と銀行で取り上げています。
家族で話し合っておきたいこと
会長の報酬は、先代の老後の生活資金という面もあります。報酬を下げる代わりに、退職金でまとまった資金を受け取る、個人で持つ不動産の賃料で生活費をまかなうなど、生活設計と一緒に考える必要があります。どれが正解ということはなく、先代の健康状態や後継者の経験、家族の考え方によって答えは変わります。先代がどこまで関わるのが良いかは、後継者と先代、家族で率直に話し合う材料として、早めにテーブルに載せておくことをおすすめします。
まとめ
- 会長・相談役は会社法上の役職ではない。税務では肩書ではなく、重要な決定に関与しているかという実態で判断される
- 会長就任時に退職金を受け取るなら、報酬の大幅な減額に加え、投資・人事・役員報酬などの決定から実際に離れることが必要。会長の給与が後継社長の2倍だったことが否認の裏付けとされた裁決がある(平成29年7月14日裁決)
- 退職金を受け取らない場合も、職務の実態に比べて高すぎる報酬は過大とされうる。「よき相談相手」という説明だけでは認められなかった(平成17年12月19日裁決)
- 役割を先に決め、報酬は後継社長より低く、関与の範囲は議事録・決裁規程・契約書で記録に残す
- 事業承継税制(贈与時に代表権がないこと)、経営者保証の見直し、銀行から見た後継者の信用も、会長の関わり方と一体で考える
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