「息子には、まず外の会社で揉まれてきてほしい」「いや、早く戻って現場を覚えたほうがいい」。後継者候補の子どもを持つオーナー経営者から、よく聞く迷いです。そして、その子ども自身も、自分の人生をどう選ぶかで迷っています。
この記事では、子どもには先に外で修業させるべきかという問いを、いくつかのパターンに分けて整理します。最初にお伝えしておくと、どれが正解という答えはありません。本人の意思と適性、会社の状況、家族の事情によって、合う道は変わります。それぞれの道で何が得られ、何に注意すべきかを並べますので、親子で話し合う材料にしてください。
- 他社で修業してから戻る「社外教育」は、大規模な同業他社や取引先で5〜10年程度が一般的とされる(中小企業基盤整備機構)
- 外での経験は、客観的な視点・人脈・社内での信頼につながる一方、戻る時期が遅れる、戻らないこともある
- 道は1つではない。同業大手、異業種、新卒から自社、戻らない、別の道からの合流、中継ぎなど、人によって合うパターンが違う
- 事業承継税制を使うなら役員への就任や代表権などの要件と、2027年12月31日の期限から逆算する。ただし制度の都合で本人の人生を決めない
「外で修業させる」とは何をすることか
中小企業基盤整備機構の「経営ハンドブック」は、後継者教育を社内教育と社外教育に分けて紹介しています(J-Net21「後継者の選択と育成」)。
| 区分 | 中身 |
|---|---|
| 社内教育 | 学校を出てから自社に入り、現場への配属、ジョブローテーション、新規事業部門の担当、経営幹部としての経営という段階を踏む |
| 社外教育 | 他社で修業させてから自社に戻す。修業先は大規模な同業他社や取引先が多く、期間は5〜10年程度が一般的 |
同じハンドブックでは、後継者の能力の習得や自社株の移転には、少なくとも4〜5年、長い場合は10年以上かかることがあるとも述べています。外で5〜10年働いてから戻り、さらに社内で数年経験を積むとすると、承継の完了までに10年を超えることも珍しくありません。
外で働くことで得られるもの、失うもの
| 項目 | 先に外で働く | 最初から自社に入る |
|---|---|---|
| 視野 | 他社の仕組みや業界の標準を知り、自社を客観的に見られる | 自社のやり方を深く知るが、比較の物差しを持ちにくい |
| 社内での信頼 | 「外で実績を出してきた人」として受け入れられやすい面がある | 古参の社員からは「社長の子」と見られやすい |
| 人脈 | 取引先・同業・金融機関などの人脈ができる | 自社の取引先との関係は早くから築ける |
| 時間 | 戻る時期が遅れ、社内での経験期間が短くなる | 現場から経営まで、長い時間をかけて覚えられる |
| 本人の人生 | 自分の適性を試し、継ぐかどうかを自分で決められる | 他の選択肢を知らないまま決めることになりやすい |
| 戻らない可能性 | 外の仕事に魅力を感じて戻らないこともある | 継ぐ前提で進みやすい |
どちらにも良い面と難しい面があります。大切なのは、親が期待する役割と、本人が望む人生のどちらも、テーブルに載せて話すことです。
後継者のキャリア:6つのパターン
実際にはどのような道があるのか、よく見られるパターンを並べます。どれかを勧めるものではありません。
パターン1:同業の大手や取引先で修業して戻る
業界の標準や、規模の大きな会社の仕組みを学んでから戻る、昔からある形です。
- 向いている人:家業の業界に関心があり、継ぐ気持ちがある程度固まっている
- 注意点:修業先が取引先の場合、戻った後の関係が微妙になることがある。修業先の期待と本人の将来計画を、あらかじめ率直に伝えておく
パターン2:異業種(金融、コンサルティング、ITなど)で専門性を身につける
家業とは違う分野で、財務、営業、デジタル化などの専門性を磨いてから戻る形です。
- 向いている人:家業に新しい視点を持ち込みたい、管理部門や新規事業から関わりたい
- 注意点:現場の仕事を知らないまま管理職として戻ると、現場との距離ができやすい。戻った後に現場を経験する期間を設けることが多い
パターン3:新卒から自社に入る
最初から自社に入り、現場から順に経験を積む形です。
- 向いている人:早くから継ぐ意思が固い、社長の年齢などから承継までの時間が短い
- 注意点:社内で「特別扱い」と見られないよう、評価と処遇の仕組みを他の社員と同じ物差しにする。社外の研修や勉強会で視野を広げる工夫も有効
パターン4:外で働き、結局は戻らない
外での経験を通じて、本人が別の道を選ぶ形です。
- 起こりやすい場面:外の仕事で評価され、キャリアが広がった。家庭の事情で地元に戻れない
- 考え方:これは失敗ではなく、本人の選択です。会社としては、社内承継、所有と経営の分離、M&Aを検討します。子どもが株主として会社に関わり続ける形もあります(所有と経営を分ける承継)
パターン5:起業や別の道を経て、後から合流する
自分で事業を起こしたり、まったく別の仕事をしたりした後、何かのきっかけで家業に関わる形です。
- 起こりやすい場面:親の病気や会社の転機、本人の事業との相乗効果が見えたとき
- 注意点:本人の事業と家業の関係(グループ化するか、別々にするか)を整理する必要がある。株主構成や資本関係は専門家と設計する
パターン6:いったん役員に経営を任せ、子どもは後から
子どもがまだ若い、あるいは迷っている間、信頼できる役員に経営を任せる「中継ぎ」の形です。前述のハンドブックでも、子が若い場合は幹部に事業を任せて将来子に承継する方法が挙げられています。
- 向いている家族:社長の年齢的に、子どもの準備を待てない
- 注意点:中継ぎの経営者に株式をどこまで持たせるか、将来の交代をどう約束するかを、株主間契約や種類株式で明確にしておく(株主間契約で決めておくべきこと)
6つのパターンを並べてみる
| パターン | 戻る時期の目安 | 得やすいもの | 気をつけたいこと |
|---|---|---|---|
| 1. 同業大手・取引先で修業 | 5〜10年後が多い | 業界の標準、人脈 | 修業先との関係、戻る時期の約束 |
| 2. 異業種で専門性 | 本人の区切りしだい | 財務・営業・デジタルなどの専門性 | 現場との距離 |
| 3. 新卒から自社 | 最初から | 現場の経験、長い育成期間 | 比較の物差し、社内での特別扱い |
| 4. 外で働き、戻らない | ― | 本人のキャリア | 会社側の別の承継の道 |
| 5. 別の道から後で合流 | きっかけしだい | 新しい事業の視点 | 本人の事業と家業の関係の整理 |
| 6. 中継ぎの後に承継 | 本人の準備が整ってから | 時間の余裕 | 中継ぎ経営者との約束と株式 |
同じ家族でも、子どもが複数いれば、それぞれ違う道を選ぶことがあります。兄弟のうち1人は家業に、1人は別の道に、という形も珍しくありません。その場合は、株式を誰が持つかを早めに考えておく必要があります(兄弟で継ぐ・兄弟が株主になるリスク)。
また、子ども本人だけでなく、子どもの配偶者や家族の考えも、戻るかどうかに大きく関わります。家業に戻ることは、住む場所や働き方が変わることでもあるからです。本人の決断を急がせず、家族の事情も含めて考える時間を取ってください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るタイミングと制度を逆算する
社長の年齢と、承継までの時間
帝国データバンクの調査では、2025年に交代した社長の交代前の平均年齢は68.5歳、交代後の新社長の平均年齢は52.8歳でした(帝国データバンク「全国『社長年齢』分析調査(2025年)」)。あくまで平均ですが、承継時の後継者が50代前半ということは、子どもが外で10年働いてから戻っても、時間はある場合が多いともいえます。逆に、社長がすでに70代なら、待てる時間は限られます。
事業承継税制の要件
株式の承継に事業承継税制(特例措置)を使う場合、贈与で承継する後継者には、贈与の日に18歳以上であること、贈与の時に代表権を持つこと、贈与の直前に役員であることなどの要件があります(令和7年度改正で、2025年1月1日以後の贈与から「贈与の日まで引き続き3年以上」の要件が緩和されました)(国税庁タックスアンサーNo.4439)。特例措置の適用期限は2027年12月31日までの贈与・相続です(2026年10月時点)。
制度を使うなら、役員就任の時期から逆算する必要があります。ただし、制度の期限のために本人のキャリアを急がせるのは本末転倒です。期限後の制度のあり方は今後の税制改正で検討される見込みなので、制度は選択肢のひとつとして考えてください。制度の詳細は事業承継税制の特例とは?で解説しています。
社外での学びの場
会社を辞めずに外の視点を得る方法もあります。中小企業大学校東京校の「経営後継者研修」は、毎年10月から翌年7月までの10か月間、後継者候補が集中して経営を学ぶ研修です(J-Net21「第47期経営後継者研修がスタート」)。自社に入った後でも、こうした場で同じ立場の仲間を得ることができます。
戻るときに決めておくこと
外から戻る場合、本人も社内も戸惑います。戻る前に、次のことを親子で決めておくと、摩擦を減らせます。
| 項目 | 決めておくこと |
|---|---|
| 最初の役職と仕事 | いきなり役員にするか、現場から始めるか。誰の下につくか |
| 報酬 | 前職との差をどう考えるか。役員なら役員報酬として株主総会で決める(役員報酬の決め方) |
| 承継の時期の目安 | 何年後に代表を交代するかの見通し。確定でなくてよいが共有しておく |
| 株式 | いつ、どの方法(贈与・相続・譲渡)で移すか |
| 経営者保証 | 将来、銀行から保証を求められる可能性と、その考え方 |
| 戻らない自由 | 戻ってみて合わなかったときに、別の道を選べることを確認しておく |
最後の「戻らない自由」は、意外に大切です。逃げ道があることで、本人はかえって前向きに家業と向き合えることがあります。
親子で話し合うときに
- 親が子どもに期待していることを、言葉にして伝えたか
- 子ども本人が、どんな仕事や人生を望んでいるかを聞いたか
- 継がない場合でも、親子関係や家族の財産が守られる形を考えているか
- 社長に万一のことがあった場合に、子どもが急に継ぐことになっても困らない備えがあるか(オーナー急逝に備えるチェックリスト)
子どもに継がせるかどうかそのものの考え方は、子どもに継がせるメリット・デメリットで整理しています。
まとめ
- 社外教育は、大規模な同業他社や取引先で5〜10年程度が一般的とされる。ただし年数より、何を身につけ、本人が戻りたいかが大切
- 外での経験は視野・人脈・社内の信頼につながる一方、戻る時期の遅れや、戻らない選択もありうる
- 同業大手、異業種、新卒入社、戻らない、後から合流、中継ぎ。合う道は人によって違う
- 事業承継税制を使うなら役員就任などの要件と期限から逆算する。ただし制度の期限で本人の人生を決めない
- 戻る前に、役職・報酬・承継時期・株式・保証、そして戻らない自由を話し合っておく
後継者のキャリアに、決まった正解はありません。クレフティでは、事業承継・M&A支援の中で、子どもが継ぐ場合・継がない場合のそれぞれについて、株式の移し方、税金、承継の時期の見通しを並べ、ご家族の話し合いの材料づくりをお手伝いしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
