「社長に万一のことがあったら、会社はどうなるのか」。頭では分かっていても、準備を後回しにしているオーナー経営者は少なくありません。しかし、社長の急逝は、準備の量がそのまま会社の止まる時間の長さになる出来事です。
この記事では、オーナー急逝に備えるチェックリストとして、平時に決めておくべきことを「会社の意思決定」「株式と相続」「お金」「銀行・取引先・従業員」の4つに分けて整理します。それぞれの項目に、会社法や税務の根拠と、詳しく解説した記事へのリンクを添えました。最後に、緊急時の承継メモの作り方を紹介します。
- 急逝で会社が止まる原因は、代表者がいない・議決権が使えない・お金が動かない・誰に連絡すべきか分からないの4つ
- 取締役を複数にし、補欠取締役や取締役会の書面決議の定めを整えると、代表者の空白を短くできる
- 遺言で株式の行き先を決め、会社と個人の口座・貸し借りを分け、保険と退職金規程を合わせておく
- 借入・保証・取引先・許認可・印鑑・パスワードを1枚の承継メモにまとめ、決算のたびに更新する
なぜ「緊急時の承継計画」が必要なのか
帝国データバンクの調査によれば、2025年の社長の平均年齢は60.8歳で、35年連続で過去最高を更新しました。60歳以上の社長が全体の52.6%を占め、70代が19.5%、80代以上も5.6%います(帝国データバンク「全国『社長年齢』分析調査(2025年)」)。
一方、同社の別の調査では、2025年の後継者不在率は50.1%です。80代以上の社長の会社でも22.2%で後継者が決まっていません(帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」)。
後継者を決め、育て、株式を移すには年単位の時間がかかります。その途中で社長に万一のことがあっても会社が止まらないようにするのが、緊急時の承継計画です。数年かけて進める本来の承継計画とは別に、「明日だったらどうなるか」を書き出しておくものと考えてください。
チェックリスト①:会社の意思決定(代表者の空白をなくす)
社長が亡くなると、代表取締役はその時点で退任します。任期満了や辞任と違い、後任が決まるまで権利義務を持ち続ける規定(会社法346条1項)は使えません。後任を早く選べる体制を作っておきます。
| チェック項目 | ポイント |
|---|---|
| 取締役は社長以外にもいるか | 取締役が社長1人だと、株主総会を開いて取締役を選ぶところから始まる |
| 取締役会設置会社なら、社長が欠けても3人以上残るか | 取締役会設置会社の取締役は3人以上必要(会社法331条5項) |
| 補欠の取締役を選んでいるか | 欠員に備えて株主総会で補欠役員を選任できる(会社法329条3項) |
| 定款に取締役会の招集権者と「事故があるとき」の順序があるか | 社長が招集権者の場合、誰が招集するかを明確にする |
| 取締役会の書面決議の定めがあるか | 定款の定めがあれば、全員の同意で書面決議ができる(会社法370条) |
| 次の代表者候補を、取締役の間で共有しているか | 法的な効力はないが、急逝時の混乱を減らす |
| 株主総会を開ける株主構成か | 株主が少なければ全員同意で招集手続を省略できる(会社法300条) |
手続の詳しい流れは代表取締役がいなくなったときの手続きで解説しています。
チェックリスト②:株式と相続(議決権の空白をなくす)
社長の株式は、遺言がなければ相続人の共有になり、権利行使者を決めて会社に通知するまで議決権を使えません(会社法106条)。
| チェック項目 | ポイント |
|---|---|
| 株主名簿は最新か。名義株はないか | 名義だけの株主がいると、相続時に株式の帰属で争いになる(名義株とは) |
| 社長の持株比率と、相続人ごとの法定相続分を把握しているか | 共有株式の議決権は持分の価格の過半数で決まる(最判平成27年2月19日) |
| 遺言はあるか。株式を「誰に・何株」と特定しているか | 公正証書遺言か、自筆証書なら法務局の保管制度を使う(経営者の遺言) |
| 遺言執行者を指定しているか | 名義書換などの手続を進めやすくなる |
| 遺留分の手当てを考えているか | 後継者に集中させると、他の相続人が金銭を請求できる(民法1046条) |
| 定款に相続人等への売渡請求の定めがあるか、その影響を理解しているか | オーナー家の株式が対象になる場面もある(相続人等に対する売渡請求) |
| 少数株主や所在不明の株主はいないか | 急逝後の総会運営や将来のM&Aの障害になる |
| 現在の自社株の評価額を知っているか | 相続税と納税資金の見積もりに必要(自社株評価の方法) |
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るチェックリスト③:お金(資金の空白をなくす)
社長個人の預金は凍結され、遺産分割前に単独で払戻しを受けられるのは1つの金融機関につき150万円までです(民法909条の2)。会社の資金を社長個人に頼っている部分を洗い出します。
| チェック項目 | ポイント |
|---|---|
| 会社の支払いを社長個人の口座やカードで行っていないか | 個人口座が凍結されると、会社の支払いも止まる |
| 役員借入金・役員貸付金の残高を把握しているか | 役員借入金は相続財産として課税される(口座・借入・経営者保証) |
| 役員退職慰労金規程はあるか。死亡時の受給者を定めているか | 死亡後3年以内に支給確定すれば、相続人分は500万円×法定相続人まで非課税(死亡退職金・弔慰金の税務) |
| 生命保険の保険金額と受取人は、必要資金と合っているか | 借入・運転資金・退職金・株式の買取資金を見積もる(経営者の生命保険と資金繰り) |
| 相続人から株式を買い取る資金と分配可能額はあるか | 自己株式の取得は分配可能額の範囲内(会社法461条1項) |
| 運転資金の余裕は何か月分あるか | 売上の落ち込みや取引条件の悪化に耐えられるか |
| 相続税の納税資金の見込みはあるか | 申告・納付の期限は相続開始を知った日の翌日から10か月以内 |
チェックリスト④:銀行・取引先・従業員(連絡の空白をなくす)
| チェック項目 | ポイント |
|---|---|
| 借入の一覧(金融機関・残高・返済条件・担保)はあるか | 銀行への説明の土台になる |
| 社長の個人保証の一覧(根保証か、極度額はいくらか)はあるか | 保証債務は相続される。根保証は死亡時に元本が確定する(民法465条の4) |
| 経営者保証の解除や後継者への引継ぎの方針を、銀行と話したことがあるか | 事業承継時の特則では、前経営者と後継者からの二重の保証は原則として求めないとされる(経営者保証を外す方法) |
| 主要な取引先と、社長個人の関係に依存した取引はどれか | 誰が引き継ぐかを決めておく |
| 許認可の一覧と、代表者変更時の届出期限は分かるか | 建設業・宅建業など業法ごとに期限が違う |
| 会社の実印・銀行印・ネットバンキング・重要なパスワードの保管場所を、誰が知っているか | 1人に集中させず、役割ごとに分けて共有する |
| 顧問税理士・弁護士・司法書士・保険担当者の連絡先が分かるか | 急逝直後に最初に電話する先を決めておく |
| 従業員に、誰が当面の窓口になるかを伝える段取りがあるか | 給与と雇用への不安を早く抑える |
「緊急時の承継メモ」の作り方
上のチェックリストの結果は、A4で1〜2枚の「承継メモ」にまとめておくと、急逝時にすぐ使えます。
- 書く内容:次の代表者候補、取締役と株主の一覧、遺言の有無と保管場所、借入・保証・保険の一覧、主要取引先と許認可、印鑑・パスワードの保管場所、最初に連絡する専門家
- 分けて保管する:会社の運営に関する部分は後継者候補・役員・顧問と共有し、個人の財産や遺言に関する部分は家族や遺言執行者に保管場所を伝える
- 決算のたびに更新する:借入残高、保険、株価は毎年変わります。決算書ができたタイミングで見直すのが続けやすい方法です
承継メモの記入例
説明用の架空の会社(製造業、取締役3人、社長が株式の80%を保有)で、承継メモに書く内容の例を示します。
| 欄 | 記入例 |
|---|---|
| 次の代表者候補 | 専務取締役(長男)。不在時は常務取締役が取締役会を招集 |
| 取締役・株主 | 取締役3人(社長・専務・常務)。株主は社長80%、配偶者10%、専務10% |
| 遺言 | 公正証書遺言あり。株式は専務に。遺言執行者は顧問弁護士 |
| 借入と保証 | A銀行・B信用金庫・日本政策金融公庫の3先。社長が連帯保証(根保証はA銀行のみ) |
| 保険と退職金 | 定期保険の死亡保険金1億円(受取人は会社)。役員退職慰労金規程あり |
| 許認可 | 業法上の許可1件。代表者変更の届出が必要 |
| 印鑑・パスワード | 会社実印は金庫(鍵は経理部長と配偶者)。ネットバンキングの管理者権限は社長と経理部長 |
| 最初に連絡する先 | 顧問税理士、顧問弁護士、司法書士、A銀行の担当者 |
これだけでも、急逝直後に「誰が、何を、どこから始めるか」が分かります。完璧を目指さず、まず1枚書いてみることが大切です。
本来の事業承継計画との関係
緊急時の承継メモは、あくまで「会社を止めない」ための応急の備えです。中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」は、事業承継を、準備の必要性の認識、経営状況・経営課題の把握(見える化)、経営改善(磨き上げ)、事業承継計画の策定やマッチング、承継の実行という段階で進めることを示しています。承継メモを作る作業は、そのまま会社の見える化の第一歩になります。
後継者を誰にするか、いつ承継するかは、事業承継のタイミングや子どもに継がせるメリット・デメリットで考え方を整理しています。
銀行から見ると、緊急時の備えがある会社は、経営者に依存するリスクが管理されている会社です。著書のモデルでは決算書を4つの分野で点数化しますが、銀行は数字に加えて、事業がこの先も続くかという定性面も見ています。承継メモと後継体制を説明できることは、融資の相談でも強みになります。
まとめ
- 急逝で会社が止まる原因は、代表者・議決権・お金・連絡の4つの空白
- 取締役を複数にし、補欠取締役・書面決議・招集の順序を整える
- 遺言・株主名簿・遺留分・定款で、株式と議決権の行き先を決める
- 口座の分離、役員借入金、退職金規程、保険、分配可能額で、資金の空白を埋める
- 借入・保証・取引先・許認可・印鑑・パスワードを承継メモにまとめ、決算ごとに更新する
チェックリストを埋めてみると、会社と家族の財産が想像以上に絡み合っていることに気づくはずです。クレフティでは、事業承継・M&A支援の中で、株主構成と定款の確認、自社株の評価、保険・退職金・資金繰りの試算、銀行への説明の準備まで、承継メモづくりをご支援しています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
