オーナーが亡くなり、相続人が自社株を相続した。相続税は払わなければならないが、非上場株式は簡単には売れない。そこで「会社に買い取ってもらう」ことを考える相続人は少なくありません。ところが、会社が株主から株式を買い取ると、原則として受け取った金額の大半がみなし配当となり、最高で約55%の累進税率で課税されます。
これを和らげるのが、相続した株式を発行会社に売る場合の特例です。一定の期間内に売れば、みなし配当にならず全額が株式の譲渡所得(20.315%)として扱われ、さらに相続税の一部を取得費に加算する特例も併用できます。この記事では、国税庁の資料と公表裁決・照会回答をもとに、2つの特例の要件、手続、計算例、そして期限や計算をめぐって否認された事例を紹介します。
- 相続で取得した非上場株式を発行会社に売ると、原則は資本金等の額を超える部分がみなし配当(総合課税)
- 納付すべき相続税額がある人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売れば、全額が株式の譲渡所得になる(租税特別措置法9条の7)
- 同じ期間内の譲渡なら、相続税額の取得費加算(租税特別措置法39条)も併用できる
- 売る人は譲渡の日までに届出書を会社に提出、会社は翌年1月31日までに税務署へ提出する
- 期限は厳格。買主の資金事情や物納の遅れでも、期限後の譲渡に特例は認められていない(公表裁決)
原則:会社に売るとみなし配当になる
会社が自己株式を取得して株主に金銭を払うと、そのうち資本金等の額のうち対応する部分を超える金額は、配当とみなされます(所得税法25条1項5号)。個人株主は配当所得として総合課税され、会社は支払の際に20.42%を源泉徴収します。仕組みと計算例は自己株式の取得とみなし配当で詳しく解説しています。
内部留保の厚い会社ほど、受け取る金額のほとんどがみなし配当になります。相続税を払うために株式を売るのに、その売却で重い所得税がかかる――。この負担を調整するために設けられたのが、次の2つの特例です。
特例①:みなし配当課税の特例(措法9条の7)
要件
国税庁のタックスアンサーNo.1477によれば、次の要件を満たす場合、譲渡対価のうち資本金等の額を超える部分についてもみなし配当課税を行わず、全額を非上場株式の譲渡所得の収入金額とします。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 対象者 | 相続または遺贈により財産を取得し、その相続または遺贈について納付すべき相続税額がある個人 |
| 対象株式 | その相続税の課税対象となった非上場株式 |
| 譲渡先 | その株式の発行会社 |
| 期間 | 相続の開始があった日の翌日から、相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日まで |
| 手続 | 譲渡する日までに届出書を発行会社に提出。発行会社は譲り受けた年の翌年1月31日までに所轄税務署長に提出 |
特例を使うと、譲渡収入から取得費と譲渡費用を差し引いた譲渡所得に、所得税等15.315%(住民税を含めて20.315%)が課税されます。会社はみなし配当の源泉徴収をしません。
期間の数え方
たとえば2026年1月10日に相続が開始し、同日に相続人が死亡を知った場合、相続税の申告期限は2026年11月10日です。その翌日以後3年を経過する日は2029年11月10日となり、相続開始の翌日からそれまでの間に譲渡すれば対象になります。
国税庁の照会回答で示された適用範囲
| 照会 | 回答の要旨 |
|---|---|
| 相続開始前から同じ会社の株式を持っていた相続人が、期間内に一部を発行会社に譲渡する場合(東京国税局の事前照会に対する文書回答) | 同一銘柄の株式は、相続財産か固有の財産かで性質に違いはないとして、取得費加算の特例の通達(措置法通達39-20)と同様に、相続で取得した株式の譲渡として特例を適用してよい。みなし配当の特例が適用される場合は、取得費加算の特例も同時に適用がある |
| 被相続人が委託者兼受益者だった信託で、死亡により子が受益者となり、信託の終了で非上場株式を取得して発行会社に譲渡する場合(国税庁の質疑応答事例) | 受益者となったことで株式を遺贈により取得したものとみなされ相続税が課されるため、みなし配当の特例と取得費加算の特例のいずれも適用できる |
特例②:相続税額の取得費加算(措法39条)
相続または遺贈で取得した財産を、同じ期間内(相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで)に譲渡した場合、支払った相続税額のうち一定額を、その財産の取得費に加算できます(国税庁タックスアンサーNo.3267)。
この特例は譲渡所得に適用されるもので、株式等の譲渡による事業所得・雑所得には使えません。取得費加算の一般的な仕組みは、不動産の例で相続税の取得費加算でも解説しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る計算例:特例を使う場合と使わない場合
相続人が、相続税評価額2億円の自社株を相続し、その全部を発行会社に2億円で売る例で概算します。被相続人の取得費(資本金等の額のうち対応する部分と同額)は500万円、相続人の相続税額は6,000万円、相続人の課税価格と債務控除額の合計は4億円とします(ほかの所得や控除は考えません)。
| 特例を使わない | みなし配当の特例のみ | 両方の特例を使う | |
|---|---|---|---|
| みなし配当 | 1億9,500万円 | 0円 | 0円 |
| 取得費 | 500万円 | 500万円 | 500万円+取得費加算3,000万円 |
| 株式の譲渡所得 | 0円 | 1億9,500万円 | 1億6,500万円 |
| 税金の概算 | 約9,000万円(総合課税・配当控除後) | 約3,960万円 | 約3,350万円 |
取得費加算額は、6,000万円×2億円÷4億円=3,000万円です。特例を使うかどうかで、税金は5,000万円以上違います。相続税6,000万円の納税資金をつくるための売却なのに、特例を使わなければ手取りの大半が所得税等で消えてしまう計算です。
期限・計算をめぐる公表裁決
この2つの特例は、期間などの要件を形式的に満たすかどうかで判断され、救済は認められにくい特徴があります。取得費加算の特例について、国税不服審判所は次のような判断をしています(期間の要件はみなし配当の特例と同じです)。
| 裁決 | 事案の概要 | 判断 |
|---|---|---|
| 昭和55年1月11日裁決(裁決事例集No.19) | 期限後の譲渡になったのは、譲受者の資金事情によるものだと主張 | 特別の事情を考慮して適用を認める規定はないとして、適用を否定 |
| 平成2年7月3日裁決(裁決事例集No.40) | 遺留分減殺請求で取得した不動産を、取得の1か月後に譲渡。申告期限は調停成立などから数えるべきと主張 | 申告期限は相続の開始を知った日から数える。期限後の譲渡として適用を否定 |
| 平成9年1月21日裁決(裁決事例集No.53) | 代償金を支払って取得した土地を譲渡。代償金を圧縮した計算(措置法通達39-14)は不利だと主張 | 譲渡資産に対応する相続税相当額を上回る部分まで認める制度ではないとして、代償金を控除した計算を適法とした |
| 平成11年5月20日裁決(裁決事例集No.57) | 遺留分減殺請求訴訟の判決確定日を「相続の開始があったことを知った日」と読み替えるべきと主張 | 遺留分権利者も一般の相続人と同様に考えるべきで、読み替えは相当でないとして適用を否定 |
| 平成11年5月24日裁決(裁決事例集No.57) | 超過物納の還付金に係る譲渡が期間後になったのは、国税局の事務処理の遅れによると主張 | 政策的に税額を軽減する特例は厳格に解釈すべきで、期間の徒過に救済措置はないとして適用を否定 |
| 令和元年7月5日裁決 | 借地権を設定した土地について、加算額の計算に使う「譲渡をした資産の価額」を自用地としての価額で計算すべきと主張 | 相続税の課税価格に算入された価額(貸家建付地としての評価額)を基に計算すべきとした |
実務上の示唆は明確です。遺産分割の協議や会社の資金準備が長引くと、期限に間に合わなくなるおそれがあります。相続が起きたら、まず期限日を確定させ、そこから逆算して遺産分割、株主総会の決議、会社の資金手当て、届出書の提出の日程を組みます。
価格と会社側の手続
買取価格:所得税法上の時価
発行会社への譲渡は、個人から法人への譲渡です。時価の2分の1に満たない価額で譲渡すると、時価で譲渡したものとみなされます(所得税法59条)。非上場株式の時価は、所得税基本通達59-6に沿って、売る人の譲渡直前の議決権割合で株主区分を判定するのが原則です。最高裁令和2年3月24日判決は、譲り受けた側の議決権割合で判定して配当還元方式を使った原審の判断を誤りとし、令和7年9月10日裁決も、支配株主と対立していたという事情だけでは通達と違う評価は認められないとしています。詳しくは個人株主が株式を売ったときの税金で紹介しています。
また、会社が時価と大きく違う価格で買い取ると、ほかの株主が持つ株式の価値が動き、その株主へのみなし贈与(相続税法9条)が問題になることもあります。
会社法の手続と資金
相続人から自己株式を取得する場合、株主総会の特別決議が必要です(会社法160条、309条2項2号)。非公開会社で、相続人がまだ株主総会で議決権を行使していないなどの場合は、ほかの株主の売主追加請求が認められない特則があります(会社法162条)。取得額は分配可能額の範囲内でなければなりません(会社法461条)。
会社が買取資金を手元資金や借入でまかなうと、現預金と純資産が減ります。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算しますが、借入で買い取れば分子が増え、銀行の評価に影響します。生命保険の死亡保険金を買取資金にあてる設計や、相続税の延納・物納との比較も含めて検討するのが現実的です。納税資金の考え方は非上場株式の相続税をどう納めるかと相続税の準備をご覧ください。
- 売る人に納付すべき相続税額があるか(0円なら特例は使えない)
- 期限日(相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日)を確認したか
- 譲渡の日までに届出書を会社に提出したか。会社は翌年1月31日までに税務署へ提出するか
- 買取価格は、売る人の議決権割合に基づく所得税法上の時価と整合しているか
- 株主総会の特別決議、分配可能額、会社の資金と銀行への影響を確認したか
- 取得費加算の計算明細書を確定申告に添付する準備をしたか
まとめ
- 相続した非上場株式を発行会社に売ると、原則は資本金等の額を超える部分がみなし配当として総合課税される
- 相続税を納める人が、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売れば、全額が株式の譲渡所得になる(措法9条の7)。取得費加算(措法39条)も併用できる
- 届出書は譲渡の日までに会社へ、会社は翌年1月31日までに税務署へ提出する
- 期限は厳格。買主の資金事情、遺留分の争い、物納の遅れを理由とした救済は、いずれも裁決で認められていない
- 価格は売る人の立場での時価、会社側は特別決議と分配可能額、資金と銀行への影響を確認する
相続のあとの自社株の買取りは、相続税の申告、遺産分割、会社の資金、株主構成の整理が同時に進む作業です。クレフティの藤倉真人(税理士)は相続対策とM&Aの税務相談を担当し、事業承継・M&A支援の中で、特例の適用判定と期限管理、買取価格の検討、会社の資金計画をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
