オーナー社長が亡くなった翌日、ご家族からよくいただくのが「お父さんの口座からお金が下ろせない」「会社の借入はどうなるのか」「保証人の責任は家族に来るのか」という相談です。
この記事では、社長が亡くなったときの口座の凍結・借入・経営者保証について、個人と会社に分けて整理します。民法の相続のルール、遺産分割前の払戻し制度、相続放棄の期限、保証債務の相続税の扱いを、最高裁の決定と国税不服審判所の裁決事例とあわせて解説します。
- 個人の預金は相続財産になり、遺産分割の対象(最大決平成28年12月19日)。分割前でも、1つの金融機関につき150万円を上限に単独で払戻しを受けられる
- 会社の預金・借入は会社のもの。社長が亡くなっても会社の債務は会社に残るが、代表者変更が済むまで取引が制限されることがある
- 社長の経営者保証は相続される。会社の財務が悪いときは、3か月以内に相続放棄・限定承認を検討する
- 保証債務は、相続税の計算で原則として控除できない。裁決でも、会社が返済を続けている限り控除は否定されている
「社長個人」と「会社」の財産を分けて考える
最初にすべきことは、社長個人の財産・債務と、会社の財産・債務を分けて書き出すことです。同族会社では、両者の間に貸し借りがあることも多く、ここを混同すると相続の手続も、会社の資金繰りも混乱します。
| 項目 | 誰のものか | 社長の死亡でどうなるか |
|---|---|---|
| 社長個人の預金 | 社長(相続財産) | 金融機関が死亡を知ると凍結。遺産分割の対象 |
| 会社名義の預金 | 会社 | 相続財産ではない。代表者変更の手続が必要 |
| 会社の借入金 | 会社 | 会社の債務として残る。返済条件は契約しだい |
| 社長の経営者保証(連帯保証) | 社長の債務 | 相続人が法定相続分に応じて引き継ぐ |
| 社長が会社に貸したお金(会社から見た役員借入金) | 社長の債権(相続財産) | 相続税の課税対象。相続人が会社に対する債権を持つ |
| 会社が社長に貸したお金(会社から見た役員貸付金) | 社長の債務 | 相続人が会社に返済する義務を引き継ぐ |
社長個人の口座:凍結と遺産分割前の払戻し
預貯金は「遺産分割の対象」
以前は、預金は相続と同時に法定相続分で当然に分かれる、という考え方が判例でした。しかし最高裁大法廷は、判例を変更し、共同相続された普通預金・通常貯金・定期貯金は、相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象になると判断しました。
最高裁判所大法廷 平成28年12月19日決定・平成27年(許)第11号 遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件。裁判所ウェブサイトの決定情報
その結果、金融機関は口座名義人の死亡を知ると口座を凍結し、相続人全員の同意(遺産分割協議書など)がなければ払戻しに応じないのが原則です。
遺産分割前の払戻し制度
これでは葬儀費用や当面の生活費に困るため、2019年7月から遺産分割前の預貯金の払戻し制度が設けられました(民法909条の2)。各相続人は、次の金額まで、他の相続人の同意なく単独で払戻しを受けられます。
それ以上の資金が必要な場合は、家庭裁判所に遺産分割の調停・審判を申し立てたうえで、預貯金の仮分割の仮処分を求める方法もあります(家事事件手続法200条3項)。
社長個人の口座から会社の運転資金を出していた、社長個人のカードで会社の経費を払っていた、という会社では、この凍結がそのまま会社の資金繰りに響きます。会社のお金は会社の口座で回すことが、急逝への備えの第一歩です。
会社の口座と借入金
会社の口座は凍結されないが、手続は止まる
会社名義の預金は会社の財産なので、相続手続の対象ではありません。ただし、銀行の届出上の代表者が亡くなっているため、新しい代表者が決まるまで、窓口での手続や新たな契約、ネットバンキングの権限変更ができなくなることがあります。給与や仕入代金の支払日が近い場合は、銀行に早めに相談し、後任の代表取締役の選定と登記を急ぎます。手続の流れは代表取締役がいなくなったときの手続きで解説しています。
会社の借入金は会社に残る
会社の借入金は会社の債務です。社長が亡くなっても、相続人が会社の借入を直接引き継ぐわけではありません。代表者の死亡そのものが返済期限の到来(期限の利益の喪失)の理由になるかは、金銭消費貸借契約や銀行取引約定書の定めによりますが、実務では、銀行はまず新しい経営体制と返済の見通しを確認し、条件の見直しを含めて協議するのが一般的です。
役員借入金は「相続財産」になる
見落としやすいのが、社長が会社に貸していたお金(会社の決算書では「役員借入金」)です。これは社長の会社に対する債権として相続財産になり、額面で相続税の課税対象になります。会社が債務超過で返せる見込みが小さくても、評価が当然に下がるわけではありません。
相続人が会社に返済を求めれば、会社の資金繰りを圧迫します。逆に、相続人が債権放棄をすると会社に債務免除益が生じ、株価が上がって他の株主への贈与の問題が生じることもあります。役員借入金が大きい会社は、生前に整理の方法を検討しておくべき論点です(役員借入金の解消方法)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る経営者保証は相続される
保証人の地位は相続人へ
中小企業の借入の多くは、社長個人が連帯保証人になっています。相続人は、亡くなった方の財産に属した一切の権利義務を承継するため(民法896条)、保証債務も相続人が法定相続分に応じて引き継ぎます。会社が返済を続けている限り、相続人が実際に支払うことはありませんが、会社が返済できなくなれば、相続人に請求が来ます。
根保証は「死亡時点の残高」で確定する
一定の範囲の債務をまとめて保証する根保証の場合、主たる債務者または保証人が死亡すると、保証する元本はその時点で確定します(民法465条の4第1項3号)。相続人は、死亡時点で存在した債務については保証人として責任を負いますが、その後に会社が新たに借りた分までは保証しません。2020年4月以降に結んだ個人の根保証契約は、極度額を定めなければ効力が生じません(民法465条の2)。
相続放棄・限定承認は「3か月」
会社の財務が悪く、保証債務を含めると相続財産がマイナスになりそうな場合は、相続放棄や限定承認を検討します。期限は、原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内です(民法915条1項)。ただし、相続放棄をすると、社長が持っていた自社株も相続できなくなるため、後継者が株式を引き継ぐ予定なら、放棄は現実的な選択肢になりにくい点に注意してください。
| 選択肢 | 効果 | 自社株への影響 |
|---|---|---|
| 単純承認 | 財産も保証債務もすべて引き継ぐ | 株式を相続できる |
| 限定承認 | 相続財産の範囲でだけ債務を負担する(相続人全員で申述) | 手続は重く、譲渡所得課税の問題も生じる |
| 相続放棄 | 初めから相続人でなかったことになる | 株式も相続できない |
後継者の保証は「二重に取らない」が原則
金融庁・中小企業庁が後押しする「経営者保証に関するガイドライン」には、2019年12月に事業承継時に焦点を当てた特則が設けられ、2020年4月から運用されています。特則では、前経営者と後継者の双方から保証を二重に取ることは原則として行わないこと、後継者に当然に保証を引き継がせるのではなく必要性を検討することなどが示されています(金融庁「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」)。
社長が亡くなった後、銀行から後継者に保証を求められた場合も、財務内容や法人と個人の資産の分離の状況を示して、保証なしや保証の範囲を限定する交渉の余地があります。考え方は経営者保証を外す方法で解説しています。
保証債務と相続税:控除が否定された裁決事例
相続した保証債務は、相続税の計算で「債務控除」できるのでしょうか。相続税法基本通達14-3は、保証債務は原則として控除しないとし、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため保証人が履行しなければならず、かつ求償しても返還を受ける見込みがない場合に限り、その部分を控除できるとしています。国税不服審判所の公表裁決事例を見てみます。
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 平成8年12月11日裁決(裁決事例集No.52・113頁) | 被相続人が関係会社2社の借入を約5億2,000万円保証。2社は債務超過だった | 2社は銀行への返済を続けており、催告も事業閉鎖もない。弁済不能とはいえず、控除できない |
| 平成25年9月24日裁決 | 相続人が被相続人から連帯保証債務を承継 | 相続税法14条1項の「確実と認められるもの」に当たらず、控除できない |
| 平成16年11月19日裁決(裁決事例集No.68・144頁) | 金融機関が、被相続人の預金と貸付債権を相続開始後に相殺 | 相殺の効力は相殺適状の時までしか遡らず、それより前の相続開始日には預金が存在した。預金は相続財産 |
平成8年の裁決は、弁済不能かどうかを、破産・会社更生・強制執行などの手続の開始、事業閉鎖、行方不明などにより、債務超過が相当期間続き、他から融資を受ける見込みもなく再起の目途が立たない状況にあるかで判断する、という考え方を示しています。債務超過というだけでは足りないということです。
3つ目の事案は、借入と預金を同じ銀行に置いているときに起こり得ます。相続後に銀行が相殺しても、相続開始時点では預金として相続財産に入るという判断です(いずれも国税不服審判所「公表裁決事例要旨(保証債務)」、同(預貯金)で確認できます)。
亡くなった直後からの時間軸
最後に、口座・借入・保証に関わる主な期限を時系列で整理します。
| 時期 | やること | 根拠 |
|---|---|---|
| 直後〜1週間 | 銀行へ死亡の連絡、会社の支払予定の確認、後任代表の選定準備 | ― |
| 2週間以内 | 代表取締役の変更登記、銀行への代表者変更届 | 会社法915条1項 |
| 3か月以内 | 保証債務を含めた相続財産の把握、相続放棄・限定承認の判断 | 民法915条1項 |
| 4か月以内 | 亡くなった方の所得税の準確定申告 | 所得税法125条 |
| 10か月以内 | 相続税の申告・納付(自社株、役員借入金、死亡退職金を含む) | 相続税法27条1項 |
銀行は、社長の急逝を「事業がこのまま続くか」という視点で見ます。著書のモデルでは、債務償還年数(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)が10年以内なら健全とされます。決算書の数字が健全でも、後継体制と保証の扱いが決まらなければ、新規融資は慎重になります。決算書と後継体制を一緒に説明できる準備が、急逝後の資金繰りを守ります。死亡退職金や保険金で資金を手当てする方法は経営者の万一に備える生命保険と資金繰りで解説します。
まとめ
- 社長個人の預金は遺産分割の対象。分割前の払戻しは金融機関ごとに150万円が上限(民法909条の2)
- 会社の預金・借入は会社のもの。ただし代表者変更まで手続が止まることがあるため、後任選定と登記を急ぐ
- 役員借入金は相続財産として課税される。生前の整理を検討する
- 経営者保証は相続される。根保証は死亡時点で元本が確定する。放棄・限定承認は3か月以内
- 保証債務は、主たる債務者が弁済不能でない限り相続税で控除できない(平成8年12月11日裁決など)
社長の急逝で一番困るのは、会社と個人の財産の線引きがあいまいなまま、期限だけが迫ってくることです。クレフティでは、事業承継・M&A支援の中で、相続財産と保証債務の整理、相続税の試算、銀行への説明の準備までご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士や金融機関出身のコンサルタントが対応します。
