「遺言は、まだ早い」。そう考えるオーナー経営者は少なくありません。しかし、自社株を持つ経営者にとって、遺言は家族のためだけのものではありません。遺言がないまま亡くなると、自社株は相続人の共有になり、会社の意思決定そのものが止まることがあるからです。
この記事では、経営者の遺言について、自社株を誰に、どう遺すかという視点から、遺言の種類の選び方、株式を遺すときの書き方、遺留分への備え、税金や定款との関係を、民法・会社法の条文と判例に沿って解説します。
- 遺言がないと、自社株は相続人の共有になり、権利行使者を決めるまで議決権を使えない
- 経営者には、方式の不備が起きにくく検認が不要な公正証書遺言が向いている。自筆証書なら法務局の保管制度を使う
- 株式は「誰に・何株」を特定し、遺言執行者を指定する。予備の受取人や、事業用の資産・借入の扱いもあわせて書く
- 後継者に集中させると遺留分の問題が残る。金銭で支払う準備か、民法特例での手当てを考える
遺言がないと、自社株はどうなるか
相続人の共有になり、議決権が止まる
遺言がないと、自社株は遺産分割が終わるまで相続人全員の共有(準共有)になります。共有の株式について議決権などを行使するには、共有者が権利を行使する者1人を定め、会社に通知しなければなりません(会社法106条)。
最高裁は、共有株式の議決権の行使は、特段の事情がない限り共有物の管理行為として、各共有者の持分の価格の過半数で決まると判断しています(最高裁第一小法廷 平成27年2月19日判決・平成25年(受)第650号、裁判所ウェブサイト)。
たとえば、相続人が配偶者と子2人で、法定相続分が配偶者2分の1、子が各4分の1の場合、配偶者だけでは過半数に届かず、子の1人の賛成が必要です。後継者の子と、会社に関わっていない子の意見が分かれ、配偶者がどちらにつくかで会社の役員人事が決まる、という状況になりかねません。共有株式の議決権については相続で共有になった株式の議決権で詳しく解説します。
預金も遺産分割の対象
最高裁大法廷は、預貯金も相続と同時に当然に分割されるのではなく、遺産分割の対象になると判断しています(平成28年12月19日決定・平成27年(許)第11号、裁判所ウェブサイト)。株式も預金も遺産分割協議が終わるまで動かせない、という状態を避ける手段が遺言です。
遺言を書く前に確認しておくこと
遺言の内容を考える前に、次のことを確認しておくと、実際に使える遺言になります。
- 株主名簿と自分の持株数:名義株や、親族名義になっている株式がないか(名義株とは)
- 自社株の評価額:相続税評価額がいくらで、遺産全体のどれくらいを占めるか
- 会社が使っている個人名義の資産:社長名義の土地・建物を会社に貸していないか
- 会社との貸し借り:役員借入金・役員貸付金の残高
- 経営者保証:誰が、どの借入を、どの範囲で保証しているか
- 後継者の意思:本人が継ぐつもりがあるか。遺言の内容を本人に伝えるかどうか
特に、自社株が遺産の大半を占める場合は、後継者以外の相続人に渡せる財産が少なくなり、遺留分の問題が大きくなります。遺言を書く前に、財産の全体像と、自社株の割合を把握しておくことが出発点です。
遺言の種類と選び方
一般的に使われるのは、自筆証書遺言と公正証書遺言です。
| 種類 | 作り方 | 検認 | 経営者にとっての注意点 |
|---|---|---|---|
| 自筆証書遺言 | 全文・日付・氏名を自書し、押印(民法968条1項)。財産目録はパソコン作成や通帳の写しでもよいが、各ページに署名押印が必要(同条2項) | 必要(民法1004条) | 方式の不備で無効になるおそれ。紛失・隠匿・改ざんのリスク |
| 自筆証書遺言+法務局の保管制度 | 自筆証書遺言を法務局に預ける(2020年7月10日開始) | 不要 | 法務局は外形的な形式の確認のみ。内容の有効性までは確認しない |
| 公正証書遺言 | 公証人が遺言者の口述をもとに作成。証人2人以上の立会いが必要(民法969条) | 不要 | 公証人手数料がかかるが、方式の不備が起きにくく原本が保管される |
自社株は、金額が大きく、しかも会社の支配権に直結する財産です。遺言の有効性が争われると、その間は会社の経営体制も決まりません。方式の不備が起きにくい公正証書遺言が、経営者には向いていると考えられます。
自筆証書遺言の財産目録をパソコンで作れるようになったのは、2019年1月13日以後に作成する遺言からです。それより前に作った自筆の遺言を持っている方は、形式が現在の要件を満たしているかも含めて見直してください。
自社株を遺すときの書き方のポイント
「誰に・どの会社の株式を・何株」を特定する
遺言では、「長男○○に、株式会社△△の普通株式○株を相続させる」のように、相続人・会社・株式の種類・株数を特定します。特定の財産を特定の相続人に承継させる遺言は、民法上「特定財産承継遺言」と呼ばれます(民法1014条2項)。
「会社関係の財産はすべて長男に」といったあいまいな書き方は、何が含まれるのか(社長個人名義の工場の土地、会社への貸付金など)で争いのもとになります。
遺言執行者を指定する
遺言で遺言執行者を指定しておくと(民法1006条1項)、遺言執行者が遺言の内容を実現するための一切の行為をする権限を持ちます(民法1012条1項)。株式であれば、会社への名義書換の請求などを進めやすくなります。
法定相続分を超える部分を相続で取得した場合、その超える部分は、対抗要件を備えなければ第三者に対抗できません(民法899条の2第1項)。株式の場合は、株主名簿の書換えが会社に対する対抗要件です(会社法130条1項)。相続後は早めに株主名簿の名義を書き換えることが大切です。
一緒に書いておきたいこと
| 項目 | 書いておく理由 |
|---|---|
| 予備的な受取人 | 後継者が先に亡くなった場合に、遺言のその部分が効力を失うのを防ぐ |
| 社長個人名義の事業用資産 | 会社が使っている土地・建物を後継者に集めないと、事業が分断される |
| 会社への貸付金(役員借入金) | 相続財産として課税される。誰が引き継ぐかを決めておく |
| 遺留分への配慮 | 後継者以外の相続人に、預金や不動産をどう配分するか |
| 付言事項 | 法的効力はないが、なぜ後継者に株式を集めるのかという想いを家族に伝える |
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る遺留分:後継者に集中させるときの最大の論点
遺留分は「金銭」で請求される
兄弟姉妹以外の相続人には、遺留分があります。遺留分の割合は、直系尊属だけが相続人の場合は3分の1、それ以外は2分の1に法定相続分を掛けた割合です(民法1042条)。
2019年7月1日以後に開始した相続では、遺留分を侵害された相続人は、受遺者や受贈者に対して遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できます(民法1046条1項)。株式そのものが共有に戻るわけではないため、会社の支配権は後継者に残せるようになりました。その代わり、後継者は相当の現金を用意しなければなりません。
請求できる期間は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年、相続開始の時から10年です(民法1048条)。
生前の贈与も計算に入る
相続人に対する生前の贈与(特別受益に当たるもの)は、原則として相続開始前10年間のものが遺留分の計算に入ります(民法1044条3項)。早い時期に後継者へ株式を贈与していても、その後に株価が上がると、遺留分の計算上は相続開始時の価額で評価されるため、後継者の努力で上がった株価の分まで遺留分の対象になることがあります。
民法特例:除外合意と固定合意
この問題に対応するため、経営承継円滑化法には遺留分に関する民法の特例があります。後継者と他の推定相続人の全員が合意し、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を受けると、次のような手当てができます。
- 除外合意:生前贈与した自社株を、遺留分の計算から除外する
- 固定合意:生前贈与した自社株の価額を、合意の時点の価額に固定する
推定相続人全員の合意が必要なので、家族の話し合いが前提です。詳しくは後継者以外の相続人との公平(遺留分と民法特例)で解説します。
税金との関係:遺言どおりに取得したときの相続税
遺言で後継者が自社株を取得すれば、相続税はその取得した財産をもとに計算します。ここで押さえておきたいのは次の点です。
- 自社株の評価額:財産評価基本通達の方法で評価する。評価額が高いと、後継者の納税資金が問題になる。評価の基本は自社株評価の方法を参照
- 事業承継税制(特例措置):相続で取得した自社株の相続税の納税を猶予できる。特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、相続・贈与の適用期限は2027年12月31日(2026年10月時点)。制度の要件は事業承継税制の特例とは?で解説
- 納税資金:遺留分の支払いと相続税の納付が重なる。死亡退職金・生命保険・相続した株式の会社への売却(金庫株)などで、現金の手当てを考えておく
相続した株式を発行会社に売る場合の特例は相続した株式を会社に売る特例で解説します。
遺言と一緒に整えておくもの
遺言は、自分の持つ株式の行き先を決めるものです。会社の株主構成全体を整えるには、次のような手段もあわせて検討します。
- 定款の確認:定款に「相続人等に対する売渡請求」(会社法174条)の定めがあると、会社が後継者の相続した株式の売渡しを請求できる仕組みになります。少数株主の株式を集約するのに使える一方、使い方によってはオーナー家の株式が対象になることもあるため、定めの有無と影響を確認しておきます(相続人等に対する売渡請求)
- 生前贈与との組み合わせ:遺言だけで一度に移すより、贈与で段階的に移すほうが、議決権の空白も遺留分の争いも小さくなる場合があります
- 種類株式:議決権のない株式を他の相続人に、議決権のある株式を後継者に、という分け方もできます(種類株式を事業承継に使う)
遺言は何度でも書き直せます。後継者が決まっていない段階でも、「いま亡くなったら株式はこう分ける」という暫定版を作り、状況が変わるたびに見直すという考え方もあります。
まとめ
- 遺言がないと自社株は共有になり、議決権は持分の価格の過半数で決まる(最判平成27年2月19日)。相続人の意見が分かれると会社が止まる
- 経営者には公正証書遺言、自筆なら法務局の保管制度。いずれも検認が不要になる
- 株式は「誰に・どの会社の・何株」を特定し、遺言執行者を指定。相続後は早めに株主名簿を書き換える
- 後継者に集中させると遺留分侵害額を金銭で請求される。期限は知った時から1年・相続開始から10年
- 民法特例(除外合意・固定合意)、事業承継税制、定款、種類株式とあわせて設計する
経営者の遺言は、家族の争いを防ぐと同時に、会社を止めないための仕組みです。クレフティでは、事業承継・M&A支援の中で、自社株の評価、遺留分と納税資金の試算、定款や株主構成の確認までご相談をお受けしています。遺言書の作成そのものは、弁護士・司法書士・公証人と連携して進めます。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。
