事業譲渡は、会社の一部または全部の事業を、資産や契約ごとに買い手へ移す方法です。簿外債務を切り離しやすく、株主が分散していて株式譲渡が難しい会社でも使える一方、税金のかかり方は株式譲渡とまったく違います。
株式譲渡では、オーナー個人が株式を売り、譲渡益に20.315%の税金がかかって終わります。事業譲渡では、売り手は会社です。会社に法人税等がかかり、資産ごとに消費税の課税・非課税を判定し、不動産があれば移転の税金もかかります。そして、会社に入った代金をオーナーが受け取るときに、もう一度課税されます。この記事では、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」、法令、公表された裁決事例をもとに、事業譲渡の税金を売り手・買い手の両面から整理します。
- 事業譲渡の売り手は会社。譲渡益(対価−帳簿価額)に法人税等がかかり、繰越欠損金があれば相殺できる
- 代金をオーナーが受け取るには配当・役員報酬・退職金・清算などが必要で、そこでも課税される(二段階の課税)
- 消費税は資産ごとに判定する。建物・設備・在庫・のれんは課税、土地・売掛金は非課税。負債の引受けも対価になる
- 不動産を移すと、買い手に不動産取得税・登録免許税がかかる
- 買い手は、時価純資産を超えて払った部分を資産調整勘定として5年で損金算入できる
事業譲渡と株式譲渡の税金の違い
まず全体像を比べます。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 売り手 | 株主(オーナー個人) | 会社 |
| 売り手の税金 | 譲渡益に20.315%(申告分離課税) | 会社の譲渡益に法人税等。代金をオーナーに戻すときに所得税等 |
| 消費税 | 株式の譲渡は非課税 | 課税資産の部分に消費税 |
| 不動産の移転の税金 | かからない(所有者は会社のまま) | 不動産取得税・登録免許税 |
| 買い手ののれん | 株式の取得価額になり、償却できない | 資産調整勘定として5年で損金算入 |
| 繰越欠損金 | 会社に残る(一定の制限あり) | 買い手には引き継がれない。売り手の会社で譲渡益と相殺できる |
中小M&Aガイドラインも、事業譲渡のメリットとして、簿外債務などのリスクを限定できること、株主総会の特別決議で実行できること、資産調整勘定(のれん)を損金算入できることを挙げ、デメリットとして、資産等の個別の移転手続、不動産取得税・登録免許税、許認可の取り直し、消費税の課税関係を挙げています。手続も含めた違いは事業譲渡と株式譲渡の違いで詳しく比較しています。
売り手の会社の税金:法人税等と繰越欠損金
譲渡益の計算
会社が事業を売ると、譲渡対価と、譲渡した資産・負債の帳簿価額の差額が譲渡損益になります。譲渡益は会社の益金に入り、その事業年度の所得として法人税・地方法人税・住民税・事業税がかかります。
対価のうち、帳簿に載っていない「のれん」に当たる部分は、ほぼ全額が譲渡益になります。
繰越欠損金との相殺
売り手の会社に税務上の繰越欠損金があれば、譲渡益と相殺できます。中小法人等は、所得の全額まで繰越欠損金を控除できます。赤字が続いてきた会社が事業の一部を売る場合、譲渡益を欠損金で吸収できれば、法人税等の負担は小さくなります。
代金をオーナーが受け取るときの税金
事業譲渡の代金は会社に入ります。オーナーが個人として受け取るには、次のような方法があります。
| 受け取り方 | オーナー個人の課税 | 会社側 |
|---|---|---|
| 配当 | 配当所得として総合課税(配当控除あり) | 損金にならない |
| 役員報酬・賞与 | 給与所得として総合課税 | 定期同額給与などの要件を満たせば損金 |
| 役員退職金 | 退職所得として分離課税(退職所得控除後の2分の1が課税対象。勤続5年以下の役員は2分の1にならない) | 不相当に高額な部分を除き損金 |
| 清算による残余財産の分配 | 資本金等の額を超える部分はみなし配当(総合課税)、残りは株式の譲渡所得 | - |
ガイドラインは、事業譲渡の後に配当や役員報酬で還流すると総合課税(税率15.105%〜55.945%)の対象になるため、分離課税となる役員退職慰労金の支給と併せて検討することもあり得るとしています。事業をすべて売って会社を清算するなら、退職金の支給と清算を組み合わせて手取りを比べることになります。ただし、退職金には「実質的に退職したか」「金額が過大でないか」という論点があり、退職金スキームとはで判例・裁決を詳しく紹介しています。
簡単な比較
仮に、簿価純資産1億円の会社の事業を2億円で売り、その後に清算する場合と、株式を2億円で売る場合を比べてみます(法人税等の実効税率を30%と仮定し、退職金は考えない単純な例です)。
| 株式譲渡 | 事業譲渡→清算 | |
|---|---|---|
| 会社の譲渡益 | - | 1億円 |
| 会社の法人税等(30%と仮定) | - | 3,000万円 |
| オーナーが受け取る額(税引前) | 2億円 | 1億7,000万円(残余財産) |
| オーナー個人の税金 | 譲渡益に20.315% | 資本金等を超える部分はみなし配当として総合課税 |
同じ2億円でも、事業譲渡では会社段階の課税があるため、オーナーの手取りは一般に少なくなります。事業譲渡を選ぶのは、簿外債務の遮断や一部事業だけの売却など、税金以外の理由がある場合が多いのはこのためです。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る消費税:資産ごとに課税・非課税を分ける
課税資産と非課税資産
事業譲渡は、事業を構成する資産を個別に譲渡するものとして扱われます。売り手が課税事業者なら、課税資産の対価に消費税がかかります。ガイドラインも、事業譲渡では減価償却資産等が消費税の課税売上に該当するため、消費税の課税関係に留意が必要だとしています。
| 区分 | 主な資産 |
|---|---|
| 課税 | 建物、機械・設備、車両、棚卸資産(在庫)、のれん(営業権)、ソフトウェア、商標権などの無形資産 |
| 非課税 | 土地(借地権を含む)、売掛金・貸付金などの金銭債権、有価証券 |
| 対象外 | 引き継がせる負債そのもの(ただし負債の引受けは対価の一部になる) |
裁決事例:「営業」を一つの資産とみることはできない
国税不服審判所の平成20年12月15日裁決(裁決事例集No.76)は、個人事業者が法人成りで事業用の資産と負債を新設法人に引き継いだ事案です。請求人は、組織的・有機的な一体である「営業」それ自体を一つの資産としてとらえるべきだと主張しましたが、審判所は、消費税法には資産と負債が一体となった「営業」を一つの課税対象とする規定はないとし、法人が引き受けた負債の額が資産の譲渡の対価に当たると判断しました。
事業譲渡でも同じ考え方になります。買い手が借入金や買掛金を引き受け、現金の支払はその差額だけ、という契約でも、消費税の計算上は「引き受けた負債+現金」が資産の対価です。
国税不服審判所 平成20年12月15日裁決(裁決事例集No.76 475頁)。公表裁決事例
対価の区分と課税売上割合
課税資産と非課税資産を一括して譲渡した場合は、対価をそれぞれの資産の価額で合理的に区分します。土地と建物を一括で取得した事案で、審判所は、売買契約書に記載された建物の価額が当事者の意思を表示したもので、不合理な点もないとして、契約書の建物価額を基に支払対価を算定するのが相当としています(平成20年5月8日裁決)。事業譲渡契約書でも、資産の区分ごとの対価を明記しておくことが、売り手・買い手双方の消費税の計算の前提になります。土地と建物の按分の考え方は土地と建物の価額の按分が争われた事例をご覧ください。
売り手の側では、土地などの非課税資産の譲渡によって、その課税期間の課税売上割合が下がり、仕入税額控除が減ることがあります。譲渡する時期と課税期間の関係も確認しておきましょう。消費税の論点は事業譲渡の消費税でさらに詳しく取り上げます。
不動産の移転にかかる税金
事業譲渡で不動産を移すと、取得する買い手に次の税金がかかります。
| 税金 | 税率・課税標準 |
|---|---|
| 不動産取得税 | 標準税率4%。土地と住宅は令和9年3月31日までの取得について3%。宅地等は同日までの取得について課税標準を2分の1とする特例 |
| 登録免許税(所有権移転) | 土地の売買は2%(令和11年3月31日までは1.5%)、建物の売買は2%。課税標準は固定資産税評価額が原則 |
ガイドラインは、中小企業等経営強化法の経営力向上計画の認定を受けて行う事業承継等について、登録免許税・不動産取得税の特例があることを紹介しています(適用期限があります)。不動産の多い事業を譲り受けるなら、計画の認定を検討する価値があります。また、事業譲渡契約書は印紙税の課税文書(営業の譲渡に関する契約書)に当たります。
買い手の税金:資産調整勘定(のれん)の5年償却
買い手が事業と主要な資産・負債を引き継いだ場合、支払った対価が、引き継いだ資産・負債の時価純資産を上回る部分は資産調整勘定となり、60か月(5年)で均等に損金に算入できます(法人税法62条の8)。逆に、対価が時価純資産を下回る部分は負債調整勘定として5年で益金に算入されます。
これに対し、株式譲渡で株式を買った場合、のれん相当額も株式の取得価額に含まれ、償却して損金にすることはできません。買い手にとっては、事業譲渡の方が税務上ののれんを早く費用化できるため、その分、高い価格を提示できる場合があります。仕組みは買い手がのれんを損金にできるスキームで詳しく解説します。
銀行の見え方では、資産調整勘定の償却費は減価償却費と同じく現金の出ていかない費用です。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算します。償却による法人税等の減少は返済原資を増やす方向に働きますが、決算書の会計上ののれんとは金額や期間が一致しないことがあるため、銀行への説明では両者を分けて示すのが親切です。
- 売り手の会社の譲渡益はいくらか。繰越欠損金でどこまで吸収できるか
- 代金をオーナーが受け取る方法(配当・退職金・清算)と、その税金まで含めた手取りを、株式譲渡と比べたか
- 譲渡資産を課税・非課税に区分し、契約書に資産ごとの対価を書いたか。引き受ける負債も対価に入れたか
- 売り手の課税期間の課税売上割合はどう変わるか。買い手が仕入税額控除を受けるための適格請求書の交付を準備したか
- 不動産取得税・登録免許税は誰が負担するか。経営力向上計画の特例は使えるか
- 買い手側で、資産調整勘定の額(対価−時価純資産)を見積もったか
まとめ
- 事業譲渡の売り手は会社。譲渡益に法人税等がかかり、繰越欠損金があれば相殺できる
- 代金をオーナーが受け取るときにも課税される。ガイドラインは、分離課税の役員退職慰労金との組み合わせにも触れている
- 消費税は資産ごとに判定し、のれんにもかかる。負債の引受けも対価になる(平成20年12月15日裁決)
- 不動産の移転には不動産取得税・登録免許税がかかる。経営力向上計画による特例もある
- 買い手は資産調整勘定を5年で損金算入できる。株式譲渡ではできない
事業譲渡か株式譲渡かは、税金だけでなく、簿外債務、許認可、従業員、取引先との契約を含めて選ぶものです。クレフティでは事業承継・M&A支援として、手法ごとの売り手の手取りと買い手の税負担の試算、契約書の対価区分の確認をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
