事業承継というと、ある日社長が交代し、同時に株式も後継者に渡る、という形を思い浮かべるかもしれません。しかし実際には、経営(代表取締役)と所有(株式)を、時期をずらして段階的に移すことがよくあります。「まず社長を譲って、株は様子を見てから」「先に株を渡して、代表はもう少し続ける」。どちらにも理由があり、リスクもあります。
この記事では、段階的な承継で「代表交代が先か、株式が先か」を、退職金の税務(分掌変更の通達と裁決)、退職金と株価の関係、事業承継税制の要件、議決権の設計、経営者保証の扱いから整理します。どちらを選ぶかは家族と会社の状況によります。判断のための材料としてお読みください。
- 代表交代が先:後継者が経営の経験を積める。先代は会長などで支えられるが、退職金は実質的な退職が条件(法人税基本通達9-2-32、平成29年7月14日裁決)
- 株式が先:株価が低いうちに渡せる。ただし先代が代表を続けると、後継者は株主なのに経営権がない状態になる
- 事業承継税制を使うなら、贈与の時に後継者が代表権を持ち、先代は代表権を持たないことが要件。代表交代は株式の贈与と同時か前
- 退職金を払うと会社の利益・純資産が減り、株価が下がることがある。株式の移転の時期と組み合わせて考える
- 先代の関与を残すなら拒否権付株式、保証は経営者保証ガイドラインの特則を使って整理する
2つの順番のメリットとリスク
| 項目 | 代表交代が先 | 株式が先 |
|---|---|---|
| 後継者の経営経験 | 早く積める。取引先・銀行への顔見せができる | 代表でないため、対外的な経験は後になる |
| 先代の関与 | 会長・取締役として支える。関与しすぎると退職金の税務や社内の指揮系統に影響 | 代表として経営を続ける |
| 議決権 | 先代が株主のままなら、最終的な決定権は先代 | 後継者が議決権の過半数を持てば、役員の選任を決められる |
| 株価 | 移転を後にするほど、業績次第で上がることがある | 低いうちに移せる |
| 退職金 | 代表交代時に払うなら実質退職が条件 | 先代が代表を退くまで払えない |
| 事業承継税制(贈与) | 代表交代と同時か後に贈与すれば要件を満たしやすい | 贈与時に先代が代表なら使えない |
| 経営者保証 | 新代表への保証の移行、先代の保証解除の交渉 | 代表が変わらないため保証もそのまま |
「名ばかりの交代」に注意
代表交代を先にしても、先代が毎日出社して決裁を続け、銀行との交渉も先代が行っているなら、社内も社外も「本当の社長は先代」と受け止めます。後継者が育たないうえ、後で見るとおり、退職金の税務でも不利になります。代表交代を先にするなら、権限も一緒に移すことが前提です。先代の報酬や関わり方は会長になった先代の報酬と関わり方で詳しく取り上げています。
代表交代と退職金:通達と裁決
分掌変更の通達
社長を退いて会長などとして会社に残る場合、役員を辞めていないので、退職金を払うには分掌変更として扱う必要があります。法人税基本通達9-2-32は、分掌変更などで役員としての地位・職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にある場合に、退職給与として扱えるとしています(法人税基本通達9-2-32)。
| 通達の例示 | 除かれる人 |
|---|---|
| 常勤役員が非常勤役員になった | 常時勤務していなくても代表権がある人、実質的に経営上主要な地位を占める人 |
| 取締役が監査役になった | 実質的に経営上主要な地位を占める人、一定の大株主 |
| 給与が激減(おおむね50%以上の減少)した | 分掌変更後も経営上主要な地位を占める人 |
裁決事例
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 平成29年7月14日裁決 | 代表取締役社長を辞任し、代表権のない取締役会長になったことに伴い退職金を支給 | 地位や職務に相当程度の変動はあったが、分掌変更後も経営・業務で主要な地位を占め、取締役として重要な決定事項に関与していたため、実質的に退職したとはいえない。損金算入を認めず(棄却) |
| 令和2年12月15日裁決 | 代表取締役・取締役を辞任した元代表者に退職金。原処分庁は退任後も経営に従事するみなし役員と主張 | 経営への関与を示す客観的な証拠がないなどとして、退職の事実を認め、損金算入を認めた |
平成29年の裁決は、肩書を「会長」に変え、報酬を減らしただけでは足りないことを示しています。分掌変更後に何をしていたかが問われます。会長として残るなら、取締役会や経営会議での役割、決裁の範囲、銀行との窓口を後継者に移したことを、議事録や社内文書で残しておくことが大切です。否認事例の一覧は役員退職金が否認されるケース、実務の詳細は「実質的に退職した」と認められる実務をご覧ください。
株式の移転:株価と事業承継税制
退職金と株価の関係
先代に退職金を払うと、その期の会社の利益と純資産が減ります。非上場株式の相続税評価のうち、類似業種比準価額は会社の配当・利益・純資産をもとに、純資産価額は会社の純資産をもとに計算するため、退職金を払った後は株価が下がることがあります。株式を贈与・譲渡する時期を、退職金の支給の後に合わせるという考え方は、この関係によるものです。評価の仕組みは非上場株式の相続税評価の基本で解説しています。
ただし、退職金は実質的な退職と相当な金額が前提です。株価を下げることだけを目的に、実態のない退職金を払ったり、取引を組み立てたりすると、退職金の否認や、財産評価基本通達総則6項による評価の問題につながりかねません(総則6項と株式評価)。非上場株式の評価方法の見直しも議論されているため、最新の動向も確認が必要です(非上場株式の評価見直しの最新動向)。
事業承継税制の要件は「代表交代と同時か後」
法人版事業承継税制(特例措置)で株式を贈与する場合、国税庁の案内によれば、主な要件に次のものがあります。
| 対象 | 主な要件 |
|---|---|
| 後継者(受贈者) | 贈与の時に会社の代表権を有していること、18歳以上、贈与の直前に役員であること、後継者と特別の関係がある者で議決権の50%超を持つことなど |
| 先代経営者(贈与者) | 会社の代表権を有していたこと、贈与の直前に特別の関係がある者と合わせて議決権の50%超を持ち、後継者を除いて最多であったこと、贈与の時に代表権を有していないこと |
| 期限 | 特例承継計画の提出は令和9年9月30日まで、贈与・相続等は令和9年12月31日まで(国税庁 No.4439) |
つまり、この制度を使うなら、後継者が代表になり、先代が代表を退くことが、株式の贈与の時までに済んでいる必要があります。「株を先に渡して、代表は先代が続ける」という順番では使えません。なお、先代は代表権を退けば、取締役などの役員として残り、報酬を受けることは可能とされています。制度の要件は事業承継税制(特例措置)の要件をわかりやすくで詳しく取り上げます。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る議決権の設計:拒否権付株式という選択
株式を先に(または代表交代と同時に)渡しつつ、先代が一定の期間は重要な決定に関与したい場合、拒否権付種類株式(いわゆる黄金株、会社法108条1項8号)を先代が持つ方法があります。株主総会や取締役会の決議に加えて、その種類株主総会の決議が必要な事項を定款で定めるものです。
| 設計 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 普通株式の大部分を後継者に、拒否権付株式1株を先代に | 後継者が経営し、先代は合併・事業譲渡・役員選任など重要事項にだけ拒否権 | 先代の相続時にその株式を誰が取得するか。後継者以外に渡ると経営の妨げになる |
| 議決権制限株式を後継者以外の相続人に | 財産としての株式を分けつつ、議決権は後継者に集中 | 配当や買取りの方針を決めておく |
拒否権付株式は強い権限なので、先代の判断能力が低下した場合や、相続が起きた場合の扱いまで決めておく必要があります。取得条項をつけて会社が取得できるようにする、遺言で後継者に遺す、といった手当てがよく検討されます(種類株式を事業承継に使う)。後継者以外の相続人との公平は、遺留分の民法特例とあわせて考えます(経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例)。
銀行と社内:段階的承継の伝え方
経営者保証
代表交代は、銀行にとって保証人が変わることを意味します。経営者保証ガイドラインには、事業承継時に焦点を当てた特則があり、金融機関は前経営者と後継者の双方からの二重徴求を原則として行わないことや、前経営者の保証解除の検討などが示されています。代表交代を先にする場合は、このタイミングで先代の保証の扱いを交渉します(事業承継と経営者保証)。
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。退職金を払った期は利益が減り、この数字が一時的に悪化します。退職金が一時的な費用であること、後継者の体制で利益がどう推移するかを、事業計画として銀行に説明できるようにしておくことが、代表交代後の融資を続けるうえで大切です(事業承継と銀行:後継者の信用をどうつくるか)。
社内への伝え方
段階的な承継では、「誰が決めるのか」が従業員に見えにくくなります。代表交代の時点で、後継者に移す権限と、先代が引き続き担う役割をはっきり伝えることが、社内の混乱を防ぎます(事業承継で従業員が不安にならないために)。
順番を決めるためのチェックリスト
| 確認すること | 代表交代を先にする方向 | 株式を先にする方向 |
|---|---|---|
| 後継者の経験 | 社内で実績があり、対外的な経験を積ませたい | まだ経営を任せる段階ではない |
| 株価の見通し | 当面は大きく上がらない | 今後の業績拡大で上がる見込み |
| 事業承継税制 | 使う予定(代表交代は贈与と同時か前) | 使わない、または相続時に使う予定 |
| 先代の意向 | 経営の第一線から退きたい | 代表は続けたい |
| 保証・借入 | 保証の移行・解除を交渉したい | 当面は先代の保証で借入を続ける |
まとめ
- 段階的な承継は、代表交代が先と株式が先のどちらにもメリットとリスクがある
- 代表交代時の退職金は実質的な退職が条件。会長に残っても重要な決定に関与していれば否認される(平成29年7月14日裁決)
- 退職金の後は株価が下がることがあるが、実態のない退職金や評価の操作は否認・総則6項のリスク
- 事業承継税制を使うなら、贈与の時に後継者が代表、先代は代表権なし。期限は令和9年
- 先代の関与は拒否権付株式で設計できるが、相続時の扱いまで決める。保証はガイドラインの特則で整理する
全体の進め方は事業承継のロードマップとチェックリスト、時期の考え方は事業承継のタイミングもご覧ください。クレフティでは事業承継・M&A支援として、代表交代と株式移転の順番ごとの株価・税金の試算、退職金の水準の検討、事業承継税制の要件確認、金融機関への説明資料づくりをお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
