オーナーの急逝

M&Aの途中でオーナーが亡くなったら|基本合意・契約締結後・クロージング後の段階別に、契約・株式・相続税の扱いと判決

会社の売却は、準備から成約まで1年以上かかることも珍しくありません。オーナーが高齢であったり、病気を抱えていたりすれば、売却の途中でオーナーが亡くなることも現実に起こります。

そのとき問題になるのは、①売却の手続を誰が引き継ぐのか、②買い手は買ってくれるのか、③相続税で株式をいくらと評価するのか、④譲渡所得の申告は誰がするのか、です。答えは、亡くなったのが基本合意の前か後か、株式譲渡契約の締結の前か後か、クロージングの前か後かで変わります。この記事では、段階ごとの扱いを、民法・会社法、国税庁の質疑応答事例、そして売却交渉中にオーナーが亡くなった事案の東京地裁・東京高裁判決をもとに整理します。オーナーが亡くなった直後の会社の動きは事業オーナーが亡くなったら、次の日から会社はどうなるかもご覧ください。

この記事の結論
  • 株式は相続人の共有になる(民法898条)。売るには遺産分割か相続人全員の協力が必要で、会社への権利行使には権利行使者の指定が要る(会社法106条)
  • オーナーが結んだ仲介契約・FA契約(委任)は死亡で終了する(民法653条)。相続人があらためて契約するかを決める
  • 株式譲渡契約の締結後なら、契約上の地位は相続人が引き継ぐ。ただし前提条件や解除条項で、買い手が手を引けることがある
  • 相続税は原則として通達評価。基本合意(法的拘束力なし)の価格で相続直後に売った事案で、通達評価を認め総則6項の適用を否定した判決がある(東京地裁令和6年1月18日、東京高裁令和6年8月28日)
  • クロージング後なら代金が相続財産。譲渡所得は準確定申告(4か月以内)で、その所得税は債務控除できる

段階別に何が起こるか

まず全体像です。

亡くなった時点株式・契約の扱い相続税で課税される財産(考え方)譲渡所得の申告
交渉の初期(基本合意前)株式は相続人の共有。売却は相続人が判断株式(通達評価)相続人が売れば相続人の譲渡所得
基本合意の後、最終契約の前基本合意は通常、価格や最終契約の締結に法的拘束力なし。買い手は撤退し得る株式(通達評価)。東京地裁・高裁判決の事案相続人が売れば相続人の譲渡所得
株式譲渡契約の締結後、クロージング前契約上の地位を相続人が承継。前提条件・解除条項を確認契約の内容や履行の確実性によって考え方が分かれうる(不動産については国税庁が売主の相続財産を残代金請求権とする取扱いを示している)契約の内容と収入時期の考え方で確認が必要
クロージング後売却は完了。残るのは代金と、表明保証・補償などの義務受け取った代金(現預金)、未収の代金債権被相続人の準確定申告

以下、それぞれの論点を見ていきます。

売却の手続:株式の共有と、仲介契約の終了

株式は相続人の共有になる

相続人が複数いる場合、相続財産は相続人の共有に属します(民法898条1項)。株式も、遺産分割が終わるまでは相続人が共同で持つ状態(準共有)になります。株式を第三者に売るのは共有物の処分に当たるため、遺産分割で株式を取得する人を決めるか、相続人全員が売却に協力することが必要です。

また、共有の株式について会社に権利を行使するには、権利行使者を一人定めて会社に通知する必要があります(会社法106条)。売却に必要な株主総会(譲渡承認など)を開くにも、この手続が前提になります。相続した株式の議決権の扱いは相続で共有になった株式の議決権で詳しく扱います。

遺言で株式の承継先が決まっていれば、手続は大きく短縮できます。売却を進めているオーナーほど、遺言を用意しておく意味があります(経営者の遺言:株式を誰に、どう遺すか)。

仲介契約・FA契約は終了する

M&A仲介会社やFAとの契約は、一般に委任(準委任)契約です。民法653条1号により、委任は委任者の死亡で終了します。相続人が売却を続けたいなら、あらためて契約を結ぶか、契約の承継について合意する必要があります。契約に、死亡時の扱いや、終了後に成約した場合の報酬(いわゆるテール条項)が定められていることもあるため、内容を確認しましょう。仲介・FA契約の確認点はM&A仲介・FA契約書のチェックポイントをご覧ください。

会社の経営と銀行

オーナーが代表取締役なら、会社には代表者がいなくなります。取締役会や株主総会で新しい代表者を選ぶ必要があり、その手続にも株式の権利行使者の指定が関係します(代表取締役がいなくなったときの手続き)。オーナーが会社の借入の連帯保証人だった場合、その保証債務も相続人に引き継がれます(民法896条)。売却で保証を外す予定だったなら、相続人が保証を引き継いだ状態でクロージングまで進むことになるため、銀行との調整が急務です(口座の凍結・借入・経営者保証はどうなるか)。

買い手は買ってくれるのか:契約の段階と前提条件

基本合意の段階

基本合意書は、独占交渉や秘密保持などの一部の条項を除き、価格や最終契約の締結について法的拘束力を持たないことが一般的です。オーナーが亡くなれば、買い手は「オーナーによる引継ぎ」を前提にしていた計画を見直し、撤退することもあり得ます。基本合意の効力については基本合意書(LOI)で決めることで解説しています。

株式譲渡契約の締結後

最終契約を結んだ後なら、契約上の権利義務は相続人が引き継ぎます。相続人は株式を引き渡す義務を負い、買い手は代金を払う義務を負います。ただし、契約に次のような定めがあれば、買い手は契約を解除できる場合があります。

条項内容の例オーナーの死亡との関係
クロージングの前提条件売り手が一定期間役員として残ることの合意、キーマンの雇用継続満たせなくなり、買い手がクロージングを拒める
重大な悪影響(MAC)条項対象会社の事業・財務に重大な悪影響が生じた場合オーナー依存の会社では、死亡が該当すると主張される可能性
解除条項前提条件が一定期日までに満たされない場合の解除期日までに相続手続が終わらなければ解除になり得る
誓約事項売り手の引継ぎへの協力、競業避止履行できない部分の扱いを協議

売り手の側からは、契約の段階で、売り手の死亡や重い病気の場合の扱い(相続人による承継、手続の期限の延長、引継ぎを幹部が代わりに担うことなど)を定めておくと、相続人の負担を減らせます。株式譲渡契約の全体は株式譲渡契約の要点、売却後の役員としての残留は売却後、オーナーは会社に残るのかをご覧ください。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

事業承継・M&A支援を見る

相続税:株式をいくらで評価するか

売買契約中の相続についての国税庁の取扱い

国税庁の質疑応答事例「相続開始時点で売買契約中であった不動産に係る相続税の課税」は、土地・建物の売買契約の締結後、引渡し前に売主に相続が開始した場合、相続財産は残代金請求権(未収入金)になり、買主の場合は土地等の引渡請求権等になるとしています。株式についての直接の取扱いではありませんが、拘束力のある売買契約が成立した後の相続を考えるうえで参考になります。

一方で、契約の履行が確実でない場合には、土地そのものを相続財産とした裁決もあります。

裁決事案判断
平成9年5月14日裁決(裁決事例集No.53 334頁)借地権等の売買契約中に売主が死亡。建物の所有権移転登記は相続開始前に済み、代金の約7割を受領済み相続財産は借地権等ではなく、残代金請求権
平成15年1月24日裁決(裁決事例集No.65 566頁)農地の売買契約後、もっぱら買主側の事情で履行が遅れ、相続開始から約1年7か月後に契約が解除された残代金請求権が確定的に被相続人に帰属していたとはいえず、相続財産は農地

東京地裁令和6年1月18日判決:基本合意の価格で相続直後に売った事案

M&Aの途中でオーナーが亡くなった事案として、正面から株式の評価が争われたのが次の判決です。

項目内容
経過オーナーが会社の売却に向けて秘密保持契約、金融機関とのアドバイザリー契約を結び、買い手と基本合意を締結(株式の全部を取りまとめて譲渡、譲渡予定価格1株10万5,068円)。基本合意は、株式譲渡契約の締結と譲渡予定価格について法的拘束力がないとされていた。買い手が財務・法務DDを進める中でオーナーが死亡
相続後遺産分割を経て、株式を取りまとめた相続人が、約1か月後に譲渡予定価格と同じ1株10万5,068円(総額約63億円)で買い手に譲渡し、代金決済
申告相続人は、通達による類似業種比準価額(1株8,186円)で申告
処分税務署長は、財産評価基本通達6(総則6項)を適用し、株式価値算定報告書の平均値(1株8万373円)で評価して更正
判断最高裁令和4年4月19日判決の枠組みに沿い、通達評価と算定額の大きな乖離だけでは総則6項を適用する事情にならないとしたうえで、本件では租税回避の目的による売却とは認められないこと、相続後に通達評価を上回る価格で財産を売ることは格別まれではないこと、基本合意に法的拘束力がなく、オーナーの死亡で買い手が手を引く可能性もあり、相続開始日には存続すら不透明だったこと、譲渡予定価格による売買代金債権を相続財産とすることも困難であることなどから、総則6項の適用は違法とし、更正処分を取り消した
控訴審東京高裁令和6年8月28日判決は国の控訴を棄却(国税庁の税務訴訟資料では「確定」)

この判決の示唆は、次のとおりです。

  • 売却交渉中であっても、法的拘束力のない基本合意の段階では、相続財産は株式であり、原則として通達で評価される
  • 判決は、オーナーの死亡で買い手が撤退する可能性があったことを、譲渡予定価格を重視しない理由の一つに挙げている
  • ただし、これは事案ごとの判断です。相続税の負担を減らす目的で評価の差を使った場合(最高裁令和4年4月19日判決の事案のような借入れと不動産の購入など)や、拘束力のある株式譲渡契約が結ばれ、履行が確実だった場合には、別の考え方になる可能性がある

総則6項と株式評価の考え方は総則6項と株式評価で、評価の基本は非上場株式の相続税評価の基本で解説しています。

譲渡所得の申告と、相続後に売るときの特例

クロージング後に亡くなった場合

株式の引渡しと代金の受領が済んだ後に亡くなれば、売却はオーナー自身の取引です。亡くなった年の所得は、相続人が準確定申告をします(所得税法125条。相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内)。株式の譲渡所得の所得税・住民税は、相続税の計算で債務として差し引けます。受け取った代金は現預金として相続財産になり、エスクローや分割払いで未収の部分があれば、その債権も相続財産です。

相続後に相続人が売る場合

相続人が相続した株式を売る場合は、相続人自身の譲渡所得です。このとき、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売れば、納めた相続税のうちその株式に対応する部分を取得費に加算できます(租税特別措置法39条、相続税額の取得費加算)。また、株式を買い手ではなく発行会社に買い取らせる場合には、みなし配当課税の特例(同法9条の7)もあります(相続した株式を会社に売る特例)。

予定していた退職金は死亡退職金に

売却にあわせて役員退職金を払う予定だったなら、オーナーの死亡で、それは死亡退職金になります。死亡後3年以内に支給が確定した退職手当金等は相続財産とみなされ、500万円×法定相続人の数の非課税枠があります。詳しくは死亡退職金・弔慰金の税務をご覧ください。

売却を進めるオーナーが備えておくこと
  1. 遺言で株式の承継先を決めておく(共有を避け、売却の手続を早くする)
  2. 仲介・FA契約で、死亡時の扱いと相続人による承継を確認する
  3. 株式譲渡契約に、売り手の死亡・重病時の扱い(承継、期限の延長、引継ぎの代替)を入れる
  4. 幹部への引継ぎを早めに進め、オーナーがいなくても事業が回る状態にしておく
  5. 経営者保証の解除と、借入の扱いを銀行と事前に話しておく
  6. 相続税の納税資金と、売却代金・死亡退職金・生命保険の関係を試算しておく

まとめ

  • 売却の途中でオーナーが亡くなると、株式は相続人の共有になり、売却には遺産分割か相続人全員の協力、会社への権利行使には権利行使者の指定が必要
  • 仲介・FA契約は委任者の死亡で終了する。相続人が売却を続けるかを判断する
  • 株式譲渡契約の締結後は相続人が契約を承継するが、前提条件・解除条項で買い手が手を引けることがある
  • 法的拘束力のない基本合意の段階で亡くなり、相続直後に同じ価格で売った事案で、通達評価を認め総則6項の適用を否定した判決がある(東京地裁令和6年1月18日・東京高裁令和6年8月28日)。ただし事案ごとの判断
  • クロージング後なら代金が相続財産で、譲渡所得は準確定申告。相続後に相続人が売るなら取得費加算の特例を確認する

売却を進めることと、万一に備えることは、同時に進めるべき準備です。クレフティでは事業承継・M&A支援として、売却の途中での相続を想定した契約条項の確認、相続税の評価と納税資金の試算、相続人による売却の継続のご相談をお受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。

よくある質問

株式譲渡契約を結んだ後、クロージングの前にオーナーが亡くなったら、契約はどうなりますか?
契約上の地位は、原則として相続人が引き継ぎます(民法896条)。相続人は株式を引き渡す義務を負い、代金を受け取る権利を持ちます。ただし、契約にオーナーの役員としての残留や引継ぎへの協力がクロージングの前提条件として入っていれば、買い手が契約を解除できる場合があります。相続人が複数いれば株式は共有になるため、遺産分割や相続人全員の協力が必要です。
売却交渉中に亡くなった場合、相続税では株式をいくらで評価するのですか?
原則は財産評価基本通達による評価です。東京地裁令和6年1月18日判決は、オーナーが生前に法的拘束力のない基本合意で1株約10万5千円の譲渡予定価格を合意し、亡くなった直後に相続人が同じ価格で売った事案で、通達による類似業種比準価額(1株8,186円)での申告を認め、総則6項による国の評価を違法としました(東京高裁令和6年8月28日判決も国の控訴を棄却)。ただし、事案ごとの判断であり、拘束力のある売買契約が結ばれていた場合などは、別の考え方になる可能性があります。
クロージングが済んだ直後に亡くなった場合、株式の売却の税金は誰が申告しますか?
亡くなった年の1月1日から死亡の日までの所得について、相続人が準確定申告をします(相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内)。株式の譲渡所得も含まれ、その所得税は相続税の計算で債務として差し引けます。受け取った代金は現預金として相続財産になります。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

RELATED

あわせて読みたい

オーナーの急逝

社長が亡くなったら口座・借入・経営者保証はどうなる?凍結の範囲と相続人の保証債務、裁決事例

オーナー社長が亡くなると、個人の預金は凍結され、会社の借入には経営者保証が残ります。個人口座と法人口座の違い、遺産分割前の払戻し制度、会社の借入と役員借入金、相続される保証債務と相続放棄の期限、保証債務が相続税で控除されなかった裁決事例を解説します。

2026年10月18日
オーナーの急逝

死亡退職金・弔慰金の税務|遺族の相続税と非課税枠、会社の損金算入と過大退職金の裁決事例

オーナー社長が亡くなったとき、会社が遺族に払う死亡退職金・弔慰金は、遺族側では相続税(500万円×法定相続人の非課税枠)、会社側では損金算入の時期と過大退職金が問題になります。公表裁決・判決を表で整理し、自社株評価や決算書・銀行への影響まで解説します。

2026年10月18日
オーナーの急逝

オーナー急逝に備えるチェックリスト|緊急時の事業承継計画で決めておく30項目

オーナー経営者が突然亡くなっても会社を止めないために、平時に決めておくべきことをチェックリストにまとめました。取締役と定款、株式と遺言、口座・保険・退職金、銀行・取引先・従業員への連絡まで、会社法と税務のポイントを添えて、緊急時の承継メモの作り方を解説します。

2026年10月18日
FREE CONSULTATION

決算書と融資のこと、
まずはお気軽にご相談ください。

初回のご相談は無料です。まずは担当者がお話を伺い、内容に応じて担当税理士や金融機関出身のコンサルタントがご提案します。