自社株を後継者に集めたい。けれども、ほかの子どもたちにも公平にしたい。親族内承継で、この2つの思いの間で悩む経営者は少なくありません。
民法には、兄弟姉妹以外の相続人に最低限の取り分を保障する「遺留分」があります。後継者に株式を贈与しても、ほかの相続人から遺留分侵害額を請求されることがあり、しかも贈与した株式は相続開始時の価額で計算されます。後継者が頑張って株価を上げるほど、ほかの家族への支払いが増える、という構造です。
これに対応するのが、経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」です。この記事では、条文(e-Gov法令検索「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」)に沿って、要件、合意の種類、手続き、合意が効力を失う場合を整理します。遺留分そのものの仕組みは後継者に自社株を集めると遺留分はどうなる?で解説しています。
- 民法特例は、後継者が先代から贈与で取得した株式を、遺留分の計算に算入しない(除外合意)、または合意時の価額に固定する(固定合意)制度
- 合意は、先代の推定相続人全員と後継者が書面で行う。あわせて、後継者が株式を処分したときなどの措置の定めが必須
- 合意から1か月以内に経済産業大臣の確認、確認から1か月以内に家庭裁判所に申し立て、許可で効力が生じる
- 株式以外の財産を除外する付随合意や、ほかの相続人との衡平を図る措置も定められる。個人事業者向けの特例もある
- 相続税は変わらない。家族の合意そのものが制度の前提であり、話し合いの材料づくりが出発点
民法特例が必要になる理由
遺留分の計算に、贈与した株式が入る
遺留分を算定するための財産は、相続開始時の財産に、一定の贈与を加えて計算します(民法1043条・1044条)。相続人への贈与は、原則として相続開始前10年間にした、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与が対象です。そして、贈与した財産の価額は、相続開始の時を基準に評価されます。
計算例:株価が上がると、遺留分も増える
先代が長男(後継者)に自社株を贈与し、そのときの株価は5,000万円だったとします。その後、長男の経営で株価が2億円に上がった時点で先代が亡くなりました。相続人は長男と長女の2人、遺産はその他の財産4,000万円で、すべて長女が相続します。
| 項目 | 特例なし | 固定合意(5,000万円で固定) | 除外合意 |
|---|---|---|---|
| 遺留分の計算に入る株式 | 2億円(相続開始時) | 5,000万円 | 0円 |
| 遺留分を算定するための財産 | 2億4,000万円 | 9,000万円 | 4,000万円 |
| 長女の遺留分(×1/2×1/2) | 6,000万円 | 2,250万円 | 1,000万円 |
| 長女が受け取る財産 | 4,000万円 | 4,000万円 | 4,000万円 |
| 遺留分侵害額 | 2,000万円 | なし | なし |
特例がなければ、長男は長女に2,000万円を支払う義務を負います。固定合意をしておけば、贈与後に長男が上げた株価の分は遺留分の計算に入りません。
誰が使えるのか:会社・旧代表者・後継者の要件
経営承継円滑化法3条は、民法特例の対象となる人と会社を次のように定めています。
| 用語 | 条文上の定義(要約) |
|---|---|
| 特例中小会社 | 中小企業者のうち、一定期間以上継続して事業を行っているものとして経済産業省令で定める要件に該当する会社(上場会社・店頭登録会社を除く) |
| 旧代表者 | 特例中小会社の代表者であった者(現に代表者である者を含む)で、他の者に株式等を贈与した者 |
| 会社事業後継者 | 旧代表者から株式等の贈与を受けた者(またはその者から相続で取得した者)で、総株主の議決権の過半数を持ち、かつ代表者である者 |
| 推定相続人 | 相続人となるべき者のうち、被相続人の兄弟姉妹とその子以外の者 |
対象の「株式等」には、株主総会で決議できる事項の全部について議決権を行使できない株式は含まれません。また、合意の対象とした株式を除いても後継者がすでに議決権の過半数を持っている場合は、合意できません(4条1項ただし書)。特例がなければ過半数を確保できない場合に使う制度、という位置づけです。
なお、現在の条文では、個人事業者についても、事業用資産(土地・建物・減価償却資産で一定のもの)の全部を後継者に贈与した場合に除外合意ができる仕組みが設けられています(3条4項・5項、4条3項)。
合意の種類:除外・固定・付随・衡平
民法特例で定められる合意は、次の4つです。
| 合意 | 条文 | 内容 | 必須か |
|---|---|---|---|
| 除外合意 | 4条1項1号 | 贈与等で取得した株式等の全部または一部を、遺留分の計算に算入しない | 除外か固定のどちらか(両方も可) |
| 固定合意 | 4条1項2号 | 遺留分の計算に入れる株式等の価額を、合意の時の価額とする | 同上 |
| 後継者が株式を処分した場合などの措置 | 4条4項 | 後継者が合意の対象株式を処分した場合、旧代表者の生存中に代表者として経営に従事しなくなった場合に、ほかの推定相続人がとれる措置 | 必須 |
| 付随合意(株式以外の財産) | 5条 | 後継者が旧代表者から贈与等で取得した株式以外の財産も、遺留分の計算に算入しない | 任意 |
| 衡平を図る措置 | 6条 | 推定相続人と後継者の間、推定相続人同士の衡平を図るための措置。後継者以外の推定相続人が贈与で取得した財産を算入しない定めも可(6条2項) | 任意 |
固定合意の価額は専門家の証明が必要
固定合意で使う「合意の時における価額」は、弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士、税理士法人などが相当な価額として証明したものに限られます(4条1項2号)。旧代表者、後継者本人、業務停止期間中の者などは証明できません(同条2項)。
ここでいう価額は、相続税の財産評価基本通達による評価額とは限りません。株価の算定方法によって幅があるため、ほかの推定相続人が納得できる説明が重要になります。株価の考え方は自社株評価の方法をご覧ください。
付随合意で、事業用の不動産も外せる
社長個人が持っていて会社に貸している工場や本社の土地を、株式と一緒に後継者に贈与することがあります。5条の付随合意を使えば、こうした株式以外の財産も遺留分の計算から外せます。事業用不動産の承継の考え方は事業用の不動産(社長個人の所有)をどう承継するかで解説しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る手続きの流れと期限
合意の効力が生じるまでには、2つの公的な手続きが必要です。
| 段階 | 内容 | 期限・根拠 |
|---|---|---|
| ① 合意 | 推定相続人全員と後継者が、書面で合意する(全員の署名または記名押印) | 4条1項 |
| ② 経済産業大臣の確認 | 後継者が申請。合意が経営の承継の円滑化のためであること、合意日に後継者であったこと、対象株式を除くと議決権が50%以下であること、措置の定めがあることを確認 | 合意の日から1か月以内(7条3項) |
| ③ 家庭裁判所への申立て | 確認を受けた後継者が申し立てる | 確認を受けた日から1か月以内(8条1項) |
| ④ 家庭裁判所の許可 | 合意が当事者全員の真意に出たものと認めた場合に許可 | 8条2項 |
申請書には、合意書面のほか、合意の当事者全員が「経営の承継の円滑化を図るために合意した」旨を記載した書面、固定合意の場合は価額の証明書などを添付します(7条3項)。合意をした後継者が確認や許可の前に死亡した場合、その相続人は確認・許可を受けられません(7条4項、8条3項)。
期限が短いため、家族全員の署名がそろった段階で、確認申請書と家庭裁判所への申立ての準備を同時に進めるのが現実的です。申請書の様式や窓口は、中小企業庁の案内で最新のものを確認してください。
合意の効力と、効力を失う場合
許可があったときの効力(9条)
家庭裁判所の許可があると、民法1043条1項・1044条の規定にかかわらず、除外合意の対象株式、付随合意・衡平の措置で定めた財産は遺留分の計算に算入されず、固定合意の対象株式は合意した価額で計算されます。
ただし、合意は、当事者以外の者に対する遺留分侵害額の請求には影響しません(9条3項)。たとえば、先代が合意の当事者でない第三者に遺贈した財産をめぐる請求には、この合意は効きません。
効力を失う場合(10条)
合意は、次の事由が生じると効力を失います。
- 経済産業大臣の確認が取り消された(偽りその他不正の手段で確認を受けた場合など)
- 旧代表者の生存中に、後継者が死亡した、または心身の故障のため代表者の職務を適正に執行できない者として省令で定める者に該当した
- 合意の当事者以外の者が、新たに旧代表者の推定相続人になった(再婚、子の出生、養子縁組など)
- 合意の当事者の代襲者が、旧代表者の養子になった
3つ目は見落としやすい点です。先代が合意の後に再婚したり、養子縁組をしたりすると、合意の効力が失われます。合意をした後の家族の変化も、関係者で共有しておく必要があります。
民法特例とほかの方法の比較
| 方法 | 内容 | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 民法特例(除外・固定合意) | 全員の合意+大臣確認+家裁許可 | 株価の上昇が見込まれ、家族の合意が得られる | 全員の合意が必要。手続きの期限が短い |
| 遺留分の放棄(民法1049条) | 相続開始前に家庭裁判所の許可を得て放棄 | 特定の相続人だけが放棄に同意している | 放棄する人ごとに家裁の許可。見返りがないと認められにくいとされる |
| 贈与から10年を経過させる | 相続人への贈与は原則10年間のものだけが計算に入る(民法1044条) | 先代が若く、早期に贈与できる | 損害を加えることを知ってした贈与は期間制限なし。相続の時期は読めない |
| 生命保険・ほかの財産での調整 | 後継者以外の家族に保険金や不動産を渡す | 会社以外の財産がある | 保険金の額によっては特別受益に準じて扱われる余地がある |
| 遺言+代償資金の準備 | 遺留分侵害額を支払える資金を用意 | 合意が難しい | 後継者の資金負担。会社から借りると役員貸付金になる |
民法特例は、税金を減らす制度ではなく、遺留分の計算の土台を家族で合意しておく制度です。相続税・贈与税については、事業承継税制(特例措置)の要件や暦年贈与・相続時精算課税で株式を移す方法とあわせて検討することになります。
家族で話し合う材料
民法特例は「後継者を優遇するための制度」と受け取られがちです。けれども、条文はあわせて、ほかの推定相続人との衡平を図る措置を定めることを認め(6条)、後継者が株式を処分したり経営から離れたりしたときの措置を定めることを義務にしています(4条4項)。後継者だけが得をする仕組みではなく、家族全員が条件を確認し合う仕組みだと言えます。
親族内承継をするかどうか、どの程度後継者に集めるかは、ご家族によって答えが違います。話し合いでは、①現在の株価と今後の見通し、②会社以外の財産の一覧、③後継者が負う経営者保証や借入の責任、の3つを並べると、感情論になりにくくなります。
銀行から見た民法特例
金融機関は、後継者が議決権の過半数を確保し、相続のときに株式が分散したり、遺留分の支払いで後継者や会社の資金が流出したりしないかを見ています。民法特例の合意は、相続後も経営権が安定する見通しを示す材料になります。後継者が遺留分の支払資金を会社から借りると、決算書に役員貸付金が残り、評価を下げる要因になる点にも注意が必要です(役員貸付金・借入金と銀行の評価)。
まとめ
- 民法特例は、後継者に贈与した株式を遺留分の計算から除外し、または合意時の価額に固定する制度
- 対象株式を除くと後継者の議決権が過半数に届かないことが前提。合意は推定相続人全員と後継者で、書面で行う
- 合意から1か月以内に経済産業大臣の確認、確認から1か月以内に家庭裁判所に申立て。許可で効力が生じる
- 株式以外の財産の付随合意、ほかの家族との衡平の措置も定められる。後継者の死亡や新たな推定相続人の出現で効力を失う
- 相続税は変わらない。家族の合意と納得が、制度を使うための前提
クレフティでは、固定合意に使う株価の算定、相続税・贈与税の試算、家族で話し合うための資料づくりを、事業承継・M&A支援の中でお手伝いしています。合意書の作成や家庭裁判所の手続きは弁護士の業務の領域のため、必要に応じて弁護士にもご相談ください。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
