本社の土地は社長個人の名義、建物は会社名義。あるいは、工場の土地も建物も社長が持ち、会社に貸している。中小企業では、こうした形がとても多く見られます。
株式の承継には気を配っていても、事業用の不動産のほうは後回しになりがちです。けれども、社長が亡くなったときに本社の土地が後継者以外の家族に相続されると、会社は「他人の土地」の上で事業を続けることになります。地代の値上げや立ち退きを求められれば、事業そのものが揺らぎます。
この記事では、社長個人が所有する事業用不動産の承継について、会社への貸し方で変わる相続税評価、小規模宅地等の特例、承継の方法の比較を、国税庁の資料と公表裁決・判決をもとに整理します。
- 社長個人の事業用不動産は、会社への貸し方(賃貸借・使用貸借・無償返還届出)で相続税評価が変わる
- 無償返還届出書を出して貸している土地は、原則自用地価額の80%で評価。東京地裁令和5年1月26日判決でもこの取扱いが争われ、納税者の請求は棄却された
- 会社に相当の対価で貸していれば、特定同族会社事業用宅地等として400㎡まで80%減額の可能性。使用貸借では使えない
- 承継の方法は、相続(遺言)・生前贈与・会社への売却・ほかの家族が相続して賃貸継続の4つ。税金・資金・家族の公平で比較する
- 銀行から見ると、社長個人の不動産は会社の借入の担保になっていることが多い。所有者が変わる前に銀行と話しておく
社長個人の事業用不動産で起きる問題
社長個人が事業用不動産を持っている場合、承継の場面で次のような問題が起きます。
| 問題 | 内容 |
|---|---|
| 相続で分散する | 遺言がなければ遺産分割協議で決まる。後継者以外の相続人が取得したり、共有になったりする |
| 遺留分 | 後継者に不動産と株式を集めると、ほかの相続人から遺留分侵害額を請求されることがある |
| 相続税と納税資金 | 不動産は評価が高い割に換金しにくい。後継者が相続税を払えないことがある |
| 会社との契約関係 | 賃料や契約書がないまま使っていると、相続人が変わったときに条件が争いになる |
| 銀行の担保 | 会社の借入の担保に入っていると、所有者の変更に銀行の同意が必要になる |
| M&Aのとき | 買い手が不動産込みを求めるか、賃貸継続でよいかで、取引の形が変わる |
まずは、誰の名義で、会社とどういう契約になっているかを確認するところから始めます。土地と建物の名義が分かれているかどうかも重要です。
会社への貸し方で変わる相続税評価
社長個人の土地を会社に使わせる形には、大きく次の3つがあります。
| 貸し方 | 内容 | 土地の評価(社長の相続財産) |
|---|---|---|
| 賃貸借(借地権の設定。権利金の授受あり、または通常の地代) | 会社が建物を建てて、地代を払う | 自用地価額から借地権相当額を控除(貸宅地) |
| 賃貸借+土地の無償返還に関する届出書 | 権利金を払わない代わりに、将来土地を無償で返す旨を届け出る | 原則として自用地価額の80% |
| 使用貸借 | 無償または固定資産税程度で使わせる | 自用地価額(借地権を控除しない) |
無償返還届出の仕組み
法人が借地権の設定などで土地を使用する場合、権利金を払わないと、権利金相当額の利益を受けたとして認定課税されることがあります。これを避けるため、契約書に将来土地を無償で返還する旨を定め、土地所有者と法人が連名で「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出する方法があります(国税庁「C1-63 土地の無償返還に関する届出」、「No.5730 権利金の認定課税について」)。
相続税では、国税庁の個別通達(相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて)が、無償返還届出書が提出されている場合の借地権の価額をゼロ、貸宅地の価額を自用地価額の80%とする取扱いを定めています。被相続人が同族関係者となっている同族会社に貸している場合は、別の通達の適用にも留意するとされており、会社の株式の評価にも影響します。
判決:無償返還届出がある土地は80%評価
この取扱いが争われたのが、東京地方裁判所 令和5年1月26日判決(相続税更正処分等取消請求事件、棄却・控訴。国税庁「税務訴訟資料 第273号 順号13808」)です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事案 | 被相続人が所有する土地(持分2分の1)を、相続人が代表者を務める会社に賃貸し、平成11年に無償返還届出書を提出していた |
| 納税者の主張 | 土地の時価は、宅地の価額から借地権割合70%相当額を控除して評価すべき |
| 税務署 | 無償返還届出書が出ている部分は、自用地価額の80%で評価すべき |
| 結論 | 納税者の請求を棄却 |
実務への示唆:無償返還届出書を出した土地は、借地権割合を差し引いた評価にはできないのが原則です。届出は法人税の認定課税を避けるための手続きですが、相続税の評価にも効いてきます。過去にどんな届出を出しているかを、相続の前に確認しておく必要があります。
小規模宅地等の特例:特定同族会社事業用宅地等
相続した土地が一定の要件を満たすと、評価額を減額できる「小規模宅地等の特例」があります(国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例」)。社長個人の土地を会社が使っている場合に関係するのは、主に次の2つです。
| 区分 | 限度面積 | 減額割合 | 主な要件 |
|---|---|---|---|
| 特定同族会社事業用宅地等 | 400㎡ | 80% | 法人の事業(不動産貸付業等を除く)の用に供されていた宅地等で、次の要件を満たす親族が取得 |
| 貸付事業用宅地等 | 200㎡ | 50% | 被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等(相続開始前3年以内の新規貸付は原則対象外) |
特定同族会社事業用宅地等の要件
国税庁によれば、主な要件は次のとおりです。
- 法人の要件:相続開始の直前に、被相続人と親族等が、その法人の発行済株式等の50%超を有していること(申告期限に清算中の法人を除く)
- 役員要件:土地を取得した親族が、相続税の申告期限においてその法人の役員であること
- 保有継続要件:その土地を相続税の申告期限まで有していること
つまり、後継者として役員に就いている親族が土地を相続するのが基本形です。役員でない家族が相続すると、この特例は使えません。
「相当の対価」がないと使えない
この特例は、被相続人が会社に土地や建物を相当の対価を得て貸していることが前提です。使用貸借では使えません。
国税不服審判所の平成9年11月19日裁決(裁決事例集No.54)は、当時の小規模宅地等の特例の適用について、「相当の対価を得て」いたかどうかは、賃料が固定資産税その他の必要経費を回収したうえで相当の利益を生ずるようなものかを、相続開始の直前に現実に得ていたかという客観的事実で判断すると示しました。法人税法施行令137条の「相当の地代」の規定は、法人が借地権を設定させた場合の規定で、この判断には当てはまらないとしています。帳簿上の契約だけでなく、実際に払われている地代の水準が問われるということです。
共有で相続すると、減額できる面積が按分される
国税不服審判所の平成27年6月25日裁決は、自宅部分と同族会社の事業用部分がある一つの宅地を、配偶者と子らが共有で相続した事案です。相続人は、配偶者の持分はすべて居住用、役員である子らの持分はすべて同族会社事業用として特例を適用すべきと主張しましたが、審判所は、各部分の面積にそれぞれが取得した持分を乗じた面積しか特例を適用できないと判断しました。
事業用の土地を共有で相続すると、特例の効果も、その後の意思決定も分かれてしまいます。後継者が単独で取得する形を、遺言などで準備しておくのが基本です。
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事業承継・M&A支援を見る承継の4つの方法と比較
事業用不動産の承継方法を比べると、次のようになります。
| 方法 | 社長・家族の税金 | 会社への影響 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| ① 相続で後継者に(遺言) | 相続税。要件を満たせば小規模宅地等の特例 | 賃貸借が続く | 遺言がないと分散のおそれ。遺留分の調整が必要 |
| ② 生前に後継者へ贈与 | 贈与税(相続時精算課税なら2,500万円の特別控除+年110万円の基礎控除)。不動産取得税・登録免許税 | 賃貸借が続く | 贈与した土地は小規模宅地等の特例の対象外。遺留分の計算に入る |
| ③ 会社に売却 | 社長に譲渡所得の税金(土地建物の長期譲渡は20.315%)。会社に不動産取得税・登録免許税 | 会社が購入資金を用意。資産が会社に入り株価に影響 | 時価での売買が前提。売却代金が現金として相続財産に残る |
| ④ ほかの家族が相続し、会社が賃借を続ける | 相続税(貸付事業用宅地等の特例の可能性) | 地代を払い続ける | 地主と会社の利害が対立しうる。契約書と地代の水準を明確に |
会社に売る場合の注意
会社に売る場合は、時価が基準です。時価より低い価額で法人に売ると、所得税の計算では時価で売ったとみなされることがあります(時価の2分の1未満で法人に譲渡した場合)。親族の会社への株式の低額譲渡では、最高裁令和2年3月24日判決などで時価の考え方が争われています(個人株主が株式を売ったときの税金)。不動産でも、鑑定評価などで価格の根拠を残しておくことが大切です。
会社が不動産を買えば、資産は増えますが、借入で買えば負債も増えます。自社株の評価は純資産価額や類似業種比準価額で変わるため、売却の前後で株価を試算しておきましょう(自社株評価の方法)。
遺留分と民法特例の付随合意
後継者に株式と事業用不動産をまとめて贈与すると、ほかの相続人の遺留分を侵害することがあります。経営承継円滑化法の民法特例では、株式の除外合意・固定合意にあわせて、後継者が先代から贈与を受けた株式以外の財産を遺留分の計算から外す「付随合意」もできます(同法5条)。詳しくは経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例をご覧ください。後継者以外の家族に何を渡すかは、ご家族ごとに答えが違います。不動産の承継は、家族で話し合う材料の1つとして早めに一覧にしておくと安心です。
M&Aで売るときの事業用不動産
親族内承継ではなく、第三者への売却(M&A)を考える場合も、社長個人の不動産の扱いが論点になります。
- 買い手が不動産込みを望む場合:会社が社長から買い取ってから株式を売る、または買い手側が別途買い取る
- 賃貸継続でよい場合:売却後も社長(またはその家族)が地主として会社に貸し続ける。賃料・期間・更新の条件を契約書で明確にする
- 買い手のDDでは、地代が相場と比べて適正か、契約書があるか、担保に入っていないかが確認される
不動産が企業価値や価格にどう反映されるかは会社が持つ不動産と企業価値で解説しています。
銀行から見た社長個人の不動産
社長個人の事業用不動産は、会社の借入の担保として差し入れられていることがよくあります。この場合、社長は物上保証人であり、多くは経営者保証も負っています。
相続や贈与で所有者が変わると、銀行は新しい所有者に担保提供を引き継いでもらえるかを確認します。後継者以外の家族が相続した場合、その家族に担保提供を求めるのは現実的ではないこともあります。所有者が変わる前に、担保の扱いと経営者保証の引継ぎを銀行と話し合っておくことが大切です(事業承継と経営者保証)。
会社が不動産を買い取れば、担保は会社の資産になり、銀行から見ると会社単体の担保力が上がります。一方で、借入で買えば有利子負債が増え、債務償還年数が延びます。著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で、10年以内が健全の目安です。不動産を会社に移す判断は、税金だけでなく会社の財務の見え方も含めて行うのが、クレフティの考え方です。
まとめ
- 社長個人の事業用不動産は、貸し方(賃貸借・無償返還届出・使用貸借)で相続税評価が変わる。無償返還届出の土地は原則80%評価
- 相当の対価で会社に貸していれば、特定同族会社事業用宅地等(400㎡・80%減額)の可能性。役員である親族が申告期限まで保有する
- 地代は「実際に払われているか」が問われる。共有で相続すると特例の効果も分かれる
- 承継方法は、相続・贈与・会社への売却・賃貸継続の4つ。税金・資金・家族の公平で比較する
- 担保と経営者保証の扱いを、所有者が変わる前に銀行と相談する
クレフティでは、事業用不動産を含めた相続税・株価の試算、承継方法の比較、銀行との調整まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
